雨が頬を打つ。
―お前が悪い。
雨がおれにそう告げているようだった。
―疑念。
おれは信じきれなかった。彼女の事を……。
信じれば良かったんだ。それだけで……それだけで全ては上手く行っていた。
―後悔。
あの時、ああすればよかった。
人生なんて言うものはそればかりだ。今となっては何の意味もないというのに、それでもおれは未だにずっと考えてしまう。
あの時、ああしていれば良かったと……。
―お前が悪い。
雨は止まない。
雨は言い続ける。お前が悪いと。
髪を濡らした雨水は前髪の房から地面へと落ちていく。雫が目の前を過ぎる様がゆっくりと見える。
頬を濡らした雨水は顎へと伝わり、また落ちていく。
落ちていく。
重力に引かれて落ちていく。
「……」
だが、ある時を境におれを責めるように打ち付けていた雨は止まった。
「……はやて」
落ちていく雨粒を追うように地面に向けられていた顔を挙げてみると、そこにははやてが居る。
彼女がおれに傘をさしてくれたのだ。
傘に当たる雨粒はギャアギャアと騒ぐかのようにバタバタと音を上げる。だが、もうおれには雨の非難の声は聞こえない。だって、今、傍には彼女が居るから。
楽しい時も、嬉しい時も、悲しい時も、寂しい時も、怒っている時も。長い時間を共に過ごした彼女がいる。
「はやて」
「うん。わかっとる。もう……ええんや」
だからもう大丈夫。
おれは歩くことが出来る。前へ進むことが出来る。
「傘忘れた」
「せやな、ほんなら帰ろうか」
―家へ!
☆
「まさか天気予報が当たるとはな」
「まあ、本当は当たらなあかんのやけどな~」
雨。それも豪雨と言っても良いほどの雨。
今日も容赦なく怪我人・病人を全快させてしっかり8時間働いて「さあ、家に帰ろう」と、管理局地上本部の正面ロビーを通り抜けるとそこは一面バケツをひっくり返したような世界だった。
「普段の天気予報的中率は約6割程度。しかもゲリラ豪雨なんて当てられるとは思ってなかったんだが……」
「こういう事もあるからあの人は解雇されへんのやろなぁ」
何のことはない。おれは天気予報士の彼女の言葉を信じずに傘を持たずに家を出てしまったのだ。しかも、運の悪い事に置き傘は前回の思わぬ雨の日に使ったまま元に戻すことを怠っていたために使うことが出来なかった。
……置き傘くらいさっさと戻しておけばよかったんだよ……。
「それにしても、もし私と帰る時間が合わんかったらどないするつもりやったん?」
「ゲリラ豪雨だし、止むまで本部で待機することも考えたんだが、うっかり外に出てしまったばかりにすっかりびしょ濡れになってな。もうこれなら気にせず家に帰っても良いんじゃないか? って考えてたところだ」
「それで、あそこでぼーっとしてたんやな」
「そういうこと」
傘ははやてが持っているはやて自身の折り畳み傘が一本だけ。
はやては成人女性としては小柄であり、今のおれは成人男性としてはあり得ない位小柄なため、小さい折り畳み傘でも二人を雨から十分守ることが出来る。とはいえ、結構な土砂降りなため多少は濡れるがそれは仕方ない。
……あ、嘘。おれの身長が低すぎて結構降り込んできてるわ。
はやてもそれに気が付いたようだ。
「大丈夫?」
「問題ない。どうせ風邪なんて引きはしないしな」
せめて高校生……いや、中学生時代くらいの身長があれば大体はやてと身長が釣り合って丁度良かったんだけどな~。まあ、言っても仕方のない事だ。
「おんぶでもしたろか? そうすればええ感じや」
「勘弁してくれ。それは前回のドゥーエさんので満足したよ」
とんでもない提案をしてくるものだ。
「考えてもみろよ。その状況。ヤベーだろ」
「そうかぁ? 精々年の離れた姉弟に見られるだけやろ」
……そっか。それもそうだな。
おれ自身は体はこんなのでも意識はしっかり大人のため、女性におぶられるのは色々な観点でためらわれるのだが、少なくとも何も知らない人が外から見る分には問題はないのか。
社会的に死ぬことが無いのなら、はやてにおれの足となってもらう事は前向きに検討しておこう。
「そういえば、アインハルトちゃんのデバイスはどんな調子よ」
「うん、もうほぼ完成しとるよ。後はアインハルトにマスター認証してもろて、名付けが終わったら真にデバイスとしては完成や」
「ほー。早かったな。はやてもデバイス作りに大分慣れたか」
「一人目が失われた古代ベルカの融合機、なんていう難易度SSSランクのデバイスやったしな。よゆーよゆー」
ふふんっ、と言いたそうな顔をするはやて。どうやら随分自信がある様子。
アインハルトちゃんのデバイスは大丈夫そうだな。まあ、別に心配しているわけではないのだが……。
アインハルトちゃんのデバイスとなる子をおれは既に見たことがある。まだAIも積んでいないシャーシだけの状態であったが。その子の見た目は完全に猫ちゃん。本当は虎だったか豹だったかと言っていたが、あれは誰がどう見ても猫ちゃんである。とってもかわいい。おれもちょっと欲しいくらいだ。
ところで、『ガンガンガン、ギイイイイイイィィィ、ピピピピピピ、チュイイイィィィィン』とかいう音がはやての作業部屋から聞こえて来ていたが、何をどういう作業をしたらあんな本物の猫みたいなシャーシが出来るのだろう……?
デバイス作りは不思議でいっぱいだ。
「それは何よりだ」
アインハルトちゃんもきっと喜ぶだろう。
「うお!?」
この体になってしばらく経つ。ようやっと自分の歩幅にも慣れて普通に歩く分には何の問題もないようになっていたのだが、会話しながらというのに加えて、傘の範囲から外れないようにはやての歩幅に合わせて歩いていたこともあり、アスファルトの歪に足を取られてとうとうすっころんでしまった。
それはもう盛大に。顔からベシャァ! って行った。おれがホントに子供だったら泣いてたなこりゃ。
「あちゃー……」
「あーあ。やっちゃったなぁ」
当然、地面はこの雨でぬれている。所々水たまりだって出来ている。そんな場所で全力スライディングを行えば当然服が汚れる。それも盛大に。
よく舗装されたクラナガンの道という事もあって泥がほとんどなかったのは幸いだった。
それでもかなりがっつりと管理局の制服(急遽仕立てて貰った一張羅)が汚れてしまった。洗濯機君に任せる前に手洗いしなきゃだなぁ……。
「もう、しゃあないな。ほれ」
はやてはそう言うとおれの目の前でしゃがみ込む。
「え? いや、良いって。それに、このままだとはやての服も汚れるぞ」
「なーに、管理局の制服なんてジャンル的には汚れてもええ服やろ」
「いや、あなた司令官でしょ。それは現場の考え方だ」
はやて……さん!? 考え方が男前すぎる。
相変わらず現場主義というか、現場の時の考えが抜け切れていないというか。そういう所は直すべきなのか、そのままの方が良いのか。下っ端のおれには判断しかねる。
「ほらほら、ええからはよ」
「え? ああ、うん」
どうせここまでくると今のはやてに何を言っても動くことは無い。なので、おれが取れる選択肢は一つしかないのだ。
「じゃあ失礼して」
「ほい、よっこいしょういちっと。あ、傘はハムテル君が持ってな」
「はいはい」
はやてが持っていた傘を受け取り、おれははやての背に掴まる。足を前に出すと、彼女はおれの太ももの辺りに手をやって支えてくれる。
「ハムテル君、私の知らん間にこんなに軽くなってもうて……」
「そういう言い方されると悲惨な出来事があったみたいに聞こえるからやめてくれ」
「あはは」
立ち上がったはやては、おれと言う重荷を背負っても歩く速度は変わることは無かった。
最近、こうやって周りに迷惑をかけることが多い事を考えると、さっさと元に戻った方が良いような気がしてきた。他人に迷惑をかけ過ぎるのはおれの本意ではない。……風呂に2時間浸かり続けるのは面倒だけどな。
「ハムテル君」
「ん?」
「少なくとも、私は迷惑とは思っとらんから、気にせんでええんやで」
エスパーかな? こわ。
「ハムテル君は普段から頑張っとるんやから、たまにはこういうのもええやろ」
「それははやてだって同じだろ」
なのはさんだって、フェイトさんだって。
みんな頑張りすぎな位に頑張っている。
「それはそれ、これはこれや。ハムテル君は子供の頃から大人みたいなもんやったし、ちょっとくらいええやんか」
「……そうかな」
「そうや」
そう言うと、はやては言いたいことは言い切ったのか、黙ってしまう。
聞こえる音は傘に跳ね返る雨粒の音だけ。
―ああ。
昔はおれがはやての足だったのに、今日は反対だな。
なんとなく、昔の事思い出してしまった。
「まあ、こういうのも良いか……」
「そうそう」
おれははやての背にさらにもたれ掛かる。
はやては最近髪を伸ばし始めているようで、後ろ髪が顔に当たってこそばゆい。
雨はまだ止まない。
それでも、いつの間にかその勢いは弱弱しくなっていた。
「あ! ついでに、一緒にお風呂も入ったろか?」
「いや、それは断固拒否する」
盛り上がりも盛り下がりも無いけれど。山も谷も無いけれど。毒にも薬にもならないけれど。
そんな日常系小説はみなさんお好きですか?