それが日常   作:はなみつき

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丸太とミウラと93話

「「「せいッ! やあッ!」」」

 

 外から聞こえてくる少年・少女たちの元気な声を聞きながらまったりと過ごす昼下がり。開けた窓から吹き込む海風はこの季節には心地よい。

 

 今日も今日とて休日を満喫していた。え? お前いっつも休みだなって? 気のせいだろ。

 

 そんなことはどうでもいいんだ。昨今、子供たちの声を騒音扱いする大人たちも多いが、おれは小さい子供たちの騒ぐ声は嫌いではない。何より、子供たちがそうやってはしゃぐことが出来る環境というのは平和で良い事じゃないか。

 子供たちの声についてインタビューされた時、「人間誰しもいつかは静かな場所に行くんだから今くらい良いじゃない」的な返答をしていたドイツ人のおばちゃんをおれは無限に尊敬するね。

 ……まあ、時々とんでもない金切り声が聞こえて来てびっくりすることはあるけど。あんな声、どこから出てるんだろう? すごいよねー。子供の甲高い声は耳に付く。耳に付くという事は大人がよく気付くということ。そう考えるとこれは生物の子供として合理的な仕組みなのかもしれない……なーんて、スカさんなら考えそうだ。

 

「うーん? 今回の茶葉は微妙だな。それとも蒸らし時間を間違ったのか」

 

 そんな休日におれは何をしているのかというと、より高みの紅茶を目指すために研究をしていた。茶葉、湯の温度、蒸らし時間……茶葉によって最も適した条件があるのはもちろんだが、何よりみんなの好みに合わせたものを探ることが肝要だ。

 完成品に至るまでの試作品ははやて達には出さず、自分だけで確認している。みんなには自信のあるものだけを提供したいからな。これはちょっとした自負というか、拘りだ。

 

「次は蒸らし時間を5秒短くするか」

 

 今回の茶を淹れた時の条件と改善点をメモに残しつつ、なんだかんだ言いながらも決して不味いわけではない紅茶を飲み干していく。

 

「やあああああ!!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!」

 

 外から一段と気合の入った掛け声が聞こえて来た。

 だが、どうも後半は掛け声というよりも悲鳴に近いものだったような? 

 

「ガッ!?」

 

 丸……太……? 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「ごごごごごごご、ごめんなさい!!」

「ああ、良いってミウラちゃん。丸太にぶち当たったのがおれで幸いだったな」

 

 今おれの前ですごい勢いで謝罪している子はミウラ・リナルディ。ザフィーラを師範とする八神家道場に通う近所の子供の一人だ。ちなみに、八神家道場とは、ザーフィーラを師範とする基礎を中心とした格闘道場だ。管理局に正式に在籍していないザフィーラにはやてが提案したのだ。「最近暇してへんか?」ってな。

 

「何より、窓ガラスが割れなかったのは幸運だった」

 

 おれの怪我はすぐ直せても、窓ガラスを直すのは面倒だからなぁ。

 それに、もしここにおれが居なかったら机に直撃して目も当てられないことになっていただろう。それを考えたらおれの無いに等しい被害だけで済んだのは奇跡だ。ナイス、ホームラン。

 

「それにだ、短時間とはいえおれの意識を物理攻撃で持って行ったのは、はやてとミウラちゃんだけだぞ!」

 

 意識外からの攻撃という事もあって、流石に一瞬意識が飛んだ。

 

「あ、でも次からは打ち込む方向をよく考えてやってくれよ? もしこれがはやてだったらえらいことになってただろし」

「……あのぉ…… なんでボクの名前を?」

「え?」

 

 って、あーそうか。そういえばこんな姿になってからまだ道場のちびっ子達と顔を合わせてなかったな。

 

「あー……色々あってこんなチンチクリンになっているが、おれはマサキだよ」

「ええ!? マサキさん!?!?!」

 

 彼女はおれの子供時代を知らないため、今の姿を見て坂上公輝だと判別できないのは仕方のない事だろう。

 ちなみに、ミウラちゃんはアインハルトちゃんと同じく中等科1年生の12歳。そんな彼女より身長が低いおれ。やっぱり複雑だぁ……。

 

「てっきり、道場への入門希望者かと思いましたよ」

「ははは、確かにそう見えるかも」

 

 おれがもし普通の子供だったら、ウキウキで道場に入門しようとしていた所に後ろから丸太でどつくやべぇ奴認定するだろう。いや、それ以前に普通に命の危機だった。

 

「邪魔して済まなかったな」

「もーまんたい」

 

 部屋の掃除を終えたのか、飛んできた丸太を脇に抱えたザフィーラさんが声を掛けてくる。ザフィーラさんはおれの心配より作業の邪魔をしたことについて謝罪してくるあたりおれのことをよく分かっている。

 しかし、打ち込み用の丸太が真っ二つに折れている。とんでもないな。

 

「これ、ミウラちゃんがやったん? すげーな」

「えーと……あはは……」

 

 おやおや、照れちゃってまあ。

 

「これは今年のインターミドル・チャンピオンシップは楽しみですな」

「はい! 頑張りますよ?」

 

 はい、頑張ってください。

 

「マサキも出場するか? 今なら出場条件も満たしているだろう」

「冗談。おれが出たら相手選手のライフを限界超えてオーバーフローさせちまう」

 

 試合開始とともに増え続ける相手の体力、そして減らないおれの体力。

 うん、泥仕合なんて目じゃないぜ。

 

「アインスをデバイス登録して出場したらいいところまで行けるんじゃないか? お前だったら相手の防御力などあってないようなものだからな」

「いや、だから出ないって」

 

 なんだ、随分ザフィーラさんはおれをインターミドルに出場させてくるな。

 それに、おれが出場したとして、おれの戦いに会場が盛り下がること間違いなしだ。戦い方が邪道の極み過ぎて意味がわからん。比喩ではなく撫でたら相手が倒れるからな。

 

「それに、今年はおれは主催側で仕事があるんだよ」

「そうなのか?」

 

 実は、去年のインターミドルでちょっとした事件があった。

 

 本来、インターミドルなどのスポーツ競技大会などではDSAAが定める「クラッシュエミュレート」という技術を用いて試合が行われる。これは受けた攻撃を仮想的なダメージとして再現する技術だ。例えば、腕を脱臼させられるような攻撃を受けた時、競技者は腕を脱臼したという状態を再現させられる。これの凄い所は受けた攻撃を絶対的な数値のダメージとするわけではない所だ。

 技:右フック→ダメージ50ってなんない訳だな。

 例えば、選手Aにとって致命的な一撃でも、選手Bにとってはデコピン程の威力の攻撃があったとすると、そのダメージはそれぞれの人物に適したダメージとして反映されるのだ。

 どういう技術? 

 

 それは置いておいて、通常なら受けるダメージは仮想的なダメージであり、実際の肉体に損傷が及ぶことは無い。しかし、去年、ある選手がとんでも威力の一撃を受けたためにクラッシュエミュレートを貫通して右腕をボロボロにされたのである。見た目は腕の形を保っていたが、骨はぐちゃぐちゃ、筋肉はズタボロ、神経・血管なんてコマ切れ状態、それはもう酷かった……。

 ちなみに、腕をぐちゃぐちゃにした人物は我らがチャンピオン、ジークリンデちゃん。えげつねぇとしか言いようがない。

 どんなに安全を確保しようと事故は起こるという事だな。

 

 とまあ、そんな事があって、今年の大会では万が一の救護要員として管理局から派遣されたのがおれと言う訳だ。

 

「ふむ、それなら仕方が無い。自身の務めを果たしてくれ」

「おうともさ」

 

 言われるまでもない。

 

「ミウラ、そろそろ戻るぞ」

「はい、師匠! マサキさん、本当にごめんなさい」

「はいな」

 

 ミウラちゃんはもう一度おれに頭を下げてザフィーラと共に訓練場としている浜辺へと戻っていく。

 

「インターミドルか……」

 

 今年はミウラだけでなく、ヴィヴィオちゃん、コロナちゃん、リオちゃん、アインハルトちゃんも出るそうじゃないか。それにお嬢様にジークリンデちゃんにミカヤさんも当然出てくるだろう。

 ……あ、ミカヤさんてのは腕をぐちゃぐちゃにされた人ね。

 

「今年は例年以上に楽しめそうだな」

「なんや、丸太で人体をフルスイングしたみたいな鈍い音が聞こえた気がするんやけど?」

「はやての耳は凄いな。満点回答だ」

 

 二階で昼寝をしていたはやてが起きて来たみたいだ。今日ははやても休みという事で昼食をとった後に優雅な昼寝を今まで敢行していた。

 ていうか、外で子供たちがワイワイやっている状況ですやすや眠っていたくせに丸太で人体を殴打する音には反応するとは。いや、異常な音だからこそ目が覚めたのか。流石は現役武闘派司令官。

 

「涎の跡がついてんぞ」

「んぐ……」

 

 おれは自分の口元を指で叩いて場所を示してやる。それに気付いてはやては腕で涎の跡を拭っている。

 こういう所は昔のままだな。

 

「あ! 一人でお茶しとるやん。ずるいで。私にも頂戴な」

「これは試作品。あんまり美味くないぞ? 満足いくのが出来たら飲ましてやるよ」

「ええよ、私はそれも飲んでみたいんや」

 

 はやてはおれの対面に座り、この紅茶を飲むまで不動の構えをとる様子。

 ふう……本当は自分の拘りに反するところだが……

 

「しょうがないな」

「やった」

 

 おれははやて用のカップを準備して彼女の分も注ぐ。

 そんな休日。

 

 

 

 

 

 

「? あんまり美味しゅうないな」

「だからそう言った」

 

 


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