それが日常   作:はなみつき

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忙しい……でも書いちゃう(ビクンビクン


執事と家族と85話

 夕食を食べ終わり、後片付けを終えたはやてとおれは駄弁っている。

 

「ん? じゃあはやて達は今年は行かないのか?」

「うん。ちょっと休めるかどうかギリギリにならんとわからへんから、今年は遠慮しとこうと思って。私たちの分まで楽しんで来てや」

 

 おれ達が話しているのは来月行われる合宿兼旅行についてだ。旅行先は無人世界カルナージ。一年を通して温暖で大自然の恵み豊かな世界だ。今カルナージは無人世界と言ったが、現在は無人ではない。そこにはルーテシアちゃん、ルーテシアちゃんの母親のメガーヌさん、そして、ルーテシアちゃんの召喚獣であるガリュー達アルピーノ一家が暮らしている。

 今回の旅行ではアルピーノ一家の家に泊まり、川遊びをして、バーベキューをして、滅多に集合できない旧機動六課のメンバーで訓練をしたりするのである。去年ははやてとヴォルケンズも参加して、模擬戦で暴れまわっていたのもいい思い出だ。

 その訓練におれも誘われたのだが、どう考えても医務官が行うような訓練内容では無かった。模擬戦は言うまでもなく、ロープを使って崖を降りてみたり、豚の丸焼き状態でロープを使ってビルを渡ってみたり。おれはレスキュー隊員ではなく医者なんだよ。……医者? 医者でいいんだろうか。医師免許は取った覚えはない。とにかく医者(仮)なんだよ。肉体労働はおれの仕事ではない。男としてどうなんだと思わないでもないけどね。

 

「ふーん、はやてだったら無理にでも休みをぶんどって来そうなのに」

「ハムテルくんは私をなんやと思ってるねん」

 

 基本的にお祭り女なはやてはこういった行事には積極的に参加する。だから仕事の予定がどうなるかわからないという理由で今回の旅行を見送るというのは大変珍しい。明日は雪かもしれない。

 

「まあ、それはそれとして。じゃあ今年は八神家からの参加はおれとドゥーエさんだけか」

「去年はとても楽しかったですからね。今年も楽しみです」

 

 ドゥーエさんはそう言いながらほほ笑んでいる。きっと彼女の頭の中では旅行で楽しむ様々なことが浮かんでは消え浮かんでは消えしているのだろう。

 

「あ、そういえばハムテルくんの執事修業はどうなったん?」

 

 はやては思いだしたかのようにして聞いて来た。

 

「おう、エドガーさんからは80点の合格点を貰ったぜ。まだまだあの人の淹れる紅茶程の物は淹れられないけど、かなりいい線行ってると自分でも思う」

「ほほう、それは楽しみやな。ほんなら淹れてもらおうかな?」

「マサキ、紅茶に合うお菓子も頼んだぞ」

 

 さっきまで居なかったはずのヴィータがいつの間にかおれ達の傍に座っており、そんなことを言ってきた。どうやら話を聞いていたようだ。

 

「いいだろう。今おれが淹れられる最高の紅茶を提供しようじゃないか」

 

 席を立ったおれは紅茶を淹れる準備をするため自分の部屋へ向かう。キッチンではなく自分の部屋へと向かうおれを見てはやて達は首を捻っているが、そんなことは気にせず自分の部屋へと向かう。

 自分の部屋へと向かいながらおれは今日までに受けたエドガーさんの執事教室を思い返すのだった。

 

 

 

 

 

 

「それでは始めましょうか」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 おれは先生であるエドガーさんに対して礼を行う。やはりこう言った挨拶は大事だと思う。

 

「まず一つ言っておきます。先日マサキさんが飲んだ紅茶は私の全力ではありません」

「えっ!」

 

 おれはエドガーさんの言葉に驚く。あれほど美味しかった紅茶なのに、彼は全力ではないと言ったのだ。どうして驚かずにいられようか、いやいられない。

 ちなみに、エドガーさんのおれに対する呼び方は初めはマサキ様だったのだが、エドガーさんにとって生徒であるおれに対して様づけはおかしいという理由をこじつけてとりあえずさん付けで呼んでもらうことにした。様づけで呼ばれてむずむずしたって、それは仕方のない事である。

 

「ああ、勘違いしないでくださいね。決してあの紅茶を淹れるのに手を抜いたわけではありません。執事の私がお客様に対してその様な振る舞いをしますと、お嬢様の顔に泥を塗る結果となりますので」

 

 お嬢様の顔に泥を塗ると言った所で泥パックをしたヴィクートリアさんを想像してしまって噴き出しそうになったのは秘密。

 

「ところで、マサキさんはあの紅茶を飲んでどのような感想をお持ちになりましたか?」

「えっと、誰もが美味しく飲める紅茶だなと」

 

 さっきの想像が消えないうちに話しかけられた所為で少しどもってしまったが、関係ない事を考えていたことはばれていないはずだ。

 

「そうです。あれはお客様が不満に思うことが無いように淹れた紅茶なのです。このような消極的な淹れ方では最高に美味しい紅茶なんて淹れられるわけはありません」

「なるほど」

 

 エドガーさんの説明に納得しながらしっかりと聞く。

 

「私はお嬢様のお客様、例えばあの時はマサキさんですね、お客様のことは基本的に何も知りません。性格、趣味、嗜好。その人の人となりを完璧に把握してこそ最高の一杯をお出しすることが出来るのです」

「……つまり、エドガーさんが最高に美味しい紅茶を淹れることが出来る相手は……」

「はい。お嬢様だけですね」

 

 確かにエドガーさんの紅茶の淹れる腕は経験に裏打ちされた確かなものなのだろう。しかし、その味を支えるものは技術だけではなく、自分が仕えるお嬢様のためという思いこそが真の隠し味だったと言う訳だ。客のために淹れた紅茶でさえも、お嬢様の評判を落とさないようにと言う主に対する思いが込められているわけだ。

 

「そこで、マサキさんには主に仕える執事の心構えを身に着けてもらいます。お嬢様の執事は私だけなのでお嬢様を仮想の主としていただくわけにはいきません。そこで、こちらでマサキさんの主となってもらう方をご用意いたしました」

「あのー……つまりどういうことなん?」

 

 そこに居るのはいまいち状況を把握できていないジークリンデちゃん。ああ、どうしてジークリンデちゃんも一緒に居るのか不思議に思っていたのだが、これで納得した。ジークリンデちゃんはおれのお嬢様になるためにエドガーさんに連れてこられていたのだ。

 

「それでは、マサキさんにはこちらに着替えてもらいます」

 

 おれがエドガーさんに貰った物は執事服。おそらくエドガーさんが着ているものとデザインは同じだろう。

 

「それを着た瞬間からマサキさんは主に仕える従者です。ジークリンデ様に対する呼び方もジークリンデちゃんではなくお嬢様ですよ。そのことをよく胸に刻み込んでください」

「はい」

 

 そうして、おれの執事への道は始まったのだった。

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました、お嬢様、旦那様」

 

 執事服を着たおれはお嬢様達(はやて、ヴォルケンズ、リイン姉妹、ドゥーエさん)の前に紅茶と焼き菓子を置いて行く。旦那様はザフィーラさん。

 おれが最高の紅茶を出すことが出来る人達。それは八神家のみんなだろう。残念ながらドゥーエさんとの関係はまだ数年ぽっちなので好みを完全に把握出来てはいないが、今できる最高の物を出したつもりだ。もちろん、はやて達にもこれまで一緒に暮らして来て知った全ての情報を考慮し、一人一人の好みに合う物を淹れている。

 ただ、一人一人淹れ方を変える必要があるために、全員分を淹れ終わるまでに最初の人達の紅茶が冷めてしまう。今回は淹れた順にどんどん飲んでいってもらったが、これは要改善だろう。

 

「ん~……これはこれは」

「テラ……ウマ……」

「ほう」

「美味しいですねぇ……」

「うむ」

「良いじゃないか」

「美味しいです!」

「流石同志ですね」

 

 おれの紅茶を飲んだみんなは各々そんな感想を述べていった。どうやらお嬢様達はお気に召したらしい。これならおれも頑張って淹れた甲斐があるってものだ。

 

「ありがとうございます」

 

 おれは慇懃な態度で礼を言う。お嬢様に対する慇懃な態度も執事の基本技能だ。

 

「ぷっ……」

「「「「「「「「あはははははははははは!!!」」」」」」」」

 

 静かに頭を下げていると、誰かが噴き出した。それにつられる様にしてみんなが笑いだす。

 

「ひー、あかん。もう我慢できんわ」

 

 はやてが大笑いして苦しそうにしているのを我慢しながらそう言う。

 

「はあ……うん。ハムテルくんの真面目な態度とか全く似合わんわ」

 

 はやての言葉にみんなも頷いている。どうやら全員一致で賛成らしい。

 

 ふう……すいません、エドガーさん。

 どうやらおれははやて達の執事には成れそうもありません。

 だって、家族だもんな。


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