###この話は修正されました#
試験。それは人が経験する最も身近な関門の一つであろう。試験直前の人達を観察してみると、色々なタイプに分類することができる。これまでに自分が培ってきた物を信じてその時が来るまで大人しくしているタイプ。最後の最後まで試験の対策をするタイプ。何もかも諦めてお喋りをしたり眠っていたりするタイプ等々。人間観察というのは趣味にすると非常にアレだが、やってみると結構楽しいものなのである。ちなみにこれは余談だが、「やべー、俺勉強してないわー」と、話しかける奴は実際のところそれなりに勉強していて、話しかけられて「おれもー」と、言う奴が本当に勉強していないことが多い。
どうやら、あそこで時が来るのを待っているティアナさんとスバルさんの二人は一番目と二番目のタイプであることがわかる。特にスバルさんは悪あがきではなく最後の確認としてやっていることが表情からわかる。
「うんうん、二人とも受験生として100点満点の対応だな」
おれは手に持っている双眼鏡を覗き込みながら言う。二人が受けようとしている試験は魔導士ランクBになるための昇格試験。会場はあの大火事があった臨海第8空港近隣の廃棄都市だ。おれがいる場所は試験会場が一望できる高いビルの屋上だ。
「あー、ティアとスバルちゃん大丈夫かなぁ」
「それ、もう10回くらい聞きましたよ」
ここにいるのはおれだけではない。ティアナさんの兄のティーダさんも見学に来ているのである。
「ていうかティーダさん、仕事は?」
「有給を取ったから何の問題も無い」
シスコンここに極まれりって感じだな。
「それにしても、この双眼鏡すごいね。ティアの可愛い顔がくっきりきっかり見えるよ」
おれとティーダさんが使っている双眼鏡はスカさん印の双眼鏡だ。おれたちが立っているビルは会場を一望できる。しかし、会場は魔導士が飛んだり跳ねたり走りまわったりするためとても広い。そんな場所を一望できるということは、二人の人間はとても小さくなってしまう。そんな状態でもこの双眼鏡ならはっきりとみることが出来るのだ。ちなみにこの双眼鏡、数年前にスカさんから使ってみて感想を聞かせてくれと言われて渡されたものだ。
「友人の変態が作った変態装備なので」
スカさんへの認識はこの数年で変態中二病ということで落ち着いた。家に行くたびに娘が増えるというのは一体どういうことなのだろうか? もしかしたら、スカさんが足長オジサン的な人で、身寄りのない子供を引き取っている善良な一般市民という仮定も捨てきることはできない。しかし、あんな人目を避ける様に作られた洞窟の中の家とか、娘全員におそろいの全身タイツを着せていること等を考えると、スカさんが一般的な感性を持った善良市民とは全く思えない。まあ、スカさんの娘たちはみんな楽しそうにしているからおれは何も言わないがね。
「お? 先生、始まるみたいだよ」
「そうみたいですね」
スバルさんとティアナさんが動き出す。ローラーで移動するスバルさんに対してティアナさんは走りで追いかけている。ずっと走りっぱなしのティアナさん流石っす。
「む、建物に入ってしまったね。熱センサーモードに切り替えよう」
「ティーダさん使いこなし過ぎでしょ」
スカさん印の双眼鏡は無駄に高性能で多機能なのである。
体温を感知して人型に赤くなっているシルエットが建物内を順調に進んでいる。立ち止まることなく進んでいることから、まだ大きな問題は起きていないようだ。
「うん、二人とも良いペースで進んでいるね」
「おお、惚れ惚れするほどのリロードの手際の良さだ」
二人は建物を出た後合流し、高速道路のような所のターゲットを壊しに行く。その時に見せたティアナさんのデバイスへのカートリッジのリロードがとても格好良かったのだ。
「そうだろう! ティアのリロードしているときの姿は凛々しくも美しいだろう? いやー、やっぱり先生はその辺わかってるな~」
いっけね、ティーダさんのスイッチ押しちまった。
「って、何!? ティアに惚れてしまうだって!? そんなことは兄のこの僕がゆるさんぞぉ!」
「えー、別にそういう訳じゃ……」
「何!? ティアに魅力がないとでも!?」
あーもう! めんどくせーなこの人。
おれはティーダさんを無視して二人の方へ視線を戻す。
「あれ?」
しかし、いつの間にか二人の姿は消えてしまっており、代わりにティアナさんのデバイスが敵の攻撃の集中砲火を受けている。デバイスウウウゥゥゥゥゥ!!
「これは一体どういう状況なんだ?」
「ふむ、これはオプティックハイドだね」
「オプティックハイド?」
何か知っているような言い方をするティーダさんにおれは聞く。
「オプティックハイドは術者と術者に接触した対象を透明にし、見えなくする幻術魔法さ。ちなみに、幻術魔法を使える魔導士は珍しいんだ。そんな魔法を使えるティアはすごい! どうだい? すごいだろう」
「あ、はい」
体をそらせて自慢するように鼻を鳴らせるティーダさん。まったく困ったお人である。
だが、確かにティーダさんの言う通り、姿を消していたのであろうティアナさんとスバルさんが現れ、ターゲットと敵を次々と破壊していった。あの可哀想なデバイスくんは二人への反応を鈍らせるための囮だったというわけだ。
「よし、これは良いペースだ。このままなら最後の難関も……ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「今度はなんっすか」
双眼鏡をのぞきながら叫んでいるティーダさんにつられておれも同じ場所を見てみる。どうやらティアナさんが怪我をしてしまったようだ。特に血が出ているというわけでもない足首をかばっているところを見ると、おそらく捻挫か、悪ければ骨折だろう。
「あんのコンクリート! ティアが躓かないように僕が粉々にして、まっ平らにしてやる!」
「ちょちょちょ、ティーダさん!? 何する気ですか!?」
今にもティアナさんの所へ飛んで行きそうな様子である。ティーダさんは空戦魔導士なのでそれも可能であるが、平時における魔導士の飛行は局に許可を取らなければいけないのだ。もちろん、ティーダさんは今そんなものを取っている訳はないので、おれはティーダさんにしがみついて止めようとする。
「うおおおおお、止めるな先生ー……あっ」
「え?」
ティーダさんが突然動きを止める。それと同時におれも力を緩めてしまう。
「今だああああああぁぁぁぁ」
「アイエー」
ティーダさんはおれの下に一気に潜り込み、おれを肩に担いで走り出す。俵のように持たれたのはこれで2度目だ……
☆
「ティアアアアアアアァァァァァァァァァ」
「あああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁ」
ティーダさんはおれを担ぎながらものすごい勢いで走っていく。見えてきたのはピンクのネットにキャッチされたスバルさんと白い木? いや、太めの触手だろうか? 触手に引っ掛かっているティアナさんだ。おそらくここはBランク昇格試験のゴール地点なのだろう。結局この試験の一番の目玉である大型スフィアをどうやって攻略するのか見ることができなかった……
「……ッ! そんなんじゃ魔導士としてダメダメです!」
近づくにつれて聞こえてくるのはリインちゃんの少し怒ったような声。リインちゃんは管理局の空曹長の地位に就いており、今回の試験の試験官でもあるのだ。
「まあ、細かいことは後回しにして、ランスター二等陸士」
「は、はい」
リインちゃんのお小言の後に空から降りて来たなのはさん。ここからではリインちゃんの様に怒鳴っているわけではないなのはさんの声は聞こえないが、おそらくティアナさんの怪我を気遣っているのであろう。
「怪我はあs……」
「ティアアアアアアアァァァァ、足の怪我は大丈夫なのかああああああぁぁぁ」
「に、兄さん!?」
突然自分の兄が人を抱えながら、ものすごい勢いで走って来る姿を見た妹は驚くことしかできないのは仕方がないだろう。
「ラ、ランスター執務官!? どうしてここに?」
「野暮用だよ、高町一等空尉」
おれがティーダさんを助けた時から早6年。その当時は一等空尉だった。この6年の間にティーダさんは目標である執務官になったのだ。
「ツヴァイが治療しますですよ」
「いや、ここはこの兄が!」
「いいえ、ここは試験官のこの私が!」
「いや、ここはこのお兄ちゃんが!」
なんだこれ……
「兄さん……恥ずかしいからやめて……」
「はははー、ティーダさんは相変わらずだね」
恥ずかしがるティアナさん、笑うスバルさん。
ティアナさんの足はおれがしっかり治しておきました。
二人の試験の結果は危険行為や報告不良によって不合格になってしまった。しかし、特別講習を受けた後、再試験を受けることになった。この再試験で二人はしっかりと合格した。
試験不合格の方を聞いた後のティーダさんの落ち込みからの再試験を受けることができると聞いた時のテンションの盛り上がりは見ていておもしろかった。
ティーダさんって空飛べるよね?
調べてもわからなかった。
追記
ティーダの立場を三佐から執務官に変更しました。