少年少女の戦極時代Ⅱ   作:あんだるしあ(活動終了)

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第43話 碧沙の泣き所

 

 ユグドラシル・コーポレーション系列の病院の、病室の一つ。そこには点滴を刺されてベッドで眠る少年と、彼に付き添う小さな少女がいた。

 

「呉島さんちはお坊ちゃまの面倒を小学生のお嬢サマに看させるのかい?」

 

 シドはノックもせず病室に踏み込んだ。驚いた顔をする呉島碧沙と、相変わらず昏々と眠っている呉島光実。

 

「シドさん――お仕事は」

「これが仕事。ほらよ、お前らのお兄様から」

 

 シドは病院の売店で買ったフルーツ籠を碧沙に突き出した。貴虎が知れば「もっとちゃんとした店で買え」と言いかねないが、正直、めんどくさかった。

 

「わざわざありがとうございます」

 

 碧沙はふわ、と笑んでフルーツ籠を受け取り、ベッドのサイドテーブルの上に置いた。

 長兄は今日も立派に勤め上げていると疑いもせず、次兄を見守っている“できた”末妹。

 

(本当、退屈しねえ兄妹だよ)

 

 シドは軽く帽子を押さえて小さく口の端を歪めた。

 

「お医者さまの話だと、命にベツジョウはないそうです。起きないのは、疲れがたまっているんだろうって」

「撃ったのは湊耀子だ。湊が憎いか、お嬢サマ」

 

 碧沙は首を横に振った。

 

「湊さんはどちらにいらっしゃるんですか」

「“森”で仕事中」

 

 他ならぬ貴虎と葛葉紘汰の共闘を決裂させるために行動中だ。

 

 湊自ら凌馬に志願したのだ。光実を誤射した責任を取りたい、と。もちろんそれが湊耀子の本心ではあるまいと、シドは読んでいたが。

 

「――兄は、死のうとしたんですね」

「多分な。矢の1本で死ねるほど、人間ヤワに出来ちゃいねえっつうのに。その辺がガキだよ、ったく」

 

 碧沙は何も言い返さないで俯いている。シドは怪訝に思い、俯く碧沙の顔を覗き込み――ぎょっとして身を引いた。

 

 碧沙は、泣いていた。

 

 最初は涙を零すだけだったそれが、嗚咽混じりになっていき、碧沙はついに両手を顔に当てて本格的に泣き始めた。右手の甲にはケガでもしたのかガーゼが当てられていた。

 

 謂われなく幼女に目の前で泣かれるというのは、男の不名誉ベスト10に入る出来事だ。しかれども、ずっと「こういう」業界を渡り歩いてきたシドには、幼女の慰め方など分かろうはずもない。よって目撃されれば非難は必至ながら、シドは立ち尽くすしかなかった。

 

「ごめん…さい…っ…光兄さん、が、死んじゃったらって、…ったら、…っく」

「あー、分かった! 分かったから泣くな。俺が泣かせたみたいじゃねえか!」

 

 

 ――涙まじりの碧沙の話を簡略化すると、こうだ。

 

 碧沙は数日前、光実の本心を聞いていた。

 光実は己の危険性に気づいていた。そして、己を畏れていた。

 

 

 “碧沙。僕はユグドラシルに入った辺りから、自分で自分の感情がコントロールできなくなってきてる。紘汰さんのお姉さんに手を出した時も、ちっとも心が痛まなかった”

 

 “その時みたいに、いつか僕はきっと、紘汰さんを、舞さんを憎んでしまう。こんなにダイスキ、なのに”

 

 “そうなる前に。大好きなあの人たちに憎しみをぶつけてしまう前に、僕はここからいなくなろうと思う”

 

 “手伝ってくれるよね、碧沙”

 

 “大丈夫。何もしなくていい。ただ黙ってる、それだけでいいんだ”

 

 

「だからって、ここまで、っしなくても――!」

 

 シドは話を聞き終えて理解した。

 貴虎や光実にとっての泣き所が碧沙であるように、碧沙にとっての泣き所もまた兄たちなのだ。

 

(つまりこいつは献身――いや、間違った自己犠牲と自己陶酔の塊の人間ってわけか。よくもまあそんな兄貴のために泣けるもんだ)

 

 思いながらも、この透明な涙を流させる光実に燻るものを感じたことを、この時、シド自身も自覚していなかった。




 着々とヘキサとフラグを立てていくシドでした。
 下手するとパラレル編の紘汰×咲よりもアブナイ年齢差ですよ。さあどうするシド?

 そしてミッチは白ミッチを貫きました。よく頑張ったねミッチ(T_T)
 彼は初めて変身した時に言いました。「大切な人が傷つくより、自分が傷ついたほうがいい」と。
 本作の呉島光実にその初志を貫いてほしくて、この展開が出来上がりました。

 光実の一時退場によりじわりと展開が変化します。

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