少年少女の戦極時代Ⅱ   作:あんだるしあ(活動終了)

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第31分節 兆し

 ――昨日の続き、してもいいか?

 

 その言葉を舌に乗せようとして、紘汰は、縋る感触に震えが加わったのに気づいた。

 

「咲!?」

 

 ふり返った拍子に咲を弾いてしまった。咲は玄関に尻餅を突いた。慌ててしゃがんで細い両腕を掴んだ。

 

「コウタ、あたし、自分がキモチワルイ」

「何で」

「だって、ヘキサ、死んだんだよ? なのにあたしには、コウタがいて、晶さんがいてザックくんがいて。毎日幸せで。ヘキサは死んじゃったのに。あたし、ヘキサが一番スキだったのに」

 

 咲の目は飛び出さんばかりに見開かれ、焦点を結んでいない。

 

(今日の仕事。シチュエーションがヘキサちゃんの死んだ時の状況と重なったからか! その場では大丈夫だったから油断した!)

 

 紘汰はすぐさまドアを閉め、玄関で咲の体を腕の中に抱き込んだ。

 咲は怯えるように紘汰にしがみつく。大丈夫だと何度言い聞かせても紘汰を離そうとしない。

 

 

「戦うのも、踊るのも、ぜんぶぜんぶヘキサのためだったのに。そうじゃなくなってる。やだ。こんな自分、やだよ。ヘキサのためじゃないあたしなんて、ヤなのに」

 

 

 突然、咲が紘汰を押し返した。今度は紘汰が玄関に尻餅を突き、ドアに背をぶつけた。

 咲は紘汰の困惑に構いもせず、紘汰に馬乗りになった。

 

 

「たすけて。こうた。すき。だいすき。たすけて。だいすきなの。こうたが。いちばん。こうたといるときが――」

 

 

 瞬きもせず爛々とした目で紘汰を見下ろす咲。少なくともこれは欲情の目つきではない。錯乱した人間のそれだと、咲との付き合いが長い紘汰には分かった。

 この状態の咲に例えばキスでもしようものなら、舌を噛み千切られる。

 

 だから紘汰は、咲を抱き寄せ、抱え上げた。

 

 勝手知ったる他人の家だ。部屋に上がり込み、咲をベッドまで連れて行って、寝かす。

 そして、うわ言をくり返す咲と、手を、ずっと繋いでいた。

 

 

 

 

 ようやく咲が寝息を立て始めた頃、紘汰は静かに咲と繋いだ手を離し、咲の手を布団の中に入れてやった。

 

「――――」

 

 そろり。紘汰は眠る咲の髪に手を伸ばす。

 

「…こ、…た、くん…」

 

 伸ばした手が情けないほど大きく跳ねた。しばらく待ったが咲のアクションはない。寝言だった。紘汰は溜息をついて肩を落とした。

 

(“紘汰くん”……か)

 

 彼女よりずっと年上の自分を何故「くん」付けで呼ぶのか聞いたこともあった。その由来が意外にも重く、やはりヘキサ関係だったと知って、さすがにたじろぎもした。

 

「……咲ちゃん」

 

 紘汰を「紘汰くん」と呼んでくれた、屈託のない小さな「咲ちゃん」はもういない。呉島碧沙の死と共に粉々に砕け散った。

 

 

(あの頃が一番幸せだったのか? 咲はあの頃に戻りたいって思ってんのか? ヘキサちゃんが死んだことは俺だって悲しかった。けど咲のはレベルが違ってた。泣きもしない、怒りもしない。ここんとこは、ちょっとずつ明るくなってきてるけど。さっきみたいに急に豹変するなんてしょっちゅうで)

 

 

 いい加減、紘汰の疲れも限界に達していた。少しだけ、と自分に言い訳し、紘汰も同じベッドに横になった。襲ってきた睡魔に抗うだけの体力は、紘汰にはなく、瞼を閉じた。

 

 

 翌朝、咲が「幸せだった頃」まで記憶の退行を起こすなど、それこそ夢にも思わずに。




 1話で腕枕していたのは無意識です。つまり無意識に腕枕しちゃうくらいには好きv
 二人の関係がどこまで行っているかは読者様のご想像にお任せいたします<(_ _)>
 ここまでが咲が記憶退行した空白の時間です。これにて咲にまつわるお話はおしまい!

 次回からは決戦パートに入ります。ジェットコースターで言う下りです。
 皆様、覚悟の準備はよろしいか?

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