少年少女の戦極時代Ⅱ   作:あんだるしあ(活動終了)

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第3分節 9年後の沢芽市

 

 

 咲が着替えるからと席を立つと、紘汰は外で待っていると言い置いて部屋から出て行った。1LKの部屋には仕切りになりそうな場はないゆえの紘汰の気遣いだろう。

 

 咲はクローゼットを開けて服を見る。やはりどれも大人のサイズでデザイン。

 冬空の下で紘汰を何時間も待たせるなどしたくないので、できるだけ12歳の自分がしていた格好に近い服を急いで選んで着替えた。

 

 イスにかけてあったナップサックを担ぎ、ドアを開ける。

 

「待たせてごめんね」

「いや――」

「どうしたの?」

「あ、いや。そういう格好ひさしぶりに見るなあって」

「ヘン?」

「ううん。やっぱ似合う」

 

 紘汰はいつか見た爽やかな笑顔を浮かべてくれた。

 

 

 

 

 

 

「街が……」

 

 咲が一番に驚いたのは、沢芽市の変貌だった。咲はつい立ち止まった。

 

 人目に付く場所のあちこちにヘルヘイムの植物が生息している。だというのに、通行人は特に目もくれず歩き去るばかり。

 

「咲ちゃんの感覚じゃ、今は2014年なんだよな?」

「うん」

「じゃあその頃くらいからだ。侵食が活性化したのは。ちょうど俺たちがアーマードライダーになってすぐ、かな。正確には、ヘルヘイムが活性化したから、俺たちがアーマードライダーにされたってほうが正しいか。それからええっと……9年か。9年、俺たちは特に対策も見つけられず、この有様だ」

 

 通行人は大半の者がマスクをしていた。大仰な者ではキャリーケースタイプの酸素マスクや、ガスマスクをしている。思い出されるのは、親友がヘルヘイムの果実を「甘くてイヤな香り」と言っていたこと。

 あの果実は食欲をそそる香ばしさを発していたが、ヘキサはそう認めなかった。つまり、食虫植物の蜜などと同じで、あれは果実の危険信号なのだ。

 

 しかし咲は恐ろしくなかった。恐ろしいのは、そんなものが生えているのに平然と生活している人々だ。

 

「みんな、ヘイキなの」

「……駆除しても駆除しても生えてくるから、どっかの年から諦めムードになっちまったんだよな。あるもんはしょうがないって。でも、子供とか、疎開って言ったらおかしいけど、ずいぶん街から出て行った。進学も、市外の学校に行く子が増えてるってニュースでやってた」

 

 紘汰が歩き出す。咲は慌てて紘汰を追った。歩きながら、ふと近くにあったウィンドウに映った自分と紘汰の姿に気づく。

 

 ――高い目線。高い背丈。紘汰と並んで歩いてもおかしくない自分。

 

(って何考えてるのあたし! 今はそんな場合じゃないのに。ちゃんと聞いて、21歳の咲らしくできるようにしなくちゃいけないんだから)

 

 

 紘汰に付いて歩くと、また咲が知らない風景が広がった。

 

 ユグドラシル・コーポレーションのロゴが入ったテントが、前にテレビで観たアメ横のように並んでいる。売っているのは野菜や果物。それらに集まる、人、人、人の波。

 

「紘汰くん、あれ何?」

「ユグドラシルの定期市」

「? スーパーとか道の駅で買えばいいのに」

「あ、そっか。――今じゃユグドラシルが定期的に開くマーケットでしか生鮮野菜なんて手に入んねえんだ。ヘルヘイムの植物があちこちに生えるようになったせいで、土壌が汚染されてるかもしれない土地の野菜なんて買いたくないって風潮になってさ」

「へえ……」

「それだって社員割引とかでユグドラシル・コーポレーションの社員のが優遇されてるし。どうしても食卓が保存食メインになるって、姉ちゃん嫌がってたなあ」

「紘汰くん、お姉さんいたんだ」

 

 紘汰が目を瞠って咲をふり返り、それからはっとして手を振った。

 

「あ、うん。いるんだよ。姉一人。ウチ、親が小さい頃に亡くなってて。姉弟二人きり」

「そうだったの……ごめんね。イヤなこと言わせちゃって」

「慣れてるからいいって。――街は大体こんな感じなんだけど、何か思い出したりした?」

 

 考え込み、これらのものを憶えているか頭を探る。

 

「ごめん。思い出せないみたい」

 

 すると紘汰はおもむろに咲の手を握った。寒いのに、温かい手。

 

「じゃあ次は俺たちの秘密基地行ってみようぜ」

「ヒミツキチ」

「――や、なんか、会社、って言うの気恥ずかしいっつーか。要するに俺らのホームっていうか。俺も咲ちゃんもそこで働いてるから」

 

 特に反対する理由もない。咲は素直に肯いた。




 駆け足で9年後の世界観説明。結構急いだので、分からない点があったらご質問ください。お答えしますし、内容によっては本編中で説明します。内容によっては。

 人って慣れる生き物だよねって話でした。

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