少年少女の戦極時代Ⅱ   作:あんだるしあ(活動終了)

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その5 呉島兄妹の「シド」

 

 玉座の遺跡。鳥や虫の声など当然ない森の奥で、碧沙は隅にて膝を抱えて蹲っていた。

 

 瞼の裏に、シドの死に様が閃いて弾けて。

 

(どうしてこうなっちゃったんだろう)

 

 人が一人、目の前で、手が届く範囲で、死んだ。幼い碧沙にはどう処理していいか分からなかった。

 

 

「碧沙」

「……貴兄さん。体は?」

「俺の傷はもう治った」

 

 正面に片膝を突いた貴虎が差し出しているのは、量産型ドライバー。先の戦いのダメージを癒すため、量産型ドライバーは貴虎が着けることになった。

 

「そろそろ交替したほうがいい。腹が減ったろう?」

「ありがと……」

 

 碧沙はドライバーを受け取り、腹に装着した。咲が残して行ったロックシードを一つ取り、バックルにセットしてロックする。それだけで胃がじんわりと温まる心地がした。

 

「ね、兄さん」

「何だ?」

「シドさんって、どんな人だったの?」

 

 貴虎の顔が曇った。ほんの数時間前に、彼の手から取り零した命について、問い詰めるのは酷だと小学生の頭でも分かる。それでも、聞きたかった。

 

「――いつも俺のオフィスにいて、タブレットをいじっていた。社内ではキャリーケースを持ち歩かなくていいと言っても、ないと落ち着かないんだと突っぱねて」

 

 へえ、と碧沙は短い相槌を打った。

 

「性格は、天邪鬼、かな。力を誇示したくて堪らなかったくせに、何でも余裕でできるんだというツラをして。ああ、だから大人と子供の境界線に拘っていたのかもしれない」

 

 あまのじゃく。何でもできるフリ。

 それを聞いて、碧沙は自分の中のシドのイメージが兄とそう変わらなかったことに安堵した。

 

「わたしも、そう思う。傷だらけになっても、助けはぜったいに借りない。自分だけの力で立って歩く。そんな人だった、気がする」

「ああ」

 

 人は欲深い。知っている。例えば碧沙自身がそうだ。咲たちと居るのはダンススクールのレッスン中だけでいいと思っていたのに、もっと特別な時間と関係がほしくてビートライダーズになった。これを「欲張り」と呼ぶことを碧沙は理解していた。

 

「どうしてこうなっちゃったのかな」

「碧沙」

 

 貴虎が静かに碧沙の肩を抱いた。碧沙は貴虎の胸板にもたれて俯いた。

 

 シドの「欲張り」は我が身を滅ぼすほどに深かっただけ。分かっている。分かっていて、どうしてと、問わずにいられなかった。

 

 貴虎は何度も手を伸ばした。助かろうと思えばシドは助かったはずだ。それなのにシドは最期まで貴虎を拒絶し通した。

 

 分からない。分からないのはきっと碧沙がコドモだから。命を捨ててでも通したい意地など知らない幼子だから。

 ならばオトナになれば分かるのか。彼を理解してやれるのか。

 とてもそんな気はしなかった。

 

 ただ理解できるのは、泣くのは散った彼に対して侮辱であろうことのみ。

 

 それでも碧沙は、貴虎の胸に頭を寄せて、嗚咽を殺しながら涙した。いつかシドが焦がれたなど知らない、透明な涙を流した。




 シドがもうちょい生きていたら、ヘキサと何かしらフラグが生きる場面が来たかもしれません。
 それでも原作ではシドは死にました。
 その死に様を観て、作者は貴虎と碧沙が受け止めたような解釈をしました。
 シド生存を期待してくださった方には申し訳ありませんが、これが作者の答えです。

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