少年少女の戦極時代Ⅱ   作:あんだるしあ(活動終了)

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第125話 知らずの罪

 

 紘汰がガレージに帰った時、ガレージには誰もいなかった。

 だから、紘汰は街中を走り回り、仲間を探した。それでも見つからなかった。

 

 意気消沈して帰ってきた紘汰は、力なくドアを開けた。また無人のガレージを見るのはさびしいな、とぼんやり思いながら。

 

 しかし、紘汰の予想は裏切られた。いい意味で。

 ガレージの中には、戒斗と湊を除く仲間たちが揃っていたのだ。

 

「舞! ――チャッキー、ペコ!?」

 

 紘汰は急ぎ足で階段を降りて、チャッキーとペコの肩を掴んだ。

 

「どこ行ってたんだよ。ずっと探してたんだぞ」

「ごめんなさい、紘汰さん。舞が……」

「舞が? 舞がどうしたんだ!?」

 

 紘汰は答えを聞かず、簡易ベッドに横たわる舞の下へ行って膝を突いた。

 

 露出した舞の皮膚が、音を立てながら硬化していっていた。まるで今まで戦ってきたオーバーロードのように。

 

 チャッキーとペコが語る。戦極凌馬に宣告された内容、サガラに明かされた真実を。

 舞の体内に埋められた、黄金の果実。はじまりの女。オーバーロード化。

 

「ひょっとしたら、あいつなら本当に舞を治せたかもしれない……けど、最後の最後で信用できなくて、舞を、連れ帰ったんです……そしたらこんな……ごめんなさい、紘汰さん!」

 

 チャッキーは全てを告げ終えると、そのまま泣き出した。ペコも、泣くまでは行かなかったが、悔しげに握った拳を解こうとしない。

 

「あの、いいですかっ」

 

 声を上げたのは、普段なら大人しく座っているだけのヘキサだった。

 

「わたしなら、知恵の実はとりだせなくても、オーバーロード化だけなら止められるかもしれないです」

「止めるって、どうやって」

「わたしのあらゆる体液はヘルヘイムをキョゼツする。被験者になった時に、戦極さんはそう言いました。あの人、ジッケンとかケンキューについて、ウソはつかないでしょうから」

 

 くるん。ヘキサはチャッキーをふり仰いだ。

 

「チャッキーさん。このガレージに包丁かカッターナイフ、ありますか?」

「カッターなら、そこの机に……」

 

 ヘキサはその机――沢芽市の地図が広げられた机の上の、ペン立てからカッターナイフを取った。

 

 まさか、と思ったが、止めるだけの暇はなかった。ヘキサは一気に自分の手の平をカッターナイフで切り裂いた。

 ぽた、ぽた、と血が落ちてガレージの床を汚す。

 

「ヘキサッ!」

 

 咲の呼びかけはほぼ悲鳴だった。咲はヘキサの傷ついた手を取り、瞳を潤ませていく。ヘキサは痛みに眉根を寄せながらも、咲に対して笑んで首を振った。

 

「ごめんなさい。高司さん」

 

 ヘキサは舞の顎を指で掴んで口を開けさせ、その上で傷口のある手の平をきつく握りしめた。開けられた舞の口に、血が一滴、二滴と注がれていく。こく、と動く舞の喉。

 

 ヘキサはしばらくそれを続け、舞の傍らから離れた。

 

 ぱき、と音を立て、変化しつつあった舞の体表が剥がれ落ちていく。やがて体表が落ち切って、露わになったのは舞本来の白い肌だった。

 

「やった――!」

 

 周りから歓声が上がる。

 

 だが、舞の変化はそれで終わりではなかった。

 舞の胸の谷間が金色に光り始めたのだ。

 

「え、なに。ヘキサ?」

「ち、ちがうわ。わたしにこんな力なんて」

 

 金の光は舞の胸から波紋を描くように全身に広がった。そして今度は、指先や爪先から、徐々に四肢を金色に染めていった。

 

「何だよ……何だよ、これ! 舞、舞!」

 

 紘汰は舞の肩を掴んで揺さぶった。しかし、光の波及は止まらない。

 

「……なあ。俺、今、ちょっと思ったんだけど、さ」

 

 ザックは一度だけヘキサを見てから、再び皆を見回した。

 

「仮にオーバーロードとその“はじまりの女”が違う存在だとして、ヘキサの血がオーバーロード化を止めた分、はじまりの女になるスピードを早めた――ってのはありえないか?」

「そん、な。じゃあ、これ、わたし、の、せい」

 

 ヘキサは膝から床に崩れ落ちた。そして、簡易ベッドに寄り縋った。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、高司さん……!」

 

 謝っても、舞の体に広がる金色の光は消えない。ヘキサはさらに涙した。

 

 やがて金の光は舞の頭の天辺から爪先まで全てに回り、一際強く輝いた。誰もがつい眩しさに目を覆った。

 視界が元に戻った時、ベッドの上に舞はいなかった。ベッドの上には。

 

 それを舞と呼んでいいのか、紘汰には分からなかった。

 

「舞、なのか?」

 

 金色に輝く光がヒトの形を象っている。

 顔立ちは舞そのものだが、髪は金に、右目は赤に染まり、白い祭服に身を包んでいた。

 

 白い女は、ゆっくりと舞い降りると、まずヘキサの泣き濡れた頬に触れた。

 

「  泣かないで ヘキサちゃん  」

「たか、つかさ、さ……でも、わた、わたしの、せいでっ」

「  あたし、決めたんだ みんなが良かれと思ってやったことが悪い結末に繋がるなんて、酷い運命にならないように 精一杯のことをやってみるって  」

 

 次いで白い女は紘汰の前までやって来た。

 

「  ヘキサちゃんを責めないで あたし、こうなってよかった やっとあたしも、紘汰たちのために何かができる  」

「ま、い」

「  ごめんね わがままで あたし、紘汰や戒斗が傷つくの、もう見たくない そんな運命にさせたくない だから――行くね?  」

「舞!」

 

 紘汰は白い女に手を伸ばした。

 だが彼女は金色の光粒子となって、ガレージから消えた。

 

 紘汰はその場に膝を突いた。

 

「ばか、やろ。何で一人でしょいこむんだよ……俺には一人で苦しむななんて言っといて……舞!」

 

 床を殴った。手の痛み以上に、胸が痛かった。

 

 

 ――何がどうなったかは分からないが、ガレージにいた誰もが一つだけ分かっていた。

 もう舞とは会えないのだと。




 よかれと思ってしたことが悪い展開を生む。そんなぶっちー空間を自分も真似てみました。
 せっかくのヘルヘイム抗体、ここで活かさずいつ活かす。そんな思いで挑んだヘキサをあざ笑うように、運命は舞を変え、攫ってしまいました。

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