少年少女の戦極時代Ⅱ   作:あんだるしあ(活動終了)

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第104話 “ビートライダーズ” ①

 

 

 床にはびこるヘルヘイムの植物の中を、ヘキサは慣れた足取りで歩いていく。舞はそんなヘキサを追いかけるように進んだ。蔓はともかく、ヘルヘイムの果実を踏みたくはなかったので、スピードが落ちたのだ。

 

「ヘキサちゃん、タワーに自由に出入りできるの? 何で?」

 

 てっきりタワーはインベスだらけだと思ったのに、ヘキサが行く道には一体のインベスもいなかった。

 

「向こうがわたしをジュグロンデョだと思ってるからです」

「じゅ、ぐ…?」

「フェムシンム――オーバーロードの神話に出てくるもので、そばにいると勝利をもたらすっていわれてる、天使みたいなものです。向こうはわたしがそのジュグロンデョだって思い込んで、近くに置いとこうって。だから入れたんです」

「へえ……」

 

 オーバーロードはただの怪物だという認識が、少しだけ変わった。オーバーロードには人間に近い知性があると知っていても、験担ぎの風習があるとは知らなかった。

 

 

「ここです。光兄さんがいる部屋」

 

 「研究開発部主任室」とドア横にプレートが貼られてあるドアの前で、ヘキサが立ち止まった。

 

「今から会う兄さんは、高司さんが知ってる兄さんじゃないかもしれません。それでも、会って、くれますか?」

「会うよ。そのためにここまで来たんだもん」

 

 ヘキサは今にも泣き出しそうに笑った。

 

 ドアがヘキサの手によって開かれる。舞は緊張しながら部屋の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 光実はソファーの上で膝を抱えて丸まっていた。部屋に舞たちが入ったことも分からない様子だ。

 舞は光実の正面まで歩いて行き、その正面に立った。

 

「ミッチ……」

 

 声をかけても、光実は膝に埋めた顔を上げない。

 

「ミッチ!」

 

 大きな声で呼びかけ、両肩を掴んだ。そこでやっと光実は顔を上げた。焦点が外れた目をしていた。

 

(これは荒療治が要るかも)

 

 舞は、今持っている荷物でどうにか光実を励ませる物がないかと探し、見つけた。

 ピンクのスマートホン。そのミュージックプレイヤーを起動して、最大音量に設定してテーブルに置いた。

 

「ミッチ」

 

 舞は手を差し出した。目一杯の笑顔で。

 

「踊ろっ」

 

 光実はぱちぱちと目を瞬き、恐々とした様子で舞に手を預けた。

 舞は笑って光実の手を引いた。光実は覚束ない足取りながら、立ち上がった。

 

 

 

 音楽が流れてくるのが、聴こえる。チーム鎧武がステージで使っていた楽曲。

 

(踊らなきゃ)

 

 光実の頭に、閃くように「それ」は浮かんだ。

 

「ミッチ。踊ろっ」

 

 舞が笑って手を差し出していた。そうだ。踊らなければ。光実は舞の手に手を重ねた。

 

 立ち上がる。ステップは体が覚えている。手足は自然と動き出す。

 腕を振る。ジャンプする。抜けそうな青空の下、ひたすら踊って汗を掻いた日々が思い出される。

 

 舞と二人だけのステージ。憧れなかったと言えば嘘だ。舞のステージに光実しかいない、光実のステージに舞しかいない、そんな夢みたいなことを何度も空想した。それが今、現実になっている。

 

(楽しい。楽しい。けど、二人だけだとちょっと物足りないって思うのは、舞さんだけじゃなくて、チームのみんなが好きになったからってことかな。僕が他人を好きになる。嘘みたいだ)

 

 舞と光実のデュオパートに入る。二人は手を打ち合う。前後に並び、腕を絡め合う。

 そこで光実の動きが――崩れた。




 思い出してください。舞も光実もビートライダーズ。ダンス好きの若者だったことを。

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