切り裂きジャック〜乱世を斬る〜   作:東奔西走

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少しだけ内容を変更した部分があります。



第八話 稲葉山城乗っ取り騒動

翌朝、雷電たちは再び稲葉山城へと向かっていた。

和やかな光に包まれた金華山へ入っていく、これが椎の花が咲き誇る時期であれば黄金色に光輝く金華山を拝むことができたであろう。

 

昨日と同じく段蔵を前に金華山を登る雷電はあることを考えていた。

それは、昨日井ノ口に残して引き続き情報収集を行わせていた忍が得た噂である。

 

『金華山の麓から近江へと続く中山道にある地蔵のそばで不気味な音が聞こえる』

 

噂とはこういったもので正直あまり大したものには感じない。

これを報告にきた忍も「こんなものを探していたのですか?」と眉を寄せていた。

雷電も別にこの噂を探していたわけではないのだが、昨日からどうにも気にかかる。

 

 

(そのうち暇があれば確かめにいくか……)

 

 

いまは潜入中だ、と気持ちを切り替え周囲に気を配る。

前回は夜の潜入だったが、今回は日が昇っている朝であり明るく、見つかりやすい。

ゆっくり確実に潜入したいところだが、あまりゆっくりしすぎると今度は斎藤家の会合に間に合わない可能性が出てくる。

誰にも見つからず速やかに二の丸まで行かなければならない。

 

 

「うぅ、いまになって下山したのを後悔しました。明るい内の潜入の難しさはわかっていたのに……」

 

「言うな、あの場合下山するしかなかった。まさかあの警戒の中、居ずわるわけにもいかない」

 

「……申し訳ない」

 

 

昨日の自分の失態を恥じる段蔵。

その上、下山した時に雷電に文句を言ってしまったことを思いだし、さらに「ごめんなさい」と頭を下げた。

「いや、俺も悪かったからな、気にするな」と雷電は軽く段蔵の肩を叩く。

その後、二人は口を開くこともなく黙々と金華山を登って行った。

 

しばらくして、あと少しで金華山の中腹に至るというところで、突如少女の悲鳴が辺りに響き渡った。

それと同時に二の丸があるあたりから光がたちのぼる。

 

 

「あの光は何だ?」

 

「わかりません。どうやら義龍の居館からのようですが……」

 

「……んっ?今度は何だ?」

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、また悲鳴が……」

 

 

「悲鳴?」と段蔵が首をかしげると、自分の耳に手をそえ耳を澄ます。

段蔵にも聞こえたのか、悲鳴が聞こえた方を見る。

 

 

「こっちに来てませんか、この悲鳴?」

 

「かなり大勢いるみたいだ、隠れるぞ」

 

 

雷電たちはできるだけ身を屈め、草むらに身を潜めた。

そのまま待機していると、大勢の美濃兵たちが何かから逃げるように金華山の山道を駆け下りて行く。

そして、その後を追うように一風変わった狐やら狼やらが駆け下りて行った。

駆け下りた先は悲鳴と怒号が飛び交い、徐々にそれは遠のいていき、しばらくすると聞こえなくなった。

じっと影で見ていた二人はその光景に呆然としていた。

 

 

「あれは、いったい?」

 

「……わからん。上で何かあったみたいだ、急いで館まで行くぞ」

 

「あっ、ちょっと待ってください旦那!」

 

 

どうやらさっきのでほぼ全ての美濃兵が下へ行ったらしい。

なら隠れる必要はないと、雷電は一気に山を駆け上っていき、段蔵も必死に追いすがっていく。

稲葉山城の門番などもいない。

雷電たちは周囲を警戒しながらも門をくぐり二の丸に入る。

 

 

「誰もいない?どういうこと。何者かの襲撃にあったにしては争った痕跡が全くない」

 

「一応、館から声はするな。これは……良晴?」

 

「サルの旦那が?ということは竹中半兵衛も一緒なんじゃ?」

 

「半兵衛かどうかはわからないが、館に四、五人いるようだ」

 

 

とりあえず雷電は声のする館へと向かおうとする。

だが、館に足を踏み入れる前に邪魔が入った。

 

 

「まだ美濃侍が残っていたか!」

 

 

不意に背後から声がして、二人は弾かれるように振り向く。

そこには、先ほど美濃兵を追いかけていた大狼が牙をむき出しにしてこちらに迫ってきていた。

寸前まで気配も音もなかったため二人とも反応が遅れる。

狼がこちらに飛びかかってくるとようやく二人が動き出した。

雷電は狼に正面から当たり、狼の顔を掴み地面に叩き伏せようとするが思っていた以上に狼の力は強く、サイボーグの雷電と均衡していた。

 

 

(サイボーグの俺と同等!無人機並の筋力があるのかこいつは!?)

 

「私と張り合うとは、姿を見ただけで逃げ出す他の美濃の人間どもとは違うようだな」

 

 

目の前の狼が目元をニヤリっと細めながら話しかけてきたことに、雷電は驚く。

さっきのもこいつが?っと先ほどの声も狼のものだということを察した。

それと同時にこいつは自分たちを美濃の人間と誤解していることがわかった。

なら誤解を解けば……

 

だが、力比べをするように互いを抑えあっているところへ、側面へと回っていた段蔵が狼へ向けて苦無を投げ放ってしまい、狼は後方へ飛び避けた。

段蔵は続けざまに複数の苦無を狼に投擲するが、それらはすべてでかい尻尾によって薙ぎ払われてしまう。

 

 

「そんなもの、私には効かぬ!」

 

「チッ!ならその尻尾から引っこ抜いてやる!」

 

 

今度は小太刀を抜き、尻尾を切り裂かんと段蔵は突っ込む。

懐へと入り込んでくる段蔵へ、相手は爪や牙を使い襲い掛かってくるが、忍らしい俊敏な動きでそれらを避け続け翻弄する。

しかし、狼の動きが激しく小太刀が尻尾へ届かず攻めきれずにいた。

 

攻めあぐねていると横から爪が胴を薙ぐように迫ってきた。

段蔵はそれを反射的に上に飛んで避けてしまい、「しまった!」と思ったころには狼の尻尾を喰い、城の壁まで飛ばされ叩きつけられてしまう。

 

 

「うっく、いてててっ…」

 

「他愛のない。喉を噛みちぎって終わりにしてくれる!」

 

「やばっ!」

 

 

段蔵が立ち上がる前に狼はとどめを刺しに動いた。

「くそぉ!」と壁に背預けたまま段蔵は悔しそうに唇を噛む。

段蔵に飛びつくため地面を蹴ろうとした狼だが、横から飛び出してきた雷電によって再び抑えつけられ防がれてしまう。

力が均衡した二人は岩のようにその場から動かず、筋肉をプルプルと震わせて再び膠着状態となった。

 

 

「俺を忘れてもらっちゃ困るな」

 

「ふん、また力比べか?私とお前とでは勝負はつかんと思うが?」

 

「あぁ、そうだな、素の状態では互角だ。だから少しズルをさせてもらうぞ」

 

「なに?」

 

 

そう言い放つ雷電の体はにわかに青白く発光しはじめ、ついには肢体に電流が流れ始める。

何かに化かされたように狼はその目を大きく見開く。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「ちょっとした手品だ。ふんっ!」

 

「うぐぁっ!?」

 

 

いままで互角だったが、電流を帯びた瞬間に雷電の筋力が膨れ上がり、その均衡は崩れ狼は地面に叩き伏せられた。

電流を帯びている雷電はそのまま狼を抑えつける。

 

 

「人の言葉をしゃべる狼とは驚いた。お前を見ているとどっかのウルフドックを思い出す」

 

「くそ、よもや私が敗れるなんて。美濃侍にこれほどの者がいたとは、ぬかったわ」

 

「……さっきから言おうと思っていたんだがお前は誤解している。俺たちは美濃兵じゃない」

 

「なにっ?」

 

 

雷電は抑えつけていた手を放し、よろついている狼を立たせる。

美濃兵ではないとわかったからか、襲い掛かってくることはなかった。

そのかわり詮索するような目で雷電を見る。

 

 

「ならばお前は何者だ、なぜここにいる?」

 

「それは……」

 

「あれ?雷電さん!なんでここにいんのだよ!?」

 

 

問いに答えようとすると、城の中から良晴を先頭にぞろぞろと出てきた。

良晴に犬千代、それから銀髪の少女の三人が困惑顔でこちらの様子を見ている。

どうやら外の騒ぎに気づき出てきたようだ。

 

 

「後鬼さん、どうされたのですか?なにやら争っていたようですけど……」

 

「いえ、この者たちを美濃侍と思い戦いを仕掛けたのですが、どうやら勘違いだったようです」

 

 

銀髪の少女に事情を聞かれた狼、もとい後鬼は雷電と段蔵を指さしながら説明した。

どうやら、この狼は後鬼というらしい……って。

 

 

「うん?狼はどこへ行った?というか君は誰だ、いつの間にいたんだ?」

 

 

雷電はいつの間にか狼がいなくなっており、その代わりに狼の耳や尻尾を生やした女がいることに疑問符を乱立させた。

その言葉を聞いた狼の耳を生やした女は呆れたように雷電を見た。

 

 

「何を阿呆なことを言っているのだ。私が先ほどまでお前と戦っていた狼だ」

 

「……なに?」

 

「後鬼さんは私の式神なんです。狼と人の半身半妖のようなものなので、人の姿にも狼の姿にもなれるんです」

 

 

混乱している雷電に銀髪の少女が狼女、後鬼について解説をしてくれた。

まだ混乱しながらも雷電は適当に頷く。

正直まだ後鬼についてはわからないことだらけだが、それよりも今のこの状況を把握したい。

そう考えた雷電は良晴に状況の説明を頼むが、良晴は視線を泳がせて口ごもる。

 

 

「いや、えぇとこれは……」

 

「お前たちが竹中半兵衛の家臣の面接会に行っていたことは知ってる。ここにいるのも半兵衛の出自に同行してきたんだろう?」

 

「げっ!なんで知ってるんだよ!?」

 

 

雷電の言葉に良晴と犬千代が狼狽える。

雷電は信奈の命によって自分たちは井ノ口で情報収集していたことや、士官面接を少し盗聴させてもらったことを簡潔に説明した。

そして、ここにいるのは今日行われる会合の内容を盗聴しようとしていたことも話す。

 

 

「あんた、忍者の仕事までできたのかよ……」

 

「元潜入工作員だったからな、俺は」

 

「本当あんたいったい何者なんだよ!?」

 

「俺のことはいい、それよりも今のこの状況だ。どうなってる、なんで美濃兵が誰もいない?」

 

 

今度は良晴たちが説明する番だった。

 

良晴たちは予定通り、今日の会合のために稲葉山城へ向かった。

だが、いざ門を通ろうした時に、半兵衛が上から何者かに犬の小便をかけられたらしい。

その時、半兵衛が悲鳴をあげ犯人は逃亡。

騒ぎを聞きつけた義龍をはじめとする美濃勢が城から出てきて門に集結した。

美濃の連中は、小便によってびしょ濡れになった半兵衛に鼻息を荒くして、「拙者が半兵衛殿の体を拭いてやろう」と下心丸出しの発言を繰り返しながら迫りだしたという。

良晴曰く、「美濃の連中はロリコンの……しかも小便趣味の集団」らしい。

鼻息を荒くして迫ってくるおやじたちに恐怖し、半兵衛は式神の札を乱発しこれを撃退、「稲葉山城の乗っ取り」に成功してしまったのだ。

 

そして、いまに至る。

 

 

「……なんというか、残念な連中だったみたいですね」

 

「この際、そこには触れないようにしよう……」

 

 

 

後鬼の尻尾攻撃のダメージから立ち直り、雷電のそばで話を聞いていた段蔵が顔を引きつらせながら言った。

雷電もそんな彼女に内心では同調しつつも触れない方向で行こうとした。

それよりも、いまの話の中で疑問に思ったことを口にする。

 

 

「良晴、竹中半兵衛は男じゃないのか?いまの話だと女みたいに感じたんだが」

 

 

士官面接を盗聴した際に半兵衛は男だと思っていた。

だが、良晴の話からすると男だとは考えにくい、というよりも男だったら義龍の周りは小便趣味の男色人間の集まりということになる。

……正直、考えたくもない絵面だ。

 

だが、幸い良晴からはそれを否定する答えが返ってきた。

良晴は顔をキョトンとさせながら言う。

 

 

「えっ、半兵衛ちゃんはこの子だぜ」

 

 

良晴が半兵衛ちゃんと言って視線を向けたのは、犬千代の後ろで目をうるうるとさせて「くすん、くすん、この人怖いです」と雷電を見ている先ほどの銀髪の子だった。

 

 

「この子供が、竹中半兵衛?じゃあ俺が面接の時に聞いた男の声は……」

 

「くすん、くすん、それは私の式神の前鬼さんです。前鬼さんには私の影武者を務めてもらっています」

 

 

そういうと半兵衛は前鬼を呼び戻した。

すると、雷電の前に先ほど狼と一緒に見かけた大きな狐が現れて、みるみるうちに人の形へと姿を変え、最終的に細面で狐顔の男が現れ、「俺がわが主、竹中半兵衛の影武者を務める、前鬼だ」と名乗りをあげた。

 

 

 

「もうわけがわからん……」

 

「ご、ごめんなさい。ややこしいことしてごめんなさい!くすん、くすん」

 

「こら旦那!私といい、この子といい、よくそうホイホイと女の子を泣かせられますね!」

 

「いや…、俺は別に泣かせるつもりは」

 

 

半兵衛を泣かせた雷電を段蔵は、指で彼の胸をビシビシと突っつきながら叱りつける。

 

 

「へくちゅん!ずず……へ、へっくちゅん!」

 

「あぁそうだった、半兵衛ちゃんを風呂に入れないといけないんだった」

 

「……犬千代がお風呂にいれてくる。男どもは覗かないように」

 

「の、覗かないって!」

 

「あっじゃあ、あたしもご一緒しようかな~。旦那、覗いたらダメですからね」

 

「……俺はこいつを見張っておく」

 

 

雷電はそういって良晴の頭に手を置く。

「俺ってそんなに信用ないの?」と落ち込む良晴を頭を軽くポンポンと叩いて励ます雷電だが、内心では同じ思いだった。

そんな二人を置いて、女の子集団は風呂へと向かって行った。

とりあえず、雷電と良晴は館の中で待機することに。

 

 

「ところで雷電さん、一緒にいたあの女の人誰?なんか結構ナイスバディだったけど」

 

「加藤段蔵、信奈が雇った忍らしい。俺の美濃潜入に同行してもらっている」

 

「段蔵?……あれ、なんか聞いたことあるような」

 

「名の知れた忍らしい。本人がそう言っていた」

 

 

その雷電の説明も良晴は「なんだっけなぁ」と呟いていて聞いていない。

 

雷電は良晴をほっとき、視線を外へと向ける。

朝に出発したが、既に時刻は昼を過ぎ未の刻くらいになっていた。

思いのほか金華山を登るのに時間をくったようだ。

外の景色を見ながらそんなことを考えていた雷電はあることに気が付いた。

 

 

「お前たちは三人だけか?館の外からは五人くらいの声が聞こえたんだが……」

 

「あぁ、あとの二人は長政の野郎と安藤のおっさんのことだな。あの二人は話があるとかで、どっか行ったぜ」

 

「話……そうか」

 

 

雷電自身、なんとなく気になっただけなのでそれ以上聞くことはしなかった。

 

 

「はぁ~、雷電さんいいなぁ。あんな可愛くてナイスバディな女の人と行動できて」

 

 

ブーブー言いながら良晴は床に寝そべり、天井を見つめながら何故か段蔵の体について語りだした。

特に胸に関して。

完全無視を決め込んだ雷電は視線を外の景色へと戻す。

女の子集団が戻ってくるまで、ここまでのことを整理することにした。

 

俺たちは、ここで行われるはずだった会合を盗み聞きするために来たのだが、それは半兵衛の暴走によって行われず、稲葉山城は実質、半兵衛が落としたことになる。

俺たちは空振りに終わったわけだが、結果を見れば美濃攻略がぐんっと近づいた。

もし、このまま半兵衛をこちらの味方にすることが出来れば、自然と美濃は攻略できるわけだ。

 

いまのところ半兵衛はまだ斎藤家側の人間、だが今回の騒動で義龍たちは半兵衛が謀反を起こしたと感じるだろう。

つまり、半兵衛の立場は以前よりも余計に危うい状態のわけだ。

いまなら容易に味方につけることができるのではないか?と雷電はそう考えた。

 

だが、おそらく雷電では半兵衛を調略はできないだろう。

……大層怖がられているからだ。

 

 

(となると、犬千代か良晴か)

 

 

良晴たちは元から半兵衛調略のために動いていたわけだし、この件に関しては余計な手を出さないほうが良いだろう。

 

 

(元々、俺の仕事は情報収集だからな)

 

 

そう結論づけると雷電は視線を外から室内へと戻す。

すると、良晴がバッと立ち上がり、退出しようとしているのが目に入った。

その顔は少々にやけている。

 

 

「どうした良晴、どこへ行くんだ?」

 

「いや~ちょっと厠にいこうかな~と」

 

 

そういうと部屋を出て行き足音をたてて厠へと向かっていく。

「なんだトイレか」と雷電は再び外へと視線を戻す……が。

 

 

「うん?良晴のやつどこに行ってるんだ?厠とは違う方へと行ってるが……」

 

 

良晴の足音が厠とは違う方へと向かっていることに気づき不思議がる雷電。

そこで思い出す、俺はなんのために良晴と共にこの部屋にいたのか、そして部屋を出る瞬間に見せた良晴の鼻の下を伸ばしきった表情を……。

 

 

「あいつ、風呂場を覗く気かっ!?」

 

 

急いで後を追う雷電。

別に良晴が風呂を覗こうがその末、女子集団にボコボコにされようが自業自得なので気にしないが、「こいつを見張っておく」と言ってしまった手前、このまま見逃すととばっちりを喰いかねない。

 

足音をたどり良晴の後を追い外へと出ると良晴の背中を発見。

その先には少女たちがいるであろう風呂場がある。

雷電は地面に足跡がつくほど力強く走り良晴に接近し、間合いに入ると同時に軽く首を絞めあげる。

 

 

「げぶっ!?」

 

「……良晴、お前がどこで誰の風呂場を覗こうと勝手だが、いまは自重しろ。お前が覗いたとばれれば、見張りの俺までとばっちりを喰らう。覗きをするなら他所でやれ、ここではおとなしくしてもらうぞ」

 

 

(何故ばれたしぃ~~~!?……というか他所でなら良いんかいっ!?)

 

 

耳元でそう囁きかけると首を解放し、良晴の鳩尾に拳を叩きこみ気絶させる。

良晴の体は軸を失ったように雷電へと倒れこみ、雷電はその体を肩に担いで館に戻ろうとした。

その時、少しだけ風呂場の少女たちの声が聞こえてしまった。

 

 

「———なるほど、織田信奈殿はこれ以上美濃攻略に手こずると、浅井殿と政略結婚せざるをえない状況なのですね」

 

「……そう、良晴はそれを止めるので必死。犬千代も政略結婚は阻止したい。勝家も万千代もみんなそう考えてる」

 

「あ~嫌だ嫌だ、政略結婚なんて。あたしだったら逃げ出すな。自分の夫は自分の好きな人にしたいよね~」

 

「……でも姫様は逃げ出せない立場。だから、阻止する」

 

 

聞こえてきた内容は今の織田家の内情についてだった。

やはり、みんな政略結婚は阻止したいという思いなのだな、と雷電は改めて思い知った。

犬千代の言葉からそれが感じられる。

 

雷電はそれ以上盗み聞きはせず(するつもりはなかったが)館へと戻った。

 

良晴を元の部屋に寝かせ、雷電は外へと出て周囲を警戒することにした。

山を下った義龍たちがいつまた戻ってくるわからない。

そう考えた雷電は物見櫓にのぼり、半兵衛たちが出てくるまで警戒にあたった。

 

 

「ローズ、ジョン……」

 

 

金華山の麓を見下ろしながら、雷電は自分の帰りを待っているであろう最愛の妻と息子の名を静かに呟いた。

 

それに答えたのは雷電の髪を微かに揺らす程度の微風だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

うこぎ長屋

 

 

 

そのころ、ストライカーで待機をしているドクトルは、長屋で知り合ったねねの遊び相手をしていた。

ドクトルも周りの人とも打ち解けはじめ、最近ではこうしてねねの遊び相手や浅野の爺さんの話し相手を務めている。浅野の爺さんとの会話は半分以上が成り立っていないが……。

いまはストライカーの前で、ドクトルが地面を黒板がわりにねねに数学を教えているところだ。

記号をこの時代のものでもわかるように変えて、説明しているのだが……

 

 

「———こういう場合は先ほど教えた公式に当てはめれば、楽に解くことができる」

 

「えぇと……おぉ本当に簡単に解けました、すごいですぞ!やはりドクトル殿は天才ですな!」

 

「ふむ、その歳でこの問題も理解するとは、本当にねね君は末恐ろしい子だな」

 

 

ドクトルの数学教室によって、ねねは時代を超えた秀才へと成長しつつあった。

 

引き続き数学教室をしているドクトルの元に数人のお供を連れた勝家が、長屋の一部屋一部屋をじゅんぐりと見ながらこちらにやってきた。

 

 

「ドクトル殿、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「あぁ、勝家君か。この私に何か用かね?」

 

「サルと犬を見なかったか?姫様に二人を呼ぶように言われているんだ」

 

「猿と犬?犬ならそこに一匹おるが、猿は見かけんな」

 

 

ドクトルが指さした先には、雷電捜索の際に犬千代が連れてきた白い犬が元気にそこら辺を走り回っている。

長屋のみんなで飼い始めたこの犬、人懐っこくてかわいいのだが、どういうわけか雷電にのみ懐かず、本人はひどく落ち込んでいた。

 

だが、勝家は手を横に振りながら「違う、違う!」と言ってきた。

 

 

「本物の犬じゃなくて、犬千代のことだ。あと猿ってのは相良良晴のこと!」

 

「あぁそういうことか、すまんが見ていないな。私はずっとここにいるが、ここ数日は姿を見ていない」

 

「じゃあ、あの二人どこにいったんだ?」

 

 

腕を組んでため息を吐く勝家。

そんな勝家にねねが「勝家殿、問題ですぞ!」と言って、ドクトルに先ほど教えてもらった数式を使った問題を勝家に出し始めた。

勝家は「えぇ!?ちょっ、なに?あたし頭使うの苦手なんだ!」と言いながら、指を使って頑張って解こうとする。

 

しばらく、悪戦苦闘しているとお供の者に耳打ちされ「あっ、忘れてた」と何かを思い出したように呟き、コホンッと一つ咳をいれた。

 

 

「ドクトル殿、それからねね。姫様は美濃攻略にあたり、居城をここ清州から小牧山へと移された。それにともない家臣たちも小牧山へと強制的に引っ越すことになった。悪いが二人とも今から引っ越しの準備をしてくれ」

 

「了解ですぞ!ねねは爺さまと引っ越しの準備をしてくるでござる」

 

 

ねねはピョンっと立ち上がると走って浅野の爺さんの館に向かって行った。

 

 

「随分と強引なものだな。私も引っ越しさせねばならないのか?」

 

「当たり前だ。ドクトル殿も一応は姫様の家臣なんだからな。それにあんたがいないと雷電殿が困るんだろう?」

 

「それもそうだな」

 

 

どっこいしょ、とドクトルは立ち上がると目の前のストライカーをどうするか悩んだ。

こいつがなければ意味がないのだが、運ぶには雷電の手が必要だ。

だが、その雷電はいま潜入任務中であり、ここにはいない。

さぁどうする……

 

 

「イカれた部分が直れば、後はどうとでもなるんだが……」

 

「なんだ、こいつが運べなくて困ってるのか?」

 

「こいつを運べるのは雷電しかいなくてな、雷電無しで移動させるとなるとイカれた部分を直す必要があるが、時間がかかる」

 

「……なんだか良くわからないけど、時間さえあればなんとかなるのか?」

 

「おそらくな。正直手伝いがほしいところだが、素人がいても意味などないからな。一人で時間をかけてやらせてもらう」

 

「わかった。姫様にはドクトル殿の引っ越しには時間がかかると伝えておくよ」

 

 

勝家はそう言い残しまだ回っていない長屋へと向かって行った。

一人残ったドクトルは本腰を入れて修復にあたるか、と気合いを入れてストライカー内にある道具を取るため、ストライカーの後部ハッチを開けた。

すると……

 

 

———トゥルルルルルル、トゥルルルルルル……

 

 

ハッチを開けた瞬間、中から無線のCall音が響いた。

 

ストライカーにはサイボーグのメンテナンス機器以外にも無線が設置されている。

この時代に来てから散々いろんな所にCallしたが当然の如くまったくつながらず、一応のため電波を受信できるような状態で無線をセットしておいたのだが……。

この時代で無線が通じるはずがない、そう思ったドクトルは最初何かの間違いかと思ったが間違いなく目の前の無線は電波を受信している。

ドクトルは恐る恐るその無線に出た。

 

 

「……誰だ?」

 

『ザッ……ザザッピーーーバリバリッ…………ピーーーーーーーー…………』

 

 

無線に応じてスピーカーから聞こえてきたのは、耳障りなノイズ音や砂嵐のような音だけで声は一切聞こえてこない。

しばらくスピーカーに耳を傾けていたドクトルだがそれ以外の音は聞こえてこず、結局十数秒で無線は何も聞こえなくなった。

 

ドクトルはジッとその無線を見たまま、なぜ突然この無線がつながったのかを考えた。

だが、いくら考えても答えは出てこない、この時代で電波を拾うなどありえないことだ。

ノイズが酷いということは、電波が入り乱れているか、この周波数に直接妨害電波を流しているということだが、そのどちらもこの時代ではありえない。

 

ならば、今のはいったい何だったのか……

 

結局ドクトルはその場から動けず、ストライカーの修復作業に取り掛かったのはしばらく後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作ではあまり出番が見られなかった後鬼さんを雷電と対戦させてみました。
(すごく短く、相撲みたいな対決でしたが……)
今後も後鬼さんをちょくちょく出していきたいです。
ただ、しゃべり方こんな感じで大丈夫でしょうかね?

余談ですが、私はメタルギアの無線ネタが大好きです。
新作になるにつれて無線ネタが少なくなっていくのが悲しい( ;∀;)

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