切り裂きジャック〜乱世を斬る〜   作:東奔西走

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今回はいつもよりも長めです。

少々内容を変更しました。


第七話 美濃潜入

うこぎ長屋 ストライカー内

 

 

 

信奈から美濃の井ノ口の町での情報収集の命が下り、雷電はそれに備えてドクトルに電解液や自己修復剤の補給をしてもらいに来ており、いまはストライカーの中にあるベッドのようなものに寝そべっている。

この時代に来てからまだ一度も補給を行っていないことを思い出したからだ。

これから敵地に入るわけだから、何が起きてもいいように十分に補給を行っておく。

 

雷電は今回の任務のことを思い出す。

敵地の美濃へと潜入し情報を得る。

簡単そうに聞こえるが、この時代での諜報活動の勝手がわからない雷電にとってはその難しさは未知数である。

信奈の話では自分の元に付き人として忍を向かわせると言っていたが……

 

 

「まだ来ないか……」

 

「付き添いの者が忍者とはな。サイボーグニンジャと本物の忍者、面白い組み合わせじゃないか」

 

 

ドクトルはストライカーの備え付けの機器をいじくりながら面白げに笑っている。

雷電はよくサイボーグニンジャと呼ばれていた。

それは雷電が自称しているわけではなく、周りが勝手にそう呼んでいるのだ。

 

 

「電解液も自己修復剤も補給は終わったぞ。これで当分は大丈夫だろう」

 

「助かる……、にしても本当に便利だな、このストライカーは」

 

 

補給が終わった雷電はベッドから降りながらそうつぶやいた。

現在は走行できないが、これ一つでどこでもサイボーグの運用が可能なのだから、こいつと共にこの時代に来たのはまさに不幸中の幸いである。

 

 

「いつでも満足に補給できるわけではない。まとまった補給が行うには、少なくても一か月以上は必要だろう」

 

「そんなに期間が必要なのか?」

 

「当たり前だ、このストライカーには申し訳程度のものしかない。私のラボほどの充実した設備ではないのだから、過度の期待はするな。こんな状況下でも補給できるだけ、ありがたく思ってくれ」

 

「十分ありがたいと思っているさ。こいつとあんたがいるおかげでこの時代でも問題なく俺は動けるわけだからな」

 

 

雷電は脱いでいた着物に着替えながらストライカーを降りる。

 

そこへ降りてくるのを待っていたかのように、突如眼前に誰かが降ってきたかのように現れた。

目の前で片膝をつくような姿勢をしているため顔が見えづらい、体系から女ということはわかる。

現れるまで気配が感じられなかった女に雷電は多少警戒する。

様子を窺っていると女はすくっと立ち上がり、その顔をあらわにした。

 

年齢は、信奈や勝家たちよりも大人びて見える。

大きな目には勝気な印象を受けるほど力強いものがあり、自身に満ちたものがある。

だが、口が緩やかな弧を描いていてどことなくいたずらっ子のような印象も受ける。

いたずら好きなお姉さん、それが雷電の目の前の女に対する総合的な印象だった。

 

 

「えーと、あなたが雷電さんでいいんだよね?」

 

「そうだが、お前は?」

 

 

「お前」、雷電が初対面の女、子供に対しては大抵「君」と呼ぶ。

だが、雷電が女をこう呼んだのは、少なからず警戒していたからだろう。

 

その女はというと、雷電の質問に答えることもせず、あごに手を当てながら彼の体を上から下までジロジロと見ていた。

見ること五往復、それだけ見ると今度は納得したように腕を組んでなにか満足げな表情をした。

 

 

「いったい何なんだ、お前は?」

 

「えっ?あ、ごめんなさいジロジロ見たりして、でも…うんうん」

 

 

彼女はいっこうに何者なのかを名乗らないことにいっそう眉を顰める雷電。

自分に同行する忍か?と思った雷電だったが、彼女が発した言葉はそれを否定するに等しいものだった。

 

 

「じゃあとりあえず~、…お命頂戴」

 

「!?」

 

 

彼女は言下に消え、気づいた時には背後から雷電の首筋に小太刀を突き立てようとしていた。

決まったぞ!とほくそ笑む少女だが、すぐにその表情は凍り付くことになる。

 

雷電は振り向くこともせず右手を後ろに突き出し、それが女の襟首をとらえた。

「へっ?」という素っ頓狂な声をあげ、動きが止まる。

次の瞬間。

 

 

「ふんっ!!」

 

「ちょっ!!?」

 

 

力任せに前方の上空めがけて女をぶん投げる。

 

———空を舞う女…

 

実際は涙目になった女がグルグル回りながら宙を飛んでいるので、そんな美しいものではない。

もし、石兵八陣の時に雷電を長秀が止めなければ、良晴も同じ目にあっていたのだろう。

女を投げた雷電は彼女を追うように自らも飛びだした。

 

 

「雷電、ついでに自己修復用ナノペーストと電解液パックも携帯しておけ……おや、雷電どこへ行った?」

 

 

その場には雷電のために用意した携帯アイテムを手に持ったドクトルだけが残されていた。

 

投げられた女は上昇から落下へと変わると身をクルンと回し、着地するために体勢を整える。

その女の目に写ったのは、ありえない跳躍力で自分を追跡するように飛んできた雷電の姿だった。

それを目にした瞬間「げっ!?」とお化けを見たような顔をする。

 

両者とも人気のない空き地のような場所に無事に着地。

女は顔を青くして手を顔の前でぶんぶん振りまくる。

 

 

「ちょ、ちょちょっと待った!?」

 

「何者だ?」

 

(こっちの台詞だーーー!?化け物かあんたは!?)

 

 

内心そう突っ込みを入れながらも手を振ったりして降参の意思を示す。

 

 

「あ、あたしは旦那の美濃への潜入に同行するように言われた忍で、けっっして怪しい者じゃありませんよ!」

 

 

ここで汗をかきながらもニコッといま現在で出来る最上級の笑顔を作る、自称怪しくない女。

だがその笑顔も雷電が眉を一ミリほど動かす程度の効果しかなかった。

 

 

「お命頂戴とか言って小太刀を首に突き立てた奴が何を言ってる」

 

「そ、それはちょっとした悪ふざけでして、そっそれにあの小太刀だってほら、これこれ!」

 

 

そういうと女は先ほどの小太刀を取り出し、自分の手のひらに突き刺した。

一瞬、雷電は何をしてるんだ!と驚いたが、すぐにそれが何だかわかった。

 

女の小太刀の刃は偽物で、突き刺すと刃がへこむようになっている。

彼女は小太刀の刃をヘコヘコさせて必死にこれが本物ではないことを証明している。

あれでは殺傷力はないし、もちろん人を殺せない。

どうやら本当に悪ふざけだったようだ。

 

 

「ほら、ね!」

 

「はぁ……、紛らわしいことを……」

 

 

呆れ果てる雷電。

女は小太刀をしまうと、雷電の前まで来てやっと自己紹介を始めた。

 

 

「あたし加藤段蔵っていいます。これでも名のある忍なんですよ。信奈様の命により、旦那と共に美濃への潜入および情報収集するように言われました。趣味はいたずら!」

 

「……だろうな」

 

 

どうやら段蔵は雷電のいたずらっ子ぽいという印象そのままだった。

ともかく、この段蔵が信奈が雷電に送ってきた忍らしい。

 

短かいため息をして、雷電は彼女に向き直り自分も名乗る。

 

 

「雷電だ。まぁお前は俺のことを知っていたようだがな」

 

「はいはいはい!いろいろと旦那のことは聞いてますよ。未来から来たこと、彩防具のこと、白鬼と呼ばれていることなどなど!すこぶる強いのに、おまけに乱波までやろうってんだからあたしの出番が無くなりそうなんですよ。実際いままで忘れられてましたし」

 

「よく喋る忍だ。俺が想像していた忍者とはだいぶ違うな。まるで忍ぶ気が感じられないんだが、大丈夫か?」

 

「大丈夫大丈夫、名のある忍だっていったじゃないですか♪」

 

「……そもそも、忍が名を知られてちゃまずくないか?」

 

 

目の前の忍の女、段蔵にいぶかしむような視線を送りながら雷電はそう呟いた。

心に薄い不安の影を残しつつも、雷電は段蔵と美濃潜入のタッグを組むこととなった。

 

互いの自己紹介も終えた二人は信奈の言われた通り、そのまま美濃侵入へと行動を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

美濃領 井ノ口の町

 

 

 

雷電は段蔵の案内もあり無事に井ノ口の町に潜入することができた。

二人とも段蔵が用意した浪人の衣装に身を包んでいた。

特に雷電の髪の色は目立つため、笠をかぶって誤魔化している。

 

ここにくる道中は関所を通ることは避けるため、けもの道や断崖絶壁などおよそ人が通るところではない道を使ってきた。

幸いにも二人とも忍者とサイボーグニンジャ、断崖絶壁もなんのそのと問題なかった。

 

 

「とりあえず、手分けして情報集めますか旦那」

 

「固まってても効率悪いからな、一度散るか」

 

「ほんじゃ、あたしはあっち行きますんで」

 

 

そう言うと段蔵はそそくさと行ってしまった。

段蔵が人混みに消えるのを見送ってから、雷電も段蔵とは違う方へと歩き出す。

 

雷電はひときわ賑わっている町の一角につくと、目立たぬように路の端でたたずみ聞き耳を立てる。

町の喧騒の中から自分に必要な情報を取捨選択しながら探していく。

だが基本聞こえてくるのは、町人たちの世間話や売りっ子の売り文句ばかり。

それでも根気よく聞き分け続けていると、興味を引く単語が耳に入った。

 

『竹中家士官面談』

 

すぐさまこの話をしている人物を探す。

話をしていたのは、道端で立ち話をしている浪人風の男たちだった。

雷電は笠を深くかぶり直し、男たちへと近づく。

 

 

「もし、あんたら竹中家士官面談と言ったか。詳しく聞かせてはもらえないか?」

 

「あぁ?なんだお前は」

 

 

声をかけられた男たちは一斉に雷電へと振り向く。

その顔はどれもこれも不機嫌そうなものだった。

 

 

「俺はしがない浪人だ。先ほど聞こえた士官面談に参加したいと考えたんだが、どこでやっている?」

 

「ほう、つまり同じ穴の狢ということか。だが残念だったな、士官面談はもう終わった」

 

「終わった?」

 

「あぁ、俺たちは士官がかなわなかった、いわば負け組よ」

 

 

雷電は思わず男たちには聞こえないよう舌打ちをする。

せっかく大きな情報を、それも自分たちを苦しめていた竹中半兵衛の家に潜入するチャンスに乗り遅れてしまったのだ。

悔しがりながらも雷電は面接があった場所だけでも浪人たちから聞いてその場を去った。

 

浪人たちから聞いた話を元に雷電は面接会場だった長良川沿いにあるという「鮎屋」を目指した。

 

「鮎屋」はそれほど遠くなく、すぐに到着。

雷電はこの店の店主なら何か有力な情報を持っているのではないかと考えた。

 

 

「店主、少し伺いたいことがある」

 

「へい、なんでしょ?」

 

「ここで『竹中家士官面談』があったと思うんだが…」

 

「あぁ、ありましたよ。残念ながら先ほど終わっちまいましたけどね。守就様が三人ほど連れて奥座敷の方へと行きましたが、その内二人はどうも変な奴らでしたわ」

 

「変な?」

 

 

面接に合格した奴など全く興味なかった雷電だが、店主の言いようについ聞き返してしまった。

 

 

「虎の被り物なんかしている女の子とサルみたいな顔した男でして。男の方は羽振りがよくてですね、そこが気に入られたんでしょうね」

 

「……」

 

 

瞬時に織田家の前田犬千代と相良良晴が思い浮かんだ。

あの仲良し二人組、見かけないと思ったらこんなところに居たのか。

雷電は顔をおおうように手をやり、今日何度目かのため息をした。

 

 

「……お知り合いで?」

 

「いや、そんなやつらがごうかくしたのか、とおもってな」

 

 

完全に棒読みである。

あの二人に限って寝返るなんてことはないだろうと考えるがどうも気になる。

 

そこで雷電は奥座敷での会話を聞き取れないかと試しに聞き耳を立ててみた。

 

 

『待てよコラてめぇ信奈に抱擁なんざしたら殺すからな!』

 

『ひとたび私が接吻でもしようものなら、信奈殿も含め、おなごどもはそれはもう桃源郷のここちに———』

 

『やっぱり槍を貸せ、犬千代!ここで最終決戦だ!』

 

 

———聞こえた……、間違いない、尾張の犬とサルだった……

聞こえてきたのは良晴の怒鳴り声と男の涼しげな声だった。

そして、次に犬千代と大人びた男の声が聞こえてきた。

聞いているうちに良晴と争っていた男が浅井長政、大人びた男の名が竹中半兵衛だとわかった。

 

 

(浅井長政……。確か信奈に求婚したっていう浅井家の大名。なぜこんな所に?)

 

 

状況がよくわからない、もっとよく聞かないと、とさらに耳に意識を集中させる。

 

 

「あの~、どうされたんです?」

 

「えっ?……あぁすまない、ボ~っとしていた」

 

 

だが、店主の男が目の前にいることを忘れていた。

店主は雷電を疑うような目で見ている。

 

 

(怪しまれているな…、ここは退散したほうが良さそうだ)

 

 

雷電は最後に「妙な噂は聞かなかったか?」ともう一つの目的である情報を集めようとしたが結果は空振りだった。

邪魔したな、と雷電は店を後にする。

店を出る際も会話を盗み聞きしつづけたが、周りの喧騒が激しくなり、断片的なものしか聞こえなかった。

 

『調略の使者』『糞団子』『斎藤家を辞す』

 

声からして半兵衛が言った言葉だろう。

明らかに異様な言葉が混じっていたが、聞こえた単語から察するに良晴たちは半兵衛を調略することが目的だと考えられる。

浅井長政がいたのは、大方同じ目的だろう。

 

店の外に出てからも試してみたが流石に周りの音が邪魔すぎて聞こえなかった。

わかったことは、確かにこの面接に良晴と犬千代はいたということ。

 

 

(寝返りが目的ではないだろう……多分)

 

 

そう結論づけると鮎屋から離れるため歩き出した。

次はどう行動しようと歩きながら考えていると前から段蔵がやってきた。

 

 

「旦那、竹中半兵衛に関する情報得てきましたよ!」

 

「こっちも、情報というか朗報を見つけた」

 

「朗報?」

 

 

雷電は良晴たちが竹中家への士官面接をとおり、竹中家へ潜入していることを知らせた。

しかし、段蔵は口をへの字に曲げて不満顔になる。

 

 

「それって、朗報なんですか?むしろその二人寝返ったんじゃ」

 

「あの二人に限ってないだろう、と思う」

 

「断言しきれてないじゃないですか!?」

 

 

反論してくる段蔵を、とにかく大丈夫だ!と無理やり押切、段蔵の得てきた情報を報告してもらう。

段蔵は「場所を変えましょう」と言って人気のない林の中へと移動した。

周りからは見えないほど奥まで行くと段蔵は立ち止まり、振り返った。

とたんに段蔵の顔が仕事のそれに変わる。

 

 

「話によると竹中半兵衛は明日に稲葉山城への初出自を控えており、今回の士官面談もその出自に備え、腕利きの家臣を雇うためだと」

 

「なるほど」

 

「それに半兵衛の悪い噂も城中では立っているようです」

 

「噂?」

 

「竹中半兵衛は陰陽師であるゆえにいぶかしがる家臣がいる他、竹中半兵衛の叔父にあたる安藤伊賀守守就が半兵衛を操って美濃を奪うつもりだ、などの噂もたっております」

 

「竹中半兵衛は斎藤家の中での立場は不安定みたいだな」

 

「噂の真偽はどうあれ、疑われているのは事実かと……、これがあたしが集めた情報です。どうも有力というには不十分ですね」

 

 

どうやら竹中半兵衛の立場は盤石なものではないようだ。

 

しかし、いまの段蔵の真剣な姿。

最初に会った時の雰囲気とまったく違くて、雷電は内心戸惑っていた。

これが段蔵の本当の姿なのだろうか。

情報も雷電よりも多く有力なものを集めているあたり、さすが忍者である。

 

しかし、この情報だけではどうも不足と雷電と段蔵は感じていた。

もっと美濃攻略を優位に持っていける情報がほしいところである。

そこで雷電はずっと考えていたことを口にした。

 

 

「稲葉山城内ならもっと有力な情報を得られるか?」

 

「それは、確かに城からならさらに良い情報が得られると思われます。ですが、それは稲葉山城に侵入する必要がありますよ?」

 

 

雷電の思いもしなかった言葉に戸惑いながらも答える段蔵。

しかし、それには稲葉山城へ潜入することを意味していることを話す。

そこまでリスクをおかす必要があるのか疑問なのだろう。

だが雷電は段蔵の言葉に頭を横に振った。

 

 

「城内に侵入する必要はない。近くまでいけば俺の耳なら城内の話を聞き取れる」

 

「本当ですか?」

 

 

信じられないのか、眉をよせながら疑うような目で雷電の顔を覗き込む。

まぁ当然か、と雷電は自嘲気味に笑う。

雷電は笑いながら段蔵に顔を近づけて口を開く。

 

 

「段蔵、お前には二人くらいの部下がいるんじゃないのか?」

 

「!?」

 

「美濃に侵入する時からずっと俺たちの後をつけさせていただろ。気配は消えていたが木の葉が不自然に揺れる音や微かな足音は消せていない。それでは俺の地獄耳は誤魔化せない」

 

「……」

 

 

押し黙った段蔵は無言で右手をあげる。

とたんに人気のない林の木陰から男女合わせて三つの人影が現れた。

段蔵は邪気のない笑顔を雷電に振りまく。

 

 

「残念でしたね雷電の旦那。正解は二人ではなく三人でした!」

 

 

段蔵のそんな態度に雷電は苦笑いするしかなかった。

 

 

「この三人はみんなあたしが率いている忍の仲間です。本当はもう少しいるんですけど、今回の仕事には三人だけ連れきたんです」

 

「つまりさっきの情報もお前も含めて四人で手分けして集めていたってわけだ」

 

 

そう言うと段蔵はチロッと舌をだしていたずらがばれた子供のような顔をする。

この三人はそれぞれ浪人や町娘の恰好をしている。

忍としての実力は確かな人員だと段蔵は胸を張りながら断言した。

 

 

「でもそれを音で存在を看破するなんて、地獄耳は本当みたいですね~」

 

「逆に言えば音以外は何も感じなかったわけなんだがな」

 

「普通は音だって聞こえないはずなんですけどね、普通の人なら」

 

 

今度は段蔵と他の三人の忍が苦笑いを浮かべる。

 

 

「で、どうする俺の地獄耳を信じて稲葉山城内の情報を探りに行くか?それともいまの情報だけ持って戻るか?」

 

「う~ん…、旦那の地獄耳は本当みたいだし、それにあたしもこの情報だけではちょっと不満ですし」

 

 

うーん、と腕組みして段蔵は考え込んでしまう。

雷電としては集められる情報は可能な限り集めたいと考えている。

稲葉山城に気づかれずに近づくことも自身があるし、五感を強化された自分の耳なら城内の会話を盗み聞ぎするのもたやすい。

もしかしたら、稲葉山城から自分が個人的にほしい情報が得られるかも知れないという淡い期待も捨て切れていないのもあるが…

 

 

「じゃあ、やるだけやってみますかね。でも一応いまの情報を信奈様に知らせるために二人ほど先に帰らせます」

 

「そうだな。だが、報告するのは俺かお前じゃなければ信奈が怪しまないか?」

 

「大丈夫大丈夫♪信奈様はあたしの仲間のことは知ってますから」

 

「……俺にはそんなこと一言もなかったんだがな」

 

 

まぁ細かいことはいいじゃないですか♪と最初に会ったころの調子に戻った段蔵は三人の内の二人に先に戻るように指示をだし、受けた二人は頷くとその場から瞬時に消えた。

残りの一人には引き続き井ノ口での情報収集を行ってもらうことにした。

 

 

「ほんじゃ、あたしと旦那は稲葉山城へといきますか。言っときますが稲葉山城への潜入は一筋縄ではいきませんよ」

 

「潜入する必要は無いと言ってるだろう。会話が聞き取れる場所までいければそれでいい」

 

「それでも、ですよ。稲葉山城に近づくには、金華山に入る必要がありますし、山の各所に砦があるので稲葉山城への接近も容易ではないです。未来の世界ではどんな潜入術があるかは知らないですが、あまり甘く見ないでくださいな」

 

 

腰に手をあて、どこか非難するような言い方をする段蔵。

 

 

「別に甘く見ているわけじゃない」

 

「ならいいんですがね。旦那、稲葉山城と一口に言っても広いので、山の中腹の二丸にある斎藤義龍の居館に狙いを絞りましょう」

 

 

雷電の反論もサラッと段蔵は流して稲葉山城へと歩き出す。

最近ため息ばかりしているな、と雷電は思いつつも軽くため息をつきながら後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

稲葉山城のある金華山。

標高は三百三十メートルの山であり、南部の瑞龍寺山をはじめ、南東、北東へと山が連なっている。

その金華山の麓の井ノ口の町から出発した雷電たちは、日が沈みかけているなかこの金華山を登っていた。

もちろん七曲口や百曲口などの登山道は警備が厳しいため、美濃への侵入同様道なき道を通っていく。

ところどころにある砦を避けるように気配を消して登っていく二人。

目指すは二の丸にある斎藤義龍の居館。

 

 

「お前の言う通り、そう簡単なものじゃなかったな。見張りの目が厳しくて砦に近づきにくい」

 

「だから、言ったでしょう。織田が二度も進軍してきているんで、斎藤勢も警戒を強めているんです」

 

 

草むらや木の幹などに身を隠し、段蔵を前にそろりそろりと進んでいく。

雷電は途中の砦から何か有益な情報が手に入るかもしれないと聞き耳をたてていた。

だが、ここまで収穫はなし。

もしかしたらここでも空振りか?と嫌な予感がしだす。

 

不意に前の段蔵が止まる。

 

 

「どうした?」

 

「見えましたよ。あれが義龍の館です」

 

 

段蔵はゆっくりと前方を指さす。

指さした先を見ると木々の隙間から三層構造の館が見える。

 

二人は出来る限り館に近づき、居館周辺の様子を見るため、木の枝に登り周辺を見渡す。

ところどころに松明が灯ってはいるおかげで館周辺の様子が暗くてもわかる。

 

 

「流石に城主の居館というだけあって、警戒が厳しいですね。旦那ここから聞こえますか?」

 

 

厳しい顔つきの段蔵は居館を見据えながら聞いてきた。

雷電は無言で目をつむり耳の感覚を研ぎ澄ます。

鮎屋の時に比べれば、周りが騒がしくないが距離があるため、聞き取れるか不安があった。

しかし、雷電の耳はしっかりと会話をとらえた。

雷電は段蔵に向け静かに頷く。

 

さまざまな会話の中から重要なものを探す。

すると、ある会話が雷電の注意を引いた。

 

 

『尾張の白い鬼?そやつが我ら美濃兵の伏兵部隊にたった一人で大損害を与えた者なのか?』

 

『左様。ただ損害を与えるだけではなく、兵たちに恐怖を与えた織田勢の新たな猛将よ』

 

『ふむ、尾張のうつけ姫は鬼をも家臣に加えたか……』

 

 

思わず頭をかきだす雷電。

おそらくこの者たちが言っているのは、「十面埋伏の計」を受けた際に暴れまわった時のことだろう。

あの時は雷電自身、抑制がきかなくなっていたせいか、自分で白鬼を名乗ってしまっていた。

 

 

「旦那?どうしました?」

 

「……なんでもない」

 

 

雷電は再び耳を澄ます。

意識を一層目、二層目に集中させると様々な話を聞けた。

半兵衛が軍師として迎えることを快く思っていないことを話している連中もおり、中には半兵衛を陥れようと考えている者までいるのがわかった。

 

 

(竹中半兵衛の立場が盤石でないのは本当らしいな)

 

 

最後に三層目に耳を集中させると図太い声が聞こえてきた。

 

 

『……明日に国人どもを集め会合を開くが、半兵衛は明日こそ来るのであろうな?』

 

『はっ、明日の会合には必ず出ると守就殿も申しておりました。此度の出自を拒むことはありますまい』

 

『ふん、明日の会合は尾張勢に対する防衛を話し合う場。軍師のおらぬなどありえぬからな』

 

 

どうやら明日の半兵衛の初出自の話をしているようだ。

半兵衛が出自する理由は対尾張防衛線について話あうため、とここにきて有力な情報が手に入った。

明日にはその会合が開かれる、それを盗み聞きできれば今後の美濃攻略の対策を打てる。

 

 

「段蔵、どうやら明日に会合があるらしい。内容は美濃の防衛戦についての話し合いだ」

 

「おぉ、ようやく役にたちそうな情報が得られそうですね。でもどうせならいまここで話し合ってほしいもんです。二度手間になっちゃいますよ」

 

 

段蔵は木の枝に座り、足をブラブラさえながら言う。

「めんどくさいなぁ」と口を尖らせながら付け足してきた。

確かに明日に会合があるということはもう一度ここまでくる必要がある。

正直いって面倒だ。

だが、雷電は「何言ってる」と不思議そうな顔をしていた。

 

 

「別に山を下りる必要ないだろう」

 

「へっ?」

 

「明日の会合までここで待機する」

 

「えええぇぇっむぐ!?」

 

「馬鹿!?何考えてるんだ!」

 

 

急に叫びだした段蔵の口を慌ててふさぎ、耳元で注意する雷電。

その雷電の耳に「いまのなんだ?」という美濃兵の声が聞こえ、焦る。

そんな雷電の心中を知ってか知らずか、段蔵はふさいでいた雷電の手を引っぺがすと猛抗議してきた。

 

 

「無理です。無理無理無理!あたし朝餉も夕餉も食べてないから腹ペコペコなんですよ!腹と背中がくっつきそうで、はらわた圧迫されているんですよ!あたしに餓死しろというんですか、旦那は!?」

 

「一日くらい食わなくても人は死にはしない。頼むから静かにしてくれ!」

 

 

こいつは本当に忍なのか!?肝心なところで忍んでないぞ!っと内心毒づく。

「嫌だ~!夕餉だけでも食べたい~!」と段蔵は駄々っ子スイッチが入ってしまったようだ。

まったく静まる気配がない。

こんなに騒いでいるので当然の如く……

 

 

「なに奴だ!?そこに誰かおるのか!」

 

 

———美濃兵に見つかる。

姿までは見られていないようだが、こちらに向かって歩いてきている。

ここでようやく段蔵は正気を取り戻し、あっと口を開けて冷や汗をかきはじめる。

 

 

「しまった!あたし食のことになるとつい……。ごめん旦那!」

 

「……もういい、そんなことよりここから脱出するぞ。こっちに来い」

 

「えっ?旦那逃げないんですか?というか顔すっごい怖いんですけど……怒ってません?」

 

「……怒ってない、怒ってない」

 

 

雷電は木から降りず、段蔵を手招きして自分に近づくように促した。

困惑しながらも言われたとおり雷電のそばまでいくと、いきなり襟首を掴まれる。

 

 

「ちょっ、え?だ、旦那?」

 

「……ちゃんとキャッチする、だから安心しろ」

 

「はい?キャッチってなんですくぅわあぁぁ!?」

 

 

段蔵が言い終わる前に雷電は、初めて会ったときと同じように前方の上空に彼女を投げ飛ばした。

雷電も彼女を追従するように飛び出す。

 

———闇に紛れて、女再び空を舞う……

 

投げられた段蔵は初めて会ったときの比じゃないほど飛んだ。

金華山を瞬く間に下山?し、麓まで飛んでいく。

 

 

「いやぁぁぁ!ちょっと、こんなの流石に着地できませんよぉ!旦那の馬鹿ぁ!!」

 

 

飛距離もあれば高さもある。

そのため、前回は無事着地できたが今回はいくら忍の段蔵でも着地するには高すぎるのだ。

 

 

「いやぁ……死ぬっ!」

 

 

段蔵は死を覚悟して目を閉じる。

急降下を始めた段蔵の体は、地面へと急接近していく。

 

突如、段蔵は体を何かが支えるのを感じ、それに伴い浮遊感が薄くなった。

恐る恐る目を開くとそこには雷電の顔が間近にあった。

いまの二人の状態はぞくに言う、お姫様だっこの状態である。

 

間近で見る雷電の顔は、どこか生気が感じられないようなそんな感じだった。

人の肌に見えるが明らかに作り物のような、そんな違和感。

雷電の顔を見続けている間も微かな浮遊感は感じていた。

そして、ズシンッという衝撃が体を襲う。

 

 

「誰が馬鹿だ。言っただろう、ちゃんとキャッチすると」

 

「……」

 

 

どうやら麓に無事着地したらしい。

段蔵の眼前にはどうだ、と言わんばかりの雷電の得意顔があった。

その顔に向けて文句の嵐を叩きつけようと思っていたが口を開くと嗚咽となってしまう。

 

 

「うっうぇ……ぐすっ」

 

「!?」

 

 

目の前で泣かれてしまった雷電は柄にもなく慌てだす。

無意識に周囲を見渡し誰もいないか確認する。

女の子を泣かせてしまったという罪悪感からくる無意識な反応。

明らかに挙動不審な行動をしている雷電を段蔵は涙をためた目で睨む。

その段蔵の口からようやく聞き取れる言葉が出てきた。

 

 

「ぐすっ、だっ旦那は馬鹿じゃないですか?いくら忍のあたしだってあんな高さ、着地できるわけないじゃないですか!!ずずっ……それに、初めて会った時もそうですが、女性をあんな風に投げるなんてどうかしてますよ!!それとも何ですか?あたしには女としての魅力が無いと言いたいんですか!?ぐちぐちぐち……」

 

「あ、あぁ済まない……」

 

 

一度口を開くと決壊したダムから溢れる水の如く文句が飛んできた。

泣きながら文句を言われる雷電は謝罪の言葉しか出てこない。

脱出するためとはいえ、女の子に対してあんなことをしたのは流石にまずかったか、といまさら後悔する雷電。

本音を言うとこちらも文句の一つも言いたい気持ちだったのだが、泣かれてしまうとどうもそんな気も薄れてしまった。

とにかく謝罪を繰り返しながら井ノ口の町まで戻ることにした。

 

 

「というかいつまでこの状態なんですか?正直恥ずかしいんですが……」

 

「あぁ、悪い」

 

 

お姫様抱っこ状態のままだったことを思い出し、すぐに段蔵をおろす。

おろされた段蔵は早歩きで雷電の前を歩き、雷電がその後を追いかけるようにして井ノ口へと向かった。

二人の姿は夕闇の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———そのころ、雷電たちが潜入していた二の丸では天狗が出たと大騒ぎが起きたとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話を書いてて自分で思ったこと……雷電の耳、万能すぎる!

誤字・脱字などの確認が不十分かもしれないので、もし見つけたら教えていただけるとありがたいです。

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