切り裂きジャック〜乱世を斬る〜   作:東奔西走

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美濃攻略編に突入です




美濃攻略編
第五話 初陣


雷電が織田家家臣となって数日が経った。

二人は良晴たち同様、うこぎ長屋に住まわせてもらっている。

そして今雷電たちは…

 

 

「うーん…、ここらがいいだろう。雷電ここに下ろしてくれ、だがあまり揺らさんでくれよ」

 

「そう思うならストライカーから降りてくれドクトル」

 

「長い道のりだったのでな、足が疲れた」

 

 

山中に置きっぱなしにされていたストライカーをうきぎ長屋のそばまで運んでいる最中だった。

雷電の手運びで…。

おかげで抱え込むようにストライカーを運んでいる雷電は注目の的となっていた。

城下を通る時などは皆驚いていて、中には腰を抜かしている者までいたくらいだ。

 

途中でドクトルが足が疲れたといい、無理矢理ストライカーの運転席に乗り込み、上から「揺らすな」などやたらと注文を付けてくる。

別に人一人分の重さが足されても大した問題はないのだが、上からやいやい言われるのはいい気分ではないのだ。

 

ちなみに雷電もドクトルも着物姿に着替えている。

以前の格好だととにかく目立つからと良晴が浅野の爺さまに頼んで用意したものだ。

 

 

「…こんな大きな物。雷電は力持ち」

 

「全くだぜ。雷電さん、サイボーグの筋力ってどれくらいなんだ?」

 

 

ストライカーの運搬に同行してくれた良晴と犬千代が、雷電の姿を見て呆気にとられたようにストライカーを見上げている。

先日の一件で雷電がサイボーグであることを知ってる二人は城下の人ほど驚いてはいないが、それでも信じられないような光景なのには変わりはない。

 

そんな二人を得意顔で見下ろしている人物が一人、頼んでもいないのに語り出した。

 

 

「雷電の(ボディ)には、CNT筋繊維という人工の筋肉繊維を使っている。これによって、雷電は大型無人機並みのパワーを出すことができる。ちなみにCNT筋繊維というのは、六員環ネットワークを炭素で作った物を多層の同軸管状にしたもので、これは……」

 

「「???」」

 

「つまり、俺の体は人間の何倍もの筋力があるってことだ」

 

 

ドクトルの説明が延々と続きそうになったため、ストライカーを下ろした雷電が簡潔に答えた。

ドクトルは時々、相手のことをおかまいなしに自分の科学知識を披露しようとする癖がある。

雷電も何度かその癖につき合わされ、辟易としている。

 

ようやくストライカーを運び終え、同行してくれた良晴たちに軽く礼を言う。

 

 

「いいっていいって。それよりそろそろ清洲城へ行った方が良くないか?」

 

「…今日は美濃攻略の軍議が広間である。遅れると姫様に怒られる」

 

「軍議には俺も参加を?」

 

「…当然、雷電ももう織田家の家臣。姫様からも連れてくるようにとの仰せ」

 

 

雷電は自分を軍議に参加させてもあまり意味が無いのではないかと考えていたのだ。

参加してもただ話を聞いているだけになりそうな気がする。

そう思っている雷電は少し困ったように頬をかく。

 

 

「まぁ何にせよ、信奈の命令だったら雷電さん連れて行かないわけにはいかないだろ」

 

「もし無視したらどうなるんだ?」

 

「…多分、怒ったあげく俺が蹴り飛ばされると思う」

 

「お前が蹴られるのか!?」

 

「あぁ、信奈はそういう奴だ。だから、素直について来てくれ雷電さん。俺のためにも」

 

「…わかった、素直について行こう。ドクトル、俺は清洲城へ行ってくる。ストライカーは頼んだ」

 

「あぁ、暇だからストライカーの整備でもしておくとしよう」

 

 

雷電はストライカーをドクトルに任せ、良晴たちと一緒に清洲城へ向かうことに。

ちなみにドクトルは雷電の家臣という感じになっている。

ドクトルのことを信奈にはちゃんと紹介はしたのだが、今ひとつ理解できなかったらしく「面倒だからあんたの下でいいわ」とぞんざいな扱いをされたのだった。

 

清洲城に向かう途中、ふと城下の様子を見る雷電。

ストライカーを運んでいる時にも感じたが、この城下で雷電を恐れる人間は限りなく少なくなっている。

ここ数日で城下の者たちの雷電に対する認識も大きく変わったのだ。

 

白い鬼である雷電が織田家家臣になったことはすぐに布告として知らされた。

それでも、町の者の多くは雷電に対する恐れ止まらず。

やはりそう簡単には受け入れてはもらえないか、と気落ちしている雷電の元を訪ねて来た者たちがいた。

その者たちは、雷電によって賊から助られた者たちだった。

老若男女、約20名くらいの町人が雷電に礼をしたいと集まって来たのだ。

 

 

「みんな、旦那のことを誤解してんだみゃあ」

 

「お礼をさせて下さい、私たちが誤解を解いてみせます」

 

 

そう言って町人たちは町に散って行った。

 

その後、町のみんなから友好的に接せられるようになった。

あの者たちが必死に誤解を解いて回っていたらしい。

そのおかげで雷電は、数日しか経っていないのに町にとけこめている。

 

 

(今度は会ったら礼を言わないとな)

 

 

そう心に決めると雷電は清洲城へと再び足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

清州城 大広間

 

 

 

その場には数日前と同様に当主信奈を筆頭に織田家家臣団がズラリと揃っていた。

広間に集まったのは、雷電たちが最後だったようで、信奈が不機嫌そうな顔で上座であぐらをかきながら何か食べている。

 

 

「ちょっと遅いじゃない、今日は美濃攻略の軍議やるって言ったでしょ!?」

 

「いや、まだ遅刻の時間じゃねぇんだから、そんな怒んなよ」

 

 

入室そうそう信奈の怒声が飛んできて、少し驚く雷電。

慣れているからだろうか、良晴と犬千代は特に驚いた様子もなく自分の場所へと向かう。

新参者の雷電は良晴と共に末席に座る。

全員そろったことを確認し、信奈は高らかに宣言した。

 

 

「本格的に美濃攻略を始めるわよ!」

 

 

雷電の白い鬼の噂により、先延ばしにしていた美濃攻略。

ずっと我慢していたことにより、家臣のみんなは士気が高い。

勝家、万千代、犬千代や信澄など、みな口々に意志の高さを表明していく。

だがその中で一人だけ、何やら不穏な発言をしている者がいることに雷電は気づいた。

 

 

「この戦で大功たてて、長政との縁談を邪魔してやる!」

 

 

縁談?

 

 

「誰か結婚でもするのか?」

 

「んっ?あぁそっか、雷電さんは知らなかったっけ」

 

 

良晴は雷電に先日あった、信奈と長政との縁談の話を耳元でひそひそと説明しだした。

信奈はこの縁談に対してあまり積極的ではないのだが、今回の美濃攻略の進展具合によっては浅井の力を借りる必要が出てくる。

浅井は織田家を吸収することが狙いであるのは明白。

 

 

「つまり、政略結婚か」

 

「長政の野郎も、結婚に愛など必要ないなんて抜かしやがって!だから、俺は今回の戦で誰も文句の言えない様な大功を立てて、あいつらの縁談を破談にさせてやるんだ」

 

 

良晴は拳を固め、自分の膝を叩きながら宣言した。

そういうことか、と雷電は先の不穏な良晴の発言に納得する。

それと同時に、その顔に面白げな笑みが刻まれる。

 

 

「フフフッ…。なるほど良晴、お前は信奈に惚れているのか」

 

「なっ!?なな、何言ってんだよ!俺は別に信奈のことなんか、どっどうも思ってねぇし!」

 

 

図星、としか思えないような反応を見せる良晴に雷電がさらに追求しようとしたが…。

 

 

「うっさいわねサル、雷電!今は軍議中よ、静かにしなさい」

 

 

と信奈にキレられてそれ以上聞けなかった。

どうやらひそひそ話のはずがいつの間にか声のボリュームが上がっていたらしい。

このことについては後でこっそり聞くとしよう。

 

それはそうと軍議の方はなかなか進展しておらず、今勝家が「道三殿なら難攻不落の稲葉山城の弱点を知ってるんじゃないの?」と楽観的に聞いた所だった。

 

しかし、当の道三はなにか難しい顔をして「うぅむ」と唸っており、なかなか口を開かない。

信奈が急かすと、ようやく重い口を開いた。

 

 

「残念ながら勝家殿。今の稲葉山城は落ちぬ。たとえ甲斐の虎・武田信玄、越後の軍神・上杉謙信であろうと、現在の稲葉山城は落ちることはなかろう」

 

「なっ…なんだってーーーー!?」

 

「困りました、まさか道三殿までお手上げ状態とは…3点です」

 

 

広間が騒然となった。

稲葉山城は道三自らが設計した城であるため、道三さえ味方についていれば容易に落とせると踏んでいたらしい。

それだけに道三自身の口から「落ちぬ」の三文字を聞いてしまったら、そりゃ慌てる。

落ち着いているのはそんな事情を知らない雷電のみ。

 

いつまでも落ち着く気配がないので、仕方なく末席の雷電が単刀直入に道三に聞いた。

 

 

「道三、そもそも何故落ちないんだ?落ちないのには何かしら理由があるんだろう?」

 

「うむ、城だけなら問題ないのだが、今の義龍の元には厄介な者がおるでな」

 

「そいつは誰だ?」

 

 

他の家臣たちを置いて、トントン拍子に話を進めようとする雷電。

道三もグイグイ来る雷電に若干押されながらも、質問に答えて行く。

 

 

「その者はこのワシをも超える天才軍師にして、名をた…」

 

「竹中半兵衛だな!」

 

 

道三が謎の天才軍師の名を言う前にあっさりと当ててしまう良晴。

先に言われてしまった道三が良晴に文句を言おうとするが腰痛を引き起こし「うおおおおぉ!」と呻きながら悶え苦しみ、腰をおさえて倒れてしまう。

 

 

「天才軍師?なによそれ、ていうかサル知ってるの?ていうか雷電勝手に話を進めるんじゃないわよ!!」

 

「騒がしい姫様だ…。いつまでも騒いでいたら話が進まないだろう?」

 

「だからって当主の私を置いて話を進めるなぁ!」

 

「信奈落ち着けって」

 

 

キャーキャー騒ぐ信奈に若干の毒を吐いたりしている雷電。

おかげで竹中半兵衛についての話が始まらない。

 

 

「こほん…、でっ竹中半兵衛ってどんな奴なの?」

 

「ていうか、逆に知らないのか?竹中半兵衛って”今公明”と称される程有名な武将じゃないのかよ」

 

 

腰痛に苦しんでいる道三に代わって、良晴が説明しようとするが、みんなが竹中半兵衛を知らないことに逆に驚いている。

「そんな奴しらないわよ」「いまこうめいって、誰?」「私も知りません」と本当に誰も知らないようだ。

 

 

「うぅ…、誰も知らぬのも無理も無い。竹中半兵衛は人前に出ることを極度に嫌う性格での。それゆえに誰も奴のことを知らぬのだ。その半兵衛を知っておるとは、良晴殿はまこと”智慧第一”じゃのう」

 

「いやー、それほどでもぉ」

 

 

そのやり取りを聞いている信奈が「サルのくせに生意気ね」と不満顔になる。

 

その後も良晴や道三によって竹中半兵衛の正体が暴かれていった。

異能の力を持つ陰陽師、それ故に合理主義者である信奈との相性は最悪。

だが、陰陽師など胡散臭いと、私の敵ではないと言い切る信奈であった。

 

 

「ならば、一度やりあってみればよかろう。論より証拠じゃ」

 

「上等よ!」

 

 

ただちに美濃に出陣よ!っと宣言したことで織田家家臣たちは慌ただしくなり、良晴なども一人でさっさと先駆けしていった信奈を慌てて追いかけて行った。

ずいぶんと慌ただしいな、と自分も出ようとする雷電の元に長秀と勝家がやって来た。

 

 

「雷電殿、あんたは私と一緒に先鋒を務めてもらう」

 

「先鋒?…わかった。だがずいぶんと急な出陣だな。毎回こんな感じなのか?」

 

 

雷電は周りを見回す。

誰も彼も大慌てで自らの主を追おうとしている。

 

 

「毎回というわけではありませんが、姫さまは即決即断。このようなことは珍しくありません」

 

「苦労してそうだな、あんたらも」

 

「姫さまの家臣ならば、雷電殿も慣れねばなりませんよ」

 

「…善処する」

 

 

急がねばならないのは自分達も同じなため、立ち話を切り上げ自分達の持ち場に向かう。

先手を担うことになった雷電は勝家とともに信奈を追いかける。

 

こうして雷電の初陣は慌ただしく始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

美濃領

 

 

 

夜陰に乗じ、木曽川を浅瀬から渡り美濃へ侵入した信奈率いる織田勢。

その先手を担っている雷電と勝家はたびたび出てくる小勢の美濃兵を返り討ちにしていた。

 

 

「なんだなんだ?美濃兵ってもっと精強だったはずだろ、なんか物足りない感じだなぁ」

 

「きっと我らが勢いに乗ってるからだみゃあ。これなら勝てますみゃあ」

 

「確かにいまは桶狭間のこともあって士気が高いからな。きっとそのせいか、だったらガンガン行くぞ!」

 

 

精強で知られる美濃兵の手応えの無さにいぶかしむ勝家。

単純で細かいことは気にしない彼女でもこれには少し気になったようだ。

だが、それも一人の足軽のつぶやきによってあっさり警戒を解いてしまうのだった。

 

雷電はというと、先ほどから少し霧が出て来ているのが気になり出し、左目に装備されている眼帯型人工義眼を起動しようとしている。

…が反応しない。

 

 

「くそっ、壊れたか」

 

 

眼帯をトントンと叩いたりしてみるがうんともすんとも反応しない。

どうやらこの時代に来て壊れてしまったらしい。

これでは暗視モードや赤外線モードが使えず、霧に対する対処ができない。

 

 

「雷電殿、どうしたんだ?さっきからその眼帯叩いたりして、というか眼帯なんてしてたっけ?」

 

「いや……なんでもない。それよりも霧が出て来た。警戒をしたほうがいい」

 

「へっ?あっ本当だ!みんあ警戒をおこたるなよ!」

 

 

それとほぼ同時だっただろう。

 

突如まわりから鬨の声があがり、間髪入れずに銅鑼の音が鳴り響いた。

大地を揺るがすような鬨の声と銅鑼の音に尾張兵は浮き足立つ。

そして、所々に伏していた美濃兵が文字通り四方八方から声を張り上げながら尾張軍に殺到してきた。

 

 

「うわぁ、しまった伏兵か!?」

 

「しかもそこらじゅうから出くるみゃあ!」

 

 

尾張兵は銅鑼の音に続き伏兵にあい度肝を抜かれてしまい、あちこちで潰走が始まってしまった。

まわりの叫び声が邪魔で聞こえにくいが、信奈たちがいる中軍からも悲鳴が聞こえてくる。

どうやら完全に伏兵によって囲まれてしまっているらしい。

 

 

「ああぁ、早く立て直さないと!」

 

「立て直すのはもう無理だろう。それより勝家、お前は信奈の元に向かえ」

 

「えっ?」

 

 

雷電たちは向かってくる美濃兵を斬り伏せながら、互いの背中を預けるような形になる。

周囲に目を配りながら雷電は続ける。

 

 

「織田軍は完全に伏兵で包囲されているようだ。そこらじゅうから悲鳴が聞こえてくる。お前は信奈たちと合流して、そのまま退却しろ」

 

「雷電殿はどうするんだ?」

 

「少しの間、ここでこいつらを食い止める」

 

 

雷電は束になって斬り掛かってきた美濃兵の槍を柄の半ばで両断し、兵を無力化させる。

武器を失った兵たちはそのまま後方へと引いていく。

 

 

「はやく行け!時間が経てば逃げるのが難しくなる」

 

「いや…でも」

 

 

いつまで経っても行こうとしない勝家に雷電はため息まじりにこう言い放った。

 

 

「ここでお前が機転をきかして信奈の元に馳せ参じて助ければ、お前の好感度は上がると思うんだがなぁ…」

 

「はっ!」

 

「こうしてお前がモタモタしているうちに良晴が駆けつけ、颯爽と信奈が助ける。そしたら…」

 

 

雷電は知っていた。

勝家が信奈と親しくしている良晴を嫉妬していることを。

 

雷電の言葉を聞いた勝家はバッと馬に乗り、一目散に信奈のいる中軍に向けて駆け出した。

 

 

 

「さぁせるか〜!!信奈様、今勝家が参りますぅ〜〜〜!!」

 

「…単純だな」

 

 

あっという間に勝家の姿は霧の中へと消えていった。

雷電は近くにいる者たちにも信奈の元へいくように促す。

 

当然、それを防ごうとする美濃勢だが、それを雷電が近くにある木やらなんやらを切り倒して道をふさぎ食い止めた。

幸いにもここは道幅がそれほど広くないので、一人でも十分抑えられる。

雷電はそう考え、道の中央に陣取り、自らの高周波ブレードを敵へ向け牽制する。

そうしている間も耳をつんざくような銅鑼の音が響き、次々と伏兵が現れ、徐々に雷電の前に敵が集まりだした。

 

 

「たった一人で我らを食い止める気か?笑わせてくれる!」

 

 

美濃勢側から偉そうなチョビヒゲ男が前に出て来て、雷電のことを馬鹿にするように鼻で笑った。

その男につられてか、後ろにいる足軽たちも口々に雷電を嘲笑しだす。

 

だが雷電はそんなものは気にも留めず、顔をうつむかせ黙っていた。

そして、いまだ笑い止まぬ美濃兵に向け低くドスのきいた声をかける。

 

 

「…死にたくないものは、さっさと逃げるがいい」

 

「はぁ?」

 

「ここより先は死地と思え」

 

 

雷電の雰囲気が変わった。

ゆっくりと伏せていた顔を上げる。

その瞳は、赤い光を帯びていた…

 

 

「逃げないのか?フフフ…ハッハッハッハッハッハ!!」

 

「なっ、ほっほざけぇ!!」

 

 

チョビヒゲ男の震え声と同時に美濃兵が波のように襲いかかる。

雷電は血気盛んにその波へと突き進んだ。

 

その男は雷電ではなかった。

勝家や他の者たちをここから離したのは、自分が思う存分戦うため。

 

いつの間にか瞳だけでなく体中が赤い光を帯びはじめ、口調も雷電のものでは無くなっていた。

 

その男は襲いかかってくる美濃兵を次々と斬り伏せていく。

男が刀を振るえば、首が飛び、腕が飛び、胴が両断される。

まるで兵が紙切れ同然のように容易く肉体を寸断されてゆく。

 

美濃兵は恐怖した。

多勢に無勢のこの状況で、次々と敵兵を葬るこの男の強さに。

男が帯びている謎の赤い光に。

そして、何より…

 

 

「ハッハッハッハッハ…!」

 

 

兵を斬りつけながら笑い続けるこの男の狂気さに。

 

 

「きっ貴様は…何なんだ!?織田家の猛将は柴田勝家だけではないのか!?」

 

 

偉そうにしていたチョビヒゲ男は腰を抜かしながら震える声でそう叫んだ。

ふっと男はチョビヒゲ男に向き直る。

その体はすでに斬った美濃兵の返り血で赤く染まっていた。

 

 

「俺の名は切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)、リベリアの白い悪魔………、いや」

 

 

男は言葉を一度区切ると、刀についている血のりを払い。

言い直した。

 

 

「…尾張の白い鬼だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「あの援軍、なんだったのかしら?」

 

 

信奈たちは美濃兵の追撃を振り切り、清洲へと撤退しているところだった。

新たな伏兵に退路を阻まれることがなかったため、この境地から脱することが出来た。

すでに尾張と美濃の国境を越えたところまで来ており、一度軍を止めて兵たちを軽く休息させているところだった。

 

信奈が言う援軍とは、突如瑞龍寺山の麓に現れた松明をもった織田方の手勢のことである。

これを見た美濃勢は稲葉山城への奇襲部隊だと思い、織田軍への追撃を中止したのだ。

 

実はこの奇襲部隊、清洲で留守居役を務めている道三が手配した、川並衆による偽装兵であった。

道三は信奈が今回負けること予期し、良晴に頼んで川並衆を借りていたのだ。

 

 

「…まぁいいわ。追撃が来なくなったのは好都合。一気に清洲へ帰るわよ」

 

 

どこか釈然としないがそう言い放つ信奈の視界の隅に、馬上からきょろきょろとあたりを見回している勝家の姿があった。

彼女は殿を務めた雷電がまだ帰ってきてないか探している。

信奈もそのことは勝家自身から聞いており、「たった一人で無茶な!」と思ったが引き返すこともできず、そのまま撤退を開始したのだ。

 

 

「六、まだ雷電は帰ってこないの?」

 

「…はい、まだ姿は見えません」

 

「いくらあいつが強いからといって、多勢に無勢だわ。今からでも雷電を救出する隊を送るべきかしら」

 

 

信奈もまた心配していた。

会って日は浅いが自分を支えてくれると言ってくれた雷電を心配していた。

そう思い悩んでいる信奈の傍に良晴が真剣な面持ちでやってくる。

 

 

「信奈、俺を雷電さんの救出に向かわせてくれ!」

 

「あたしも行かせてください、姫様!この勝家に雷電殿の救出の命を!」

 

 

真剣な眼差しでそう迫ってくる二人に信奈は反射的にうなずきかけた。

だが、思いとどまり考え込む。

 

ふと、軍の後方に目を向けた信奈の視界にあるものをとらえた。

 

 

「あっ」

 

 

信奈の視線の先には、休憩している織田の軍勢の後方の方から白い点がこちらに向かってきていた。

しだいに大きくなってきて、それが何だかわかった。

 

 

「雷電!?無事だったのね」

 

「雷電殿!?はぁ~、よかったぁ。もし死んでたしたらどうしようかと」

 

 

後方から走り込んできたのは、足止めの役目を終えてきた雷電だった。

 

 

「途中で敵が勝手にどっかへ散っていったんだ。ここに来る途中もほとんど邪魔が入らず、おかげでここまで楽なもんだった」

 

「しかし、たった一人で殿をやるなんて無茶にも程があるぜ雷電さん!」

 

「ふん、あれくらいは朝飯前だ」

 

 

走り込んできた雷電は着物を血で染めきっており、激しい戦闘があったことを物語っているが、当の雷電は無傷だった。

さすがに着物はところどころ小さな裂き痕があるが、本人はぴんぴんしている。

信奈たちが雷電の強さを再認識したのは言うまでもない。

 

雷電に労いの言葉をかけた信奈は休息を終えるように告げ、再び撤退を開始した。

 

 

「一度清洲で立て直したら、明日の夜にはまた出陣よ!もぉ頭にきたんだから!」

 

「姫様。今回のこともあり、兵たちは疲弊しております。最低でも一週間の休息は必要です。20点」

 

「うが~!あーもー腹たつーーーっ!!」

 

 

信奈の悔しそうな声が澄み切った夜空に響き渡った。

先ほどまで出ていた霧はすっかりと晴れており、信奈にとって腹立たしいほど綺麗な星空が広がっていた。

 

こうして、雷電の初陣は敗北という形で幕が下りた。

 

 

 


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