切り裂きジャック〜乱世を斬る〜   作:東奔西走

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三ヶ月……試験や年末年始で長いこと更新できずにいました、すみません。

長いこと間が空いてしまっていたため、ちょっと話の書き方がわからなくなったりしてました。
なので、もしかしたら以前と比べて変な部分があるかもしれません。
その時は、優しく教えてくれると有難いです。


第十八話 出会いと再会

「全軍、京へっ!」

 

 

とうとう、信奈は上洛軍を起こした。

 

岐阜を発し、中山道を通って京へと向かう上洛軍。

道中、三河の松平軍、婚姻同盟により同盟国となった北近江の浅井軍と合流した上洛軍は総勢五万という大軍となった。

上洛軍の勢いはすさまじく、道中の南近江の六角をわずか一日で滅ぼしてしまった。

「六角を一日で滅ぼした」という報を聞いた三好一党は、摂津へと兵を退き、松永久秀も信奈に降伏、京を明け渡した。

 

まず信奈は、京の都をパレードし、兵たちには民に対する乱暴狼藉を固く禁じ、狼藉を働いた場合は即座に打ち首とする、と京中に布告した。

そのような政策を布告したことも相まって、京の民たちは織田勢を、信奈を歓迎したのだった。

周囲からの大歓声を信奈を筆頭に、その身に受けながら通りを行軍していく。

雷電もまた、町衆からの歓声に圧倒されていた。

 

 

「すごい歓声と歓迎のされようだ。まるで英雄の凱旋だな、こんなにも歓迎されるとは思っていなかったんだが」

 

「京の都は応仁の乱以降長らくにわたって戦乱の影響、そして略奪の被害などに苦しまされておりました。さきのような狼藉を許さぬ、という布告を出した信奈様は、ここの民にとってはまさしく救世主に思えたのでしょうな」

 

 

雷電のとなりに従って歩いている次郎太が簡単な説明を聞かせてくれた。

それを踏まえた上で周りの町衆のことを見渡すと、中には信奈のことを拝むように伏したり、嬉し泣きなのか泣き崩れている者もまでいた。

彼らにとって、信奈はまぎれもなく自分たちを苦しみから救ってくれる救世主なのだろう。

そんなことを考えながら見渡していた雷電だったが、後方から騒ぎ声が聞こえ後ろに振り返る。

 

 

「やはり、騒ぎになってしまいましたな」

 

「まあ、当然だろうな。むしろ騒ぎにならないほうがおかしい」

 

 

騒ぎの中心にある物体、鉄の輿ことストライカーを見てため息をつきあう二人。

基本的に町衆たちは、パレードしている織田家の人間に対して歓声に近い声をかけてくれるのだが、それもストライカーのところまで。

みんな今までストライカーを目にした者たちの例に漏れずに怖がったり、驚いたり、腰を抜かしたり。

おかげで、運悪くもストライカーよりも後方に位置している者たちは、信奈たちが味わったような大歓声を味わうことができなかったのだった。

 

 

「やはり、あれはこの列に加えずに別の道から行かせた方が良かったのでは? あんなに歓声を上げてくれていた町衆が葬式みたいに静かになっておりますぞ……」

 

「……俺も信奈にはそう提案したんだが、却下された。あの子に言わせれば『あれが単体でひとりでに動いているのが目撃されたほうが騒ぎになる』らしい」

 

「た、確かに……」

 

 

このパレードの列に加えるというのは、雷電の考えではなく、信奈の考えであったのだ。

当然のことながら、ストライカーを運転しているのはドクトルであるのだが、フロントガラスからのぞけるドクトルの顔を見た人々は口々に「中に妖怪がおるっ!」とみんな口走るのであった。

 

 

「本当に大丈夫なのでござろうか、この行軍……」

 

「悪い方向にいかないことを祈ろう……」

 

 

はるか前方で行軍している信奈には、このストライカーに対する町の反応があまり良くないことを後で報告する必要がありそうだ。

少々気だるい気分で残るのパレードを過ごした雷電だった。

 

京の町をパレードし終わった信奈たちは、九条の東寺へ入った。

 

雷電はドクトルと共に人目があまり付かない場所を探し、そこにストライカーを保管した。

後のことはいつも通りドクトルに任せ、雷電は信奈たちの元へと戻っていった。

皆がいるであろう広間に近づくにつれて雷電の耳には、怨念のこもったような数々の叫び声と微かに聞こえてくるか細い悲鳴が聞こえてきた。

何事だろうかと、歩を速めて広間へとやってきた雷電が襖に手をかけようとした時である。

 

 

「うおおおおお~! 誰でもいいっ! 誰か助けてくれぇ~いっ!」

 

 

突如、部屋の中から大声をあげて道三が飛び出してきた……複数の老婆にもみくちゃにされながら。

何がどうしたのか、と困惑している雷電を見つけた道三は、いままで聞いたこともないほどに情けない声を出しながら雷電に助けを乞う。

 

 

「おおぉっ!! 地獄に仏とは正にこのこと、雷電殿助けてたもれぇ!」

 

「な、何がどうしたんだ、道三」

 

 

いきなり助けを乞われても、一体いまどのような状況なのかわからない雷電は、返事に困った。

とりあえず、道三に襲い掛かっている老婆たちをなだめようと近づくと図らずも彼女たちからこの状況を説明してくれた。

曰く、彼女たちは道三が京で商いを行っていた若かりし頃の知り合いらしい。

ただし、ただの知り合いという関係ではないのは彼女たちの鬼の形相を見れば明らかである。

老婆たちが般若と化している理由は、どうやら道三が昔この者たちから金を借りたことが原因であるらしい。

だが、金を貸した後の彼の行動が一番問題であった。

金を貸してくれた者たちに道三は「いずれ美濃から迎えに来る」と言っておきながら、今日まで戻ってくることはなかったという。

これを聞いた雷電は、助けの手を差し伸べようとした手を引っ込め、冷めきった視線を道三へと送りだした。

 

 

「ひいぃぃっ!! そなたまでも儂を見捨てるのかあっ!?」

 

「自分のまいた種だ、ちゃんと償ってやらなければな道三。この女性たちをどうさばくのか、蝮の道三の腕の見せ所じゃないか」

 

「雷電殿ぉっ!? 腕どころか、文字通り手も足も出ぬ状況なのじゃ、助けてくれぇ~! このとおりじゃあ~!」

 

「「「金を返せ~! 若さを返せ~!!」」」

 

 

道三、悲痛の叫びもむなしく雷電にスルーされてしまい、老婆の波に揉まれながら遠ざかっていった。

視界から外れるまでその波を見送った雷電は、踵を返して部屋へと入った。

 

 

「ん? 食事中だったのか?」

 

「あら雷電、遅かったじゃない。外が騒がしかったけど、もしかして蝮に助けでも乞われてたの?」

 

「今まで聞いたことのないほどの情けない声を出しながら懇願されたよ」

 

「……まさか助けてないでしょうね?」

 

「まさか。一度助けてやろうと考えたが事情を知って止めた、あれは完全に自業自得だ」

 

 

あの調子で老婆たちに襲われ続けていたら、おそらく明日にはボロ雑巾のようにされているだろうな。

完全に他人事だと決め込んで、雷電も談の輪に加わると程なくして料理人が雷電にも京料理を持ってきた。

信奈をはじめとする織田家家臣団の面々には、「薄味すぎる」と不評だった京料理だったが、雷電は京料理を若干の物足りなさを感じつつも絶賛した。

ちなみに、この京料理を喜んで食していたのは、雷電と良晴だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

翌日、織田家武将たちは機内に残留している三好残党を何とかするべく行動を起こした。

信奈や光秀は、今川義元の将軍宣下のため、「やまと御所」へと向かい、良晴もそれに同行していった。

そして雷電は、以前から信奈に言い渡されていた休暇をもらい京を散策していた。

いつも通り、あまり目立たぬよう笠を深くかぶり、近辺の人たちから情報を集めようと考えていたが……

 

 

「イテテテッ! くそ、離しやがれっ!!」

 

「おい、暴れるな! おとなしく盗んだものを持ち主に返すんだ。さもないと手荒な真似をしなくちゃなくなるが?」

 

「ひっ!? わ、わかったっ! 返します、返しますからっ!!」

 

 

雷電が凄みながら高周波ブレードに手をかけると、男は観念したように盗んだものを懐から出した。

モノを元の持ち主に返して、男の身柄は近辺を巡回している者に引き渡した。

こんな感じで、雷電は盗みを働く者たちを捕らえることに忙しくなっていて、情報集めが捗っていない。

行く先々で窃盗の現場に遭遇してしまい、まさかそれを無視するわけにもいかないため、盗人を目撃するたびに捕らえているのだ。

まるで雷電の行くところを見計らって窃盗が発生しているかのようである。

 

 

「これじゃ、とても休暇とは言えないな」

 

 

度重なる窃盗現場への遭遇により、情報収集が思うようにいかない雷電は弱ったようにため息を吐いた。

一応助けた人物にいろいろと聞いたりしてはいるが、「川街道に願いを叶えてくれる地蔵様がある」だの「この通りでよく亡霊が目撃される」だの、どれもこれもいたずらのような噂ばかりである。

それでも情報を求めて適当に街を歩き回っていると、物乞いが一カ所に大勢集まっているのが目に入った。

みんな何か懇願するように声をあげており、輪から外れていく者たちの手にはわずかな食料が握られている。

 

 

(心優しい誰かが食料を分け与えているのか……?)

 

 

奇特な人もいるもんだ、とちょっとした興味から雷電はその人物の顔をチラッと覗いてみた。

そこには笠をかぶっている女性が四方から伸びてくる手に悪戦苦闘しながら、食料を分け与えている姿があった。

困っている人たちに手を差し伸べる、その行いに雷電は関心すると同時にこの後起きるであろう事態に心配する。

既に彼女の周りには大勢いるがその数は今なお増え続けている。

このまま行くと……

 

 

「あっ……」

 

 

不意に彼女が声をあげ、食料を分けている手が止まった。

食料が尽きてしまったのだ。

 

 

「ごめんなさい皆さん。もう食料が尽きてしまって、これ以上は分けることが……」

 

 

集まってきている者たちに食糧が尽きたことを告げ、低頭し、その場を去ろうとする女性。

だが———

 

 

「俺にもっ! 俺にも食料をくれっ!」

 

「もう三日も何も口にできていないのですっ! どうか子供の分だけでもっ!!」

 

「も、もう食料がないんです。ですから……」

 

 

食料が尽きてもなお、女性に詰め寄っていく人々の波は収まらなかった。

皆、空腹で切羽詰まってしまっているのか、彼女の言葉が耳に入らず、無い食料を彼女に求め続ける。

こうなることが予測できなかったのか、彼女は徐々に焦りだす。

食料が無いことを口にしながら、外に出ようとするが人の波に揉まれ外に出れない。

 

 

「いいから食料よこせやっ!!」

 

 

空腹で苛立っていたのだろう、とうとう彼女に手をあげる者が出てきた。

静観している場合ではないと雷電は彼女を助けようと行動に移した。

 

 

「おい、みんなっ!! ここに金がある、拾った者にはそのままくれてやるぞっ!」

 

 

そう周りの者たちに聞こえるように大きく叫ぶと、金をいくらか辺りにばらまいた。

すると、彼女に殺到していた人の塊が一気に霧散していく。

人ごみから解放されて呆けている彼女の手を掴んで、雷電はその場を離れた。

 

 

「どなたか存じ上げませんが、助けていただき感謝します。おかげであの混乱から脱することができました」

 

 

物乞い集団が見えなくなるまで歩いた所で彼女が笠を外しながら礼を述べてきた。

笠の下の素顔を見た瞬間、雷電は思わず声を上げた。

 

 

「お前、与吉じゃないかっ!」

 

「えっ、どうして私の名前を……?」

 

 

物乞いたちに食糧を恵んでいたのは、小谷城で出会った少女、藤堂与吉だった。

相変わらず少女というには、背の高い体をしているため、大人の女性と見間違えていた。

当の与吉は、目の前の人物が何故自分の名前を知っているのか、と疑問に思っているようだ。

雷電は自らも笠を外して素顔を彼女にさらした。

 

 

「あなたは……雷電殿っ!?」

 

「しばらくぶりだな与吉、こんなところで会うとは思わなかった。どうしてこの京にいる?」

 

「い、いま旅をしているんです」

 

「旅?」

 

「はい。しかし、あの場で雷電殿に出会えて助かりました。あのような事態になるとは思いもよらず」

 

 

よもや京の町でこの少女と再会するとは思っていなかった雷電。

それは与吉とて同じようで、驚きを隠せていない。

だが、それも徐々に笑みへと変わっていき、互いに再会を喜び合った。

そんな時……

 

 

「……(キュ~~)」

 

 

与吉の腹から何とも可愛らしい腹の虫が鳴ったのが聞こえてきた。

あのような状況から解放されたことによって緊張の糸が切れて、気が緩んだからだろうか。

しかし、一向に与吉が何かを口にする気配がない。

 

 

「……まさかとは思うが、自分の分もあの者たちに分けたのか?」

 

「は、はい」

 

「むぅ……」

 

「あと父上からいただいた路銀もいくらか使ってしまって、宿賃などの最低限なほどしか残っておらず」

 

 

と言いながら自分の財布の中身を見せてきた。

確かに中には申し訳程度のものしか入っておらず、とても旅をするのに十分であるとは思えない。

 

 

「とりあえず、何か食べるか。……おごるぞ?」

 

「誠に申し訳ないです」

 

 

本当に申し訳なさそうに頭を下げる与吉に雷電は「今度からは気をつけろ」と軽く注意した。

 

 

「あの者たちに食糧を恵んむ。その行為自体は間違っちゃいないと思うが、それで自分が文無しなってはな」

 

「しかし、放ってはおけなくて……」

 

「何事も程度ってものを知るべきだ。それから周りを見ろ。あの場には大勢の物乞いたちがいた。お前が自分であの場を選んだんだろうが、あんな大勢の場で食料を配れば、集まり騒ぎになる。その騒ぎがさらに人を呼び寄せていく。最終的にあんな状況になってしまった」

 

「程度を知り、周りを見る……。覚えておきます」

 

 

雷電の言ったことを反芻しながら頷く与吉だったが、本当に困っている人を見かけたら、また自分のことを後回しにして困っている人物を助けるんだろう、と雷電はそんな気がしていた。

困っている人がいたら放ってはおけず、他人に気を使い、自己を犠牲にしてしまうお人よし。

彼女はそんな性格をしており、どことなく良晴に似ているかもしれない。

 

 

「ひとまず何か食べに行くか与吉。何が食べたい?」

 

「そうですねぇ。……あっ、その前に雷電殿」

 

「ん? なんだ?」

 

「私はもう与吉ではありません。父上から名を授かり、今は藤堂高虎と名乗っております。ですからどうか私のことは高虎と……」

 

「高虎か……、そういえば小谷城を出る時に虎高から聞いていた気がするが、そうか忘れていた。なら高虎、何が食べたい?」

 

「そうですね。何でもいいですが、一つだけ……私かなり大食らいですがよろしいですか?」

 

「……そうか、そういえばそうだったな。……まあ、程度を知ろうな?」

 

 

以前、高虎と椛の三人で食事をとることがあったが、その時に高虎の食べっぷりを目撃している。

財布の中身に一抹の不安があるが、普段からあまり金を使わない雷電の財布は他の者たちに比べれば潤っている。

多少、高虎におごるくらいは大丈夫だろう。

高虎を引き連れ、近場の食事処へと入る時はそんなことを考えていた。

 

———約半刻後

 

雷電の財布は食事処に入る頃と比べると半分ほどに萎んでいた。

 

 

「お前の食欲を甘く見ていた……」

 

「重ね重ね申し訳ないです……」

 

 

最初は高虎が食べ過ぎないように見張っていた雷電だったのだが、少しの間席を外して戻ってきたらあら驚き。

なんと卓上の皿の数が倍増していたのだった。

高虎もほぼ無意識だったらしく、雷電に指摘されると慌てて謝ってきた。

もし長い間席を外していたら、財布の中身が無くなっていたかもしれない。

一気に懐がさみしくなって食事処を後にした雷電たちは、またもや騒ぎが起きているのが目に入った。

 

 

「何やら騒ぎが起きていますね」

 

(行くところ行くところで騒ぎが……、もしかして俺が呼び込んでいるのか?)

 

 

思わずそう思わずにはいられないほどの遭遇率であった。

その騒ぎというのは、食事処のある通りの先で刀を差した男と少年が言い争っているように見える。

よく見てみると男の袴に盛大に泥が跳ねている。

 

 

「この小僧っ! 侍の袴を汚しておきながら謝罪の言葉も無しかっ!」

 

「へん、何が侍だ見かけだけのくせにっ! お前みたいな見かけ侍には、その袴がお似合いさ」

 

「言わせておけばこの餓鬼ぃっ!」

 

 

そんな口論が聞こえてきたかと思えば、あろうことか男は抜刀して少年に斬りかかったのだ。

周囲から悲鳴が上がり、雷電たちが止めに入る暇すらなかった。

気が付いた時には男の刀は大きく振りぬかれていた……が、男の手には肝心の刀が握られていなかった。

 

 

「……は?」

 

 

間の抜けた声を出したのは、先ほど抜刀したはずの男だった。

本人すらも何が起きたのかわかっていないらしい。

だが、その場で起きた変化はそれだけではなかった。

 

 

「大丈夫か」

 

 

いつの間にか少年のそばにそう語り掛ける老人がいた。

とても穏やかな表情と空気を纏った、だがただの好々爺ではない、不思議な老人である。

そして、その老人の手には見かけ侍の刀が握られていた。

 

 

「っ!? 貴様何者だ、いつの間に俺の刀を……」

 

 

見かけ侍もようやく老人の存在に気が付いたようで、狼狽しながら老人から距離を数歩とった。

老人がその場から離れるように優しく背中を押してやると少年は周囲の野次馬の中に加わった。

少年が離れたことを確認した老人は、奪った刀を構えるでもなく男へと向き直り、諭すような口調で口を開いた。

 

 

「お若いの、子供を汚れ一つで怒鳴り散らすものではない。ましてや刀で斬りつけようなどと……」

 

「何者だと聞いているっ!! おのれ、侍の魂たる刀をひったくるとは……っ!」

 

「ひったくるとは人聞きの悪い。しかし、侍の魂とは……ほっほっほ」

 

「何がおかしいっ!」

 

「ほっほっほ、おかしかろう。お主は先ほど、袴を汚されたという些細なことで先の子供を斬ろうとした。自ら魂と見立てた刀で……」

 

「くっ!」

 

「そなたの魂とは、それほどまでに小さなものか?」

 

 

見かけ侍は殺気を馬鹿みたいに放っているなか、老人は微塵も殺気を出していない。

それどころか、慈愛すら感じそうなほどにまろやかな表情をしている。

しかし、彼が放つ言葉には不思議な重みを感じた、雷電に向けた言葉では無いのにである。

 

 

「人を傷つけるだけの小さき魂ならば、そんなもの置いてしまいなさい」

 

 

老人は奪った刀を丁寧に見かけ侍へと返した。

これで、穏やかに事が収まる……わけもなかった。

刀を返した瞬間、無防備な姿を晒してしまっている状態の老人に見かけ侍の刃が振り下ろされようとしていた。

 

 

「俺を馬鹿にしよって、その口永遠にとざっ———」

 

 

しかし、その刃が老人を斬り捨てることはなく、口を閉ざしたのは男の方だった。

雷電が男の懐に入り込み、男の腹に拳を叩き込んでいたのだ。

崩れ落ちらるように倒れた男を一瞥した後、雷電はほっほっほっと笑っている老人に体を向ける。

 

 

「助かりましたぞ旅のお方」

 

「その余裕ぶりだと、今のも防げたのではないか? ご老人」

 

「ほっほっほ、どうじゃろうのう?」

 

 

老人は半ばとぼけているが、男が刀を振り下ろそうとした瞬間、反射的に何かの構えを取ろうとしていたのが雷電にはわかっていた。

見かけによらず、かなりの武芸者であるのは確実である。

 

 

「さすがは雷電殿、あの距離を一瞬で詰めるなんて……」

 

「世事はいい。それより高虎、この男の身柄を縛り上げるから縄か何か探してきてくれ」

 

「わかりました」

 

 

完全に伸びきっている男を地面に寝かせ、高虎が縛るものを持ってくるのを待った。

ふと、周囲を見回すと先ほどの老人がいなくなっていたことに気が付いた。

 

 

「すまない、先ほどの老人はどこにいったか知らないか?」

 

「へっ? そういえば、いーひんな」

 

 

他の者たちにも聞いてみたが、誰もあの老人が去る姿を目撃していなかったようだ。

しかし、周囲を尋ねまわっているとあの老人のことを知っているという男が現れた。

 

 

「上泉……信綱、それがあの老人の名前なのか?」

 

「ええ、見たところおたくも剣士みたいだけど、知らないんで? 上泉伊勢守信綱、天下に名を轟かす剣豪。剣士ならばその名くらい聞いたことは?」

 

「……いや、世情には疎くてな」

 

 

天下に名を知らしめているほどの剣士だったのか、と雷電はそれを聞いて内心納得した。

ふと、雷電は"なぜ自分はこんなにあの老人のことを気にしているのだろう?"と違和感を覚えた。

自分も剣士だから何か感じるものがあったからだろうか?

どうも胸の奥の方がモヤモヤする雷電だったが、次に目の前の男が口にしたことでそのモヤモヤが一気に吹き飛んだ。

 

 

「兵法家をやってるお方でもあって、たしか"新陰流"だったかな~?」

 

「っ!? 今"新陰流"と言ったかっ!?」

 

「おおぉっ? えぇ、確かに言ったけど、それが……」

 

「あの老人ともう一度会いたいっ! どこに行けば会えるっ!?」

 

「ちょ、ちょっと落着ついて!?」

 

 

———新陰流

 

思いもよらないところでその名を聞いた雷電は、珍しく興奮状態で男へと詰め寄った。

かつて雷電は、新陰流の理念である一殺多生の活人剣を是として戦っていた過去がある。

興奮のあまり、高鳴る心臓の音が自分でも聞き取れるほどであった。

 

 

(俺が目指していた活人剣は正しいものだったのか? 活人剣とは……何なのか。それを知りたい……)

 

 

心の奥底に隠れていた"活人剣"に対する思いが再燃し始めた。

 

 

「信綱様にどこで会えるかなんてのは、あっしでも分からない。あの方は兵法を広めるために諸国を放浪している旅の身。次にどこへ向かうのかなんてことは……」

 

「……わからないか」

 

「ええ」

 

 

興奮が一気に冷めていくのを肌で感じる。

先ほどまで耳にまで届いていた鼓動が、嘘のように消えていた。

 

 

「しかし、可笑しな人だ。上泉信綱と聞いても何の反応もしなかったというのに。"新陰流"と聞くや、まるで天地がひっくり返ったかのような顔をされるとは」

 

「大げさに言わないでくれ」

 

「随分と落ち込んじまって、そんなに会いたかったんですかい?」

 

「……"新陰流"の創始者というのなら、色々と聞きたいことがあった」

 

「剣聖、上泉信綱に教えを乞いたいという剣士たちは数多くおりますが、どうも旦那はそういった者たちとは何か違いそうですね」

 

「何かってなんだ?」

 

「さあ? ご自分のことでしょう?」

 

 

含み笑いをしながらそういう男。

どうもこの男におちょくられている気がする雷電。

そう思うと自然と表情が硬くなっていく。

 

 

「そう怖い顔しないで、一つ良いこと教えてあげやすから」

 

「なんだ、良いことって?」

 

「上泉信綱の居場所はわかりやせんが、そのお弟子さんの一人の居場所ならわかりやすよ」

 

「弟子……か」

 

 

上泉信綱の弟子ということは、新陰流の教えを学んでいる者たちということ。

確かにその者たちならば、新陰流について色々と聞けるかもしれない。

本当ならば、創始者である信綱に直接聞きたいところであったが、どこにいるのか、どこへ向かうのかわからない。

今は、確実に会える弟子から新陰流について少しでも教えてもらおう。

運がよければ、その弟子から上泉信綱の居場所が聞けるかもしれない、と雷電は考えた。

 

 

「……その弟子の居場所、教えてくれ」

 

 

しかし、ここで雷電は再び驚かされることになる。

 

 

「お弟子の名は柳生宗厳(やぎゅうむねよし)。大和の国・柳生の庄の領主であるお方でさあ」

 

「……柳生?」

 

 

どこかで聞いたことがあるような、と少し頭を捻った雷電だったが、すぐに柳生宗矩の名前を思い出した。

柳生宗矩、雷電が剣術を学ぶ過程で知った新陰流と一緒に知った名前だ。

雷電は彼の剣に大きく影響を受けたと言ってもいいかもしれない。

 

 

「柳生宗厳、ぜひ会いたい」

 

「とはいえ、相手は柳生の庄の領主です。『会わせてくれ』と言って『はい、どうぞ』とは行けせんぜ」

 

「それもそうか……。どうすれば会える?」

 

「そこはご自分で考えなせぇ。あっしはそろそろ仕事に戻らないと行けないんで、それじゃ」

 

「あっ、おい」

 

 

手をあげ、そそくさと去っていってしまった。

柳生宗厳へ会う方法は教えてはくれなかったが、多くの情報をくれた男に感謝する雷電。

 

 

(しかし、随分と物知りな男だったな。……そういえば、名を聞くのを忘れていたな)

 

 

しばらくすると縄を探しに行った高虎がようやく帰ってきた。

あとは自分たちがやります、と周りの町人たちが言うので後のことは任せて雷電たちはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「柳生の庄ですか?」

 

「ああ、俺は明日からそこへ向かう」

 

 

日が落ち、辺りが暗くなってきたため、雷電たちは近場で宿をとり、部屋でくつろぎながら雑談をしていた。

雑談の途中で明日の予定の話になり、雷電は明日から柳生宗厳を訪ねに大和の国に向かうことを告げた。

道については道中聞きながら行くと、少々無計画な感じではあるが……、それでもそこに向かうことは彼の中で決定事項になっている。

 

そして高虎だが、彼女は"見聞を広めるため"の旅をしている最中だという。

その旅の最初の目的が京見物であったらしいのだが、それもそろそろ止めて別の所へと移動しようと考えていたらしい。

「そこでなんですが……」という前置きをしてから、彼女はあるお願いをしてきた。

 

 

「雷電殿、それ……私も同行しても良いですか?」

 

「同行する? 柳生の庄への旅へか?」

 

 

確認するように尋ねられた高虎は控えめに首を縦に振った。

高虎の反応を見た雷電は、分からないとゆう風にこちらは首を横に振っていた。

 

 

「この旅は俺の都合のものだ。俺に同行してきたところでお前に何か得があるとは思えないが」

 

 

柳生宗厳に新陰流のことを聞きたいという目的のある雷電には、柳生の庄に向かう意味はあるが、高虎には何の関係のない旅である。

だから彼女がこの旅に同行したいと言ってきたことが雷電には分からなかった。

 

 

「確かに私は柳生の庄には何の用もないです。でも、雷電殿について行くことに意味があると私は考えてます」

 

「どういうことだ?」

 

 

やっぱり何が言いたいのよく分からない雷電に聞き返された高虎は自分の考えを聞かせた。

小谷城を出て、今日まで見聞を広めるために手始めに京見物をしていた高虎だったが、具体的な目的もなく京を見て回っていたため、ただの物見遊山になってしまっていたという。

このまま一人で旅を続けていても得るものがほとんど無い。

そう感じた高虎は、雷電に先のような申し出をしたのだった。

 

 

「雷電殿ような方と共に行動すれば学べることが多くあると判断したんです」

 

 

はっきりとそう言い切った高虎。

彼女はどうも自分のことを過大評価をしているように雷電は感じた。

自分から学べることなどあるとは思えない、特に見聞を広めるという意味では自分は不適切である。

雷電だってこの時代のことはわからないことが多いのだから。

 

とはいえ、彼女を一人で旅を続けさせるのも不安があった。

一応気をつけるよう言っておいたが、彼女の性格上、今日のような騒動がこれからも起こらないとも言い切れない。

小谷城へ帰ることを勧めることも考えたが、多分彼女は帰る気はサラサラないだろう。

 

 

「……わかった付いて来るといい。俺から何か学べることがあることは保証しないがな」

 

「っ!? ありがとうございますっ!」

 

 

感激と安堵から深々と頭を下げる高虎は、もう一つ抱えていた胸中の思いを雷電に吐露した。

 

 

「雷電殿、こうして同行を願い出てのには、先に述べた理由以外にもあなたにご相談したいことがあるからなんです」

 

 

先ほどの安堵の表情は消え、切実に何かを願うような顔をしている高虎。

その表情が何を意味しているのか気になった雷電は、彼女を促した。

 

 

「小谷城で起きたあの熊蔵殿の騒動から、ずっと私の中にある違和感があったのです」

 

「違和感?」

 

 

静かに頷いた高虎は話を続けた。

最初こそ、その違和感の正体が何なのかわからないまま過ごしていたが、時間が経過するにしたがって、その違和感が刀を握った時に特に強く現れることがわかったという。

しかし、違和感の正体が何なのかまではわからなかった。

 

だが、その違和感が何だったのか。

つい先日はっきりしたという。

 

 

「雷電殿、私一体どうしたら……」

 

 

絞り出すように声を発する高虎に優しい声をかけながら先を促した。

わずかな嗚咽を漏らしながら、高虎は自分が抱える悩みを雷電へと伝えた。

 

 

「私、もう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……怖くて、人を斬れそうにありません」

 

 

 

 

 

 




実はこの話の前に「箕作城の戦い」の話をはさむ予定だったんですが、知識不足のうえ書いてみたら単なる雷電無双になってしまったため止めました。
感想等あれば、ぜひコメントください!

挿入投稿で「おふざけ回」というものを投稿しました。
そちらは「番外編」という形のモノでキャラ崩壊が激しいですが、良ければそちらもどうぞ。


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