原作の話が進むと、書きたいことが増えてしまっていけない……
あ~あ、……早くこっちも謙信だしたいなっ!!
「小谷城への使者、ご苦労だったわね雷電」
「あれくらいならお安い御用だ。それにあっちではそれなりに有意義に過ごさせてもらった」
「いつもの情報集め?」
「ああ。まあ、特にこれといった情報は手に入らなかったが……」
稲葉山城での一室にて、使者の仕事を終えて帰って来た雷電は信奈の元にその報告に来ていた。
長政の書状での返事を信奈に渡し、彼女はそれに一通り目を通すと雷電に労いの言葉を贈った。
「あっちでは、何か問題はなかった? 浅井勢の家臣たちの様子とか」
信奈のその言葉に雷電は先日、小谷城で自分たちが巻き込まれた騒動を思い出す。
「やはり、家臣の中にはこの同盟を快く思っていない奴らもいたようだ。田部熊蔵という男が長政に反発して騒ぎを起こしていた」
「デアルカ。それで、その田部熊蔵って奴はどうなったの?」
「浅井の手の者によって討たれたよ」
自分たちがその騒ぎに巻き込まれたことを伏せながら、雷電は淡々と報告した。
伏せていることに大した理由はない、単に雷電がそのほうが良いだろうと感じたからだ。
あの騒動の後日、雷電たちは長政に呼び出され「わが家中の問題に巻き込んでしまい、すまなかった」と詫びの言葉を受けたのだ。
正式な場での謝罪ではなかったが、その言葉には雷電たちに対する「申し訳ない」という気持ちが感じられた。
雷電個人としても、別段騒動に巻き込まれたことに腹を立ててはいなかったためこの二人の間に遺恨が残ることはなかった。
因みにこれは、雷電たちが小谷城を出る時に虎高から聞いた話だが、あの事件の功名第一だった与吉は褒美として脇差を一口長政から与えられたそうだ。
与吉の功名は誰もが思いがけないことであり、長政からは「先が楽しみだ」と期待され、そのことがよほどうれしかったのだろう、虎高の喜々として語る姿がいまでも脳裏に浮かび上がる。
また、虎高は与吉に新たな名を与えたとも言っていた。
自らの名乗りを逆さにして与え、藤堂高虎とし、それが彼女の新たな名となった。
「そう、浅井勢も一枚岩ではなかったってことね」
同盟相手の中に反乱分子があったことは信奈としても残念なことであるが、それを取り除けたのであればとりあえずは上々だろう。
まあ、未だ胸中に一物秘めている者がいなければの話だが……
しかし、信奈としてはそれよりも心配なことがあった。
「ところで……雷電。その……勘十郎と長政の二人の様子はどんな感じだった?」
そう、一番気になっていたことは信澄と長政のことだった。
信澄を女装させて長政のところへと嫁がせたわけではあるが、よくよく考えてみれば大胆極まりない作戦である。
何かの拍子に信澄の性別が知られれば、あちらの怒りを買うのは必定、そうなれば同盟は反故にされ、最悪信澄の身に危険が生じることになってしまう。
なんやかんやと表面上には表さないが、実の弟を心配しているのだ。
「心配ない。信澄と長政はうまくやっているようだ、信澄自身大丈夫だと言っていた」
「そ、そう? ならいいけど……」
頷く信奈ではあるが、「うまくやっている」という言葉の言い方に少し疑問を感じた。
ふつうそこは、信澄が「うまくやっている」ではないのだろうか? 何故そこに長政まで入ってくる?
それではまるであの二人が……
(なんか変な想像しちゃったわ……やめやめっ!)
信奈の脳内でピンクがかった男同士のイケナイやりとりの映像が流れかけた。
おかげで信奈の顔は仄かに赤くなっている。
ともあれ、雷電が言うには信澄の心配はいらないようなので、そこは安心できそうである。
まさか、長政が女であり、あの二人が性別逆転の夫婦であるとは信奈は考えもつかなかった。
ーーーーーーーーーー
報告を終えた雷電は、ひとまず自分の部屋へと戻り、それから井ノ口の町にでも向かおうと考えた。
時間は昼時、そろそろ昼食を食べる時間であり、腹の方もそれを要求している。
そこで雷電は、以前ドクトルに何かおごると約束していたことを思い出した。
ちょうどいいので、雷電は昼食にドクトルを誘うことに。
「この時間ならまだストライカーのところか」
部屋で軽く身支度をし、ドクトルの元へと向かう雷電。
いつになったらストライカーは直るのか、と考えながら歩いている雷電の眼前に人だかりができていた。
その人だかりの中から聞こえてくるエンジン音を聞いた雷電は小走りでその人だかりへと入り込む。
人をかき分け、騒ぎの中心へと入った雷電を迎えたのは油まみれのドクトルと良晴、そしてその背後にくっついている半兵衛であった。
「ようやく来たか雷電。待ってたぞ」
「ドクトル、ストライカーは直ったのか」
得意満面で寄ってきたドクトルに雷電も少し興奮気味にそう聞いた。
「ああ、問題なく動いたぞ、軽く試運転もしてみたが問題なさそうだ。その試運転でこんな人だかりができてしまったがな」
「ようやくか……上洛が始まるまでに直ってよかった。流石にこれを担いであの長距離を移動するのは辛すぎる」
「だから、私も急ピッチで修理を終わらせたんだ。感謝しとくれ」
本当にホッとしたように息を吐く雷電に体中についた油を拭いながら答えた。
信奈に上洛するルートを地図で見させてもらった時は、本気で心配した。
最悪、ストライカーをここに置いていくという選択肢も出てきたくらいだ。
だが、ストライカーが直ったおかげで、その心配は不要、移動の際に毎回行われていたあの苦行も終わりというわけだ。
「まさか本当に直っちまうなんてなぁ。この時代に装甲車なんて完全にチートだろ」
「良晴さん……これ怖いです。大きくて、唸ってて……くすんくすん」
未来から来た良晴はともかく、装甲車どころか自動車も見てことも聞いたこともないようなこの時代の人間にとってはエンジン音をうならすこの巨大な物体は不気味な物体以外ほかならない。
周りの者たちは口々に「あの鋼鉄の輿、先ほどひとりでに動いたぞ」「ただでさえ不気味であったものが……」「不気味だみゃあ」「不気味だみゃあ」と騒いでいる。
だがやはり、珍しいもの見たさからか、なかなか人だかりが消えることはなかった。
「燃料の方はどうだ?」
「タンクの方を確認してみたが、まだ充分に燃料は残っていた。外部燃料タンクもオプションとして付けてある。これらなら当分は燃料に困らんだろう」
「それを聞いて安心した。エンジンが動いても、燃料がスッカラカンじゃ話にならないからな」
燃料が充分に残っていることに雷電は安堵した、燃料タンクの残量にもよるが外部燃料タンクがあれば少なくとも500kmはかたいだろう。
それだけあれば、上洛は充分にストライカーでもできそうだ。
今後の行動によっては、今ある燃料では足らないだろうが、ひとまずは安心できそうである。
「試運転は終えたんだろう? ならエンジンを切っておけ、この時代じゃ燃料は補充できない。無駄遣いはしたくない」
「わかっている」
燃料が限られている以上、浪費するわけにはいかないだろう。
先ほどは、ストライカーを担いで運ぶのは今日で終わりだ、と考えたがやはりちょっとした移動の際にはその方法を取った方がいいのかもしれない。
肝心な時に燃料切れで動けない、という事態だけは避けたい。
「上洛の時は、雷電さんたちはこれに乗っていくのか?」
「まあな、乗らないにしてもこいつは持っていかないと何かと不便なんでな。行軍の邪魔にはな……んっ? どうした半兵衛?」
半兵衛に袴を引っ張られた雷電は何事かと屈んで彼女に問いかける。
普段から泣き虫なところがある彼女は、いまも既に目に涙を浮かべている。
「……雷電さん、あれ噛みついたりしないですか?」
そう言いながら彼女が指さしたのは、ストライカーの後部ハッチ。
これには、雷電と良晴は苦笑いするしかなかった。
どうやら半兵衛には、あれが口か何かに見えるようで、ハッチが開閉するたびにビクビクしている。
「あんな大きなお口、私なんて丸呑みにされちゃいます」
「大丈夫だよ半兵衛ちゃん。あれは、口じゃなくてドアだから」
「
「えっと、ようは戸のことさ。あそこは出入り口になってて……」
「私が入ったら閉じて、中で消化されるんですね。怖いですっ! ぐすんぐすん」
「いや違うってっ! 消化なんてされないからっ!」
良晴の説明も彼女をさらに怖がらせただけだった。
今後、このストライカーも一緒に行動することも増えるだろうから、この怯えっぷりをそのまま放置するのはあまりよろしくない。
「なら、一度入ってみるといい。口で説明するよりもその方がいいだろう」
「えっ!? いやです、怖いですっ!?」
「……雷電さん、こんなに怖がっている半兵衛ちゃんにいきなり入れ、は無理だろ。しまいには気絶しちゃうぜ?」
雷電の提案は酷評のようで、良晴にまで「それはないわ~」と言われてしまった。
しかし、雷電は引き下がらずに怖がる半兵衛に出来るだけ優しい声をかける。
「大丈夫だ何もない、俺や良晴も一緒に入る。もし万が一、何かあれば俺が必ず何とかする。だから安心しろ」
正直、自分で言いながら「ストライカーに入るだけで、大げさな」と思ったが、これくらい保障しないと半兵衛は安心してくれないだろう。
「くすん、くすん、わかりました。雷電さんがそこまで言われるのでしたら、頑張って入ってみます」
雷電の説得もあり、半兵衛はストライカーに乗ることに。
おそらくだが、良晴も一緒というのがデカかったのではないだろうか、入ると決まるやすぐに良晴の手を取り涙を浮かべながらも覚悟を決めたように表情を引き締めていた。
それを見れば、半兵衛がどれだけ良晴に心を寄せているのかがわかる。
まず、雷電がストライカーに入り二人を手招きする。
そして、良晴に手を引かれた半兵衛が入ろうとするが、あと一歩がなかなか前に出ない。
良晴が声をかけると、意を決して踏み出した。
「ほら、何もないだろ?」
「……はい」
入ってもハッチは閉まることはなく、消化もされないことがわかり、半兵衛はひとまず落ち着いた。
半兵衛が落ち着いたことを確認した良晴は、ストライカーの機器を物珍しげに眺め始めた。
変に触ったりして壊すと怖いから、絶対に触れようとはしない良晴。
一周グルっと見回した良晴の目に、ストライカーの内壁にマグネットでくっついている2つ写真を見つけた。
「これって……この前に見せてもらった雷電さんの家族写真」
「ああ、そうだ」
以前、ここ岐阜を手にした際に催された宴会で見せてもらった写真がそこにあった。
しかし、もう1つ方には良晴たちは見覚えが無い。
その写真には、インド系の男の子と白髪の女の子、そして一匹の黒い犬らしきものが仲よく写っており、良晴はその女の子の容姿に注目。
髪が白い白人の女の子、髪には青いバラの髪飾りをしており、良晴は素直にかわいいという感想をいだいた。
「なあ雷電さん、もしかしてこの女の子、雷電さんの娘さん?」
写真の女の子を指さしながら聞く良晴に雷電は笑いながら答えた。
「その子は俺の知り合いのサニーだ。残念ながら俺の子供ではないが……、俺は娘みたいに思っている」
「あっ、そうなの? この子も髪が白いからてっきり雷電さんの子供だと思ったんだけど」
自分の予想が外れて意外そうな顔をする良晴だったが、いままで雷電が娘がいる的な発言が全くなかったことを考えれば別に変ではないか、と納得して写真のサニーに目を戻す。
「かわいいなあ、なんだろこの癒されるような笑顔は。正直胸の大きさが俺の好みよりも小さいけど……ん? でもこの子の年によっちゃ、成長次第で結構な大きさに……むふふ」
思ったことがそのまま口に出てしまう良晴は、妄想していることがそのまま口に出ていることに気づかずにべらべらとしゃべり続ける。
そんな良晴の様子に若干引きながら、「こいつにはあまり(サニーに)会わせたくないな」と考えていた。
そして半兵衛は、緩みきった良晴の顔を不満そうな顔で見つめており、胸の話に差し掛かると自分の胸をペタペタさわり、「大丈夫、私にだって可能性はありますっ!」と何かを意気込んでいた。
妄想にふけている良晴があまりにも見ていられなくなった雷電は、ひとまず彼の関心をサニーから移すため、一緒に写っている一人と一匹の説明を始めた。
「こっちの男の子がジョージだ」
男の子、ジョージを指しながら彼の紹介をした。
彼の右腕はサイボーグ化しており、半身半械の体の状態となっている。
この子は、ドクトルが設立したサイボーグ派遣会社の社員第一号で、サニーのもとに派遣され働いているのだ。
ちなみにそのサニーは、宇宙航空技術開発研究所『SOLIS』に技術者として働いており、つまり二人ともれっきとした社会人なのである。
それを聞いた良晴は、大いに驚いた。
「マジかよっ!? この子、研究所なんてところで働いてんの? 明らかに俺よりも年下だよな」
「普通の学校に通ってはいたんだが、どうも彼女の知能がずば抜けていたせいで、他の子供たちとなじめなくて学校をやめてしまったそうだ。だから、彼女の養親のコネで『SOLIS』に入社したらしい」
「やべえ、この子『天才』なんだなっ!」
「……そうだな。『天才』……だな」
興奮気味の良晴に対し、雷電は顔は浮かなかった。
確かに彼女は『天才』だ、雷電も彼女のことを『ギフテッド』と称し、彼女の他の
だが、その表現は皮肉に満ちている、と雷電は少なからずその言葉を使ったことを後悔している。
なぜならば、そのgift(贈り物)は神や天から贈られたものではなく、ある組織の人体実験によるモノだからだ。
彼女は、母親の姿を見ることもなく組織に囚われの身となり、そしてその母親は彼女の顔を見ることもなく死んでしまった。
雷電の目の前で……
『つくられた天才』
彼女の生い立ちを考えると、未だに雷電はやるせない気持ちになる。
少なからず、彼女の人生に自分は大きく関わっていたのだから……
「だ、大丈夫ですか雷電さん? お顔色が悪いですよ? やっぱりこの中は危険なんじゃ……くすん」
「いや大丈夫だ。ちょっと昔のことを思い出していただけだ」
雷電はそう半兵衛に言いながら頭を振って悲壮な考えを振り払う。
確かに彼女の半生は、悲劇といっていいほどのものだった。
だが、彼女はその悲劇の産物ともいえるその高い頭脳を使い『科学の平和利用』を目指している。
それを目指している彼女の姿は、写真に写っているように明るく輝いている、彼女は前を向いているのだ。
(悲壮的な考えは止そう……)
浮かない顔をひっこめた雷電は、写真に写っている最後の一匹を指さした。
「こいつの名前はウルフだ。こいつは……」
———なんて説明すればいいのだろうか?
『対話インターフェイス搭載型無人機』
ウルフは光ニューロAIというAIにより、人間に近い思考ができる無人機であり、ニューロ(神経細胞)を900億という数にし、会話練習を3年やらせた結果、人間と会話することができるようになった。
しかし、こんな説明をしたところで良晴たちにはわからないだろう。
もっと、わかりやすく簡潔に、そしてウルフの特徴をしっかりとおさえた説明を……
考えた末、雷電はウルフのことを———
「しゃべる犬だ」
———と説明した。
「犬……っていうか、犬型のロボットじゃないのか?」
「そうだ。しゃべる犬型のロボットだ」
もはや適当である。
こんな適当な説明のおかげで、良晴の中でウルフは未来のペット型ロボットという風に記録された。
ひとまず写真の人物の紹介を終えた雷電は、写真を元の場所に戻す。
「そうだ、忘れていた。ドクトル、そろそろ昼時だし、何か食べに行こう。この前の約束通り俺のおごりだ」
「ほお、もうそんな時間か」
ストライカーから降りた雷電は、当初の予定通りドクトルを昼食に連れ出すことにした。
周りには未だにストライカーの見物人がごった返しているが、変に触ろうとする者はいなかったため、気にせずにその場を離れる二人。
良晴も雷電の昼飯にたかるべく、半兵衛を連れて彼らについていった。
四人がいなくなった後も野次馬たちはしばらくいたが、その後バラバラと解散をはじめ、数分後にはストライカーの周りには誰もいなくなっていた。
———そのため、ストライカーの中から聞こえてくるモノに気がついた者は誰一人いなかった。
『———ザザッ……んだ……ザッ……え……』
『———なに……ザザザッ、……て……ザザーーー……』
ーーーーーーーーーー
一方その頃……
「……そろそろかな」
デスクトップ型パソコンが数台、そして本が所せましに積まれているデスク。
そのうちの一つのモニターを目の前に何かをジッとひたすら待っている少女がそう呟いた。
時計をチラチラと確認し、そのたびに表情に不安な色が見え隠れする。
時計から目を離した彼女は、何も映っていないモニターに写る自分の顔を眺める。
大きな瞳に白い髪、その髪に飾られている青いバラの髪飾り。
少女は———サニーは、もう一度時計のほうへと視線を移す、先ほどからこれの繰り返しである。
モニターと時計を何往復も視線を移して、時を待っていた。
ゆうに数十回は繰り返していたその行動の終わりを知らせるかのように、モニターに映像が流れ始めた。
サニーは、モニターに飛びつくように迫り、映像を送っているであろう者に語り掛ける。
「着いたのねブレードウルフっ!」
『ああ、待たせてすまない。サニー』
モニターからのウルフの返事を聞いたサニーは「気にしてない」と一声かけ、真剣な顔を作る。
モニターに映し出されている映像は、ウルフの視神経に直結している。
つまり、ウルフの視点をそのままモニターしているということだ。
そのモニターには、荒野が映し出されている。
『サニー、雷電たちがいなくなった場所は、本当にこの座標であっているのか?』
「うん、正確には最後に確認できた場所ね。サイボーグ派遣会社の人たちから送られてきた座標をそのままあなたに送信したから、座標に間違いはないと思う」
『あたりには特に何もないようだが……』
ウルフの視線が左右に振られ、周囲の景色が映し出される。
確かに今ウルフがいる場所の周囲には、変わったものはないようだ。
彼女たちは、先日改良型ストライカーの試験運用に出かけたまま行方知れずになった雷電とドクトルの捜索にあたっていた。
雷電たちが行方不明と知ったのは、ドクトルが開設したサイボーグ派遣会社経由だった。
いつまでも帰ってこず、連絡も取れない、何か知らないか? と試験運用に同行した雷電の知り合いということで連絡が回ってきたのだ。
最初こそサニーは、試験運用で何らかのトラブルがあって連絡が取れないだけだろう、雷電も一緒なのだからきっと大丈夫だ、とあまり心配していなかった。
しかし、数日後に同様の連絡がマヴェリック社のボリスからも来た時は、流石のサニーも大丈夫だとは言い切れなかった。
サニーはすぐさまサイボーグ派遣会社に連絡をとり、雷電たち捜索に協力を願い出たのだ。
同じくボリス達、マヴェリック社も、かつての仲間の危機かもしれないと協力に名乗りをあげ、捜索隊を派遣したりなどの対応をしてくれている。
今回の雷電の捜索には、ウルフ以外にもマヴェリック社から送られた捜索隊も別行動で付近を捜索しに一緒に来ている。
『今回の雷電たちの失踪、何かの騒動に巻き込まれたと思うか?』
「……わからない」
ウルフの質問に暗い調子の返事がサニーから帰ってきた。
『すまない……、不安にさせるようなことを口にしてしまった』
「ううん。……大丈夫」
『そうか……捜索を開始する。ひとまず、遠くを見渡せそうなところを探す』
「了解。こちらもモニターしてるけど、気を付けてね、ウルフ」
『ああ』
ウルフの返事と同時にモニターの景色が移動をしていく。
それを確認したサニーは、イスにもたれかかりため息を吐いた。
すると部屋の扉が開く音が聞こえてきた。
「サニー、お前少し休んだほうが良いよ。あまり寝れてないんだろ?」
サニーは椅子にもたれかかりながら、声のした扉のほうに顔を向ける。
そこには心配そうにサニーを見ている、ここ「SOLIS」に派遣されてきた少年、ジョージがいた。
荷物運びの作業の途中だったのだろう、彼の手には抱えるほどの大きな荷物が抱えられている。
彼は手に持っている荷物を扉のすぐそばに置くと、サニーに歩み寄った。
「うん、ありがとう。でも、どうしても不安で落ち着かなくて眠れないの……」
「ニンジャの兄貴の捜索は始まってるんだろ?」
ニンジャの兄貴とは雷電のことである。
「ええ、さっきウルフから連絡がきたわ。ポイントに到着して今さっき捜索を開始するって」
「なら、あの犬コロから連絡が来るまでの間くらい仮眠を……」
少しでも寝ることを勧めるジョージだったが、言い切る前に顔を横に振られてしまった。
その反応に目の前の少女の頑固さに、今度はジョージが思わずため息をつく。
ジョージとて雷電たちのことは心配しているが、それ以上にサニーのことが心配なのである。
雷電たちの失踪を知ったばかりの時はまだ「雷電なら大丈夫」と信じており、その顔に余裕があったのだが、今では余裕などなくなっている。
そのことを指摘すると彼女は、「嫌な胸騒ぎがするの……」と暗い表情を見せたのだ。
「彼はまるで事件や悲劇を自らに引きつける引力でもあるみたい……」なんてことも言っていた。
ジョージにはその言葉の意味はわからなかった。
しかし雷電の半生は、それこそ波乱万丈といった言葉では不足なほどに悲劇と苦労の連続だった。
物心が付く前に両親を殺され、しかもその両親の仇である男の下で兵士として育てられ、生まれ故郷であるリベリアでの内戦を経験した少年兵時代から始まり、彼は残酷な運命の渦に巻き込まれていったのだ。
それこそ語り始めれば、キリがないほどの出来事が彼に襲い掛かった。
だからこそサニーは、彼にはそろそろ平穏な日常を手に入れられることを心から願っている。
雷電の人生の一部に少なからず、自分は関わっているのだから、と———
『サニー。妙なモノを見つけたぞ』
モニターからのウルフの言葉にサニーの脳は急激に覚醒し、ジョージからモニターへと目を移した。
ジョージもつられるようにモニターへと近づく。
見晴らしのいい高台にでも移動したのだろう、モニター映る景色は広大な荒野を見下ろしていた。
そして、映し出されている光景の遠く、岩山と岩山の間という周囲からは見えないような場所に彼の言う"妙なモノ"はあった。
岩山と岩山の間には、いくつものトラクターのようなものが停車しており、その中で一際目立つ柱状のものが屹立している。
それらは、青白い膜で周囲を覆われている。
「あんなところで一体を……。周りは電磁バリケードで囲まれているようだけど」
「なぁ、この部分もっとズームできないのか?」
『悪いがこれが限界だ。もう少し接近を試みてみる』
言下にウルフは、高台を降りて先ほどの岩山を目指して走り始めた。
先ほどの半分くらいの距離まで近づいたウルフは、一応岩陰に身を隠しながら様子をうかがった。
先ほどよりもぐっと近づいたため、中の様子がよくわかる。
トラクターに牽引されているコンテナの扉が開いており、その中は起動状態の機器が多数積まれている。
また、そのコンテナから白衣を着た研究者のようないでたちの人物が何人も出入りしていることから、あのコンテナの中は、ラボかそれに準ずる何かだろうとサニーは判断した。
「見たこともない機材がいっぱい。この団体はどこかの研究機関か何かなのかな?」
『警備なのか周囲には研究員以外にも銃器で武装した者たちもいた。外見上はサイボーグでは無さそうだが……』
「何かこの人たちの正体がわかるものはない?」
コンテナの中をズームしていると、ウルフがある個所でモニター止めた。
モニターの中央には、コンテナ内で作業している研究員が着ている白衣についたロゴマークが映し出されいる。
『サニー、このロゴマークを調べてみてくれ。この連中が何者なのかわかるかも知れない』
「ああ、なるほど」
「わかった。検索してみる」
映像からロゴマークを読み取ったサニーは、このマークを扱っている企業や組織がいないか様々な方法で探し始める。
だが……
「……おかしい。何もヒットしない」
『なんだって? 一つもか?』
「う、うん。大企業や研究機関はもちろん、末端の企業や軍事組織、色々なものを調べてみたけど何一つヒットしなかった」
まさか、何もヒットしないことに戸惑いを見せるサニー。
このロゴマークはこの団体とはなんの関係もないの? と考えたが、そこにいる研究員たちや警備員たち全員に同じマークが見受けられた。
「……どういうこと?」
サニーが頭を悩ませている横でジョージはそのマークを食い入るように見ていた。
「気のせいかな、俺なんかこのマークに見覚えがある気がするんだけど……」
「本当にっ!?」
「い、いや。気がするってだけで確かなことは何もわからないんだけど———」
モニターの前でそう二人で言い合っているとモニターに異変が起き始めた。
急に映像が荒れはじめたのだ。
それに気づいた二人は、慌ててモニターに向き直る。
「ウルフ、何かあったの? 映像が乱れてるわ!」
『———な、ザザッ……きこっ……ザッ……い』
「どうしたんだよ。良く聞こえないぜ!?」
無線の方もジャミングが入ったようになり、ウルフの言葉が聞き取れなくなっていた。
思わぬ異変に二人とも焦り始めている。
映像の乱れとジャミング、これらに続き更なる異変が乱れた映像から飛び込んできた。
先ほどまで気に留めていなかった謎の柱のオブジェクト、それが急に光りだしたのだ。
『———ザザザッ……が、おきっ……ザッ……るっ!?』
相変わらずウルフからの無線も乱れており、彼が何を言っているのかうまく聞き取ることができない。
そして、サニーたちはモニターの光景に対し、何らかの反応を見せることができずにいた。
光は徐々に強まっていき、画面が白くなっていく。
そして……
『プツッ———』
モニターの映像とウルフからの無線が切れた。
「……ウルフ? どうしたのウルフ? 返事してっ!?」
怒鳴るように問いかけるがウルフからの返事は帰ってくることはなかった。
それでも、泣きそうになりながら問いかけ続けるサニーに、見ていられなくなったジョージはウルフと一緒に現地入りしたマヴェリック社の捜索隊に連絡を取るようにサニーを促した。
連絡を受けたマヴェリック社の捜索隊は、雷電たちの捜索と並行してウルフの捜索を開始。
だが結局、サニーが送った座標を中心に探してもウルフはおろか、あの謎の団体の姿も見つけることはできなかった……
誤字脱字などあれば、教えてくだされば修正します!
感想などもあれば、ぜひっ!