切り裂きジャック〜乱世を斬る〜   作:東奔西走

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投稿だいぶ遅れてしまいました。
申し訳ないですm(_ _"m)

あと、今回もだいぶ長くなってしまいました。
長すぎると感じたら教えてください、次回から出来るだけ抑えるようにします。




第十六章 小谷城での騒動 後編

小谷城

 

 

 

太陽がまだその姿を現していない早朝、雷電は寝ていた体をゆっくりと起こした。

寝起きの曖昧な意識の中、雷電は周囲を見渡し、いつもの部屋ではないと感じた。

 

 

(そうか、ここは小谷の……)

 

 

意識がはっきりしてくるにつれて、自分の現状を思い出す。

昨日、信澄との対面を果たした雷電は、小谷城の城下などを見たいと長政に頼み、案内付きで時間が許す限り城下を見て回ったのだ。

こうして、城下での情報収集を行うことも雷電がここに使者としてきた理由の一つであった。

しかし、時間がそれほど無かったためにほんの一部しか見ることができなかった。

そのため、雷電は長政にしばらくここに留まらせてほしいと頼み込んだところ、長政は快く承諾してくれた。

城下町の探索もそうだが、雷電は信奈からの命である、浅井家中の様子を探るという仕事もある。

 

 

(本当は適当なところで宿をとろうと考えていたんだが、こうして部屋を用意してくれたのはありがたいな)

 

 

襖を全開にしてその空気を肺一杯に吸い込み、外の景色を眺める。

外はまだ暗く、太陽が姿は現れる様子はない。

 

 

「早く起きすぎたか。やることもないし、散歩でもしているか」

 

 

明るくなるまでの少しの間、小谷城内を散歩をすることにした。

部屋から出て、館の出口に向かおうとした雷電の目に、となりの部屋で寝ている椛の姿が襖のわずかな隙間から写った。

 

 

「……普段のクールな姿からは想像できない寝姿だな。これは一つ得をした気分だ」

 

 

椛の寝姿を見て思わず笑みがこぼれる。

寝ている彼女の姿は、はっきり言えば寝相が悪い。

掛け布団は彼女の体から離れたところに孤立してり、椛の全身が露わになってしまっている。

寝巻は大きく着くずれて、所々肌の露出が目立っている。

そして、その寝顔だが……

 

 

「普段とは違って、寝顔は随分と可愛らしいじゃないか」

 

 

凛とした顔は崩れ、楽しい夢でも見ているのか笑顔で寝ていた。

椛の笑顔を初めて見た雷電は、まじまじと彼女の顔を見る。

その彼女の寝顔の口元に何かを見つけた雷電は眉をひそめて、目を細める。

 

 

「……よだれ?」

 

 

椛の口の端から垂れているよだれを見つけた瞬間、雷電の中の彼女のクールなイメージが半ば崩壊した。

案外、これが素だったりするのではないだろうか。

 

 

「この姿を写真にして、椛に見せたらどんな反応するか見てみたいもんだ」

 

 

意外と子供っぽいことを考える雷電。

 

彼女の寝姿を堪能した雷電は、襖をちゃんと閉めてやり、館の出口へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

早朝とはいえ、見張りや巡回をしている兵たちがいる中、雷電は立ち入りを許されている範囲を散歩していた。

いま雷電が歩いているのは二の丸の内であり、雷電たちが泊っている屋敷があるのもここだ。

朝の涼しい風を感じるが、それ以上に雷電は周りからの視線を感じていた。

しかし、そんなものは気にも止めずに歩き続けていると、ある屋敷が目にとまった。

 

別段目を引くような外見をした屋敷ではない。

それでも目にとまったのは、屋敷の前で女子にしては背丈がずいぶんと高い少女がいたからだろう。

早朝の修練でもしているのか、こちらに背を向けている女性は木刀をひたすら素振りして汗を流している。

素振りをする際に発せられている気合の声は、少女のように高かった。

 

ふと、視線を感じ取ったのか不意に彼女が雷電の方に顔を向けた。

その顔は、体の割にまだまだ幼さの残る顔立ちをしており、大人の女性とは考えられなかった。

ただ体だけは大人の女性を思わせるほどに成長している。

 

当の彼女だが、明らかにこちらを警戒していた。

初めて目にした南蛮人に警戒をするのは無理もない、それが無言でこちらを見つめているのだから尚更だ。

しばらくすると、無言でいるのが辛くなったのか彼女の方から口を開いてきた。

 

 

「あの……何か御用ですか?」

 

「うん? あ、いや済まない。散歩していたら君が修練をしているのが見えたからただそれを眺めていただけだ。気を散らせてしまったことは謝る」

 

「はあ……」

 

 

ただ眺めていただけと言われてその少女は、どう反応すれば良いのか、といったように困ったような声を出す。

すると、屋敷の戸が開く音がした。

音がした方を見てみると、二人の男性が少女の方へと歩いてきたのが見えた。

一人は屈強そうな壮年の男性で、もう一人は対照的に優しそうな顔立ちをしている青年。

それを目にした少女は、その二人に歩み寄りながら口を開く。

 

 

「まったく、父上も兄上も仕度が遅いです。約束の丑の刻から一刻も過ぎておりますよ」

 

 

出てきた二人に早々文句を言い始めた。

しかし、言われている二人の方は可笑しそうにその文句を聞いており、それが気に入らなかったのか彼女は語調を強める。

 

 

「何が可笑しいのですかっ!」

 

「与吉よ。おれが言うたのは丑の刻ではない、寅の刻と言うたのよ」

 

「……へっ!?」

 

 

壮年の男性に告げられ、約束の時間が違っていたという事実に少女は驚く。

それがまた可笑しかったのか二人は声を出して笑いだし、笑われた少女は恥ずかしそうに赤くした顔を伏せた。

その様子を見ていた雷電もつられて笑い出すと、三人が一斉にこちらに向き、雷電に視線が集まる。

 

 

「ときに与吉よ、そちらは誰だ? 見かけぬ顔だが、知り合いか?」

 

「いえ、実は私も先ほど会ったばかりで……」

 

「ふむ、そうか」

 

 

流石に名乗らずに黙っているのはまずいか、と感じた雷電は壮年の男性に名を尋ねられるよりも前に口を開いた。

 

 

「昨日、織田の使者としてここに来た雷電だ。名を名乗るのが遅れて済まない」

 

 

雷電が詫びを入れながら名乗ると壮年の男性は、「ほぉ……」と顎髭を撫でながら雷電の姿を眺めていた。

その視線はやはりというか、雷電の髪や唯一肌が露出している顔などに集中している。

 

 

「なるほど雷電殿とな、貴殿の話はおれの耳にも色々と入っている。噂に違わぬ容姿に不躾にも眺めてしまった。申し訳ない、許してほしい」

 

「いや気にしていない。それを言うならば俺の方もそちらの娘さんを無遠慮に眺めてしまっていたからな、おあいこだ」

 

「ははは、それはそれは」

 

 

雷電は先ほどの少女に視線を向けながら語ると男は愉快そうに笑っていた。

 

 

「そちらが名乗ったのであれば、こちらも名乗らねばな。おれは藤堂虎高と申す。こっちの小柄な男児がおれの息子である……」

 

「源七郎と申します」

 

 

そう名乗りながら虎高に並ぶように出てきた青年、源七郎。

源七郎は、肌は色白でやさしい顔だちをしている。

体も小柄であり、正直あまり槍働きをするような雰囲気ではない。

 

 

「そして、先ほど雷電殿が眺めていたという女子が俺の娘の……」

 

「与吉と申します」

 

 

名乗る少女、与吉は兄である源七郎に並ぶように立つ。

少女らしい幼さの残る顔立ちと、それとは対照的に成長した体。

この姿を見ただけで成長期であることが一目でわかる。

 

またもや、じぃっと与吉の姿を眺めていた雷電。

その視線を感じたようで、与吉は困ったような顔をしている。

 

 

「ところで雷電殿、このような時間にこのような所で何をしているので?」

 

 

不意に横から虎高に質問をされた雷電は、慌てて視線を与吉から虎高へと移す。

虎高の表情を見るに、別段疑うような様子はなく、ただ純粋に気になっただけのようだ。

 

 

「城下を見て回ろうと思っていたんだが、それには少し早い時間に思えたんでな。散歩でもして時間をつぶしていたんだ。その最中に与吉が修練をしているのが見えたからそれを眺めていた」

 

「そんなに与吉のことが気になりますかな?」

 

 

どこか含みのあるような言い方に雷電は少し苦笑いをする。

どう返答したものか、と考えていると先ほどから黙っていた与吉が父である虎高に向けてやや強めの口調で口を開く。

 

 

「それよりも父上、早く鍛錬を始めましょう。まだ何もしていないではないですかっ!」

 

「むっ? そうだな、そろそろ始めるとするか。源七郎、用意を」

 

「はい父上」

 

「雷電殿、時間を持て余しているようならば、我々の鍛錬の様子でも見ていってはいかがか?」

 

 

邪魔になるだろうからとこの場を去ろうとした雷電に虎高はそう提案してきた。

別に断る理由もないし、と雷電はその提案をありがたく受けることにした。

 

藤堂親子の鍛錬の様子を邪魔にならぬよう屋敷の隅から眺めていた雷電は、虎高、源七郎、与吉の修練の姿をそれぞれ見比べる。

戦慣れしている虎高は当然として、源七郎や与吉も小さいころから武芸を仕込まれてきたためにその太刀筋や槍さばきは雷電の目から見てもなかなかのものだった。

 

虎高たちの鍛錬を夢中で見ていた雷電は、周囲が明るくなり始めていたことに気づいた。

ちょうど、鍛錬の方も終える時間帯のようだ。

 

 

「おれと源七郎はそろそろ登城するゆえ、これにて失礼させていただく」

 

 

そう言って、虎高と源七郎は登城するために屋敷の中へと戻っていった。

しかし、一人与吉のみ中へと戻ろうとせずに雷電のことを見つめ、何か悩んでいるようなそぶりを見せている。

 

 

「どうかしたのか? 何か俺に言いたいことでもあるのか?」

 

 

こちらから声をかけ、話しやすい空気を作ってあげると、ようやく与吉は声を発した。

 

 

「雷電殿、先ほど城下の方を見て回りたいと仰っておりましたよね?」

 

「ああ、そうだが……それがどうかしたのか?」

 

「いえ、もしよろしければ私が城下の方をご案内しようかと思ったのですが、どうでしょう?」

 

「君が案内を?」

 

 

与吉の発言に少々驚いたような顔をする雷電。

今日の城下の散策は椛と二人だけで行おうと考えていたのだが、と与吉の提案に対する返事を渋る様子を見せる雷電に対し、与吉は「お邪魔でなければよろしいので」と一言付け加えてきた。

 

 

(まあ、別に居て困るわけではないか……)

 

 

十秒ほど考えた結果、雷電は彼女に同行してもらい案内を頼むことにした。

 

 

「じゃあ、与吉。城下の案内を頼んでもいいか?」

 

「はいっ!」

 

 

笑顔で与吉が返事をするのと同時に屋敷の戸が再び開き、虎高たちが出てきた。

二人は先ほどまでの鍛錬をする服装ではなく、ちゃんと城へと赴く服装へと着替えている。

 

 

「なんだなんだ? 何やら楽しそうな声が聞こえたが与吉よ、雷電殿と何か良いことでもあったのか?」

 

 

楽し気に聞いてくる虎高に与吉ではなく、雷電が受け答えをする。

 

 

「このあとの城下散策の案内を彼女が買って出てくれたと、それだけの話だ」

 

「ほぉ……与吉よ。父に黙ってそのような約束事をつけるとは、さてはお前。雷電殿と逢引でもするつもりかっ!」

 

「あっ、あいび……ッ! 父上、変なことを言わないでくださいっ!」

 

「あいびき?」

 

「雷電殿っ!? 違いますからねっ! 私はそのようなつもりはッ———」

 

「与吉の逢引を断らぬ所を見ると、雷電殿はもしや近頃尾張にて噂となっておる露璃魂とかいう病を……」

 

「父上ぇぇぇっ!! いい加減にしてくださいっ!」

 

 

顔を真っ赤にして怒鳴りながら虎高へと掴みかかろうと飛びかかると「わっはっは! 冗談だ、少しからかっただけではないか。そう怒るでない」と軽くあしらわれてしまう与吉の姿がそこにはあった。

あきらめず何度も飛びかかる与吉だったが「ほれほれっ! どうした?」とはしゃいでいる虎高を捕まえることはかなわなず、頬を膨らませてそっぽを向いて黙り込んだ。

 

 

「おぉ拗ねてしまったか。少々やり過ぎたわ」

 

「まるで子供だな」

 

「子供も子供、与吉はまだ元服を迎えておらぬ。仕方あるまい」

 

「いや……あんたに言ったんだ」

 

 

虎高のはしゃいでいた様を見た雷電は呆れた声を出したが、当の本人は「えっ?」と言いたそうな顔を雷電に見せていた。

どうやら虎高はあの行動が子供っぽいということを自覚していないようだ。

 

 

「父上、いつまで与吉で遊んでいるんです。そろそろ城へと行かねば」

 

「おお、そうであったっ! おれとしたことが夢中になってしまっていた」

 

 

源七郎に言われてようやく城へと向かい始めた虎高たち。

その際、雷電のすぐそばを通った虎高が耳元でつぶやきを漏らした。

 

 

「気を付けなされ雷電殿。この小谷城には、未だに織田との同盟を良しとせぬ者がおる。まさかとは思うが、用心なされ」

 

「……忠告感謝する」

 

 

小声で雷電に忠告し終えた虎高は、小走りで城の方へと向かって行った。

二人の姿が遠くなるのを見届けた雷電は、未だにそっぽを向いている与吉をどうしようかとしばし頭を悩ませたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

東の空に太陽が姿を現した頃には、雷電、椛、そして案内役を買って出た与吉はそれぞれ朝餉を済ませて城下町の散策へと出たのだった。

昨日回れなかった場所を中心に与吉の案内で城下を歩き回る三人。

 

 

「雷電殿はなぜ織田信奈殿に仕えておられるのですか? やはり何か理由が?」

 

 

時折、与吉はこうして雷電にいくつかの質問を聞いてきたりと積極的に対話をしてくるのに対し、町の様子を

監視するように黙々と歩いている椛。

今朝の寝姿が嘘のように凛とした顔を作っている。

 

 

「あの雷電殿? もしや聞いてはいけないことでしたか?」

 

「うん? あぁ……まあ、少しわけありでな」

 

「そうですか」

 

「しかし、信奈に仕えるのは悪い気分ではない。むしろあの子には好感を持てる部分は多い」

 

「ですが、世からは"うつけ"などと言われているではないですか?」

 

「……信奈の考えることは、この時代の人間には理解が追いつかないようなことが多いからな、"うつけ"なんて呼ばれているのは、そのせいだろう」

 

 

雷電の「この時代」という言葉に少しばかり疑問を感じた与吉だが、変にそこを触れようとはせず「そうですか」と返すのにとどめた。

 

 

「雷電殿、では一つ質問なのですが……」

 

「なんだ?」

 

「もし、あなたが承知しかねるようなことを主である信奈殿が仰られた時、あなたはどうされますか? 主の命に従い行動するか、それとも主の不満を買うことを承知でおのが考えを述べるか、どちらです?」

 

 

突如そのような質問を真剣な顔で聞いてきた与吉に雷電も真剣に返答を考える。

組織に忠実になるか、己の我を通すか、雷電は———

 

 

「俺は自分の信念と考えに従って動く。もし、信奈が俺の考えを受け入れられない場合は彼女の命令には従えない」

 

「なるほど、雷電殿は主とはいえどご自分の考えを伝えますか」

 

「だが、信奈は家臣の言葉にもちゃんと耳を傾ける。だからこそ俺は信奈の元にいる」

 

 

でなければ既に信奈の元を去っている、と言外ににおわせている。

雷電の答えを聞いた与吉は、どこか嬉しそうにうなずいていた。

 

 

「しかし、なぜ急にこんなことを聞いてきたんだ?」

 

「……父上によく言い聞かせられているのです。藤堂家代々の教えというものを———」

 

 

言葉を区切ると与吉は、「少し休憩しませんか?」と近くの茶屋を指さした。

 

あまり乗り気でない椛も無理矢理に茶屋へと引き連れ、三人はしばし休憩することにした。

城下町の散策もあらかた終えたので、それほど慌てて回る必要もない。

三人がそれぞれ注文を終えると、与吉が先ほどの続きを語り始めた。

 

 

「藤堂家には、『主の仰せらるること、合点がいかなんだ時は、はきとおのが考えを申しのべよ。それで浪人になったとて、けっして恥ではない』という教えがあり、父上はいつも私や兄上にそう言い聞かせておりました」

 

「なるほど、それで先ほどのような質問を雷電様に問われたのですね与吉殿は」

 

 

茶屋に入ると散策中とは異なり、椛も会話に加わってきた。

 

 

「はい、幼いころよりそのように教えられてきたため、そのことに疑問を持ちませんでしたが、やはり他家の者がどのように考えているのか気になりまして……」

 

「それで俺に聞いてきたのか? だとすれば、俺ではあまり参考にはならないだろう」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、他の奴に聞いたほうがいいだろうな。何ならそこにいる椛にでも聞いてみたらどうだ?」

 

「え?」

 

「そうですね。椛殿はどうお考えですか?」

 

「……えぇと」

 

 

まさか主である雷電が目の前にいるこんな時に聞かれるとは思っていなかった椛は、彼女らしからぬふ抜けた声をだした。

視線を雷電の方へと向けてみると楽し気にこちらを見ており、完全に椛がこの状況に陥っていることを楽しんでいる。

内心「むぅ……面倒な」と思いながらも、やはりそれを表面には出さない椛、平静を取り戻していつもの能面を保った。

 

 

「私は雷電様の命令には逆らいません」

 

「ほぉ……」

 

 

あからさまに意地の悪い顔をしている雷電に椛は少々失言だったかもしれないと思ったが、口から出てしまったものどうしようもない。

それに忍びというものは、そういうものだと椛は本気で思っているため、別に間違ったことをいったつもりはない。

 

そこに店の者が茶と団子をもって店の奥からやって来て、雷電たちの前に置いた。

椛は雷電の視線から逃れるように団子へと視線を移し、手を伸ばす。

「雷電様……変なこと考えてないわよね?」という不安を椛は団子と一緒に腹の中へと飲み込んだ。

 

 

「それで与吉、椛に聞いてみて何か参考になったか?」

 

「うーん……。聞いておきながらこんなことを言うのは気が引けますが、自分でも参考になったかどうかわかりません。ただ、やはりそういう考え方の人もいるんだ、と今更ながら思ったという程度です」

 

「まあ、そうだろうな」

 

 

与吉は申し訳なさそうにそう述べるが、正直それが普通だろうと考える雷電。

 

 

「父上から聞かされていたお家の教えが教えですから、"武士は二君に仕えず"などというのは、ただのたわ言だとも教えられていました」

 

「逆に一途に一人の主君に忠を尽そうと考える者もいる。主に対する考え方は正に十人十色と言えましょう」

 

 

先ほど食べ始めたばかりの団子を食べ終えた椛が茶を啜りながら締めくくった。

与吉も団子をつまみながら茶を啜り、ふむっと一つうなずく。

 

ちなみに彼女の食べている団子は雷電と椛の五倍の量があり、本人曰く「昔から人よりも食べる量が多いと言われていまして、はむはむ」と言っていた。

こういう所にもしかしたら彼女の体の成長度合いの違いがあるのかも知れないな、と椛と与吉の体(主に胸のあたり)を見比べながら雷電はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「くどいぞ熊蔵っ!! 何度言えば気が済むのだ、私は織田との同盟を解消する気はないっ!!」

 

 

小谷城の大広間の部屋に長政の怒号が響きわたり、控えている何人かの家臣たちがビクッと震え上がる。

長政の正面に座り、その怒号を受けているのは何かを決心したように顔を厳つくさせた熊蔵だった。

 

 

「……とうとう、わかってはもらえなんだか」

 

 

さも残念そうにつぶやいた熊蔵は、スッと素早く立ち上がると長政に背を向けて退出しようと出口へと向かう。

襖を手にかけ開くと、一度動きを止めてゆっくりと振り返った。

 

 

「このほうより、主従の縁を切らせていただくっ!!」

 

 

大声でそう喚いた熊蔵は、家臣たちの制止の言葉を振り切るようにその場から退出していった。

熊蔵が去った後の大広間には重苦しい静寂が支配していた。

 

その日の夜、田部家の屋敷では昨日と同じく一族の者たちが居ぞろい、話し合いをしていた。

屋敷内は慌ただしい状態にあり、落ち着いているのは腰に刀を帯びた十八人の男たちだけだ。

ドタバタと周りから騒がしい音を聞きながら、男たちはそれぞれ杯を手にし、一斉にあおる。

すると熊蔵は約半数の者を部屋へと残し、残りの者を引き連れて屋敷の裏口から外へと出て行った。

 

 

「女、子供はもう屋敷から退去したか?」

 

「すでに」

 

 

屋敷に残った者たち以外の女子供、使用人も全員屋敷から出ていた。

この場にいる者たちは、討手を引き受け斬り死にする覚悟だ、皆それが表情に表れている。

十名のみがいる田部家を討手が囲んだのは、そのすぐ後だった。

 

屋敷を囲んでいる討手五十人ほどの中には、藤堂家の虎高と源七郎の姿もあった。

虎高と源七郎は玄関口から討ちいるために屋敷の正面で、合図を待っている。

屋敷の包囲が完了してから虎高は降参すれば助命は叶うぞ、と声を張り上げるが降参する様子は欠片も見受けられなかった。

屋敷は取り囲む者たちが持っている松明により照らされており、小心な者であればこれだけで怖気づくことだろう。

しかし、田部家にはそのような者はいないようで、囲まれたとわかるや板戸などを開け放ち、庭に飛び出し討手と戦う覚悟を見せた。

 

 

「やはり説得には応じぬか」

 

「父上、屋敷から出ていた女子供は本丸へと引き立てられたようです」

 

「そうか。……源七郎よ、相手が説得に応じぬ以上戦いになろう。初めての上意討ち、ぬかるでないぞ」

 

「はい、心得ております父上」

 

 

藤堂親子の会話が終わると同時に「かかれぇっ!」という号令が発せられ、討手は表門や横手の堀などから屋敷へと殺到し始めた。

田部家側もむしろ迎え撃とうと勇んで敵に突っ込む者もおり、瞬く間に屋敷の周囲で斬りあいが開始された。

 

 

「熊蔵殿ぉぉっ! 熊蔵殿はどこだぁっ!?」

 

 

正面玄関から討ち行った虎高は熊蔵の姿を探しながらも向かってくる者たちの相手をしている。

しかし、いくら探そうともすでに屋敷から出ている熊蔵の姿を見つけることは叶わない。

十人という少ない人数での応戦では、長いこと持ちこたえることは出来ず、やがてその物量差によって殲滅された。

 

 

「館の中にも熊蔵殿はおりませんでしたね父上、一体どこへ行ったのか……」

 

「いないのは熊蔵殿だけではなさそうだ、明らかに人数が少ない」

 

「逃げたのでしょうか?」

 

「むぅ……熊蔵殿の性格を考えると逃げたとは思えぬが……」

 

 

虎高は庭の所々に骸となっている田部一族の者を見てそうつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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場所は変わり、藤堂家の屋敷。

 

そこには、父と兄の上意討ちに同行できなかった与吉が待機していた。

自分も連れて行ってくれと父の虎高に頼んだが「駄目だ、お前は元服も済ませておらぬ身ではないか。屋敷で待機しておれ」と首を横に振られてしまったのだ。

 

 

「父上はいつも私を子供扱いする。私とて十分に戦えるというのに……」

 

 

幼い時から稽古を続けてきた与吉の剣の腕はそこらの者たちに引けを取らないほどである。

与吉の稽古相手をした多くの大人たちが「子供」だと侮り、返り討ちにされていた。

おまけに体も女子としては大きめであり、その分力も強い。

しかし、それでも父は同行を認めてはくれなかった。

 

屋敷の中で座っている与吉の耳にも外からの喧騒が微かに聞こえてくる。

座敷には先ほどまで食べていた夕餉の跡があり、与吉はそれをジッと眺めていた。

この座敷には与吉のみがおり、与吉の耳は外からの音だけを拾っている。

 

しばらくそうしていた与吉であったが、急に立ち上がると座敷を出て、ある部屋へと向かった。

その部屋の戸を開ける、そこには太刀や脇差が収められている。

与吉はそのうちの一つを引っ掴むと屋敷を飛び出していった。

 

目指すは田部屋敷。

正面から行こうとすればおそらく誰かに止められてしまうだろう、と考えた与吉は屋敷の裏手に回ることにした。

屋敷を囲む者たちは大きく避けながら回り込む与吉の視界の端にある集団が目に入った。

 

八人ほどの集団であり、みんな刀を帯びている。

最初は上意討ちに向かうものたちかと考えたが、田部家の屋敷とは反対方向へと向かっている。

不信感を覚え、与吉はその集団を良く見てみるとその内にあの熊蔵がいることに気が付いた。

 

 

「なぜあの人がここに……まさか逃げ出したの?」

 

 

一瞬そう憤りを感じた与吉は、逃がすまいと彼らの後を気が付かれぬようにつけて行った。

流石に相手は八人であり、今彼らに向かっていくのは無謀だろう。

なんとか隙をついて熊蔵の首だけを狙おうと考えた。

虎高に知らせようとも考えたが、知らせたら自分は追い返されてしまう、与吉はそう考えてしまい、結局一人で追跡を続けた。

 

静かに追跡を続けていると、熊蔵たちはある屋敷にたどり着いた。

すると熊蔵は隊を半分に分け、正面と裏手から屋敷に侵入していった。

与吉は迷わず熊蔵が入った裏手へと向かい、すぐには中へと入らず物陰から様子を伺った。

だが、それほど時間をおかずに中で動きが……

 

 

———悲鳴があがった

 

 

その悲鳴に突き動かされた与吉は屋敷へと駆け込み、悲鳴が上がったであろう部屋へと躍り込んだ。

バァンッと襖を蹴破り侵入してきた与吉にその場の者の視線が集まる。

素早く刀を抜き、部屋の中を見渡すと、ある人物と目が合った。

 

 

「与吉ッ!?」

 

「雷電殿ッ!?」

 

 

そこには、昼間に一緒に城下を見て回った雷電とそして椛がいた。

二人の姿を見た与吉はこの屋敷は二人が泊っていた屋敷だったのかと、今更ながら気が付く。

二人の足元には、熊蔵が連れていた者たちが三人ほど倒れており、その周囲には残りの者たちが取り囲んでいる。

 

 

「貴様は……源助のところの娘か」

 

 

声がした方へ向くとそこには予想外な乱入者に呆気に取られている熊蔵がいた。

与吉は刀の切っ先と殺気を乗せた鋭い視線を熊蔵へと向ける。

 

 

「上意討ちぞ、 勝負いたせっ!」

 

「ここは子供の来るところではないわっ! はやくここを離れろっ!」

 

「子供扱いするな、覚悟っ!」

 

 

子供扱いされたことに腹を立てた与吉は、熊蔵に突いてかかった。

しかし、それは熊蔵の刀によって弾かれ、与吉は熊蔵の横をすり抜けるように転がる。

 

 

「聞けぬとあらば、子供であろうと容赦はせぬぞ」

 

「ハァハァ……望むところっ!」

 

 

すぐ立ち上がり威勢よくそう返した与吉であったが、初めて人を斬ろうとしている恐怖、緊張からか既に息が上がりかけている。

だが、その息が整わぬうちに与吉は熊蔵に突きにかかった。

先ほどの突きよりも動きが幾分か悪くなっていたため、簡単に熊蔵に防がれてしまう。

 

しかも今回はそれだけでは終わらない。

刀を弾かれ体が泳いでいる与吉に熊蔵は刀を振り上げたのだ。

 

 

「許せ」

 

 

熊蔵のその叫びと共に刃が彼女に振り下ろされた。

それを目にした雷電と椛は、自分たちを取り囲んでいる者たちを手早く斬り捨て、彼女を救おうと動く。

しかし、間に合いそうになかった。

雷電の目には、熊蔵の刀が与吉の肩口に振り下ろされる光景が……

 

 

「———私を舐めるなっ!」

 

 

与吉がそう叫んだかと思うと、次の瞬間彼女は熊蔵の刃をすれすれでかわし、逆に彼の背後に回り込んだ。

そして、熊蔵に振り返させる間を与えずにその背中に刃を突き立てた。

胸のあたりから刀の刃を突き出ている熊蔵は呻きながら膝をつき、与吉を見上げる。

 

 

「くっ……子供だと侮り、油断するとは不覚」

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

自嘲気味につぶやく熊蔵を見下ろしていた与吉は、その目をゆっくりと自らの手に移す。

その手には、熊蔵の返り血がベッタリと付着しており、赤くなっていた。

そして、ジワジワと手に熊蔵を刺した感覚が戻りはじめる。

肉に刃が突き通る感覚、臓腑を貫いた感覚、それらが脳内で反芻されると同時に喉の奥から酸っぱい匂いが流れてくるのを感じた与吉。

何とかそれを抑え込もうと手を口にあてがうが耐えきれず……

手の隙間から勢い良く吐瀉物が溢れ出てきてしまった。

 

 

「大丈夫か与吉……」

 

「与吉殿、これを」

 

 

雷電はすぐに彼女の元に駆け寄り、背中を優しくさすってやり、椛は口を拭うための布を与吉に渡した。

彼女は涙目になりながらもなんとか頷き返した。

しかし、またすぐ吐き気が湧き出てくるのを感じ、必死にそれ抑え込もうとする。

 

 

「吐き出してしまった方がいい。変に我慢すればつらいだけだぞ」

 

「……でも、こんな……こんな情けない姿……」

 

 

吐き気を堪えながら、声を絞り出す与吉に雷電は優しく諭すように語りかせた。

 

 

「初めて人を斬って全く平気なんて奴はいない。もし、いるとすればそいつが異常なんだ」

 

「ふぅ、ふぅ……雷電殿もそうだったのですか?」

 

「ああ……」

 

 

安心させるために笑顔で肯定した雷電は、「たぶんな」という言葉を飲み込んだ。

雷電の言葉によるものか、それとも単に我慢しきれなくなったのか、再び彼女は体内の不快なものを吐き出していった。

雷電が引き続き与吉の背中をさすっていると、与吉が蹴破って入ってきた襖から手勢を引き連れた虎高が入って来た。

屋敷に熊蔵の姿がないとわかるや、虎高は今朝自ら雷電に忠告したことを思い出し、自分の手勢を引き連れてここへと向かってきたのだ。

彼はまずかろうじてまだ息をしている熊蔵を見て、それから雷電、与吉へと視線を移す。

与吉の姿を見た虎高は彼女の前に片膝立ちで身を寄せた。

 

 

「……喜べ源助よ。我を討ちとった今宵の功明第一は、そこにおる藤堂与吉だ」

 

「何っ!? それはまことかっ!?」

 

「嘘は言っておらぬ。そこもとの娘は、ここへ駆けつけ我と勝負し、そして負かしたのだ。末恐ろしい……むす……め、よ……」

 

 

かすれ声で語っていた熊蔵の語尾は儚く消え、その体はゆっくりと横へと倒れた。

確認するまでもない、事切れていた。

こうして、雷電たちを巻き込んだ小谷城での騒動は、元服も迎えていない少女、与吉によって幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

 


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