切り裂きジャック〜乱世を斬る〜   作:東奔西走

13 / 22
11巻読み始めたんですが、一瞬村上武吉がサムに似ているように感じたんですが……。
よくよく見てみるとそんなこともないような……髭の生え方が似てるのかな?



第十二話 墨俣一夜城

墨俣

 

 

 

暗闇が広がる墨俣の地。

いま現在、この地には一夜で城を建てるために相良良晴と五右衛門、川並衆というわずかな手勢が築城の作業に取り掛かっている。

 

良晴が提案した「ツーバイフォー工法」により、柵や櫓などの部品は他の場所で完成されている。

なので彼らは、部品を組み立てる作業を夜明けまでに終わらせるために、えっちらおっちらと動き回っている。

 

 

「この部品はどこだ?」

 

「それはこっちだ、それからその部品は前野に渡してくれ」

 

「了解だ」

 

 

城の設計図か何かを片手に、良晴は川並衆に指示を出していた。

「ツーバイフォー工法」のおかげで半分程度、城は完成している。

霧もでているため運が良ければ、夜が明けても義龍に気づかれずにいけるかもしれない。

 

 

「順調でござるな相良氏」

 

「ああ、このまま行ければいいんだけど……、それより五右衛門、安藤のおっさんの救出はうまくいったんだよな?いま半兵衛ちゃんたちはどうしてるんだ?」

 

「竹中氏とは晴明神社で別れたので、その後のことはわからないでごじゃる。にぇんのため川並衆を護衛としてちゅけておいたでごじゃる。おそらく雷電氏たちと合流ちたあとどこかへ移動ちたとおもわれる」

 

「そうか、まあ雷電さんたちなら半兵衛ちゃんを安全な場所へ移動させてくれるだろう」

 

「しかし、ちぇっかくの軍師をここで用いれられないのは残念でごじゃったな」

 

「いいんだよこれで、半兵衛ちゃんには美濃攻めのこの戦には参加させたくなかったからな」

 

「相変わらず女子に甘いでござる」

 

 

五右衛門の呆れまじりの言葉に良晴は笑いながら「それに俺たちだけでもできる自身があったからなっ!」と力強く言い切った。

 

良晴たちの目的は、敵の注意をこちらに向けさせ、城を空けさせること。

義龍がこちらに気づき、攻めてきたところを信奈率いる本体が稲葉山城へと攻め入る。

そのためにも、良晴たちは城を早く完成させ、義龍たちの攻めをしのぎ切るために備えなければならない。

 

だが、もし城が完成する前に気づかれてしまったら、守備兵を率いていない良晴たちにはしのぎ切ることはできないだろう。

そう、すべては時間との勝負なのである。

 

 

「相良氏、夜明けでごじゃるっ!」

 

 

引き続き指示を飛ばしていた良晴の耳に五右衛門の声が届く。

東の空を見てみると、うすい霧がかかっているが確かに明るくなってきている。

しかし、まだ城は完成しておらず、まだ七、八割といったところまでしか出来上がっていない。

 

 

「くそっ、まだ気づかれるわけにはいかねえ。霧が晴れないうちに完成させねえとっ!」

 

 

良晴は自らも築城の作業に加わり、激を加えながら指示を出す。

だが、無情にも霧は徐々に晴れていってしまい……

 

 

「まずいぞ小僧っ!!美濃勢の連中が気づきやがった、どんどん押し寄せてくるっ!」

 

 

川並衆の誰かがそう叫ぶのが聞こえ、皆一様に稲葉山城を見る。

そこには、次々と城から出てくる美濃兵たちが集まっており、大軍となって攻め寄せようとしていた。

しばらくすると、まだ作業中である良晴たちの元に矢が次々と飛んできた。

まだ距離があるため正確な狙いではないが、それでも何人かは矢の餌食になってしまう。

 

 

「ここが正念場だっ!みんな踏ん張れっ!」

 

 

声を荒らげて励ます良晴だが川並衆の面々は「命あっての物種」と撤退するように言ってくる。

その言葉に良晴は歯噛みした。

 

 

(ここで軍勢を引きつけておかねえと信奈が稲葉山城を落とせない。何としてもここで踏ん張らねえといけないんだっ!)

 

 

そう心の中で叫ぶ一方で、良晴は「やっぱり無理なんじゃないのか?」という弱気な部分が出てきた。

そうしている間にも矢がピュンピュンと飛んできて、その度に運のない者が餌食になる。

判断に窮していると、となりにいた五右衛門が刀を抜き、敵に向かって飛び出していった。

 

 

「相良氏、ここは拙者が食い止めておくでごじゃるっ!」

 

 

そう言いながら、柵へと迫ってきていた敵の先頭集団に切り込んでいく五右衛門。

それを目にした川並衆は、「親分を守るんだっ!」「親分のお肌には傷一つ負わせねえっ!」「敵は食い止めというてやるぜ、坊主っ!」とどんどん突撃を開始した。

 

 

「……だから、お前らには自分の意志ってもんが無いのか。……ってツッコミ入れてる場合じゃなかった!五右衛門、無茶するんじゃねえっ!」

 

 

そうして結局良晴まで槍を持ち、五右衛門に加勢するため敵に突っ込んでいってしまうのだった。

だが良晴は槍働きはまったくの素人なうえ、人を殺すのにためらいがある。

それでも、五右衛門を見殺しにできないという一心で、恐怖する心を抑え込み五右衛門の元まで向かう。

 

しかし、それがいけなかった……

 

 

「危ないでござる、相良氏っ!!」

 

 

———ドオォォォォォンッ

 

 

「えっ」

 

 

五右衛門に突き飛ばされたと同時に良晴の耳に一発の銃声が聞こえてきた。

そのまま良晴の腕に倒れこむ五右衛門。

 

 

(———撃たれた?)

 

 

良晴は瞬時に今の出来事を理解した。

五右衛門が身を盾にして、敵の種子島の射撃から自分を守ったのだ。

 

五右衛門は腕の中でぐったりとしている。

 

 

「ご、五右衛門っ!おい……おいって!死ぬなよ五右衛門っ!!」

 

「相良氏……ご無事で……ござるか」

 

「俺のことなんていい!それよりお前っ———」

 

「……雷電氏の言う通り……諦めることを知らないでごじゃるな。相良氏……何かを諦める覚悟が、時には必要でごじゃる」

 

 

良晴の言葉を無視するように五右衛門は弱弱しく良晴に語り掛ける。

激しく声をかけながら五右衛門の体をゆする良晴。

 

だが、ここは戦場であるため、無防備となっている良晴は敵の恰好の的となっている。

良晴を見つけた複数の美濃兵が槍を構え、良晴に向かって駆けてきた。

 

 

「指示を出していたあの男、おそらく敵の大将だっ!」

 

 

敵は良晴がこの場の大将であることに気づいていた。

駆けてくる敵はその勢いのまま良晴を突き刺そうと迫ってくる。

良晴は片手で五右衛門を抱いたまま、もう片方の手で槍を持ち迎え撃とうと構えた。

 

 

「大将首、もらったぁーーー!!」

 

「あああぁぁぁっ!!」

 

 

互いに槍の間合いに相手が入ったときに叫びながら槍を突き出した。

相手に槍が突き刺さる瞬間を見たくなかった良晴は、思わず目を閉じてしまう。

 

目を閉じている間の数秒が途方もなく長く感じた。

 

腕を突き出して後、手に伝わってくるだろうと思っていた相手を刺す感覚も……。

逆に相手の槍が自分の体を貫く時に感じるであろう痛みも……。

どちらもいつまで経っても感じなかった。

 

ゆっくりと瞼を開ける。

 

開いた瞳に飛び込んできたのは、まず先ほどまで自分に向かって突っ込んで来ていた男がうつぶせになって倒れている姿だった。

その背中には、大きく切り裂かれた刀傷が……。

そしてその後ろには、こちらを向きながら刀を横へ振りぬいた格好で静止している白髪の男。

 

その姿を見た瞬間、良晴はまだ戦場にいるというのにどこか安心した表情になった。

白髪の男は刀の血のりを払い、良晴へ顔を向けた。

 

 

「待たせたな」

 

「雷電……さん……」

 

 

そこにいたのは、小牧山から「散歩」へと向かった雷電だった。

雷電の出現に安心していた良晴だが、五右衛門のことをすぐに思い出した。

 

 

「雷電さん、五右衛門が……五右衛門が、撃たれちまったっ!」

 

「……ひとまず城まで引け、ここじゃ危険だ」

 

 

冷静な対応をする雷電であったが、その顔はわずかに苦々しく歪められていた。

良晴も引くことに賛成し、五右衛門を背負う。

だが、周りはすでに敵に囲まれてしまっており、容易に城まで引かせてはもらえそうにない。

 

 

「良晴、俺が突破口を開く。離れるなよ」

 

「あぁ、わかった」

 

「引かせるなっ!ここで討ちとれえぇっ!」

 

 

誰かがそう叫ぶと囲んでいた兵たちが雷電たちに殺到してきた。

 

正面からかかってくる敵に雷電は自ら踏み込み、相手が刀を合わせる間も与えず胴を薙ぎ、返す刀ですぐ隣にいる敵の首を斬りおとす。

敵との距離を見計らい、雷電は刀を足に持ち替え構える。

その行動に一瞬、目を丸くしていた敵だったが、再び斬りかかってきた。

 

その敵を雷電は、脚のリーチを活かした彼特有の剣技で迎え撃つ。

蹴り上げからのかかと落としや、体を旋回させてからの回し蹴りなど敵を寄せつけない。

 

襲い掛かってくる兵を雷電は良晴に近づけぬように次々と斬り捨てていく。

良晴は良晴で、雷電から付かず離れずの雷電が戦いやすい距離を保ってついて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「何なのだ、あの男はっ!?」

 

「あのような剣術見たことが無いっ!」

 

 

雷電の戦いぶりは戦場の中でもかなり目立っており、美濃軍の後陣で控えている武将たちの目を引いていた。

稲葉一鉄や氏家卜全もまた雷電の戦いぶりを見て、驚嘆の声を上げていた。

たった一人に美濃兵が次々となぎ倒されている。

このような状況を以前にもあったことを一鉄が思い出す。

 

 

「もしや……奴が"白い鬼"かっ!?」

 

 

一鉄の言葉に卜全や周囲にいた兵たちがハッとなる。

中にはその名を聞いて、顔を真っ青にさせる者たちもいた。

 

みなが固まっているなか、ダルマのような大男がずんずんっと一鉄たちの元へ歩いてきた。

 

 

「白鬼だか何だか知らんが、たった一人の男に何をしておるっ!!」

 

「よ、義龍様っ!?」

 

 

ダルマの大男、斎藤義龍は怖気づきはじめた自らの兵たちを睨みつけるように見渡す。

目を向けられた者は、視線をそらすか、顔を伏せたりして義龍と目を合わせようとはしなかった。

一鉄や卜全もその例外ではない。

義龍は、一鉄や卜全などに前線に向かうように指示し、戦場へ目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「すげぇ……」

 

 

雷電の背後で五右衛門を背負っている状態の良晴は、彼の戦いぶりに感嘆の声を上げる。

 

 

「勝家との勝負の時から強いってわかってたけど、ここまでめちゃくちゃに強いなんて……」

 

 

いまも雷電は、敵から奪ったのであろう槍を巧みに操り、敵を寄せ付けない。

しかも、その槍の扱い方もかなり特異なものだった。

 

突いたり、柄の部分で敵を叩きのめしたり、これらはまだわかる。

だが、背中を地面につけ、そこを軸にコマのようにクルクルと回ったり、槍を地面に突きさして今度はそこを軸に鉄棒の大車輪のように体をグルグルと回して、周りの敵に蹴りを浴びせるなど、到底常人ではできないようなものまでやっている。

 

おかげで敵が警戒して雷電の周囲はぽっかりと空いてしまっていた。

 

そんな状況の中、大きな問題が発生した。

 

 

「やべぇ、雷電さんとこに行けねえ。完全に分断されちまった」

 

 

雷電の猛進撃に良晴がついていけなくなると、すかさず間に敵が入ってきてしまい、雷電と分断されてしまったのだ。

雷電もそのことに気づき、良晴の元へ向かおうとするが敵のしつこく、分厚い包囲のせいでなかなか近づけない。

 

 

「よし、奴が来ないうちにこの男を討ちとれぇ!」

 

「うおおおおっ!やられてたまるかぁっ!」

 

 

敵から突きだされる槍を良晴は五右衛門を背負いながらもヒョイヒョイッと器用に避け続ける。

「玉よけのヨシ」と呼ばれるほどの逃げ上手な良晴。

少女を一人おんぶしていてもその動きにはキレがあった。

 

 

「くそっ、なんてすばしっこい奴だっ!全然槍が当たらん」

 

「へっ!『玉よけのヨシ』の名は伊達じゃねえぜ。当てられるもんなら当ててみやがれってんだ!」

 

 

調子に乗った良晴が軽く相手を挑発すると、攻撃が数割ほど苛烈になりだした。

それでも一撃もかすりもしないのだから、もはや特技の域を超えている。

 

 

「足だ、足を狙えっ!」

 

「ちょ、足狙うのは反則だろっ!?」

 

 

順調に避けていた良晴だったがいつまでもその調子が続くわけもなく。

体力切れ間近の状態で足元を狙われはじめたため、明らかに動きが悪くなる。

踏ん張ってしばらくは避け続けたが……

 

 

「———痛ッツ!」

 

 

とうとう槍が足をかすめ、良晴はバランスを崩して倒れこんでしまった。

倒れた良晴は敵がこちらに槍を突き出す動作がスローモーションに見えた。

 

 

(今度こそ……終わりか)

 

 

何度も死にかけ、その度に生き残ってきた良晴も流石に覚悟を決めた。

幸運はそう何度も続かねえよな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、相良良晴の悪運は相当のものだった。

 

 

 

 

 

———ヒュンッ

 

 

「ぐぼぉッ!」「あがッ!」

 

 

良晴は目を見張る。

突如目の前の敵が横から飛来してきた槍に体を貫かれたのだ。

 

———ヒュンッヒュンッ

 

 

「ぐわッ!」「ぎゃっ!」

 

 

今度は背後から敵の絶命を知らせる悲鳴が聞こえてきた。

視線を背後に向けるとそこには刀や槍が突き刺さった敵の死体が転がっている。

よく見るとその刀は雷電が使用している高周波ブレードだった。

 

 

「はっ!!雷電さ…………ん?」

 

 

良晴は槍が飛来してきた方に勢いよく振りむく。

その瞬間、良晴の表情は凍りついた。

 

 

「……がふッ」

 

 

良晴の目には、三本の槍に体を貫かれている雷電の姿が映っていた。

思考が停止する良晴だったが、じわじわと目の前の状況に対する理解が広がっていく。

自分を助けるように飛来してきた槍や刀。

雷電の両手には何も握られておらず、完全な丸腰状態。

状況を完全に理解した良晴。

 

 

「「「うわあああぁぁぁっ!!!」」」

 

 

戦場に大きな悲鳴が響きわたる。

しかし、その悲鳴は良晴のものではない。

悲鳴をあげたのは、今雷電を突き刺している敵からのものだった。

 

 

「こ、こいつっ……血が!?」

 

「ば、化け物っ!」

 

 

彼らを驚かせている物。

それは、雷電の体から流れ出てくる血だった。

雷電のサイボーグの体について知っている良晴も彼らほどではないが驚き、視線がそこへ固定される。

 

 

「血が……白いっ!?」

 

 

そう、傷口から溢れている雷電の血は白いのだ。

 

『人工血液"ホワイトブラッド"』

 

サイボーグの者の体に流れる血液は、一部の例外などを除いてみんなこれが使われている。

正確には、この血は電解質であり、サイボーグの筋肉"CNT筋繊維"を動かすために必要な電力を生み出すために定期的に補給されているもの。

サイボーグの体内にある燃料電池という発電装置で電力を発電するのだが、この際に必要になる負極剤・正極剤が電解質、そして酸素である。

電解質を補充し、空気中の酸素を呼吸で取り入れることにより二つが混ざり合う過程で白くなっていく。

これが白い血の正体である。

 

だが、この時代の者たちにそのような事情など知る由もないため、彼らから見れば雷電は本物の化け物に見えるだろう。

槍を突き刺した者たちも自らの獲物を手放し、後ずさって行く。

 

そんなものを無視するように自らの体に突き刺さった槍のうちの一つに手をかける雷電。

次の瞬間、それを勢いよく抜き取った。

 

刺された時よりも盛大に人工血液をまき散らし、尋常でない痛みに顔を歪める。

その後も次々と刺さっている槍を引き抜き続ける雷電、その姿は無防備だが誰も彼を攻撃しようとはしなかった。

というよりも出来なかった、得体の知れない目の前の人物に恐怖しているからだ。

 

すべての槍を引き抜いた雷電は、少しよろめきながらも良晴へと近づく。

道を阻んでいた敵兵は、雷電が近づいてくると武器を構えながらも後ずさっていき、自然と道が開いてった。

良晴は終始驚いたような顔で固まっていた。

 

 

「大丈夫か良晴?」

 

「……うん、俺は大丈夫。それより雷電さん———」

 

「ああこの白い血か?これは人工血液だ。サイボーグ用の血液みたいなものだ」

 

「そうじゃねえよっ!そんなに血流して、大丈夫なのかよ」

 

「心配するな。サイボーグの俺ならなんてことはない」

 

 

微笑みながらそう言ってくる雷電だったが、あいにく良晴は安心出来なかった。

実際、雷電は少し無理をしており、良晴はなんとなくそれに気付いているのだ。

 

その雷電の背後に音も無く一人の女が現れた。

言わずもがな、段蔵だ。

 

 

「!? 旦那その傷っ!それにその血はいったい!?」

 

「話は後だ、首尾のほうはどうだ?」

 

「……問題ないです。おそらくすぐにでもここに到着します」

 

「そうか、ご苦労だったな。良晴を連れて城に下がっておけ」

 

「……御意。旦那あんまり無理しないでくださいね?」

 

「あぁ」

 

 

段蔵は良晴と五右衛門を連れて城へと一直線に向かった。

段蔵たちが城へと引くのを確認すると雷電は刀を構える。

雷電の着物は傷口を中心に人工血液で白く染められていた。

 

 

「……さあ、再開だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

城へと無事到着した良晴たちは五右衛門の様子を見た。

 

 

「五右衛門、返事してくれよ五右衛門っ!」

 

 

良晴がいくら声をかけても彼女は何の反応も示すことはなかった。

それが良晴を焦らせ、取り乱させてゆく。

隣で見ていた段蔵は五右衛門の傷口を見て眉を寄せる。

 

 

「サルの旦那、少しどいて」

 

「えっ?」

 

 

良晴を押しのけ、五右衛門の顔を至近から覗き込み、何か納得したように頷いた。

そして顔を五右衛門のそばに近づる。

 

 

「いつまで、そうやっているつもり?」

 

「……」

 

「むぅ……」

 

 

耳元でそう呟くが五右衛門は反応しない。

今度は両手を彼女の横っ腹のところへ持っていき、軽く鷲掴みにした。

近くで見ていた良晴は、彼女の行動を見守る。

 

 

「……っ!?」

 

「こちょこちょこちょこちょこちょ………!」

 

 

段蔵は五右衛門の横っ腹あたりをくすぐりはじめ、それを呆然と見ていた良晴は急に顔を怒らせ段蔵に文句を言おうとした。

良晴には段蔵がふざけているように感じたのだ。

 

その時……

 

 

「———う、うにょはははははっ、やっやめ、やめでるじょえやはっはっはっ……!」

 

「……え?……えっ、えっ!?」

 

 

なんと五右衛門が息を吹き返したのだ。

というよりも笑いすぎてむせかえっている。

 

 

「や、やめでごじゃる、かちょううじぃ……、はははははっ……!」

 

「五右衛門っ!?えっちょ、どういうこと??」

 

「五右衛門は死んでなんかないよ。だってほら、傷口から血が出てないじゃない。大方鎖帷子でも着こんでたんでしょ」

 

 

段蔵はくすぐりを続けながら、鉄砲の玉の着弾した部分を指さす。

確かにまったく血が出ていない、ただ忍び装束に穴が開いているだけだった。

どうして気づかなかったのか、と良晴は自問自答する。

 

 

「死んだふりしてたのかっ!?このやろ五右衛門、心臓に悪い真似すんじゃねえよっ!!」

 

「ふーっふーっふー……、欲深なしゃがら氏にお灸をすえたでごじゃるよ。一度ぐらい『実』を失う思いを味わうべきでごじゃる」

 

「まあ、死んだふりというか撃たれた瞬間に気絶してたんでしょうね」

 

 

何はともあれ、五右衛門が死んでいなかったことにホッと胸をなでおろす良晴。

しかし、いまなお戦は続いている。

良晴はすぐに戦場へと目を向けると、いつの間にか義龍軍の背後から砂塵を上げながら向かってくる一軍が現れていた。

 

 

「あれは……」

 

「おっ、来た来たっ♪サルの旦那、ちょっと行ってくるからここで待機しててね」

 

「へっ?ちょ段蔵さんっ!?」

 

 

その一軍を目にすると段蔵は行ってしまった。

 

向かってくる謎の軍は、義龍軍と衝突すると戦闘状態に入った。

どうやら義龍軍の援軍ということでは無さそうだ。

 

そんな中、先ほど出て行った段蔵に連れられて、義龍軍を無視するように戦場を突っ切ってこちらへ向かってくる人物がいた。

その人物はポニーのような小さな馬にまたがり、その手には采配が握られている。

顔が確認できる距離まで来ると良晴もその人物が誰であるかわかった。

 

 

「半兵衛ちゃん!?」

 

「良晴さん、ご無事ですか!竹中半兵衛重虎、助太刀に参りました!」

 

 

菩提山で待機していた半兵衛が川並衆や安藤守就の一族郎党を連れて、良晴たちの救援に来たのだ。

戦場の方をよく見てみると、半兵衛の式神たちが義龍軍と交戦している。

城に到着した半兵衛は、良晴とほどほどに言葉を交えた後、城周辺にいる川並衆をかき集め、城を中心に『八卦の陣』を構え始めた。

 

一方、槍の傷を負いながらも義龍軍と交戦し続けている雷電はただひたすら向かってくる敵を向かい討っていた。

といっても、今の敵に先ほどまでの勢いは無かった。

雷電という得体の知れない存在に加え、竹中半兵衛と安藤守就の謀反。

その上、半兵衛、安藤守就が寝返ったとわかると稲葉一鉄や氏家卜全なども寝返る始末。

これにより、美濃三人衆が良晴陣営に加わったことになり、兵たちの士気はだだ下がりとなった。

 

それでも戦い続ける兵がいるのは自分たちの主君である義龍の存在があるからだ。

敵前逃亡などしようものなら、義龍に食われてしまう。

そのような恐怖感が彼らを戦場に縛り付けているのだ。

 

 

「向かってくる奴は容赦なく斬る。死にたくない奴は退けっ!」

 

「退くなぁ、退いた者は儂がじきじきに斬り捨てる!奴が傷を負って弱っておる今が討ちとる好機、囲んで討てい、討ちとった者は美濃三人衆に取り立ててやろう!」

 

 

義龍の図太い熊の咆哮のような声が戦場の空気を揺らす。

雷電に対する恐怖感と出世できるという欲が兵たちの間で渦巻いていく。

そして一人が雷電に斬りかかると雪崩のように次々と襲い掛かってきた。

 

雷電と美濃兵が交差する瞬間、良晴たちのいる城、その更に背後から声が響いた。

 

 

「墨俣城築城を援護するわよ。みんな義龍軍に突撃ぃ~~ッ!!」

 

 

声の主は織田勢を引き連れた信奈だった。

 

背後から信奈を先頭に尾張軍勢が川を越え、一直線に進撃してくる。

これには、美濃の軍勢はみな浮足立ち、声を張り上げ自らも槍を振るっていた義龍もこれには震え上がった。

 

 

「柴田勝家見参っ!雷電殿にばかりいい所持っていかれてたまるかぁ」

 

「……良晴と雷電を虐めた者を成敗するため、犬千代見参」

 

 

先陣をきって突撃してきた勝家と犬千代が動揺が収まらずにいる美濃兵に突っ込んでいく。

戦々恐々としている間に突かれた美濃軍勢は瞬く間に崩れ、稲葉山城へと撤退を開始した。

 

 

「ここまで散歩にいらしていたんですね雷電殿」

 

 

背後から馬に乗った長秀が馬上から話しかけてきた。

 

 

「散歩中にたまたま良晴たちを見つけてな。流石に見て見ぬふりをするわけにはいかないだろ」

 

「ふふふっ……それはそうと、雷電殿。その格好はどうされたのです?その白いものはいったい……」

 

 

雷電の腹部から広がっている白い人工血液が気になった長秀は、馬上から顔を寄せてくる。

雷電は『ホワイトブラッド』について簡潔に説明した。

 

 

「———これが血なのですか?」

 

「そうだ、この時代の人間には刺激が強すぎたみたいだな。おかげで完全に人外だと思われてる」

 

「まるで雷電殿の"白い鬼"という名を強調するかのようですね。これは、また"白い鬼"の名が広まりそうです」

 

「人外としての名が広まるなど、嬉しくないな……。にしても長秀はこの血のこと何とも思わないのか?」

 

「はい。雷電殿のことでいちいち驚いていたら疲れてしまいます」

 

「……」

 

 

ありがたいような、ありがたくないような、そんな気持ちが雷電の表情を引き攣らせれていた。

 

墨俣から義龍軍を追い払った信奈たちの戦勝に沸く声が墨俣の地を揺らした。

みな一度、墨俣城へと集結することになり、雷電も長秀と共に墨俣城へと入る。

城内では良晴と信奈が何か言い合っており、どうやら稲葉山城を襲う予定だったのに何故ここに救援に来たのか、と良晴が問い詰めていたのだ。

 

 

「どうせ義龍は城に守備兵を残していただろうから、築城の援護に来ただけよ。別にあんたを助けに来たわけじゃないんだからっ!」

 

 

相変わらずツンツンしていて、心配だったと言えないでいる信奈に雷電と長秀は共に互いの顔を見ながら苦笑いを浮かべる。

近づいてきた雷電たちに気が付いた信奈は「サル、これが墨俣築城の恩賞よ」と良晴に柿を放る。

「こんな恩賞あるかぁ!恩賞自由はどうなったぁ!」と騒ぐ良晴をよそに雷電に労いの言葉をかける。

 

 

「サルから聞いたわ。割と平気そう見えるけど、大丈夫なの?」

 

「心配しなくても、この程度じゃ俺は死んだりはしな———」

 

「この程度じゃってことは、程度が過ぎれば死んじゃうんでしょ?」

 

「まぁ、そうだが……」

 

「……あんたを向かわせおいてこんなこと言うのは可笑しいかもしれないけど、あまり無茶はしないで。あんたは私の家臣、家族の一員なの、勝手に死ぬことは許さないわよ。いい?」

 

「……あ、あぁ」

 

 

家族か。

 

 

「でも……ありがとう、サルを助けてくれて」

 

 

その言葉に長秀が、雷電が驚く。

おそらく、初めて信奈が二人の前で良晴のことで素直な面を見せたからだ。

 

言った後に恥ずかしさが溢れてきたのだろう、信奈は顔を赤くしながら「さ、さぁ稲葉山城を落としに行くわよ!」とビロードマントをなびかせながらセカセカと歩いていく。

 

 

「少しだけ、素直になったみたいだな」

 

「えぇ、まだ素直さが足りない気もしますが……76点」

 

 

全軍の前で稲葉山城への進軍を号令した信奈は、一騎がけで稲葉山城へと走っていき、良晴や家臣たちは大急ぎで信奈を追いかけて行った。

 

斎藤義龍との決着も近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話で美濃攻略編は終了です。
こんなに長くするつもりはなかったんですが……

"ホワイトブラッド"についての解説を変更しました。
燃料電池などのことを調べて自分なりにまとめたみたのですが自身がありません……
もし「全然違うっ!」という方がおられましたら教えてください。
再度、修正します。

また雷電にはどの燃料電池の方式が使われているかなども知っている方教えてくださいっ!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。