切り裂きジャック〜乱世を斬る〜   作:東奔西走

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第十一話 一時の帰還

「とりあえず、すぐに追ってくることは無いな。今のうちに合流場所の神社へと向かうか」

 

 

竹生島から脱出できた雷電は、舟を長浜の元あった場所へ戻し、来た時と同じように中山道を使って美濃へと戻っている最中だった。

舟を戻すとき、段蔵たちが使っていたと思われる舟が二つ置いてあった。

段蔵たちはすでにここへ来て一足先に大垣にある晴明神社へと向かったのだろう。

雷電は足早に長浜を後にし、元来た道を戻るように中山道を通っていく。

 

空に輝いているのは太陽ではなく、まだ月で夜は明けていなかった。

夜が明けるまでには合流したいな、と思いながら白い髪を風になびかせながら駆けていく。

しかし、雷電はあるものが目に入ると急に走るのを止めた。

 

あるものとは、地蔵だった。

 

雷電は井ノ口の町で段蔵の部下が得たという噂話を思い出す。

 

 

「不気味な音……」

 

 

それは、中山道にある地蔵の近くを通ると不気味な音が聞こえてくるというものだったはず。

だが、それらしき音は聞こえてこない。

聞こえてくるのは、風で木の葉がこすれあう音や虫たちの鳴き声くらいだ。

 

 

「やはりただの噂か。あまり期待はしていなかったが……」

 

 

雷電はその噂から何か帰る手がかりと関係がないか、と思っていたのだ。

だが、結果はただ地蔵があるだけで何もなく、むなしく風が吹くだけだった。

 

 

「?」

 

 

何もないから急いで戻ろうとした雷電だが、地蔵の奥から何やら気配を感じ、戻ろうとした足が止まる。

眉をひそめながら、吸い寄せられるように地蔵の奥にある林へと歩いていく。

奥へと行くにつれ、感じていた気配が濃くなり、次第に気配を感じるのではなく、誰かに呼ばれているような感覚になっていった。

木の葉に遮られ、月明かりが届かない林の中はズンッと重い暗闇が広がっている。

だが、そんな暗闇の中でも確かな足取りで歩いていく雷電。

 

 

「誰だ、誰かいるのか?」

 

 

試しに気配のするほうへ語りかけてみるが、その声は暗闇の中へと吸い込まれていくだけで何も返答は無い。

さらに眉間に深く皺を刻む雷電がさらに一歩進もうとすると、足に何か当たった。

視線を落とし、足に接触した物を拾いあげる。

 

 

「……無線機?」

 

 

拾いあげたものは、アンテナの部分がひん曲がっており、所々損傷が激しいがそれは無線機だった。

しかも、雷電がいた時代の物よりもだいぶ古く感じる。

ただ汚れているからそう感じるだけかもしれないが……。

 

不意に横から氷を押し当てられたような、ゾッする寒気を感じ、おもわず腰にある刀の柄に手をやり、すぐに抜刀できる姿勢で横に体を向ける。

 

雷電が射殺すような目で見たものは、木の幹に体を預けるように佇んでいる白骨死体だった。

柄から手を離し、大きく息を吸い、安堵のため息を吐く。

その死体に近づき膝立ちで観察し、白骨死体の服装を見て、雷電は顔を強張らせる。

 

それはこの時代のものではない。

下は迷彩柄のズボンにブーツ、上はニットのハイネック、それぞれボロボロで色あせているため元が何色だったかわからない。

それに、これまたボロボロで原型が崩れているがホルスターなども着けていた。

 

この死体はこの時代の人間のものではない。

この人物がこの時代で死んで白骨化したのか、それとも白骨化したものがこの時代に来たのかはわからない。

雷電はしばらく白骨死体の前で思案していた。

 

気が付くと先ほどまで感じていた気配が消えていた。

それに気のせいか、先ほどよりも幾分か周りの闇が明るくなっている気がする。

日が昇るにはまだ早い時間だ、急に明るくなるはずはない。

 

先ほどまでの気配の正体は、目の前の白骨死体のものだったのだろうか?

 

 

「はは…馬鹿な」

 

 

生まれた疑念を雷電は乾いた笑いで笑い飛ばし、ゆっくりと立ち上がる。

これが何なのかはわからないが、雷電やドクトル、それに良晴以外にもこの時代に飛ばされた人物がいたということがわかった。

 

雷電は白骨死体に同情などはせず背を向け、その場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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近江と美濃の国境付近

 

 

 

東の地平線から太陽の頭が見え始めたころに、雷電は国境を越えた。

先ほどの場所に思った以上にとどまっていたようだ。

周りはうすく霧に覆われており、視界が効きにくくなっている。

 

国境を越えて、白い霧の中を中山道を道沿いに進んでいると、道の隅で段蔵が現れた。

雷電のことを待っていてくれたようだ。

 

 

「遅かったですね旦那。もう夜が明けちゃいましたよ」

 

「済まないな、待たせて。竹生島に長政がいたみたいで、ちょっと足止めを喰らってたからな」

 

 

本当は寄り道をしていて遅れたのだが……

だが長政の名が出ると段蔵は申し訳なさそうにして口を開く。

 

 

「竹生島に浅井長政がいたのは、あそこに長政の父、浅井久政が幽閉されているからだと思います」

 

「父親が?」

 

「そう。久政は知勇に優れた長政に期待を寄せる家臣たちにより、竹生島へ追放され隠居を強制させられているんです」

 

「子が親を追放か……」

 

「長政は強引な形で家督を譲ってもらってはいますが、親子の仲は別段悪いわけではないという話です。今回あそこにいたのも、長政が久政を小谷城へと迎えるために足を運んだという話を聞きました。本当は浅井が独立したらすぐに迎えるつもりだったらしいですが……」

 

「そんな情報いつの間に……」

 

「そんなのは、潜入ついでにちょちょいのちょいっと♪」

 

 

どうやら段蔵は竹生島に潜入している間にも情報を集めていたようだ。

その手際の良さというか、情報収集力に雷電は関心した。

 

二人は話しながら半兵衛たちがいる晴明神社へと向かっていった。

 

浅井家の内情を知った雷電は、不仲でもないのに父親を追放しなければならなかった長政を哀れに思った。

戦国の世だから仕方ないのだろうが、本当は追放なんてしたくはなかったのではないか、と。

 

 

「子が親を、親が子を殺すこともあるこの戦乱の世です。子が親を追放することはそう珍しいことでもないですよ」

 

 

段蔵がそう語るのを雷電は竹生島で見た長政の顔を思い出しながら聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「雷電さん!段蔵さん!ご無事で何よりです」

 

 

晴明神社に到着した雷電たちを半兵衛が出迎え、その後ろには救出された安藤守就がいた。

神社の奥には川並衆がいるが人数が少ないことに雷電は気が付き、半兵衛に尋ねる。

 

 

「五右衛門さんと一部の川並衆の方々は良晴さんの元へ帰りました。今いる皆さんは私の護衛として、五右衛門さんが残してくださったんです」

 

 

半兵衛の説明に「そうか」と短く返す。

不愛想な返しをする雷電に半兵衛はキリッと顔を引き締めて雷電に相対する。

 

 

「雷電さん、それに段蔵さん。我が叔父を助けていただきありがとうございます。この御恩、忘れません」

 

「わっちからも礼を言わせてくれ雷電殿、段蔵殿。お二人とも恩に着ますぞ」

 

 

改まった様子で礼を述べられた雷電は、「いいって、いいってぇ~」と笑いながら返す段蔵の横で無言でうなずいた。

またまた不愛想な返しをした雷電は、「愛想無さすぎますよ!」と段蔵に頭をはたかれ、仕返しとばかりに段蔵の頭を割と強めにはたき返えす。

そのやり取りを半兵衛と守就は笑いながら見ている。

笑っている半兵衛の表情には、雷電を怖がるような様子はみじんも感じなかった。

 

今回の救出作戦で雷電が最も危険なおとり役を買って出たことをしった半兵衛は雷電に良晴と同様に義の心を感じたのだ。

自らの命もかえるみず叔父を助け、その上何も見返りを求めない。

これが義で無くて何なのか?

 

 

(良晴さんといい、雷電さんといい……人が良すぎます)

 

 

もちろん段蔵や五右衛門、川並衆に対しても同様な思いを感じてはいるが、今回のことで認識が大きく変わったのは雷電である。

この異国人男性は、見た目こそ怖いがその心には損得勘定で物を考えない義の心が存在する。

半兵衛はそう雷電を評価したのだった。

 

終始、雷電と段蔵のじゃれあいを笑いながら見ていた一同だったが、その眼前に音もなく一人の忍びが現れたことにより、その笑いも自然と止まった。

その忍は雷電も見覚えがある、井ノ口での情報収集に協力してくれていた段蔵の部下の忍であり、信奈に報告に向かわせた者だ。

 

 

「どうかしたの?」

 

「はっ、報告が二つほど」

 

「二つ?わかった言って」

 

「まず織田家の現状を……」

 

 

忍は静かな口調で現状を説明しだすが、その一言目に雷電も段蔵も面食らうことになる。

 

 

「信奈様が浅井長政と祝言を挙げることを決意されました」

 

「「……はっ?」」

 

 

突然のことに二人とも変な言葉しか出てこない。

なぜ?信奈は長政との結婚に乗り気じゃなかったんじゃ無いのか?

浅井の力を借りるためとしても判断が急すぎる。

固まって混乱している雷電たちに忍は説明を続ける。

 

 

「浅井長政からの返事も来ており、祝言は明日の夜に挙げられるようです」

 

「明日っ!?何でまたそんなすぐに…!」

 

「なかなか稲葉山城を落とす方法が浮かばなくて焦ったのか?」

 

 

雷電たちは知らない。

信奈のこの急な決断が良晴との口論の末、一時の感情でしてしまったことだと……。

 

もしこのまま信奈が長政と結婚してしまえば、良晴たちが奔走した意味がなくなる。

それに信奈だって本当はこの祝言を望んでいないはずだ、と雷電は長秀や勝家たちと信奈の結婚について話し合ったことを思い出す。

 

段蔵の部下は雷電たちの反応をうかがいながら話を続けた。

報告によると、長政との祝言を阻止するため勝家が八千の軍勢を率いて昨日のうちに攻略的要地である墨俣へ入り、その地に城を建てようとしていた。

しかし、その築城もちょうど今日の明け方に斎藤勢の奇襲に遭い、あえなく断念。

勝家は泣く泣く撤退していったという。

 

 

「事態がそこまで悪い方向へ行っていたなんて……」

 

「やはり、私を助けることを諦め、稲葉山城をそのまま占領していたほうがよかったのでは……」

 

「いまさら言ってもしょうがない。それより、報告がもう一つあったはずだ」

 

「はっ、信奈様より帰還命令がお二人に出ております。特に雷電殿には小牧山ではなく、一度清洲に行ってから来るようにとのことです」

 

 

信奈からの帰還命令。

そろそろ一度戻ったほうがいいとは思っていたが、なぜ自分は清州に立ち寄らなければならないのだろう?

雷電が首を傾げていると忍から補足説明が入った。

 

 

「信奈様の命により、家臣一同は全員小牧山へと引っ越すことになっているのですが、ドクトル殿だけが引っ越しを済ませていないのです。雷電殿にはその引っ越しの手伝いに行ってもらいたいと、他の者では無理なようなので」

 

「引っ越し?……なるほどストライカーか。確かに俺がいないと移動できないな」

 

 

というかまだストライカーを走らせられないのか?とため息交じりに愚痴をこぼしながら了解した。

段蔵も了解し、半兵衛たちには菩提山へと戻るようにつげ、部下と共に小牧山へと帰っていった。

しかし、こんな時に引っ越しの手伝いなどやっている場合だろうか。

そう思いながらもドクトルを放っておくわけにもいかないので、雷電もその場を後にしてドクトルの待つ清洲へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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清州

 

 

 

段蔵の部下から報告を受け、ドクトルのストライカーを運ぶために清州へと急いで戻ってきた雷電。

うこぎ長屋が立ち並ぶ道を抜け、ストライカーの元へと向かう。

向かう途中、いくつもの長屋を見てきたが誰もおらず、本当に家臣一団は小牧山へと引っ越したようだ。

 

良晴たちの長屋へとたどり着くと、その一角に明らかに場違いでその大きさから存在感が半端ないストライカーが鎮座している。

そのストライカーの下に半身を潜り込ませるようにして作業をしているドクトルの姿も確認した。

ドクトルの手が下から伸びてきて、作業道具箱のそばに落ちているレンチを取ろうとするが届かない。

雷電はそのレンチをドクトルの手に置いてやると、ドクトルがようやく雷電の存在に気がづいた。

 

 

「雷電、どうしてここにいる?任務はどうしたんだ?」

 

 

下から這い出てきたドクトルはさも不思議そうに聞いてきた。

 

 

「信奈からの命令であんたの引っ越しを手伝うようにと言われたんだ」

 

 

作業道具などを引っ張り出すためだろうか、ストライカーの周りには様々な備品やら器具やら置いてある。

雷電はそれらを見ながらドクトルに事情を説明した。

着物のほこりをはたきながら立ち上がったドクトルは納得したように数度うなずく。

 

 

「ふむ、ストライカーを直して向かおうとしたのだが、思った以上に時間がかかりすぎたようだな」

 

「残念ながらタイムアップだ。さっさと散らかっているものを片して、小牧山へと向かうぞ」

 

 

そう言いながら雷電は、近くにあった備品を持ちストライカーの中へ運び込んでいく。

ドクトルもすぐそばにあった大きな箱を運ぼうとする。

だが、雷電の身長ほどあるその大きな箱はドクトルには重すぎたため、誤って倒してしまい中身のものが出てきてしまった。

 

 

「ドクトル、何してるんだ。重いものは俺がやるからあんたは軽いものを……」

 

 

ドクトルの代わりにその箱を運ぼうと近づいた雷電だが、飛び出た箱の中身を見て言葉が途切れる。

箱の中身は、黒い装甲が施された義体であり、雷電もそれには見覚えがあった。

 

 

「特殊作戦用義体?なんでこれをあんたが持ってる。これはマヴェリック社のものだったはずだ」

 

「んっ、話していなかったか?それはこの前ボリーシャ(ボリス)に改造を依頼されて送られてきたんだ。なんでも元のままだとその義体を使える者がいないんだそうだ」

 

「改造を?」

 

「そうだ、知っての通りその義体は自己修復ユニットがオミットされていて、代わりに敵の自己修復ユニットを奪う機能がついている。だから傷を癒すためには敵のサイボーグから自己修復ユニットを奪うしかない」

 

「ああ、それは俺がそいつを着てた時に十分に体験した。自己修復ユニットを奪うには相手の胴体を切断して奪うしかない。だから、ユニットを奪うのはまるで内臓を引きずり出すような感じだった。おかげでケビンから吸血鬼(ヴァンパイア)みたいだと言われたよ」

 

 

黒い義体、特殊作戦用義体をなでながら、雷電は懐かしそうにつぶやいた。

例のアームストロングの事件以来、雷電はこいつを着ることはなかった。

というのもこの義体は本来、マヴェリック社の所有物であり、雷電はこれを借りる形で装備していたのだ。

マヴェリック社員ではなくなった雷電は、アームストロングを倒し計画を阻止した後、この義体を社の方へ返却したのだが、どうやらこの義体の特徴的すぎる機能のせいで需要がなかったらしい。

 

 

「自己修復ユニットが搭載されていないと聞くと、皆この義体を装備するのを拒むそうだ」

 

「まあそうだろうな。俺だって最初に説明された時は耳を疑った」

 

 

しかも聞かされたのが任務のために現地に潜入し、任務が開始された後だった。

事前に聞かされていたのは他の「画期的な機能」のことばかりで、自己修復ユニットがオミットされているという重要なことを聞かされていなかったのだ。

 

 

「パワーとスピードを得るためには、とことん無駄を省く必要があったんだ。仕方ないだろう」

 

 

そのことに関していまさらながら文句を言うと、言い訳のようにドクトルは言ってきた。

 

 

「それで、ボリスからどんな改造をするように依頼されたんだ?やっぱり自己修復ユニットは搭載するようにか?」

 

「そうだ。自己修復ユニットを搭載することによって汎用性を高めたいと言われてな。オミットの状態だとどうしても運用する状況が幾分か限定的になってしまうからな」

 

「こいつにはもう?」

 

「ああ、改造は済んでいる。実はストライカーの運用実験と並行して、この義体のテストも君にやらせようと思って積んでいたんだが……」

 

 

こんなことになってしまってな……、と空を仰ぎ見る。

こちらに何の相談もなくそんなテストをやろうとしていたのか、と雷電は若干あきれる。

 

二人は無駄話を止め、特殊作戦用義体を箱にしまい直し、雷電の手でストライカー内へと運ばれた。

他の備品も二人でササッと片づけ、すべてをストライカー内へと運び終えると小牧山へと移動を開始。

もちろん雷電の手運びでストライカーを運び、ドクトルはその助手席に座って一緒に運ばれていった。

 

ストライカーを担ぎながら進む雷電の速度は決して早いものではなかった。

いくら無人機並の筋力があるからといって重いものは重いし、長時間持っていれば疲れる。

その上小牧山までは遠く、傾斜が急なところもあるためいくら雷電でもキツイものがあった。

腕や足に電流を流すことで筋力を底上げすることができるが、それには燃料電池の消費が伴う。

燃料電池の補給が限られているこの時代では、できるだけ消費を抑える必要があるため多用はできない。

 

 

「遅いぞ雷電。もっと早く行けんのか?このペースでは日が暮れてしまうぞ」

 

 

助手席から頭を出して文句を言ってくるドクトル。

一瞬、燃料電池の消費なんぞ知ったことかっ!とドクトルごと小牧山まで投げ飛ばそうという考えが頭をよぎったが寸でのところこらえた。

その代わり、担いでいるストライカーを盛大に揺らしてやる。

しばらく揺らしているとゴンッ!と鈍い音が聞こえたと同時にドクトルがおとなしくなった。

雷電はそのことに特に気に留めず、小牧山への道を歩み続けた。

 

道中、何組かの山賊などに遭遇したが、彼らは雷電の姿とイライラしていた雷電が放っている「関わるなオーラ」に気圧されて早々に退散したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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小牧山

 

 

 

小牧山にはドクトルの言う通り日が暮れたころに到着し、流石の雷電の顔にも疲れの色が現れていた。

雷電は、ストライカー(ドクトル入り)を適当なところに下ろし、信奈を探すことに。

近くにいた者に信奈の所在を聞き、小牧山に築かれていた簡単な館の信奈の私室へと向う。

 

信奈の私室である和室を見つけた雷電は、襖の前で一声かけ、返事が来るのを待ってから入室した。

部屋の中には地球儀や虎皮の敷物などの信奈のコレクションが置いてあり、部屋の主である信奈はその地球儀をクルクルと回しながら雷電の入室を待っていた。

その信奈の表情は疲れたように覇気が無い。

雷電が信奈の近くに寄り、あぐらをかいて座ると信奈が口を開いた。

 

 

「美濃での情報収集、ご苦労だったわ雷電。……と言っても段蔵の話じゃその情報も無駄になっちゃったみたいね」

 

「……俺の独断専行については何も言わないのか?」

 

「いいわ別に、半兵衛調略に関しても稲葉山城を放棄したことに関しても仕置きはしない。段蔵にも同じように言っといたわ」

 

 

そこまで言うと部屋の中は静まり返り、信奈の地球儀を回す音だけが響く。

雷電はジッと地球儀を見つめる信奈の横顔を監視するように見ていた。

沈黙に耐えられなかったのか、それとも雷電の視線に居心地が悪くなったのか、信奈は「何よ?」と若干とげを含んだ声音でそう言ってきた。

 

 

「明日、浅井長政との祝言を挙げるそうだな」

 

「……」

 

 

長政との祝言。

その言葉を聞いた瞬間、地球儀が回る音が止み、信奈の顔にありありと影が差しはじめ、顔が自然と伏せていく。

それを見た雷電は信奈にもわざと聞こえるように鼻で笑った。

 

 

「ふん、まるで失恋した女のようだな。それが明日に結婚を控える女の顔か?」

 

「……うるさいわね」

 

 

普段ならこんな言葉を言われたら声を荒らげて拳の一発でも飛んでくるのだが、今日の信奈は弱弱しく言い返してくるだけだった。

 

 

「その様子だとこの結婚に納得していない……、というよりも本心じゃ嫌なんだろ」

 

「……仕方ないじゃない。私たちの独力じゃ稲葉山城を落とせない、浅井の力を借りるしかないのよ」

 

「稲葉山城一つのために、自分の夢を一つ諦めるのか?自分が惚れた相手と結婚するのがお前の夢じゃなかったのか?」

 

 

夢を諦める、それを聞いた信奈は思わず自分の唇を噛む。

 

 

「あんたといい、蝮といい。……私がどこの誰と結婚しようが勝手でしょ!これ以上、私の縁談に余計な口を挟まないでっ!」

 

 

終始ささやくような声だった信奈が雷電を睨みつけながら怒鳴った。

しかし、雷電は信奈の怒声を受けても眉一つ動かさず、真剣な眼差しで彼女を見返す。

視線が交差し、再び沈黙が訪れる。

 

先に視線をそらしたのは雷電だった。

雷電は視線をそらすと呆れたように嘆息する。

 

 

「意地っ張りなお嬢さんだ。なら、明日の祝言をそうして待っていればいい。周りがなんと言おうと決めるのは結局自分だからな」

 

「……ふんっ!」

 

 

そっぽを向く信奈を視界の隅にとらえながら、雷電は立ち上がり、部屋を退出しようとする。

信奈に背を向けて襖に手をかけようとした雷電は、「そういえば」と何かを思い出したように振り返る。

 

 

「この前言っていた恩賞自由の件。あれはまだ有効なのか?」

 

「……武士に二言はないわ。美濃を……、稲葉山城を取ったら恩賞自由よ。まぁ無理でしょうけど…」

 

「そうか」

 

 

それだけ確認すると、部屋を出ようと襖に再び手をかけようとした……のだが。

 

 

「待ちなさい」

 

 

今度は信奈に呼び止められた。

不思議そうに顔を振り向かせる雷電にぼそぼそとこぼし始めた。

 

 

「……サルが墨俣に城を建てに行ったわ」

 

 

急にそんなことを言った信奈に雷電は「はっ?」と無意識に聞き返していた。

雷電は良晴のことを尋ねた覚えもないので、なぜそんなことを言ってきたのか分からなかったのだ。

 

 

「だっだから、サルが墨俣築城に向かったのっ!恩賞自由に目がくらんで、六さえできなかったことをやろうとしているのよあのバカ猿は!その上、援軍は不要だ、とか言って小勢だけで墨俣に向かったのよ」

 

 

まったくどうしようもないわ、と腕を組んでフンッと鼻をならす。

さっきまで元気が無かったのに良晴の話になった瞬間、話し方に勢いが加わってきた信奈。

なおもここにいない良晴のことを罵倒し続ける信奈に「あぁ、そういうことか」と雷電はクスッと笑う。

 

 

「良晴のことが心配なんだな?」

 

「なっ!?何言ってるのよ!べべべっ別に心配なんてしてないわよ!あいつがどこでどう死のうが、ぜぜ全然気にしないわ。た、ただあんたがしっ知りたそうにしていたから教えてあげたのよ。変な勘違いしないでっ!」

 

「意地っ張りなのもここまで来るといっそ可愛らしいな」

 

「うっうるさい、うるさいっ!これ以上変なこと言ったら即刻打ち首っ!!」

 

 

打ち首っ!打ち首っ!と騒ぎながら信奈は近くの物を雷電へと投げつけ始めたので、雷電は早々に退出することにした。

何度か物がヒットした頭をさすりながら信奈の私室の戸を閉める。

 

 

「相良殿の加勢に向かわれるのですか?」

 

 

戸を閉めた直後、横から声をかけられ、そちらを振り向くと長秀が立っていた。

月光に照らされた彼女の顔は、いつもの落ち着きを持った微笑み顔だ。

 

 

「主の話を盗み聞きか?俺が言えた義理じゃないが、あまりいい趣味ではないな」

 

「盗み聞きなんて人聞きの悪い言い方しないでください雷電殿。姫様の声が大きかったので聞こえてしまっただけです」

 

 

頬を少し膨らませている長秀の横を素通りしていき出口へと向かう雷電。

規則的な足音が背後で離れていく。

 

 

「どこへ行かれるのですか?」

 

「……散歩だ」

 

 

雷電のその言葉に長秀はクスクスと小さく笑みをこぼす。

 

 

「ふふふっ、随分と遅い時間の散歩ですね」

 

「夜の散歩もなかなかにいいもんだと思うぞ。長秀、お前も一緒に来るか?」

 

「せっかくのお誘いですがお断りさせてもらいます。これから姫様と今後の動きについての話し合いがありますので」

 

「そうか、それは残念。……なら信奈に伝えといてくれ、いつまでも意地を張ってないで素直になれと」

 

 

それだけ言うと雷電は背を向けて今度こそ屋敷から出ていき「散歩」へと行ってしまった。

長秀はその後姿が見えなくなるまで見送っていた。

 

 

「……素直じゃないのは誰ですか。まったく不器用な人ばかり」

 

 

微笑みながら呟いた長秀は信奈の私室に一声かけてから部屋へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





最近、原作には出てこない武将を出していきたいと考えているんですが、おすすめの武将などいましたらメッセージ等で教えていただけるとありがたいです。

おすすめの本などもあれば、是非!

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