切り裂きジャック〜乱世を斬る〜   作:東奔西走

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最近、寝るときに無意識で話のネタを考えるようになってしまい、寝ることができず。
次の日に寝不足の状態で大学へ……
そして、いざ執筆しようとするころには、睡眠を犠牲にして考え出したネタを忘れている……



第十話 安藤伊賀守救出作戦

翌日、菩提山で一夜を過ごした雷電たちは引き続き安藤伊賀守を捜索するために準備をしていた。

半兵衛に頼んでこの一帯や近江の地図を見せてもらっていた雷電は、どこへ安藤伊賀守がいるのかを自分なりに考えていた。

しかし、範囲が広い上にこの時代の知識に乏しい雷電にはどこに安藤伊賀守がいるのかわからない。

 

そうして悩んでいる雷電にごつく強面の川賊、川並衆の副将の前野長康が数人引き連れて雷電が見ている地図を囲むように近づいてきた。

川並衆については良晴から聞いており、この菩提山へと向かう時に顔を合わせたので初対面では無い。

最初こそ川並衆のことを「賊の類か」と警戒していた雷電だが、「川並衆は真性のロリコン集団であるが悪い連中ではない」という良晴の話と五右衛門が率いているということで先入観なしで川並衆と接した結果、顔はともかく悪い奴らでは無いと判断した。

 

 

「地図なんか見てもどこへ行ったかなんてわからないですぜ」

 

「あぁ、正直こうして地図を見ていても何もわからない。最悪近江に潜入してしらみつぶしに探すしかないか」

 

「はははははっ!気の遠くなる話だ!」

 

 

前野某が豪快に笑うと他の連中もつられるように笑い出した。

 

 

「安心しな、親分や俺たちがいるんだ。川賊の情報網をなめてもらっちゃ困るぜ白鬼の兄貴」

 

「誰が兄貴だ。俺はお前たちの兄弟になった覚えは無い」

 

「つれねーなあ」

 

 

そういうとまた周りにいる者たちが歯を見えて豪快に笑いだす。

川並衆の者たちはどうやら雷電のことを気に入ったらしく、「川並衆に入らねえか?」と昨日今日で十回は聞かれたが、その度に「賊の仲間入りするつもりはない」と突っぱねている。

 

ひとしきり笑った前野某は幾分か真剣な顔をつくると雷電の肩に手を置いてきた。

 

 

「まあ頼りにしてくれって、いま親分やあの忍の姉ちゃんたちと一緒に何人か情報集めに行かせてるところだ。きっと何か良い報せを持ってきてくれるって兄貴」

 

 

雷電はそう言う前野の手を払いのけながら「あぁわかった」と言いながら立ち上がろうとする。

しかし、手を払いのけられた彼は再び雷電の肩へと手を伸ばし、今度は両手でガシッと掴むと物凄い剣幕で顔を近づけてきた。

おもわず雷電もひるみ、肩を掴まれたまま数歩下がる。

気が付くと周りの連中も雷電へと迫ってくる、正直この時代に来てから一番の恐怖を味わっている。

 

 

「兄貴一つだけ言っておくぜ。もし俺たちの親分に手を出したりしたら、兄貴でも容赦しねえからな」

 

「親分は俺たちの永遠の偶像!」

 

「そう!」

 

「親分はッ!」 「永遠にッ!」 「穢れないッ!」

 

「だからお前たちはなんでその顔で全員ロリコンなんだよ!雷電さんめっちゃ引いてんじゃねえかっ!」

 

「……」

 

 

同じ部屋で犬千代や半兵衛と話し合っていた良晴が雷電に代わってツッコミを入れた。

おそらく生まれて初めてロリコンの恐ろしさというものを目の当たりにした雷電は、「なんで俺があの子を襲わないといけないんだ?」というツッコミも忘れて、無言で首を縦に振った。

それを確認すると前野某をはじめ、川並衆の面々は満足げな表情をそれぞれする。

 

そんなことをしていると部屋の入口から五右衛門や段蔵たちがなんとも微妙な面持ちで入ってきた。

五右衛門のその手には何やら紙切れが二枚ほど収まっている。

 

 

「帰ったか段蔵。何か安藤の行方の手がかりは見つかったか?」

 

「まあ……見つかったんだけど、それよりもこれが……」

 

「井ノ口の町のいたるところに貼られていたでござる」

 

 

そう言いながら五右衛門は持っていた紙切れをみんなに見せるように開く。

それは人相書きのようで、片方はやたら人相の悪いサル顔の男が描かれており、もう片方には頭に虎の被り物をしている人物が描かれていた。

顔が似ているかどうかはともかく、特徴がはっきりしているため人相書きの人物が誰であるかはすぐにわかった。

 

 

「これって、……俺たちか?」

 

「……全然似てない」

 

「でもどう考えてもあなたたちよ。この者たち、竹中半兵衛に内通し謀反を起こさせた尾張方の間諜にて云々、って書いてあるし」

 

「おまけに賞金がかけられているでござる」

 

「ごめんなさい、私のせいでお二人に多大なご迷惑を」

 

 

どうやら二人は今回の騒動の首謀者に仕立てあげられてしまったらしい。

これが井ノ口の町のいたるところに貼りだされているとなると、良晴たちは美濃を出歩けない。

 

 

「やべー、これじゃ美濃にいられねえ」

 

「……どうしよう、良晴」

 

「このまま美濃に居ても何もできないだろう。安藤の救出は俺たちでやるから、お前たちは尾張に帰ったほうがいいな」

 

 

人相書きを前にして肩を落としている良晴と犬千代に雷電はあぐらをかきながらそう言い放つ。

雷電の言う通り、ここにいても何もできないと感じた二人はすぐに尾張へと舞い戻った。

 

二人が立ち去ると段蔵が安藤伊賀守の手がかりについて教えてくれた。

安藤は長政によって既に近江へと連れ去られてしまったようだ。

そこまでは雷電も予想できていたので大した問題ではない、問題はその近江のどこにいるかということである。

しかし、段蔵たちにはその検討がついているらしく、床に広げられている地図のある場所にトンッと指を置いた。

 

 

「竹生島?」

 

「そう、運よく昨夜に近江からこっちに来た行商人を見つけて、その商人から聞きだした話です。長政の一行が居城である小谷城ではなく、琵琶湖の方へと歩いていくのを見たと」

 

 

段蔵が指さした地点に書かれていた島の名前を読み上げる雷電に段蔵が腕を組みながら答えた。

 

そこは近江の中央に広がっている琵琶湖に浮かぶ島で、そこにある館に地下牢があるらしい。

段蔵たちはそこに安藤が捕らえられていると考えているようだ。

島ということで潜入するには舟が必要である。

 

 

「まず琵琶湖の畔で小舟がないか探さないといけないですね」

 

「琵琶湖付近までは関所さえ避ければ、変装で容易にせんにょうできるでごじゃるよ」

 

「親分が噛んだぞっ!」

 

「出たっ!親分の貴重なごじゃる」

 

「うるちゃいでごじゃるお前たち!」

 

「「「うおおぉぉぉ!また噛んだっ!!」」」

 

「何なんだ、こいつらは……」

 

 

川並衆が騒ぐために話がなかなか進まず、段蔵と五右衛門によって川並衆の男どもは部屋から叩きだされた。

いま部屋には雷電、段蔵、五右衛門に半兵衛の四人が地図を囲むように座っている。

 

 

「ここに叔父さまが……!」

 

「半兵衛、お前はここで待機していろ」

 

「そんな!?皆さんだけに危険な橋を渡らせるわけにはいきません。私もいきます!」

 

 

雷電の言葉に半兵衛は敏感に反応し、「いけません!」と確固たる意志を持った瞳で雷電を睨むようにみつめる。

だが雷電はその目を見ようとはせず、地図に視線を落したままだった。

 

 

「長政の目的はお前だ。そのお前をあいつの本拠地にのこのこと連れて行くわけには行かない。……それに式神も持っていないお前がいても足手まといだ」

 

「旦那!そんな言い方しなくてもっ!!」

 

 

雷電のキツイ言い方を段蔵は非難の声をあげるが、彼は段蔵の方は向かず半兵衛を見た。

半兵衛は雷電の言い方がこたえたのか、小さな両手をギュッと握り俯いている。

誰も口を開かず沈黙が部屋を支配しだし、雷電はその身に段蔵からの非難の視線を感じながら半兵衛を見据えていた。

部屋の外から風の音が聞こえてきたかと思うと、半兵衛は俯かせていた顔を上げて雷電を見る。

 

 

「……わかりました。しかし途中まではご一緒させてください。皆さんが叔父さまを救出されている間に大垣の晴明神社で護符に霊力を注入しておきます。大垣は国境付近にありますので」

 

「わかった。それなら安藤守就を救出したらその神社で合流しよう」

 

 

それだけ言うと雷電は立ち上がり部屋から出ていってしまった。

雷電が出ていった部屋の戸を見つめていた半兵衛に段蔵は座したまま近づく。

 

 

「気を悪くしないでね、旦那はあなたが心配だったんだよ。ただあの人ちょっと女の子に対する接し方が下手というか……」

 

「わかってます。雷電さんは良晴さんと同じでお優しい方なんですね、お顔は怖いですが……くすん。それに雷電さんが言っていることは正しいです。私が行ってもできることは何もありません、さっきの私は感情だけで行動を起こそうとしました。冷静さを欠いてはまたみなさんにご迷惑をおかけしてしまいます」

 

 

半兵衛は段蔵に向けて笑顔で答え、雷電に続いて部屋を後にした。

残された段蔵と五右衛門はしばし座したままでいた。

 

 

「はぁ、雷電の旦那には少々女の子に対する接し方を教える必要があるわね」

 

「ふむ、加藤氏の相棒もなかなか手のやけそうな方でござるな」

 

「今回の任務中だけの相棒だけどね」

 

「女好きな相良氏と女にも容赦がない雷電氏。同じ未来から来たというのに違うものでちゅな」

 

「少しくらいサルの旦那のことを見習ってほしいよ」

 

「お互いに大変でごじゃるな」

 

 

そう語る苦労人二人は、静かにため息を吐くと次の瞬間にはその姿を部屋から消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

近江領

 

 

 

国境付近で半兵衛と別れた雷電たちは、半兵衛の護衛という形で川並衆の大半を彼女につけた。

大人数での潜入は見つかる可能性が高くなるため、雷電、段蔵、五右衛門、それから数人の川並衆で竹生島へと急行する。

基本的に中山道に沿って行き、関所は避けて潜入するとそこからは浪人に扮してまず琵琶湖へと向かうため、西へ西へと進んでいく。

 

しばらく進むと雷電たちの目に太陽の光が反射し、キラキラと輝く琵琶湖が姿を現した。

見入っていた雷電は、集団に離れていることに気付き後を小走りで追う。

琵琶湖を眼前にとらえながら更に歩き長浜へと入った雷電たちは、湖の湖畔に無造作に置いてある小舟を三艘見つけ、それを無断ではあるが借りることにした。

 

三つの小舟は近づきすぎない程度に竹生島に接近し、島の様子を見ることにした。

雷電と同じ舟に乗っている段蔵が懐から小さな望遠鏡を取りだし、島の警戒態勢などを伺う。

 

 

「……どうも島の見張りの兵の数が多く感じますね。多すぎるというわけではないですが、あの程度の島に対するものにしては少々過剰に思えます」

 

「ということは、あそこにそれほど重要な人物がいるということか?つまり守就が……」

 

「おそらくそれもあるでしょうが、それだけであの兵の数は多すぎます。他に何かあるのかも……」

 

 

そこまで確認しあうと、他の二艘に引きあがるように合図をして、一度陸へと引き返した。

竹生島からほど近い適当な場所に舟を上げて作戦を練ることにし、一艘の舟を囲むように集まる。

 

 

「できるだけ隠密で済ましたいところだけど……」

 

「それは無理でござろう。上陸するまでなら夜陰に乗じて行けまちゅが、安藤殿が囚われている場所にしぇんにゅうし、そこから誰にもみちゅかることなく舟で脱出するのは、あの警戒態勢の中ではむずかちいでごじゃる」

 

「なら、守就の方へ意識がいかないように他に注意を向かせるようにするか」

 

「陽動でごじゃるか?」

 

 

五右衛門の噛みかみなセリフに大いに湧き上がっている川並衆を話が進まないため、完全に無視することにした三人は話を続ける。

 

雷電の考えた陽動作戦は至極簡単なもので、陽動部隊として雷電はできる限り警備の注意を引くように暴れまわり、安藤守就の周囲の警戒が手薄になったところで五右衛門や段蔵、川並衆による救出部隊が守就が確保する。

 

 

「確保したら、そのまま舟に乗って逃げろ。あとで追いつくから俺に合流する必要はない」

 

 

雷電のその言葉に川並衆の連中が声を荒らげて反論してきた。

 

 

「おいおい兄貴っ!いくらなんでもそりゃ無茶だぜっ!」

 

「そうだ、うぬぼれは身を滅ぼすぜっ!」

 

「雷電氏は確か一回目の美濃侵攻での撤退の折に一人で追撃を食い止めたとか、しかも無傷で……。たちかにそれだけの御仁ならばあの程度の兵力、大丈夫でごじゃろう」

 

「そうだ、大丈夫だっ!」

 

「これは兄貴にしか頼めねえっ!」

 

「ま、まあ任せといてくれ」

 

「こいつらには自分の意思が無いみたいね……」

 

 

かなり強引な部分はあるが、こうして安藤守就の救出の算段が付いた。

作戦の決行は潜入のしやすい夜、そのためそれまで待機することになり、みなそれぞれ準備なり息抜きなりしはじめる。

雷電も周囲の警戒しようと立ち上がると肩を叩かれた。

振り返ると右手にお面を持った段蔵が立っており、そのお面を雷電に差し出してきた。

 

 

「念のため陽動作戦の時はこれをつけてください。侵入者が誰であるかを特定できなくするためにも顔は隠したほうがいいです。特に旦那の顔は目立ちますから」

 

 

受け取ったお面を見てみると、そこには狐の顔が描かれていた。

 

 

(FOX)か……」

 

 

お面に描かれた狐顔を眺めながら雷電は懐かしむような、しかし次第にそれは自らを嘲るような笑みへと変わっていった。

彼がかつて所属していた特殊部隊の組織名は"FOXHOUND"、つまり狐を狩る者。

 

 

「これをつければ、狩られる側の気持ちを少しは理解できるのかもな」

 

「私の力作を眺めながら縁起の悪いこと言わないでくださいよっ!」

 

「これ、お前が作ったのか?」

 

「そうですよ。だから大事に使ってくださいね♥」

 

 

段蔵は可愛らしく語尾にハートがつくようなしゃべり方をした。

しかし、その声を聞いた雷電は顔を歪めている。

 

 

「変な声出さないでくれ、調子が狂って作戦に支障が出たらどうするんだ」

 

「ちょっと!?それどういう意味ですかっ!!」

 

 

喚く段蔵をしり目に雷電はお面を懐へとしまい、警戒のために辺りを見回そうと歩き出しながら、そういえば今のような会話を以前どこかでしたような……、と先ほどの会話に既視感を覚えた。

だがどうでもいいことなので、「旦那のバーカ!」という段蔵の言葉を背中に受けながら見回りへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

琵琶湖の湖面にプカプカ浮かぶ一艘の舟の上に雷電はあぐらをかいてわずかに灯っている松明に照らされている竹生島を睨んでいた。

今頃、段蔵たちは竹生島に潜入し安藤守就の居所を探しているころだろう。

彼の居所がわかりしだい、合図を送ってくる手はずになっているため、ただジッとその時を舟の上で座って待っている。

 

待機すること約半刻、竹生島に新たな松明の光が現れ、それが不自然に左右に振られている。

その松明の動きを目にした雷電は「見つけたか」と呟きながら立ち上がり、舟を動かし始めた。

 

今回の陽動作戦において雷電は段蔵たちからある注意を受けていた。

というのは竹生島にいる近江兵は一人も殺さないように、というものだ。

さらわれた安藤守就を助けるためとはいえ、派手に暴れまわるのはあまりよろしくない。

竹生島への侵入に関しては、あちらも安藤守就をさらったという後ろめたさがあるため、あまり強くは言ってこないだろう。

 

 

「一人も殺すな……か」

 

 

そう小さくこぼした雷電は、自分がわずかながら残念がっていることに気付きハッとなる。

軽く頭を振って変な気持ちを振り払うと、段蔵から渡されたお面を顔につける。

上陸できるように舟を島に寄せ、距離を見計らって雷電は大きく跳躍して上陸した。

 

上陸したところを見まわしてみると、そこは舟を停泊させる港のようなところであり、何艘かの舟がある。

他には櫓などがあるくらいで特に目立ったものはない。

 

見回りの兵たちはまだ雷電に気づいていない、……いや今それぞれ手に松明を持った三人一組の見回りの兵が気が付いた。

 

 

「誰だっ!?そこの貴様、どこから入ってきたのだっ!」

 

 

突如湧いてように現れた雷電にそう怒鳴りながらすぐそばまで寄り、彼の顔を照らすように松明をかざす。

三人のうち一人が顔を覗き込もうとしたが、突然その体は後方へと吹っ飛び、五~六メートル程先で潰えた。

最初、何が起きたか分からなかった残り二人は、雷電の右足が突き出されていることに気づくとさっきのは蹴られたのか、と気が付き抜刀しながら叫びだした。

 

 

「曲者だーーーっ!!であえーーーっ!!」

 

 

その叫び声を聞いてそこらじゅうから槍やら刀やらを携えた兵たちが集まってきて、雷電を囲みだす。

昼間に確認したが思ったよりも多いな、と獲物を狙うような目をした兵たちを見渡した。

包囲の穴を発見した雷電は、そこ目がけて疾走し、突き出される槍を身を屈めたり跳んだりして避け、包囲網から脱してそのまま背を向けて逃げる。

 

 

「逃がすなっ!追え~~~っ!」

 

 

当然逃げる雷電を追う近江兵たち。

しきりに後ろを確認しながら逃げる雷電は、彼らから離れすぎないように、そして段蔵たちが潜入したであろう館から遠ざけるように走りまわる。

ふと後ろを確認すると、先ほどよりも人数が膨れ上がった集団が波のようにこちらへと迫ってきていた。

 

雷電は走る速度を緩めながら体の向きを変え、集団を正面にするようにして立つ。

集団の先頭を走る三、四人が手に持った槍や刀を構えながら雷電へと突進してきた。

落ち着いた様子で迫ってくる兵を見ていた雷電は、最も近くにいる兵へと大きく踏み出して距離を詰める。

そして自分の身に突き出された槍を横へ身をそらし、右手で槍の柄を掴むとそのまま左足の後ろ蹴りで相手を突き飛ばして槍を奪った。

蹴り飛ばされた者は、後ろにいた者を巻き込んで二人で倒れこむ。

 

奪った槍を穂先ではなく、石突きの方を相手に向けて構える雷電。

正面から刀を持った二人が時間差をつけて襲い掛かってきた。

上段から振り下ろされてくる二つの刃を柄を横にしてそれぞれ後ろへと受け流し、槍を長く持ち直して後方にいる二人に柄による横薙ぎの打撃を叩きこむ。

力任せに振るわれたそれは二人まとめてなぎ倒したが、衝撃に耐えられなかった槍がへし折れてしまった。

未練無くそれを投げ捨てると、再び集団に背を向けて逃げる。

 

雷電は逃げては少し戦い、逃げては少し戦いを繰り返しながら段蔵たちが脱出するのを待った。

しかし、その雷電の前に想定外の人物が現れた。

 

 

「お前たち何をしているっ!」

 

 

突如、騒然としているこの場に凜とした声が響いた。

その一瞬で雷電も含めその場の者たちは立ち止まり、声の主を見る。

 

 

「な、長政様っ!?お逃げください!この者は若様のお命を狙う敵方の忍やもしれませんっ!」

 

 

なんとそこには守就をさらった張本人であり浅井家当主、浅井長政が厳しい顔つきで立っていた。

長政という名を聞いた瞬間、驚いた雷電だったが、それを聞いてむしろ納得した。

いくら守就が幽閉している場所とはいえ、あまりにも駐屯している兵が多すぎる。

だが、ここに現当主がいれば話は別だ、この見張りの多さにも納得できる。

 

 

「その者はおとりだ馬鹿者!こやつらの目的は安藤伊賀守だ」

 

 

雷電はお面の下で顔を忌々しく歪め、盛大に舌打ちをした。

どうやら段蔵たちの方が気づかれてしまったようだ。

 

 

「半数は安藤伊賀守を連れ去った者たちを追え!奴らはすでに舟で逃げ出した。残りはその忍をとらえよ!」

 

 

長政の言葉を聞き身構える雷電だが、そのお面の下ではわずかに安堵の色を見せていた。

幸いにも段蔵たちはすでに島から脱出しているようだ。

ならばここに長居は無用!、とさっさと自分も脱出したいところだが、近くに舟が見当たらない。

どうやら随分と移動してしまったらしい。

泳いで逃げるわけにもいかない雷電は、舟のある港の場所まで戻ろうとするが雷電の捕獲を命じられた者たちが一斉に殺到してくる。

 

迫ってくる兵の集団を飛び越えることはせず、雷電は真っ先に自分へ斬りかかってきた者の刀を蹴りあげ、刀を弾くとその者を逆に捕獲し、盾にするように正面にかざしながら集団へと突っ込んでいく。

味方を盾にされ攻撃できずに道を開けてしまう者、構わず斬りかかる者、様々いたがサイボーグの脚力に物を言わせた突進に耐えられる者はおらず、まるでバターにナイフを通すような容易さで集団の中を突っ切っていく。

 

 

「逃がさぬっ!」

 

 

刀を抜いて自ら出てきた長政によって、雷電の進撃は停止させられた。

後方から襲ってきた長政に、雷電は盾にしていた兵を放り、高周波ブレードを抜き放ち長政の刀を受け止める。

鍔迫り合い状態になった二人は、それぞれの顔を見る。

先ほどは暗くてよく見えなかった長政の顔を至近で見た雷電は、「まるで女のようだな」という感想を心の中で述べた。

多くの女性を魅了しているということだけあって、長政の顔は女性と見間違えるほどの美形だった。

 

 

「ふん、不手際だな乱波。この長政を出し抜けると思うな!すぐにその素顔を拝ませてもらうぞ」

 

 

長政はギリギリと押しながら顔をお面へと近づかせてくる。

そうこうしているうちに、先ほどの集団が雷電の元に再集結しかけており、雷電は再び盛大な舌打ちをした。

この状態から脱するため、手心を加えるのを止め、一気に力を加え長政の刀を押し返す。

「なっ!?」と目を見開きながら驚く長政は、押し返されたことで両腕が上に伸びきってしまい、胴ががら空きな状態になった。

がら空きとなった胴めがけて雷電は勝家との勝負でもやったように長政の胸部に掌底を喰らわす。

その時、雷電の手のひらに妙な感触が……

 

 

「うっ!?」

 

「長政様っ!」

 

 

掌底を喰らった長政は迫ってくる集団に向けて軽く吹っ飛び、近江兵たちによって受け止められる。

雷電はすぐさま長政たちに背を向けて港へと全速力で向かう。

 

走りながら雷電は先ほど掌底を放った右手に感じた感触を思い出す。

長政の胸に当たった瞬間、微かにぷにッというやわらかい感触があった。

あの感触は……

 

 

「まさか……長政は……」

 

 

考え事をしている内に港についた雷電は、自分が乗り込むもの以外の舟を沈めて追跡できないようにしてから島を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

遅れて港に到着した長政たちは舟で追おうとしたがすべて沈められており、遠ざかっていく雷電の舟を見送ることしかできなかった。

悔し気に拳を震わせる長政に一人の近江兵が小走りで近づく。

 

 

「……申し上げます。安藤伊賀守、および敵方の忍の逃亡を許し、舟もすべて沈められてしまいました」

 

「くっ!何をやっている!!」

 

「も、申し訳ありません!!」

 

 

怒鳴る長政だったが、自分も先ほど取り逃がしたばかりであることを思い出し、「もうよい……」と言い捨てその者を下がらせた。

深い深いため息を吐きながら長政は雷電が消えていった湖面を見つめた。

 

 

(あの者に私の秘密を知られてしまっただろうか?もし知られていたとしたら、私は……)

 

 

物憂げな表情を顔に貼りつけたまま、長政は館に幽閉している父、久政の元へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今後、おそらく更新ペースが遅くなると思います。


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