境界線上の守り刀   作:陽紅

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長らく、大変長らくお待たせしました……!


九章 それぞれの分岐点【四】

「──……Shaja.では、はい。予定を繰り上げて、その、動ける全員に招集と、密な伝達をお願いします。あっ、お願いしておきます。は、はい、では、その、えっと……し、失礼します」

 

 

 会話を終えると、いずれの国々が正式採用しているそれらと比べても、歪で不明瞭な通神枠が滲むように消え、辺りに沈黙が降りる。

 

 ──ふう、と緊張を解くように零した吐息も、すぐに沈黙の中に消えていった。

 

 

「……あの方とのやりとりは、やっぱり、ちょっと緊張してしまいますね」

 

 

 困ったものです、と自分自身に苦笑する。

 

 ──もっと声聞きたいな。もっともっと、お話をしたいな。

 

 

 そう思うのに、あの人の言葉が耳に聞こえてくるだけで緊張してしまう。あの人に言葉を届けようとするだけで、考えていた台詞がどこか遠くへ飛んでいってしまう。

 

 情けないと思うのに、それでも僅かに言葉を交わせた事実が嬉しくて嬉しくて、口元が知らずにニヤついてしまうのだ。

 

 

 ……しっかりしないと! と意気込むために拳を作ってムンっと気合いを入れる。

 ……そんな自分の行動が結構恥ずかしいものだと判断して、慌てて周囲を見渡す。誰もいないことを確認して、一安堵。

 

 

 よし、と普通に気合を入れ直し、通神を開いた。

 

 

 

 

「──各々、皆様。順次行動を開始してください。……『創世計画・改』、始動です」

 

 

 通神を通し、全員へ伝える。返事は待たず、すぐに切る。どこで誰が盗み聞いているかわからない。

 ──誰にも。そう、誰にも……勘付かれるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 賽は投げられた。もう止まれない。止まるつもりもない。

 

 

 

 

「全ては、全てを取り戻すため。これで、いいんですよ……ね?」

 

 

 それでもどこか不安があるのか……『デフォルメされた猿のお面』を付ける小柄な彼女は、静かに……ただただ双子月を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 グチャっと()()()()()()()それに、止水は盛大に顔をしかめた。ギリギリ声にこそ出さなかったが、うわぁという表情が何よりも雄弁に物語っている。

 

 

「んんー、あらぁ? 人の気配がするわぁ。……貴方も武蔵の方かしらぁ」

 

 

 飛び出してきたそれは首を巡らせ、おおよそ止水の方を向いて喋る。

 

 『自主規制』が『自主規制』な感じになっている『自主規制』だった。……描写ができるレベルに再生するまで今しばらくそのままでお待ちください。

 

 

「……え、待って。この気配……っ、貴方もしかして、守り刀の……紫華の息子さん、かしらぁ?」

 

 

 しばらく肉全般が食えなくなるな間違いなく……と、白と赤が形を整え、肌色に包まれていく様を眺める。

 歯が整列し、唇に隠され。鼻は頂点を直してから穴が開いた。凹んでいた瞼の中で膨らんで、開いて彩り豊かな虹彩を覗かせる。上下逆さまゆえか、一気に伸びた長い金髪が滝のように流れた。

 

 

 美しい女だ、と素直に思う。……思っているのに、顔は顰められたままだった。というより、口が再生する前だったのに、どうやってあんなに明瞭に喋れたんだろうか。

 

 

「……ふふ。聞いてたとおりねぇ、容姿は全然似てないわぁ。本当に、黒髪と黒眼くらいしか共通点ないじゃなぁい」

 

 

 ──でも、と。

 

 浮かべた笑みは、慈愛に満ちていた。

 

 

「──雰囲気、瓜二つだわぁ。貴方のお母さん……紫華にそっくりよぉ」

 

「そいつはどうも、でいいのかな? できれば、もう少し普通に会いたかっけど」

 

「そうねええぇぇぇ──……」

 

 

 ズポォ、と嫌な音を立てて壁の向こうに引っ込む生首。おそらく、鉄の壁の向こうにいる友人が引き抜いたのだろう。英国でのことを思い出したのは内緒だ。あれも確かネイトが主犯だった。

 

 ……出来立ての穴から覗いて見れば、ネイト・鎖・ルドルフ二世という組み合わせでルドルフを超変則的ジャイアントスイングにかけている、結構大胆な格好のネイトがいた。

 

 

「おー……」

 

 

 やがて振り回しから、壁から壁に叩きつける攻撃に変わる。そっちの方が楽だと判断したのだろう。鎖に捕まったルドルフは、両手足が無いので成すがままだ。

 

 先ほどのふざけた回復速度を見ているので違和感があったが、よく見れば、壁を行き来するルドルフを追うように血霧が移動している。しかし本体の移動速度が速すぎて全く追いつかないのだろう。

 

 

 ……状況は一方的だが、手詰まりだ。そして、それを打破するためにネイトはああして時間を稼いでいる。

 

 

「なんだ? 何か、探してる……?」

 

 

 鎖を引いて、対面の壁に飛ばす。その際、ネイトには極僅かにだが休める時間が生まれるのだが、その瞬間に周囲を鋭く見渡して、ルドルフが壁にぶつかった音を聞いて、また鎖を引く。

 

 ──探している物の検討は、すぐについた。

 

 

 それは、武器だ。

 

 ネイトが走らせた視線の先には、必ず武器があっただろう棚や壁掛けがあり、激しい戦闘の余波で床に散乱した近接武装が多く転がっている。

 

 だがそれらは、根元から折れた剣や、致命的な亀裂の走る斧、粉々に砕けた斧槍などで、どれもこれもが使用すること自体が難しいものばかり。

 

 

 二度ほど無事そうな剣を見つけて顔を輝かせたが、それも一瞬のこと。よく観察してみれば細かいヒビが無数に走っていたらしく、すぐに顔を顰めて、選定と叩きつけの作業に戻る。ちなみに殴打系の武器は見てすらいない。

 

 

 

 

 彼女が探しているのは『肉と骨を断つに十分な鋭い刃』を持った武器である。

 

 それに『ネイトの力で取り回しても早々には壊れない』と注釈が付くので、選定に時間がかかるのだろう。最悪、この場にはもう無いかもしれない。

 

 

 ネイトも薄々そう感じているのか、表情はどんどん苦いものになっていく。叩きつけが十度を超えたあたりで、歪んだ扉の横に空いた、人の頭大の穴を偶然見つけた。

 

 

 正確には──『その穴から眺めている止水を見つけた』だが。

 

 

 

 

 

「…………。

 

 

 

 あ、嫌な予感」

 

 

 

 大正解である。

 

 

 

 ネイトは鎖を操り、ルドルフを歪んだ扉に強く叩きつける。それがトドメとなり、さながらモーニングスターのように扉を破壊した。おそらくどこぞの蛮族でもそこまでしないだろう。……姉貴分な教師は意識的に記憶から除外しておいた。

 

 

 そして、ルドルフがまた引っ張られると、今度は別の鎖が飛んで来る。意思のある銀鎖ほどでは無いにせよ、ここへ来て開花した操鎖術で生きた蛇のように動くそれは、止水に抵抗する間を与えることなく絡めとった。

 

 

 そして、全身にかかる強いG(重力)

 

 

「まーじかー……」

 

 

 止水・リングイン。

 

 操鎖が本当に上手くなったネイトは、止水と自分がぶつかる直前に鎖を解くと、自分の背と彼の胸が合わさるようにして鎖を巻き直す。

 

 

 

「なあ……俺、まだ一応怪我人のつもりなんだけど?」

 

「一応じゃなくても怪我人っ、ですっ……わっ!」

 

「いや、ならその怪我人考慮してくれよ。それより一回鎖解け。身長差きっつい……!」

 

 

 身長160半ばのネイトと、215cmの止水が肩の高さを合わせてくっ付いているのである。およそ50cmの差からくる負担は、止水の腰にエゲツないダメージを与えることになった。

 

 

 『一体何がしたいのか』という疑問は、持たない。

 

 

 

 

 

「──『刀』を !」

 

 

 

 西洋の剣に比べて、扱うのに相当な技量は必要だが、それでも鋼鉄を容易く切り裂くことができる鋭い刃。

 そして、理不尽の代名詞たる人狼女王と幾度となく激突しても、折れる事は疎か、刃毀れすらしなかった頑強さ。

 

 

 今現在ネイトが最も欲しい武器の基準を見事に満たしているのが、止水の持つ刀なのだ。

 

 

 だからこそ、勝つために貸してほしいというのに。

 

 

 

「──ムリ!」

 

 

 

 このやろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……うお、いまの一番音デカくね?」

 

「Jud. 向井殿ほど正確ではござらんが、ざっと二割り増しでござるな。……止水殿が巻き込まれてなければようござるが」

 

「おいおい何言ってんだよテンゾー。ダムとネイトだぜ? そりゃあもう……組んず解れつアラアラウッフンに決まってんだろ!」

 

「いやいや、いくらなんでもそりゃないでござるよ。動けるとはいえ止水殿は負傷してるのでござるから、さすがに戦闘に巻き込んだりは──……うーん」

 

 

***

 

 

 

「次ふざけたら、止水さんがああなりますわよ?」

 

「いや、別にふざけたつもりは無──わかった。説明するから鎖を絞るな。お前、少しは自分の格好考えろよ……俺も人のこと言えないけど」

 

 

 必死に顔を背け、さらには逃げようとしているようだが、そうはさせぬとばかりに鎖をさらに絞る。

 

 なお……ネイトは現在タイツとインナーだけで、しかも戦闘で所々破れてかなり肌を晒している。止水も包帯と肌着だけの状態なので、似たり寄ったりだ。

 男女どちらにしても、人前に出ていい恰好ではない。かつ、心臓にあまりよろしく無い状態である。

 

 

 そんな状態で、止水だけ若干不安定な体勢でお互いを結ぶ鎖が絞られたらどうなるだろうか。

 

 

 具体的に暴露すると、男が後ろから女を抱きしめて、頬と頬を合わせている感じである。だが、先ほども言った通り結構な身長差があるのに小さい方に合わせているので、お世辞にも男女の仲のアレコレには見えなかったのが幸いだろう。

 

 

 ──止水の体勢が、とてつもなくつらい。空気椅子の状態で動きまわれとか、なんの拷問だろうか。

 

 

「格好……? ひゃっ!? こ、これは違いますわよ!? ちょっと邪魔だったから脱いで、そこでビリっといってしまっただけひあん!? やぁ、耳に息はダメ……!」

 

「いいから早く鎖を解っ……嘘だろオイ。向こうの鎖と絡まってるぞこれ」

 

 

 解こうと思えば解けるだろう。しかし、二世鐘撞きを中断すれば、の話だ。

 

 この状況を止めるわけにはいかない。これを逃せばこの……『トドメの一撃』に繋がるコンボは二度と訪れないだろう。

 

 

「んっ、か、刀を、やぁんっ、貸せないぃん! 理由はなんん、ですの!? ちょ、ちょっと! わざとですのさっきから!?」

 

「いや、この体勢で息止めろって結構無理だからな? 俺が『刀を抜くための条件』。お前も知ってんだろ?

 ……この戦い、『武蔵を守るため』でも、ましてや『武蔵の誰かを守るため』でもない。なら、俺は刀を抜けないよ」

 

 

 もう今更になりつつあるが──非武装が原則である武蔵において、騎士階級でも、従士でも、襲名者でもない止水が刀を帯刀できる理由。

 

 それは、偏に止水が総長連合『番外特務』として、武蔵の護りを担っているからである。

 

 殺す刀で守ると叫び誓った酔狂な一族の末裔は、それに納得し、共感して、信念にまでしてしまったのだからどうしようもない。

 

 

 

「それに、大前提だけどさ……なんか、契約した刀たちが全く反応しないんだよ。流体は来てるから、契約自体が解除どうこうはされてないけど──多分、両腕がないからなんだろうな」

 

 

 そもそも、貸せる状態にないらしい。確かに思い返してみれば、変刀姿勢という術式で色々と出来るはずなのにこれまで何もしていなかったと思い出す。しないのではなく、できなかったのだ。

 

 

 ……これは言わないが、あのお菓子の家で目覚めてから以降、守り刀の御霊たちとの繋がりもかなり希薄になっている。

 つまり現状の止水は、言い方は悪いが……ただの超膨大な流体タンク(常時供給型)というわけだ。

 

 

 そこで、ネイトは違和感を覚える。明らかに戦力外……それを自身で理解しているにも関わらず、止水が塔の最上階(戦場)へと登って来たのは何故だろうかと。

 

 

 

「え、じゃあ……貴方なんでここに来ましたの?」

 

「いや、普通に心配だったからだけど? ……でもまあ、いらない世話だったみたいだな」

 

 

 いい加減姿勢がきつくなったのか、ネイトが握っていた重心移動の主導権を止水が無理矢理に奪う。それによってネイトの足が若干浮いて不安定になるが、それも一瞬のこと。

 

 足を大きく開き、腰を落とす。足の指が地面を()()、正に『大地に根を張った』ような安定感を作り上げた。さらには巧みな体重移動でネイトの力点を安定させ、二世鐘撞きの音量が、ついに三割増しとなった。

 

 

 離れようとして後ろに反っていた男の顔が、再び隣へ戻ってきている。……横目でちらりと盗み見れば、幾つもの傷痕を走らせる男の横顔があって──

 

 

 

「──強くなったな、ネイト」

 

 

 

 ……どこか嬉しそうな。しかしそれでいて、どこか寂しそうな……そんな微笑みを浮かべていた。

 

 

 

(……。

 

 

 

 あ、ヤバイですわこれ)

 

 

 

 

 何がヤバイって? そりゃあ、もう色々だ。

 

 

 普段はどちらかというと子供っぽい男なのに、雰囲気から溢れんばかりに滲む大人の色気がヤバイ。つまりはギャップだ。

 

 ネイトの内燃拝気が枯渇気味な所為か、狼の嗅覚が刺激されてヤバイ。つまりは腹ペコ状態で目の前にご馳走でやばい。つまりは食欲だ。

 

 今まで通り、食欲が猛烈に刺激されているのだが……母とのあれこれがあった為だろう。『睡眠ではないほうの残りの三大欲求』が食欲と同じくらいに刺激されてヤバイ。つまりは、まあ、全年齢対象ではないあれだ。

 

 

 

 そして、なによりもヤバイのが……。

 

 

 

 

 そんな彼を、独占しようと母が執拗につけただろう、女狼のマーキング(唾液)の匂い。……それが、彼の口臭からも微かにしてくることに……ヤバイくらいの、怒りを覚えた。

 

 

 

 

 ──心肺停止状態の止水を蘇生するためにテュレンヌが口移しで飲ませた、強力な強心作用のある劇薬。

 副作用ありきのもので、人狼王族仕様で男性の生殖本能も合わせて跳ね上げるその薬を飲まされて、止水はそれを……まあ、発散していない。つまり、男性ホルモン云々で、いつも以上に匂いが『濃くて強い』のだ。

 

 

 そして、冷静になって思い返せば……人工呼吸だの口移しだの人肌で温めあっただのと。

 

 

 

 

 つまりは……二世鐘の音量が、当初のころから比べて、ついに二倍を超えることになった。

 

 

 

 

「……えっとぉ、ネイト? ネイトさん? なんだ? 強くなりすぎじゃない? 今の、IZUMOでお前の母ちゃんが最初のほうに打ってきたやつくらいには威力あるんだけど……? 見ろよ、二世のねーちゃんも驚いて……」

 

「──……」

 

「ネイト……?」

 

 

 

(嗚呼……そう……そういうことでしたの)

 

 

 

 内側から、燃え盛るような怒りが湧き上がる。それを得て……ネイトは『納得』した。

 

 

 王と傅く少年からも、濃くはないが母の香りがそれなりに付けられていた。それ以外にも彼の姉や極東の姫の香りはしたが、嫌ではなかった。

 

 香辛料や、肉や野菜といった食材の匂いもして、むしろそれが彼らしいとさえ思えた。

 

 ……皆の中にあり、飯を振る舞い笑いながら、皆を集める王なのだと改めて認識した。そして、その数ある香りの中に、自分の香りもあればいいと。

 

 

 

 だが、今。背中から──……戸惑うように伺ってくる彼からは。王と同じように、皆が集まる国の主柱であるはずの彼からは……そんな香りは、しなかった。

 

 

 強すぎる血鉄の匂い。それと、同じ程の強すぎる刀鋼の匂い。そして、数多の傷痕から沸き立つ皮膚の下に秘められた肉の香りが、王と同じく彼が纏っていただろう幾多の香りたちの存在を許さない。

 

 

 ……今までは、今までなら……それでよかった。

 

 なのに、そこに独占を見せつけるかのように母の強い匂いが存在している。我が物だと、まさしく我が物顔のドヤ顔で自慢されているようではないか。

 

 

 

 ──皮肉だろう。母があれこれやらかしたからこそ、ネイトは気づけたのだ。

 

 

 

 

 

 違う。

 

 

 

 彼は、母よ。貴女のモノじゃない。

 

 

 彼は、武蔵の……私たちの……。

 

 

 

(……ああ、そういうことでしたのね。『私』)

 

 

 

 ──はしたないと、抑え付けていた。

 

 

 それなのに、見せ付けてくる姉に、食ってかかった。

 

 だがしかし、背に乗り微笑む至宝に、代わってくれと物申したかった。

 

 

 双翼の魔女に。武神乗りに。付き従う従士に。

 

 

 そして、自らと同じく……王か刀かで惑っていた、あの巫女に。

 

 

 

(──負けませんわ)

 

 

 

 

 ──彼は──……この人は──

 

 

 

 

 

 

 

(本当なら『考え事しながら戦うな』って言うべきなんだろうけど。問題ないどころか無意識だからこそ、ちょっとずつ威力上がってるからなぁ。

 

 しかし、頑丈な武器か……点蔵に渡した刀があるけど、取りに行く余裕ないし……)

 

 

 

 

 

 

 

 「──あ」 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「──あら」

 

 

 最初にそれに気付いたのは、予想通りと言おうか、人狼女王テュレンヌだった。

 

 鉄塔の最上階。歪な鐘の音をBGMとして発生させる場所を見上げ、少し悩む素振り見せる。

 

 

「どったのネイトママン。食べる手止まってるけど。……出来ればそのまましばらく止めてね。もう食材がねぇから」

 

 

 再び、あら、と。

 

 嗅覚が発見したのは干し肉の匂い。場所は──少し離れたところにある食料庫。硬く閉ざされたその扉の前に、完全フル装備状態の女戦士たちが決死の形相で陣形を取っていた。

 

 

「ママン? あっち見ないでこっち見て、俺を見てぇ! ……真面目なお話アレはダメだぜ? あれネェちゃんたちの、本気でガチな非常食だから。そんな『まだ食べられますのに』って顔してもダメ──」

 

「この胸を三十分くらい自由にしてもいいですわよ?」

 

「──お、おい全裸エプロン! なんでそこでそんな悲壮な顔を……なに? 『我白旗、貴君ノ奮闘ヲ期待ス』? う、裏切るか貴様ぁ!? 男ってどうしてこう、どいつもこいつも……!

 

 そんなに巨乳が好きか!? 貧乳はステータスって神代の偉人も言ってるんだぞ!?

 

 

 雄叫びをあげた女戦士はその部隊の隊長であり……戦士として恵まれた体格をしてはいるが、まあ……女性的な体型とは言い難いものだった。

 その戦士の慟哭に全裸が堂々と親指を立て、金翼魔女が自分のをしばし眺めて親指をこっそりと立て、忍者は内心で親指を立てて、隣にいるメアリを見る。

 

 そして、そんなやり取りをよそに……人狼女王に続き異変を察知したメアリは——目を大きく見開いて、呆然と鉄塔を見上げていた。

 

 

 

「これは──……っ!?」

 

 

 それは戦慄であり、驚愕である。到底信じられるはずないことなのに、目の前で証拠を見せ付け、突きつけられているような。

 

 

 そんな彼女の左右の腰に備えられた一対の片刃剣が、微かに震え出す。

 

 

 そして次の瞬間。

 

 

 

 

 鉄塔の最上階。その屋根が内側から弾け飛び──噴火した。

 

 

 

「「「──はぁ!?」」」

 

 

 

 鉄塔は鉄塔だ。火山じゃないし、そもそも山じゃない。自然物どころか人工の建造物である。噴き出しているモノもおかしい。溶岩でなく、真っ直ぐ天へと登っていく光の柱だから、噴火という表現は正しくはない──はずだ。

 

 

 ……そんな、当然の理解が追い付かないほどの異常事態。とっさに身構える一同を他所に、犯人──というか元凶をすぐに理解した武蔵の全裸と人狼女王。そして、妖精女王の姉だけは、それぞれ笑顔と困惑を浮かべた。

 

 

「この流体質……まさか、英国で一度行っただけで……?」

 

 

 ……それは未だ、思い出にすらなっていない直近の出来事。

 

 

 自分が未だ処刑の運命にあり、また、それを是として受け入れていた時。

 

 世界にその銘を轟かせる英国が宝剣。その礎となろうとしていたメアリに代わり、止水が流体を叩き込んで強化を成したのだ。

 

 その時は、一を注ぐために、十や二十……それ以上を費やしていたはずだが——。

 

 

 

(王賜剣・一型に最適な流体供給式を、しかも通常の流体ではなくあの方独自の特殊な流体で……儀式場どころかたった一人で……?)

 

 

 自分が思い至ったいくつもの非常識を想像して、思わずゴクリ、と生唾を飲み込む。

 

 故国自慢になってしまうが、英国は流体技術に優れている。その国の技師達が、数年を掛けてやっと作り上げた変換式が、メアリの処刑の際に組み込まれていた術式なのだ。

 

 ──それにしたって、儀式場の位置特定や整備に半年。さらに、もっとも効率的とされる満月の夜を待ったりと、いくつもの行程が必要で……。

 

 

(それ以上にこの流体量……まるで、地脈そのものを目の当たりにしているようです……)

 

 

 あり得ないが、そう表現するしかない。

 

 噴火から感じられる力は、妖精女王の全力に相応するだろう。かつて英国で見せた、メアリを救うために無理矢理注ぎ込んだ時のほうが流体総量こそ上回るが……目の前のこれは、底が全く見えないのだ。

 

 

 荒々しい見た目に反して、外部への影響はほとんどない。吹き飛ばされていてもおかしくない力の奔流にも関わらず、森の木々を揺らすのは夜風だ。

 

 

 

 見た目が派手なのは……ただ単に、それを呼ぶため。膨大な流体量は、見返りを先払いで見せただけ。

 

 

 そして、それに呼応するかのように王賜剣・一型が主人たるメアリが触れるまでもなく動き出す。メアリを中心に周り出し、これまた独りでに、刃の背を合わせた本来の大剣形態になり、切っ先を……噴火の火口へと向けた。

 

 

 

 意思ある剣の、それは声なき請願であった。

 

 ──大恩ある一刀の、その願いに馳せ参じたいと。

 

 

 

 

「──Jud. 行きなさい」

 

 

 許可を得た大剣は、一気に飛翔する。未だ噴火としか表現できない、天を貫いてなお登る緋色の炎の根源を目指して。

 

 

 

 

 

「あれは……」

 

 

 

 天に伸びる極光。

 

 その中を、鎖の塊が投じられて昇り……後を追うように、緋色の光を纏う銀の騎士が空を駆け登っていった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

(いや、確かに『剣が欲しい』とは言いましたけれどぉ!)

 

 

 

 手に握った強大な力に、ネイトは内心でかなり混乱していた。

 

 考えていたのと全然違う。本当ならば、二世に剣を突き刺して、その上で刃で掻き鳴らしていく……わかりづらければ、黒板を爪で引っ掻くあれだ。あれのとんでもないバージョンを、脳やら神経に直接叩き込んで、痒みからくる痛覚を与えようとしたのに。

 

 

(──どうしてそれが、長編映画のラストシーンのように!?)

 

 

 流されるままに手に持った王賜剣・一型……それが、止水が放出した流体を凄まじい勢いで吸収していくのがわかる。

 

 圧倒的なエネルギーを内包していく剣からは、母の武装である銀十字を軽々と上回りかねない威容を感じ──持つことさえ少し怖いと思ってしまうほどだ。

 

 

「でも……!」

 

 

 眼下。片膝を突き、荒い息をしながらも見上げる止水がいる。

 

 自分が無理に引き寄せたせいか、上半身を覆っていた包帯が思いっきり崩れてしまい……彼が今まで隠してきた、夥しい数の傷跡が改めて晒されている。

 

 

 ……また、無理をした。させてしまった。

 

 そしてこれからも、止めることはできず、頼らなければならないのだろう。

 

 

 

 言ったところできっと本人は否定するだろうし、問い詰めても下手な言い訳を頑張って考えるだけで、きっと改めたりはしてくれないに違いないが。

 

 

 

 

 ──ここまでお膳立てされたのに尻込みしては、女が廃りますわ!

 

 

 

 

「行きますわよ……!」

 

 

 王賜剣を強く握る。呼応するように、コールブランドは緋と金の混ざり合った美しい光を刀身に溢れさせた。

 

 見上げた目標。四肢である血霧がようやく本体に追いつき、三番煎じの鎖蓑虫を引き千切ってこちらを見た。

 

 終始教えられ、器のでかさを見せつけられた。まごう事無き、世界に立つ王の一人。

 

 

 

 

「ぜぁあああ!!!」

 

 

 

 渾身を持って、全霊を捧げて。

 

 ……天すらも斬り裂き葬る気概で、ネイトは極光の剣閃を解き放った。

 

 

 




読了ありがとうございました!

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