直系でこそないだろうが、それでも血族の祖先が教えてくれたアレコレを思い出しながら、止水は長い階段を一人登っていく。
トーリや点蔵たちと話し合う必要はあるだろうが、自身の中にまず整理を付けたかった。
本来ならば親から子へ……鍛錬や修練の合間に聞かされる、守り刀の一族の口伝。紫華から殆ど何も聞かされていない止水には、やっと聞けた身内からの身内情報だ。
……それにしてもあの母親、ちょっとでいいから生き返ってくれないだろうか。親不孝させろ。具体的には拳骨一発でいいから。
重要なことは殆ど知らされず、辛うじて自分が知っているさほど重要じゃないいくつかも、なんと間違って伝えられているという始末。
「……はー。やべぇよなぁ……どうしよ」
疲れた顔で深い溜め息を一つ。登る足は止まらないが、気持ち遅くなった気がしないでもない。
……やばいレベルは低い順に、放課後鍛錬組<点蔵<ネイト<喜美<正純だ。
放課後鍛錬中、止水は完全に教える側だ。一族的に『戦う術を教える』ということは、『守り刀の一族の郎党に迎える』という意味があるらしい。郎党とは本来家来や家臣やらを指すが、戦場に生きる守り刀にとっての郎党は『死地を共に戦い、同じ釜の飯を食う戦友』である。
──マジで?
愛用の忍刀を失った点蔵に『刀を渡した』。
守りの術式から抜ける点蔵を、しかし守れるように。そして、この刀でお前も守りたい者を守れ、という思いで渡したのだが……実はこれが一族的には結構重い行為で、敢えて軽く言うなら『今からちょっと死んでくるから
──マジで?
『緋衣を仕立て直して相手に渡す』。郎党どころではなく、一族として共に在ってほしい、と
……男女逆だし、仕立てるというか勝手に仕立てられたし、そもそも渡すというよりもどちらも奪われているが、やはり気まずい。武蔵に帰ったら真面目に取り返す努力を……取り返せたらいいなぁ。
──マジで?
そして『鞘を渡す』……止水が『知らずにやっちまった案件』の中で、これがダントツだ。
英国との会談で、
一族は刀という凶器を振るい戦うが、その本質は戦うことに潜在的な忌避すら抱いている。であれば、『この刀が鞘より抜かれぬことに越したことはない』と思うのは当然の帰結だろう。
そんな一族が、鞘だけを渡す。それは、『斬る斬らずの選択を、渡した相手に完全に委ねる』──早い話が『俺はお前の物だ』宣言している。
そして、何ということでしょう。三河の時に止水は正純に『俺を好きに使え』と言ってしまっているのである。
──マジかぁ……。
頭を抱えようとして腕がないことを思い出し、溜め息。
……幸いなことに、この事実を知っているのは現状で止水だけだ。放課後鍛錬組と点蔵はもうどうしようもないが、ネイトと喜美と正純の件はまだ挽回(?)できる可能性がある。
ならば、後回しでいい。最悪、知られなければいいのだと自分に言い聞かせる。……嬉々として言いふらしそうな連中が正しく『身の内』にいるが、気のせいだと思い込んだ。
その上で──桜枴から聞いた話の中で、おそらく最重要だろう一件を思い出す。
己の名の意味。そして、それを冠した、『止水の大禍』。
その全容を聞いて、止水はすぐにあることを思い出していた。
それは──英国。その秘奥たる花園に現れた、黒いナニカ。流体を消失させるという黒い泉の特性をそのままにした、人型の怪異。
(あれが、なのか……?)
"流体を須らく消失させる"という、生物無生物問わず、ありとあらゆるモノの天敵のような存在だが、幸いなことに対処法は既に見つかっている。
止水の持つ守り刀の刀、それによる物理攻撃によって、あの人型を消滅させることができる。
……短気を起こして術式攻撃やら異族特性攻撃やらをぶちかましたエリザベスのお陰で、そう結論付けるだけの情報はたくさんあった。さらに、一族の用いる結界術式ならば、その進行を抑えつけることも可能だ。
止水が今のペースで今後も刀の付喪神との契約を続ければ、極東中の戦える連中に配れる本数も揃うだろう。さらに戦えない者を一箇所に集めて結界を施せば……一応の対処はできるだろう。
「むう……」
懸念。
それは人型ではなく、黒い泉の時に感じた、異常なまでの怖気。人狼女王との激闘を経た今でさえ、人生最大の警戒はあの時だったと断言できるだろう。
あの時、泉の『向こう側』にいた、ナニカ。
……それさえわかれば、慣れない考察なんてしないで済むのだが。
「……備えるしかない、か。最悪の、その上が来ても大丈夫なように……。その為にも」
十段、二十段を登る感覚で上の方から激突音が響く。塔の建材がほとんど鉄だからだろうか、音やら振動がやたらに響き……行われている戦闘の激しさを物語っていた。
──越えてくれよ、ネイト。
最上階は、もうすぐだ。
***
「う……くっ……!」
全身が、気怠い熱を帯びていた。今すぐ冷水に飛び込みたい衝動を押さえつけ……武蔵の騎士、ネイト・ミトツダイラは『壁にできた自分の金型』から身を引き出した。
──熱は、痛みだ。脳が限界を越えて、痛覚と熱感を誤認しているのだろう。
「ふぅ……!」
だが、体はまだ動く。今までの自分……母に敗北した時のネイトであったなら、とっくに意識を手放していただろう。点蔵により施された鍛錬は実こそ結んでいないが、確実にネイトを強くしていた。
「んー……歪。いえ、もう少し、という段階かしらぁ。貴女の眼は追いついて、体も動こうとしているわぁ。ただ、意識だけが遅れているのねぇ。だぁかぁらぁ、きっかけね、今の貴女に必要なモノは」
冷静に分析解説してくれた相手を見る。
──そういえば、正方形のなのに
鋭い金眼で、睨むように相手を確認する。
そこに悠然と立っていたのは……変態だった。
なおトーリではない。念のためいうが、トーリではない。全裸ではないので確かだろう。
身長は高く、鍛え上げられた肉体はギリシャ彫刻のように均整が取れている。年はまだ若く、成人を迎えて数年といった頃だろう。
ピッチピチでパッツンパッツンのM.H.R.R様式の女子制服。それが、色々と全てを台無しにしていた。
(……あ、我が王も女装しますわね。かなり本格的な)
自分を見て、慌てて胸パッドを取り出した事は今でも覚えている。全部取り出して安堵した顔面に銀鎖を叩き込むまでが一件の思い出だ。……ちょっとはあるもん。
そんな思い出を頭を振って追いやり、意識を再び闘争に戻す。
強敵である。母と同様……もしくは、方向性を注視すれば
──ルドルフ二世。その字名は……『
(……
婚姻による一族の繁栄……早い話が政略結婚である。
万民はこの表現にあまり良い顔をしないが、貴族階級であるネイトは、その考え方にも一定の理解があるつもりだった。尤も──……。
どんな種族とも子を成せるよう、相手に合わせて自身の体を作り変える『変態能力』
生殖行為に忌避を感じないための『無痛覚』
出産の際に母体が落命しないための『再生能力』
──そんな術式を胎児に、何代にも渡って施し……女を御家発展の道具にしか見ていない連中への理解など、微塵にもできないのだが。
そしてルドルフ二世は、そんな思想の完成形である。
どんな状況にも最適な形に体を作り変え、どんな攻撃も痛覚すら刺激させることなく、どんな致命傷も瞬時に回復してしまう。
さらに、魔術で強化された肉体から繰り出される、自壊の懸念を一切しなくていい猛撃。
──公式チートが人狼女王であるなら、公式バグが、このルドルフ二世だ。
(っ、来る!)
見える。
……男の体が深く沈み、極端に身を伏せるようにしてかけて来る。その体の外縁が滲み、豊かな胸部と細い腰、熟れた臀部を新たに形作り、ルドルフ二世は女性へと変態を遂げた。
見えている。
……直線的な突貫。そして、ネイトの直前で上へと跳躍。
理解もできた。
……狙いは頭、頭頂部への凄まじい回転をかけた蹴り。
なのに。
「つぁ……!?」
……なのに、また動けない。
意識できたのは、咄嗟に動いた体が打撃の着弾点をズラして芯を外し……その痛みを得た直後。そして、遅まきながら、録画した映像を再生するようになにが起きたのかを理解して、やっと反撃や行動が取れる。
「──固定観念でがちがちよぉ!?」
回転と落下。脚が不発だったときのために二つのエネルギーを込めた
(んー? また芯から離れたわぁ。本当に変な子ねぇ……)
三撃。その全てが下手な戦闘系異族でも再起不能に足る威力である。なのに、その全てが『結構なダメージ』程度にまで減衰していた。
リングに飛んだネイトが、コーナーポストを連結する鎖を掴んで身を返し……これまでの戦闘であちこちに散乱した武器を手当たり次第に投じる。
投げているのはネイト一人なのに、数本に一本、やたらと速度が違うのが飛んで来る。その速度差は先に飛ばした数本を追い越してルドルフに届くほどだ。
「やっぱり……!」
「やっと掴めてきたぁ? もーぅ、ホントに変な子よねぇぇ!」
女の顔で笑い、笑いながらネイトに再度突貫する。飛んで来る武器を当たるまま刺さるまま、肩に胸に足に腕に──右眼を貫いて後頭部から飛び出させて、リング上のネイトに飛び膝蹴りを放った。
「諸説あるけどぉ! しゃぁあいにんっっぐ☆ウィッザァアアアド!!」
二世の拘りだろうか、上半身を大きく反らし、両腕も後ろに……風でも感じていそうな爽やかさだ。
顔面を狙った膝は、今度は掠りもしなかった。
「っ、隙だらけ、ですわ!」
「そうでしょぉ!? でも言葉にする暇があるならさっさと突かなき──」
深く屈んだネイトが大鎚を振り上げている。貴女それどこにあったのぉ? と言葉途中で感想を抱いている二世の横腹を、全力で食い破った。
肌、筋肉、骨、臓腑……その全てを破壊し、一直線に壁へと吹き飛ばす。
途中にあった無数の武器棚を余さず砕き……壁に鮮やかな赤い花が破壊の音を伴って咲いた。
──今の大鎚、彼女の近場には間違いなく無かったわぁ。つ・ま・り。
「……んー。流石にスプラッタ過ぎよねこれぇ。モザイクでもかけようかしらぁ。貴女、そういう術式なにか知らなぁい?」
「……残念ながら、二つほど知っていますわ。ええ、残念ながら」
友人である巫女の話では『神様判断で卑猥なモノ』を隠すと……局所ではなく、全体にかけられるのだろうか?
そんな、無意味な思考を浮かべながら見た先で……血霧が、舞い蠢く。壁に咲いた花の中心に集い、そして、形を成した。
服についた汚れを払い、ついでに、頭などに刺さったままの武器を抜き捨てる。
腹部に刺さった最後の一本を抜き、そして何を思ったのか自分の胸部に突き刺し、抉り回した。
「ん〜、ん! あったあった。再生の時に巻き込んじゃったのねぇ」
そう笑って、小指の先ほどのネジをポイと捨てた。……そのネジが落ちるころには、自ら開いたその傷も、消えている。
──最初こそ目を背け、肉はしばらく食えないだろうと顔を青ざめたが……もう、ネイトは眉すら顰めない。それほどに、この異常な存在に異常な行動に、慣れてしまった。
二世が攻め、ネイトがそれを知覚してしかし喰らい、対応し反撃。そして、休憩にしては短すぎるインターバル。
その間──ルドルフ二世は、笑っている。
満足そうに頷きながら……少しずつ『なにか』を掴んでいくネイトを見て、心から嬉しそうに、笑っているのだ。
そして……その笑みと同じ笑顔を、ネイトは知っている。
日頃から──自分以外の者に向けられ、未だに自分に向けられたことのない、その笑みを。
深呼吸。新たに増えた痛みは熱で、しかも頭だったのでボーッとなる。加えて、武蔵からお菓子の家、そして、お菓子の家からここに来るまでの緊張下での強行軍で疲労は限界に近い。
深呼吸。
──思い出しなさい。今まで伝えられたモノを。
……そして、忘れなさい。今まで自分だと思っていたモノを。
「ふー……」
誇り高い騎士の戦い方ではない。それは、飢えた餓狼の狩りの作法。
聳え守る大樹とは真逆。ゆらゆらと、風に弄ばれる落葉のように。
そこへ行くには。もう、ずっと離されてしまって、手も届かない、その背に追い付くには。
──隙だらけというのに、自らは突かれたばかりだというのに。
その皇帝は、笑顔で、ずっと待っていた。
ネイトは立ちながら、しかし居住まいを正す。右手を胸に、鼓動を確かめるように置いて、頭を僅かに下げた。
「……遅ばせながら、御身に名乗りを。
私は、武蔵アリアダスト教導院、総長連合第五特務。武蔵が騎士、『
略式ではあるが、それは今のネイトにできる最敬の礼である。
敵でありながら、この皇帝は無様で未熟な小娘を……導いてくれた。
それを受けた皇帝は笑顔を深める。名乗りの礼の中に、確かな感謝を見たからだ。
良い顔ねぇ、と自分に気高く、礼を持って名乗り上げた騎士を見る。伏せた顔に覗くその金瞳は、伏せられることなく獲物の首を狙う狼のものだった。
「……Testament.」
──合格だ。
教え導くのは、これで終わり。彼女からの名乗りは、新生した自身の表明なのだから。
だから、皇帝は姿を変える。
かつて『彼女』と出会い、三日三晩戦い、四日四晩語らいあってから、ルドルフ二世の中で完成した、最適最高となった姿へと。
──痛みがない上に傷も負わない? ……なるほど、そういう手があった──ああでも待って、息子がオカマになるのは流石に、いやでも……!
……「いやでも」じゃあないわよぉ?
──男が完成したから今度は女も目指してるって……そんな口調で話してる女、私見たことないんだけど。あ、でも武蔵で居酒屋やってる親父が似てるわね。クネクネしてたから思わず番屋に投げたんだけど。
……番屋? ああポリスハウスのことぉ? ……ちょっとぉ、なに通神開いてるのよぉ〜?
(……そして)
──人間だよ。アンタは。多分、この世界の誰よりも人間してる。神が痛みを知りたい〜なんて優しいこと言うもんか。
……嗚呼、何故?
(何故、もっと早く貴女と出会えなかったのぉ……?)
……嗚呼、何故……!
──「死んでしまったのよぉ……! 紫華ぁ!」
その一報を聞いた時、狂人は喉を裂きながら塔の上で慟哭を上げた。
頭の中がぐちゃぐちゃで、胸の奥もぐちゃぐちゃで……一昼夜叫び続けて──
そして、初めて『痛み』を得た。
狂おしいまでに熱く冷たく、全身を苛んだそれは、自分が何よりも求め欲したモノ。
武を交わし友と言えた。盃を交わし、親友だと訂正された。その喪失を代償として。
(……雲の様に掴み所がなくて、春の空みたいに気まぐれで、それでいて、海の様に器の大きな女性だったわぁ)
美しさなら彼女の上は多くいるだろう。強さも相当だが、世界単位では多くに劣る。
だがそれでも、誰が何と言おうと、ルドルフ二世の知る中で一番の『良い女』は、緋色の和装を纏った黒髪の女刀士だ。
尤も、母親としては流石にどうかと思う。息子話題が一つ終わる度に、その息子君に心からの同情を持ったほどだ。
その息子もここに来ているらしい。……きっといろいろ苦労したことだろう。できれば会って、いろいろと話してみたいものだ。
意識を戻す。──作りかえられていく体の性別は女。艶やかな金の長髪を緩やかにウェーブさせ、少し垂れている碧色の目は優しげだ。笑みも相待って、聖母の如き偉容である。
しかし、首から下は別だ。成熟した女性であるが、ネコ科の獣を彷彿とさせる肢体が、その女が戦う術と気概を持ち、戦場へ行くことに躊躇いがない女傑なのだと確信させるだろう。
「名乗りに応じましょう、武蔵の騎士よ。私が、M.H.R.R.、神聖ローマ皇帝総長。ルドルフ二世よぉ。
さぁ、掛かってきなさぁい? 求めるモノを得られる者は、一歩を踏み出し挑む者だけなのよぉ?」
準備運動で十分体は温まっている。ピリピリした程よい緊張感は戦意を天井しらずに跳ね上げていた。
ルドルフは慢心せず警戒していた。カウンターを狙っていたのだ。
だが、顎からはじまって頭蓋を粉砕してくるその一撃を、認識することすらできなかった。
***
「──人狼、か」
半分人間で、半分が人狼。だから、恐らく彼女は自分が『普通の人狼よりも弱い』と無意識のうちに決め込んでいたのだろう。
速度ではなく力を。回避ではなく、防御を。──攻めるのではなく、守るために。
それは……。
「はは……なんだよ。そもそも、俺が教えられるわけがなかった、ってことか」
止水とは、どこまでも真逆の在り方だった。
馬鹿げた瞬発力の連続で相手の認識から消失し、理不尽なまでの先天的破壊力で蹂躙する。それが、ネイトにとっての最適解だったのだろう。
止水は決戦場へ続く階段を登り終え、隔てる最後の扉に寄りかかる。
戦闘音は途切れることなく、その間隔をどんどん詰めていく。二人の踏み込む音が連打になるのもすぐのことだろう。
盛大豪快な破壊が扉の向こうで繰り広げられているので軽く心配だが、逆に考えれば対等に戦えているということでもあった。
心配してきて見たのだが……どうやら、要らぬ世話だったらしい。
「──姫さんが死んで、へんに背負っちまったからなぁ、あいつ」
……お前が言うな絶対に。と武蔵勢が口を揃えてツッコミを入れそうだが、ここは置いておこう。
ミトツダイラ。その肖りは、水戸の松平──水戸光圀公とされる。
諸国行脚して悪代官連中に『紋所目潰し!』かまして牢屋にぶち込んだ(正純先生のバカもわかる黄門解説抜粋)、戦国後の有名偉人だ。
地位を持ち、しかし生前のホライゾンに何かを見出し……彼女の騎士になることを望み、そして喪った。
ホライゾンが極東の姫……松平を掲げているが、それがなければ、極東の松平を襲名していたのはネイトだったのである。
喪失の中で武蔵を降りようとして、母にボコボコにされ止水すらも巻き込んで武蔵に叩き返され……彼女は中々長い期間荒れた。
放課後鍛錬最遅参がネイトである。高等部二年頃からとすれば、その期間がどれだけのものかは凡そ判断が付くだろう。
ちなみに余談だが、肖り元の光圀公も若い頃は相当に荒れていたらしい。完全に無意識だろうがちゃっかり再現していたようだ。
そして、領主として恥じぬよう。死んでしまったホライゾンが、
その枷が、外れた。
戦闘音の激化に比例するように、ネイトの足場が増えていく。
床は当然にして、破壊され瓦礫となった品の、指先程度のわずかな先端が。
壁に突き刺さったままの武器たちが。
過去に刻まれただろう、触れてザラつく程度の傷が。
そして、ついには天井までもが。
「……これ、慣れたら点蔵より速くなるな」
音の飛び具合で距離を。音の大きさで踏み込みの強さをそれぞれ測り、塔の根元にいるだろう忍者と比べる。
現時点ですら
──「いいわぁ! じゃあそろそろ投げ技いっくわよぉ! じゃーまん♡スーップレッ……あら。
ふむ。これは……あまりの貧乳にフックが足らなくてすっぽ抜けたのね……!」
いきなり熱い系の解説を始めた聞き馴れない声に寄りかかっていた扉から背を離し、「なにがおきた?」と言わんばかりに扉を見る止水。
ジャーマンスープレックス、という技名こそ聞いたことはあるがどういうものかはしらないので理解が追いつかなかった。
──「一目見た時から『もしや』とは思っていたのよぉ……! やっぱり使い手だったわねぇ!
『
『
グチャっという音が響き、止水は思いっきり顔を顰めた。
読了ありがとうございました!