境界線上の守り刀   作:陽紅

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《間際語》

【……ああ、そういえば喜美さん。一つお伺いしたいのですが……先ほどの、未来嫁……という話は貴女お一人ですか?】

「『首を傾げる』――……『理解したわ』ふふ、狙ってるのは私だけじゃあないわよ!? おぱーいもちぱーいもむぱーいも、より取り見取りの女共がむっつりガッツリおたくのご子孫の嫁狙ってるわ! でも今のとこ、この賢姉様が五美身くらい二番手引き離してる感じね!
 でも、そう聞くってことはやっぱりご先祖様の男衆も同じで――」

【二番手? 引き離して……? あの、もしかして守り刀の一族(私たち)の風習を聞いて――おや? まさかあの子自身知らない?】



 ずっと涼やかな顔だった【鋸】が、キョトンと固まる。そのままの顔で、小さな体は喜美にガシッと掴まれた。――宣言をしていない気がしたが、きっと小声でしたのだろう。そうに違いない。


「――『問い質す』。一族の風習ってなに? 嫁関連って緋衣を仕立て直して渡すだけじゃないの? え、ちょっと待って落ち着きなさいよ。私は落ち着いてるわよ慌てるわけないじゃないのよこの高嶺の華が。ちょっとそこんところ詳し――」

【あ――】


 武蔵が沈んだのは、その直後だった。


五章 刀、挑む 【参】

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「……!?」

 

 

 唐突に得た内臓の浮遊感に、誰もが咄嗟の判断を失っていた。ただでさえ、聖譜顕装の効果で行動を制限されている状態だ。体を支えようとして、しかし体は動かない。対処をしようとして、何もできなかった。

 

 

(だ、め……!)

 

 

 だが、一人。

 

 武蔵野の艦橋にいて武蔵総艦長代理という重役を担い、()()()()()()皆の無事を祈っていた彼女だけが、その対処に臨めた。

 

 

「……『耐え、て』……!」

 

 

 原因はわからない。だが沈む。IZUMOに落ちるのか、それともIZUMOからも落ちるのか。どちらにせよ、落ちれば武蔵そのものがただでは済まないだろう。半壊か全壊かの違いだ。航行不能に陥る事はまず間違いない。

 

 ならば、落ちなければいい。落ちるのならば――浮かせればいい。

 

 

「『うご、いて』……!」

 

 

 宣言。動いた手指の先には、自分が作った武蔵の全容図が浮いている。左右三艦と中央二艦の八つ全部を叩き、対象を指定。そのまま、感覚判定で持ち上げる。

 

 

 武蔵が航行する際に作る仮想水面。それが、鈴の持ち上げる動作に応じて緊急作成される。本来重量や進行方向などを基にした綿密な計算を行って作られる仮装水面だが、そんな悠長なことをしている暇はなかった。

 ――『やべぇ堕ちる! って時の被害を抑える緊急マニュアル・その三』に記載されていた裏技だ。武蔵野がこの手書きの雑記帳を見つけた時、数秒フリーズしていたのは記憶に新しい。

 

 

 仮想水面、最大出力。

 

 全長8kmの物体が、水面から浮力を受けて跳ねた。――強い重力が、真上から押し潰すように襲い掛かる。

 

 

 

 

 これは緊急用の手段で、それは一瞬の……謂わば悪あがきの作法だ。武蔵の建造に携わった大仏焼いた男に言わせれば『住民全死を半死にするレベルでも十分だろぅよぅ』と開き直るほどの、解決にはならないその場凌ぎだ。

 

 そしてその通り――浮かび上がったのはほんの一瞬で、またすぐに落下を始めるだろう。

 

 

 

 

 だが、彼女――向井 鈴が稼いだこの懸命の一瞬が、武蔵十万の命を繋いだのだ。

 

 

 

 

 ――『『指示を出します』。全自動人形、重力制御を全力展開! 全艦の下降を抑えなさい! ――以上!』

 

 ――『『応じます』! Jud.!!』

 

 

 総艦長武蔵の声が鋭く通る。

 艦底に無数の表示枠が一斉に開き、武蔵落下速度が目に見えて遅くなるが、これでやっと一瞬から十数秒になる程度だ。武蔵の全自動人形が全力を以ってしても、武蔵は巨大過ぎた。

 

 軋む音が武蔵の至る所で掻き鳴らされる。重力制御で支える点が足りておらず、その自重負担がフレームを歪めているのだろう。

 

 

 

 ――『『叫ぶぜ』! ――おら働け機関部! 武蔵を動かすのが俺らの仕事だろうが!』

 

 ――『『叫び返す』! 言われなくてもやってらぁ!』

 

 

 そこへ叩きつけてくるような怒声は、泰造翁である。機関部の面々が続々と宣言をして、自分たちの役割を、最高の精度と最大の速度で全うする。停泊状態であった八艦の心臓が強く脈動を開始。

 

 緊急用ではない本来の仮想水面が形成され――武蔵が浮いた。

 

 

 

未熟者『『こ、心のそこから称賛するよ』! 向井君! 流石は武蔵の至宝! 今の、今の本気で危なかった! 『そして指示を飛ばす!』 IZUMOに確認してくれ! 何があったんだ!?』

 

 

 

 危なかった。今のは本当に、危なかった――と。

 

 ネシンバラの声は、今の状況をすでに事後と決めて、その原因を探ろうとしている。鈴はそれに返事をせず、ほっと一息つきながら、耳を澄ましていた。

 

 

 

(なん、だろ……この、おと)

 

 

 近くにある感謝の声と讃える声の、ずっと向こう。聞こえてくるのは、硬い頑丈なものを、無理やり砕いて引き裂くような異音。

 武蔵が沈んだ原因はこれだ。停泊している武蔵を支えているIZUMO側が崩壊したのだ。区画単位で足場を組んでいるので、六護式仏蘭西は元より、駆けている止水たちにも被害はない。吹き出した仮想水面が生んだ水煙が、その崩壊を丁度隠してしまっていた。

 

 

 そして、未だ――その異音は続いているのだ。

 

 ……どこか楽しそうな、女の声とともに。

 

 

 

 ―*―

 

 

 

「『はしっ、走りながら、言うぜ』――武蔵が沈んだかと思ったら跳ねて浮いた! な、何を言っでゲフォ!」

 

「あーもう、芸人魂はわかったから。噎せるくらいなら黙って走れって……」

 

 

 

 止水の背に乗ればいいものを、トーリはそれを固辞した。『てめぇの足でここまで来たんだからてめぇの足で帰らねぇとカッコ悪い』と謎理論を超展開させて、必死に走っている。

 腕を大きく振り、バタバタと大きく足音を立てて走るトーリ。戦闘系でない生徒からも『無駄が多い』と言われそうな走り方で走る彼を前に、止水はため息を吐き――その疲労が濃く滲む顔に、苦笑を浮かべた。

 

 

 

「……っ」

 

 

 そんな王と刀のやり取りを見て――アデーレは一人、機動殻の中で下唇を強く噛んで走っていた。

 

 

 

 

 ――王刀【鋸】の発動、その行使。

 

 ――初戦における強敵対処、続く三銃士戦。

 

 ――現れた六天魔軍、佐々 成政の一撃。

 

 ――最後に太陽王ルイ・エクシヴ、大国の剛撃。

 

 

 

 ……この四つの内二つ目だけは、戦果と言えど、被害にはなっていなかった。逆に言えば、二つ目以外は――止水へ甚大な被害を与えているのである。しかも――

 

 

 

 

(……三つとも全部、『自分たちが一緒にいなければ、回避できた事』じゃないですか……!)

 

 

 ……オリオトライがかつて、守り刀の御霊を喚んで行う戦型の変刀姿勢は『使いどころが難しい必殺技のようなもの』と言っていた事を思い出す。膨大な量の流体拝気を消費し、その上で、さらに何かしらの代償を必要とする力であり――『確実に後を任せられる』か『やらなければもう後がない』ような状態でしか使いどころがないと締め括っていた。

 

 

 

 アデーレたちが『共に戦う』と戦場に出なければ――止水一人ならば。その力を、そもそも使う事はなかったはずだ。

 

 そして、佐々 成政の百合花も、エクシヴの太陽の攻撃も。

 後ろにいるアデーレたちを守るために、止水は回避ではなく迎撃という行動を取ったのだ。

 

 

 結果、止水は大量の流体を二度も消費し、その身に大怪我を負った。……怪我の度合いは現時点でアデーレは知る由もないが、トーリが背に乗る事を断固として固辞してたのを見れば、ある程度は察することができる。

 

 

 ――悔しかった。

 開戦前と直後に、共に戦えるんだと高揚していた自分を殴り倒したいほどに。

 

 ――歯痒かった。

 本人たちも含め、誰がどう見ても、誰がどう捉えても……現状、アデーレたちが足手まといとなっていることは明らかだったから。

 

 

 

 

 

「『あ、謝ります』! ごめん、ごめんなさい! 止水さん! 謝って済むことじゃあないですけど――でも、ごめんなさい!」

 

 

 

 

 

 機動殻に包まれたアデーレの表情を伺うことはできない。できないが……震え、裏返りかけているその声を聞けば、自然とわかる。

 

 それを聞いて――謝るべきじゃあない、と、誰かがアデーレの行動を内心で咎めた。

 ……自分たちで望み、自分たちの意思と足で臨んだ戦場だろう。力不足であることは先刻承知だったはずだ。現実を目の当たりにして謝るくらいならば、最初から戦場に出るべきではなかっただろう……と。

 

 

 

 

 

「は――え、アデーレ? お前なに泣いて……っ! え、待って、ごめん俺なんかしたか!? ……トーリ、トーリ! ごめん連呼で悪いけど、俺なんで今アデーレに謝られてるのかわかるか!?」

 

 

 だというのに、この刀バカは。

 

 そんな機微など露とも知らず――アデーレの声音……その涙声にだけ、バカみたいに反応した。

 

 

 

 

「『ダム放置して代わりに答えるぜ』! おいおいアデーレ! 言葉がちげぇよ! 謝ってんじゃねぇ! 『んでもって訂正してやる』! ここはな、何にも言わねぇで、帰って笑顔で『ありがとう』って言うんだよ!

 ――俺がやってるエロゲで正解選択したあとの好感度アップの展開だから、多分間違いねぇぜ!?」

 

 

 ……後半の言葉は無視しよう。あれ放置されるの俺……と、どこか呆然としている刀も以下略として。

 

 

 ――足手まといでごめん、ではなく、助けてくれてありがとう――と。それはここで閉ざされて足を止めるのではなく、次へ繋げるためのその言葉だ。

 アデーレと同じ思いに歯を食いしばっていた面々の拳を、固く握らせた。それを察して、トーリは笑った。

 

 

 

 

「――『頼むぜ』、アデーレ&野郎共! 俺ぁ知ってのとーり、なぁんにもできねぇ不可能男だ!

 

 ……戦う相棒の隣に立って戦うことも!  戦って疲れた相棒に肩貸してやることも!! 俺にはできねぇんだ! だからっ」

 

 

 

 

 

 

「『頼み続けるぜ』! 悔しくても、きつくっても! てめぇの無力に足を止めたくなったとしても! できねぇ俺の代わりに、俺の相棒の隣で戦ってくれ!  肩貸して、多分一緒に潰れてるだろう俺も合わせて助けてくれや!

 さあ――帰るぞ! 俺たち!」

 

 

 

 返事は無い。だが、それでいい。

 

 走る、駈け出すと宣言していた者たちの一歩が、一歩ごとに強く強くなっていった。それが、なによりの返事だった。

 

 

 

 

 

 

(――いや、まあ、うん。アデーレたちが何に対して謝ったかーってのは、一応わかったけどさ)

 

 

 走りながら、視線を外して明後日の方向へ。

 

 そして、苦いか渋いものを噛んだような……なんとも言えない表情を浮かべた。

 

 

(いや普通、本人()の目の前でさ、そのやり取りを、やるか?)

 

 

 そのなんとも言えない顔でアデーレらの心情を察する。察して、トーリが解決してくれたということも、なんとなくだが理解した。

 

 だが、その代償が新手の責め苦だった。なんだこれは。大変居た堪れない。小っ恥ずかしいことこの上なかった。何かやらかした訳でも無いのに、穴があったら入りたい心境に止水は至っていた。

 

 

 

 そんな、『色々放り投げて一人になりたい衝動』を首を振って散らし、意識を無理やり切り替える。

 

 

 

 現状はなんとか大丈夫、と言えるだろう。武蔵が支えを失ったように沈んだのには正直焦ったが、今は問題なく浮いているし、敵が攻めてきたような気配はない。原因不明で沈んで浮いた、というだけだ。

 

 ――自分たちも問題なく撤退できている。この速度なら、あと数十秒もすれば武蔵に乗り込めるだろう。

 

 

 

 一団の殿にあって背後を警戒する止水は、今一度振り返り、動かない六護式仏蘭西……その中で、深い後悔と自責にかられているような、険しい顔をしている輝元を見た。

 何をするつもりなのか、どんな手でくるのか――という思考はネシンバラや正純あたりに任せるとして、止水は思う。

 

 彼女がそんな顔を浮かべる理由は、一体なんなのか。姫の虚栄を担う、竜王の一人。虚栄を張ってなお、あそこまで表情を露わにするほどの何かとは。

 

 

 

 ……と、らしくもなく考え事をしていたせいか。自分の足元……さらに正確には、今まさに踏みしめようとしていた足場が『消えた』ことに、止水は気付けなかった。

 

 

「……。あ」

 

 

 踏もうとした足が空振り、体が大きく崩れる。慌てて手を突いて体勢を戻そうとするが、左右どちらの手を伸ばしてもどこにも、何にも届かなかった。

 

 崩れる。ガラガラと音を立てて――大きく足場が崩落した。

 

 

 

 

「『お、驚く』! 『言います』! 止水さん!?」

 

「っ! 俺は大丈夫だから止まるな! 行け! トーリのこと頼むぞ!」

 

 

 足を止めて、なんとか対処を試みようとするアデーレを始めとした面々に一声を飛ばす。

 

 指一本でも何処かにかけられれば、そうでなくとも、落ちる瓦礫に手足がわずかにでも届けば悠々と戻れるだろう。だが、残念ながら止水の体は完全に宙へ投げ出されている。

 

 ならば抗わず落ちたほうがいい。どこまでかはわからないが、たかだか数百メートルの高度だ。止水ならば余裕である。むしろ助けようとして誰かが巻き込まれたほうがまずい。

 

 

 ――幸か不幸か、崩落に巻き込まれたのは止水だけで、その上危険と思われる足場から一同はすでに離れつつあることに、止水は安堵さえした。穴があったら入りたいって考えたからかなぁ、と馬鹿げた思考をする余裕まであったほどだ。

 

 

 

 

 

「んで、なにがあったんだよ……これ」

 

 

 上から下へ視線を移し……その落下の中で、止水は目を細める。

 

 地面の裏側――止水にとっては天井となった分厚いIZUMOの外郭装甲に、無数の巨大な亀裂が走っている。そのどれもが真新しく、経年劣化によって徐々にできたものではないだろう。そして何より、その天井を支えていただろう十数柱の巨大な主柱が、その上下の接続部を残して無残にも全て()()()()()()()()

 

 

 ――外郭装甲の亀裂は、なおその数と大きさを増していく。動かない六護式仏蘭西の最前線を境にするように、武蔵の収まる修理ドックを含む広大なブロック区画全体に破砕が広がっていた。

 だが、全体の崩落が今すぐに、というわけではなさそうだ。少なくとも、あと数時間ほどならば保ちそうな気配がある。

 

 

 これが六護式仏蘭西……いや、輝元の狙いなのだろうか。

 

 

 

 

「はは、さっきの今で言いたくないけど……」

 

 

 

 やっぱり今回は、俺一人で出るべきだったかなぁ……という呟きは、闇の中に消えた。

 

 

 ――この状況を作った『存在』と、この状況をさらに加速させるだろう『存在』。それが、おそらく同一人物で、そして多分知っている相手だろうと予想しながら。

 

 

 止水の姿は、仄暗い底へと消えていった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「――『叫ぶ』! おい、あれ、止水は無事なのか!? 」

 

「『状況の確認をする』。綺麗に止めの字だけが落ちたね……たしか、IZUMOの外縁部は重量軽減とかで中は空洞だったはずさね。百メートルかそこらだったから、落ちるだけなら問題はないだろうが……」

 

 

 武蔵の沈浮の混乱冷めぬ艦上、正純の慌てに直政が応じる。いきなり出現した大穴に飲み込まれた止水の安否は一先ず大丈夫だろう、とのこと。

 

 『百メートルの高さから落ちて大丈夫』と言われて何の疑問も持たなくなった辺り、正純はもう染まりきってしまったようだ。

 

 それをさておいて、正純の思考がさらにこんがらがる。あの崩落は明らかに人為的なものだ。だからこそ……六護式仏蘭西の意図がよりわからなくなった。

 IZUMOは完全中立を世界に対し宣言している。いかに企業が極東よりとは言え、IZUMOへの直接的な被害は同じような中立国家から相当なバッシングを浴びるだろう。最悪聖連が動き兼ねない。

 

 それほどのことをして、結果は止水を落としただけ。言ってはなんだが、戦果が見合っていない。

 

 

『……『報告します』。あの、いまちょっと木の葉で見てみたんですけど……なんか、あちらもさっきの崩落に驚いている雰囲気です。しかも、ちょっと焦ってるような感じも……』

 

 

 そして、戸惑いを隠せない、といった風の智の報告にさらに訳が分からなくなった。

 

 何故、なにが目的だ、と考えをさらに深める正純の前に、表示枠が一つ割って入る。

 

 

 

『『おし、える』っ! 気を、付けてっ、さっきの、『おは、なの人』っ、アデーレ、たちにくる、よ……!』

 

 

 ――そこに続く鈴の報告で、ついに正純は思考回路そのものを一度停止させた。

 

 目を閉じる。この短時間で起きたあらゆる事を文字にして瞼の裏に浮かべ、最優先事項を選び、それ以外を打ち消した。一つずつ片付けよう。まずは……

 

 

「『深呼吸する』……すう……ふー。『聞き、返す』。向井? 『お花の人』というのはなん……いや、誰だ?」

 

『? 『いう、ね』? お花、の人、だよ? えと、さっき、止水君に、百合、ばなぁって――』

 

 

 

 

 『駆ける』

 

 宣言する。それに続けて。

 

 『言う』

 

 

 

 

『……随分とコケにしてくれたじゃねぇか、ああ? おい……!』

 

(……投げられた方か? それともお花の人例えにか? く、どちらにせよ、最悪のタイミングだ……!)

 

 

 

 佐々 成政(お花の人)……天下轟く六天魔の一角に、これほど力の抜ける例えをつけたのはきっと鈴が初めてだろう。

 

 短い空の旅、その着地の前に聖譜顕装の効果を受けてしまったのか体のあちこちに真新しい傷がある。表情からして、かなり激怒しているらしい。

 その足は速い……確実にトーリたちが武蔵にたどり着く前に追いつくだろう。止水と同等、いや、瞬間的にであれば上回る攻撃力を持つ敵だ。しかも、唯一迎撃できるだろう止水が戦場から離脱した直後の接敵である。

 

 

 

『『問う』! おい、あの野郎は何処だ!?』

『『答える』――わけねぇだろ!? 空気読めよお花の人! 摘んでこい!』

『……っ! 『言う』! じゃあテメェだ武蔵総長! っていうかいい加減『聖骸の賢明・新代(コレ)』外しやがれ六護式仏蘭西!』

 

 

 

 煽るなバカ、と思うが、遅い。

 

 

 成政の走方が変わる。身を大きく振り、一歩の幅が大きくなった。

 

 踏み込み、振りかぶり――その全ての宣言を細かく小さく口にしながら、左腕の刺青に光を灯す。

 

 

 射程圏内。

 

 

 ニヤリと浮かべた獰猛極まりない笑みは……しかし、すぐさま苛立たしげに歪んだ。

 

 

 成政の視界からトーリを隠すように立ちふさがったのは、いかにも鈍重そうな青い装甲の機動殻だった。

 

 

 

「――『守ります』!」

 

 

 

 武蔵の従士、アデーレ・バルフェットは必要以上に大きく声を上げて宣言する。宣言は自分を動かすのと同時に、己を奮い立たせる雄叫びでもあった。

 

 

 この場でこの状況をどうにかできるのは、自分しかいない。ならば、やるしかない。

 

 怖くないわけがない。止水と激突して上回る威力の攻撃力など正直怖くてたまらないが……その怖さ以上の熱が、胸中を満たしていた。

―――『(トーリ)を頼む』。(止水)のその言葉が、震えを奮えに押し上げていた。

 

 

「『絶対に、通しません』!」

 

 

 続けて宣言。奮い立て、さらに誓い立てる。……突撃槍を前に、全身で体当たりするように成政へ突進した。

 

 通常であれば回避は容易かったろう。動きが遅く小回りの利かない機動殻など、横を抜けてかわせばいいだけの話だからだ。

 

 

(ちょっとだけ、感謝します! 輝元さん!)

 

 

 舌打つ。そして――成政が吠えた。

 

 

 

「『ブチかます!』――『百合花』ぁあ!!」

 

 

 来る。巨大な暴力の塊が、殺意と敵意を持ってやってくる。

 

 ――恐怖に目を閉じるな、見開け! 見開いて――掴み取れ……っ!

 

 

 

「っ! 『作動』っ!」

 

 

 

 成政の左拳が、機動殻『奔獣』の真芯を捉える。その強固な装甲を造作もなく砕かれ――

 

 

 

「「「アデーレ!?」」」

 

 

 悲鳴のような呼び声。それをかき消すように、青の装甲が飛んでいく。

 

 辛うじて機動殻の形を保っている『奔獣』は多摩の後……右舷三番艦『高尾』の外縁装甲まで飛ばされ、激突した。

 

 

 

 

***

 

 

 忍者に遅れ、半竜に遅れ。

 

 商人にも遅れたけれど、数日の差。

 

 

  競う男の中、唯一学びに行った、その従士。

 

 

 

  配点 【実は脱いだら凄いんです(戦闘力)】

 

 

 

***

 

 

 

 ――自分の名前を、呼ばれた気がした。

 

 心配させてしまいましたかねぇ、と申し訳なさそうに苦笑するのは、やはり彼女の性分なのだろう。

 

 

 従士の家系。そこに生まれた自分は、従士であるが故に主役にはなれない。なることはない。――父にそう諭された頃はまだ幼くよくわからなかったが、幼いながらでも何となく『よかったぁ……』と安堵していた事を今でも覚えている。

 

 そして、その感想はいまでも変わっていない。武蔵に乗って主役になんてなろうものなら、それこそ波乱万丈を二乗して自重をやめて、『ガンガン逝こうぜ』コマンド連打待ったなしの人生へ片道切符でいってらっしゃいだ。そんな人生勘弁御免です。いやマジで。フリじゃないですからね? 脇役万歳です。

 

 

 でも――と。妙に冷静で、周りをゆっくりに感じる思考の中で、思う。

 

 

 自分はちっぽけで、きっときっと、脇役だろうけど。

 

 お姫様でもお嬢様でもない、女村人C……よりは上がいいですよさすがに。頻繁に訪れる町の、頻繁に足を運ぶ店の看板娘くらいで……ってこれちょっと前の鈴さんですねこれ。自分はその後釜でいいんで。至宝は無理です。看板娘だけください。

 

 

 そんな感じで――高望みは、しませんよ。主役にも主要人物にも、ヒロインにもお姫様にも自分はなれないでしょうし、実はあんまりなりたくありません。

 

 

 

(でも…… !)

 

 

 

 開放感。それを、全身で強く感じる。

 

 大きく口を開けて肺一杯に空気を送り込み、全身へ酸素を行き渡らせた。打撃を受ける直前に機動殻で上へ手放して落ちてきた突撃槍を再び取り、睨むように相手を()()()()

 そこには――左拳を振り切った状態の、技後の無防備な姿を晒す成政がいた。

 

 

 

「……武蔵が従士! アデーレ・バルフェット! 止めます、絶対に……!」

 

 

 

 

 ――でも私は、武蔵の従士でいたい。

 

 ……大好きな人が守ると誓った、大切な国を守る一員でありたい。

 

 

 

 

 宣言はない。自分の名を無宣言で呼ばれた時に気付いたが、輝元が聖譜顕装を解除したか制限時間を超えたのだろう。

 

 突撃槍の穂先を落ちるままに大地に突き立てる。槍は疎か、拳の間合いですらない超至近距離。

 

 突き立てた槍に重心を据え、全身のバネとあらん限りの脚力を乗せて、揃えた両膝を成政の側頭部に叩きつけた。

 

 

「ぐっ……てめぇ!」

(硬い――防がれた! なら……!)

 

 

 しかし、成政の右腕が防御に間に合う。押し固めた重革に叩きつけたような衝撃にアデーレは『百合花』が攻防一体の身体強化なのだと察する。

 ならばと曲げていた膝を時間差を付けて伸ばし、蹴ることで三連撃。だがそれも回避、防御と続けて防がれ届かず――しかし、アデーレは蹴りの連撃もまた止まらなかった。

 

 

 大きく開脚して機動殻の装甲と同じ足装着具の踵落とし。両腕を交差して防がれ、その前転で生じた回転の反動で突撃槍を回し、同じ場所を打ち据える。

 いなされまた地に突き刺さり――その槍を起点に両足を揃えた直蹴り。

 

 

「ちっ……!」

 

 

 槍が、蹴りが、嵐のように成政を攻め立てる。百合花を放つ間も距離も無い。

 

 成政の足が完全に止まる。アデーレを道に立つ障害ではなく、行く手を阻む敵と認識を改めたのだろう。それを確認し、アデーレは大きく飛んで距離を取った。

 

 

 

 

 遠ざかっていく足音と止まった足。そして、明確に向けられるようになった敵意と闘志と殺意に冷や汗を浮かべながら、突撃槍を盾のように、幅広の面を向けるように構える。

 

 

 槍の中央にある鈍い金色の野獣の紋章。牙を剥き爪を振り上げるその意匠が、さながら、『これ以上近づくな』と警告しているようだった。

 

 

 

 

―*―

 

 

「教頭、ニヤ顔浮かべてどうしたんですか?」

 

「――なんのことかね? 麻呂はニヤ顔などしていないのである。……そういうオリオトライ君こそ、随分と機嫌が良さそうであるな?」

 

「そりゃあ生徒が先生の助言をしっかり聞いて、しかもちゃんと努力してくれてんですから、嬉しくないわけがないでしょうに。……『突撃槍の重量を利用した蹴撃の強化と姿勢の安定』――小柄で脚力自慢のアデーレとの相性は抜群。機動殻の搭乗訓練で三半規管も鍛えられてるから、ああいう曲芸染みた動きも出来る。英国の副会長相手に槍取られながらも善戦してましたし、結構仕上がってきてますよあれは。

 

 あの後も止水との放課後鍛錬でしっかり練習してたみたいですしね。止水もあれでなかなか、教えるのがうまいんですよ――実技のみですけど。

 

 まあそれも、あの機動殻に()()()()()()()()緊急脱出の機構がなかったら……そもそも活かせなかったでしょうけど」

 

「いやはや偶然であるな。麻呂はただ、本来あった機能を使えるようにしただけである。結果的に活かせたのであれば、重畳であるよ」

 

「……。

 

 とりあえずさ、二人がご機嫌なのはわかったから。さっきので壊滅した卓上の片付け手伝ってくれない? ほら、アデーレは双嬢が回収しに行ったみたいだし。不安ないでしょ? あ、店員さんおしぼり幾つかくれる? ……三要くんが頭からパフェ被って目が死んでるから」

 

 

 

***

 

 

 

 ネシンバラがIZUMOを総括する全座長に、武蔵の沈下の原因が『IZUMO側のドック崩落』と聞き出し。

 

 喜美が【鋸】が帰ってしまった為に真意を聞き出せず、止水を鎖蓑虫にして聞き出そうと決意し。

 

 点蔵たちが武蔵中を駆け回り被害の把握・応急措置を施し、智やネイトたちが外縁で六護式仏蘭西に警戒し。

 

 鈴が止水の無事を、着地にミスって転んだときの軽いうめき声を聞き取ってホッと安堵し。

 

 アデーレが成政と膠着状態になり、この後のこと考えてませんでした! と内心で冷や汗をだらだらと流し。

 

 トーリたちが武蔵へ至るその架橋にたどり着き、トーリが、戦場を見渡すように振り返った――……。

 

 

 

 その時。

 

 

 

 

 

 

 誰も彼もが、今していることの、その行程を中断した。唖然、呆然として、()()()を見上げた。

 

 

 ……立て続けが、流石に過ぎるだろう。十五分、たった十五分凌げば良いだけの話じゃあなかったのか。

 

 

 

 山形りの軌道を描いて飛んでくる、無数の巨影。登り、登り切って、緩やかな落下を経て。

 

 

 ――直径10〜20メートルはあるだろう無数の鉄塊が、流星雨のように――否、隕石のように落ちてきた。

 

 

 

 広く、無秩序に。轟音を響かせ、IZUMOの大地を揺らしていく。止水が落ちた穴から亀裂が一気に広がり、崩壊が一気に加速して行った。未だIZUMOと連結している武蔵にもそのふざけた振動が伝わり、被害を広げていく。

 

 

「……投げ、てるのか?」

 

 

 ありえない。誰だ、馬鹿げたことをつぶやいたのは。

 鉄の塊であると仮定し、一番小さい塊でも千トンは下らない塊を、誰が投げられると……。

 

 だが、どれもこれもが軌道も山形りで登っていく速度も、下手投げで投げられた果物を連想させる。

 

 

『――IZUMOより武蔵へ報告! 武蔵用ドック、南東全域が崩落の危険性あり! 稼働不能であるため固定部を強制解放致します! 崩落に巻き込まれぬよう、直ちに規定高度より緊急浮上してください! ――以上! 』

 

 

 警報が響く。緊急浮上しろとの通達を受け、武蔵が艦の制御を行おうとするが、多摩の架橋……トーリが未だ渡り終えていない。アデーレの方は既に双嬢が回収に飛んでいるため問題はないだろう。

 

 部隊は全員渡り終えている。最後尾にいたトーリがあと数歩。タイミングを計り、トーリを回収したら一気に浮上させようと構えた。

 

 

 

 だが、落ちてくる鉄塊の一つが――狙ったように、IZUMO側の架橋の根元に着弾してしまう。

 

 

「……あ、これやばいわ」

 

 

 折れる。最悪なことに、梃子の原理が偶然にも再現され、多摩側の架橋が一気に持ち上がって行く。その先端にトーリをへばり付かせて、急激な速度で直角の高さまで持ち上がった架橋は、そのままの勢いで橋の裏側を表にするように倒れていった。

 

 

 

 直後、ひときわ大きな鉄塊がボロボロの近くのど真ん中に着弾し――IZUMOの表層外殻が、完全に崩壊した。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

原作では蜻蛉切がこの流れで破壊されますが、当小説では生存? しています。

また、前書きでのあれこれは、またいずれのお話になりますので触れず放置していただければ幸いです。

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