境界線上の守り刀   作:陽紅

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まず、長く時間を空けてしまいましたこと、心からお詫び申し上げます。
寒い日が続きますので、皆様くれぐれも、くれぐれも、お体を壊すことがありませんように。


四章 刀の『王』 【参】

 

 

「おーおー、撃ってきた撃ってきた。……いやぁ、いくつになってもこの、『大砲がコッチに向かって飛んでくる感覚』っていうの? それが俺、慣れなくてさぁ」

 

「慣れずとも慌てない時点で、すでに人間として必要な危機管理能力が欠落していると思われます。――以上。……右舷艦『品川』『多摩』『高尾』は、それぞれ配置された守備人員と連携して防御行動に移りなさい。――以上」

 

「いや、神経超過敏な榊原とさ、当たらないとわかんないだっちゃんの両極端に挟まれてへんな感じに育っちゃっただけだから。自分への直撃コースだけは超察知で超回避してたから俺。

 ――しかし、かなり忙しそうだね武蔵さん。いや、武蔵さんたち、か」

 

 

 キセルを片手に紫煙を揺らす。……近くに立つ武蔵とは逆の方向に吐き出して、さらに手で仰いで散らす、という喫煙者のマナーを必死で守ろうとしているのは、アリアダスト教導員の学長……酒井 忠次だ。

 ……仰いだ拍子にキセルが揺れて、細かい灰が床に落ちる。いらん掃除(仕事)を増やすな、と武蔵が白い目になった。

 

 

「Jud. 忙しいです。たった今仕事が一つ増えましたので。――以上。

 

 指定の三時十五分になりましたら、ドック内で浮上後、重力航行システムで一気に戦域を離脱します。IZUMOに迷惑をかけるわけにはいきませんので、航行の際に生じる衝撃波を防ぐ重力障壁の設定と、ショートジャンプ後に色々と荒れに荒れる艦内の被害予測やら対策など。

 

 だというのに、たった今仕事が一つ増えましたので。――以上」

 

 

 大切なこと、だからではない。二回言った方が、より鋭い釘になるのだ。

 

 

「……ほ、箒と塵取り、どこにあったっけ」

 

「あちらに。雑巾も同じ場所にありますので。――以上。

 ですが、不要です。ショートジャンプ後にこの一帯もかなり荒れますので、掃除は無意味と判断します。――以上」

 

 

 ゴミを取ったら水拭きして乾拭きするまでが掃除の基本である。

 

 ……無意味ならどうして掃除道具の場所を教えるのだろう、という疑問を酒井は抱いたが、なんとなく気にしてはいけない気がしたので流すことにした。

 

 

 

 話題を変えようと、戦場を見る。低速弾が数えられるだけでも二十余り、それがいくつもの層を作って向かってきている。

 

 砲弾の形がしっかりと確認できる至近距離まで飛来し――それを、銀色が叩き返した。

 

 

「へぇ、中央の多摩はミトツダイラか。なんかデカイ鉄板みたいなの鎖で振り回してるけど――あれって艦の外壁装甲のだよね?」

 

「Jud. 手っ取り早く、かつ分かりやすい方法で対処する、とネシンバラ様がおっしゃっておりました。少々重量や取り扱い等に不安があったようですが、止水様と鋸様の強化援助によって強引な力技で押し通せるようです。――以上」

 

 

 鈍い爆音が連打する。当然のごとく一気に損耗していく装甲板だが、タイミングを計って後ろから新しい装甲板を地摺朱雀が上手くトスしていた。

 

 

「朱雀は今回完全に裏方か。まあ、アルマダで結構損耗してたし――成果出し過ぎて聖連に睨まれかけてるっぽいからしょうがないかね。品川と高尾にはそれぞれ三百の守備兵と特務・生徒会の面々か。守りに関しては、問題ないかな?」

 

「現場の層の厚さもさることながら、指揮系統も相当に充実しておりますので。――以上」

 

 

 紫煙をひと吹き。違いない、と苦笑を浮かべる酒井の耳に、小さな、しかし放送機器で拡大された、たどたどしい声が届く。

 

 

 

ベ ル『あ、あの、いい、かな? 右、の、奥? で、大きい音が、して、えと、大砲、の音なん、だけど、ね? でも、ちょ、っと違う、から』

 

 

 

『観測急げぇー! 向井様のお告げだぁ!』

『右――、多摩から外を見て右だと高尾方面? でもそっちって防風林があるだけ……』

 

『『木の葉』会いました! 防風林の先です! かなり大きな、軽く戦艦の主砲級の大きさはありますよあれ! ミト! マサ! 射角的に狙いは多摩の架橋付近!』

 

 鈴のお声が放送機から聞こえて、わずか三秒。命令系統を良い意味で無視した各員の迅速な、『現場の判断』の成果だ。

 

『しゅ、主砲級!? ちょ、流石に対応できませんわ! 通常砲撃だけでもかなりの密度で手一杯ですの……よっ!』

 

『だから上じゃなくて下に弾けっていってんさねミト! 町で跳ねるだろうが! ……ああ、それとそっち気にすんな。見なよあの巫女、ちゃっかり弓構えてるさね。どーせあれだ、出番待ちさね』

 

『『『『あっ……(察し)』』』』

 

 

『な、なんですかその『分かってる皆まで言うな』みたいな空気は! 誤解ですよ! これは武蔵各所に生じた歪みを払うための鳴り弓で――……えっと、ハナミ? なんですか、その『三河の時の色々三割増し』なのは。流石に持て……え、あれ持てますよ軽くこれ! 止水君の身体能力の伝播って私にも来てるんですか!?

 いや、いえいえ、持てようが引けようが、イコール私がやれって理由にはなりませんよ? いいですかその辺』

 

 

 本当にこの人たちは、人を何だと思ってるんですか全く。

 

 ……まあ。巫女として人々の期待には答えなきゃですし現状対応できるのが私くらいですし武蔵守らなきゃですしおやおや何故か梅椿が双聯形態で展開されてますよーぅもうしょうがありませんねまったくもうしょうがないですねエヘヘヘヘ。

 

 

 

 『  ――会 い ま し た ぁ あ あ ! !  』

 

 

 

 ――極光。そして、ズドン。

 

 ……それ以上の描写はもはや、不要だろう。

 

 

 

「……飛んでくる砲弾に『正面以外』から当てるとか、極まってるねぇ。そして、やっぱり出てきたか『三銃士』――巫女と三銃士が相対とか、歴史再現に抵触しない?」

 

「Jud. 何を今更。残念ながら自動人形も魂有りで人間認定されているようで、巫女としての浅間様では砲撃できないご様子。砲弾のみを相殺されることでイチャモン回避される模様です。――以上」

 

「相殺、ね。若干競り勝ってたように見えたけど。まあ、なんかストレス、とまでは行かないけど。彼女も溜めてたもんなぁ。ミトツダイラも似た感じだけど……っていうか、向井さんがヤバイね。もう奴さんの行動全部筒抜けじゃない」

 

「Jud.アルマダ海戦の時のように全方位ではなく、今回のような方向が定まっている状態なので遠くまで聞こえる――と、鈴様ご本人が進言し、立候補なさってくれました。――以上」

 

 

 

 武蔵各艦長を始めとする自動人形と、参戦している一般生徒の面々がやたらと張り切っているのはそのためか、と酒井は納得を得る。

 

 武蔵は大丈夫だ――大丈夫だが、砲撃は止まない。それに対処するため、これ以上の人員は出せない。つまり……。

 

 

 

 

「やっぱり、決め手は下か。……無茶、すんなよ?」

 

 

 

 酒井の小さく呟いた後――六護式仏蘭西全軍が、動き出した。

 

 

 

***

 

 

 

 上空の対決が爆音を上げて相殺と相成った、その眼下。

 

 

「ズ、ズドっ、うう……ううう! よ、よーし、ここ、克服! 克服しましたよ自分!」

 

「……アデーレ、お前声ガチ震えしてるぞ? 大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫です! はい、大丈夫ってことにしておいてください!」

 

 

 

 それって結構ダメな感じじゃね? と思う止水を中央に据える武蔵迎撃部隊は……最前線の位置を、未だ変えていなかった。

 

 

 この戦闘は勝敗が目的ではない。時間まで凌げばいい防衛戦だ。

 故に撤退を考慮し、足の速度と武蔵までの距離を正確に計算して、上げ過ぎず……しかし下がり過ぎずの絶妙な加減で進む必要があった。

 

 そして、その指示を行う役に抜擢されたのは、アデーレである。

 ――『止水(脳筋)二代(脳筋)にそんな難しいことを任せられるはずがない』と、本人たちすらも含めた満場一致の決定だった。

 

 

「今更なんですけど。こういうの、立場的に副長とか止水さんがやるべきじゃあありませんかね……?」

 

「ははは……アデーレが俺も候補に入れてくれんのは、まあ嬉しいんだけどさ。逆に聞くけど……俺に指揮、できると思うか?」

 

「ですよねぇ……」

 

【本当にすみません……いくら『血は争えない』とは言っても、これに関しては少しくらい争ってくれてもいいと思うんですけど……なかなか】

 

「うむ。確かに立場上、副長である拙者が指揮を執るのが筋でござろうが……実は拙者、先のアルマダでは()()活躍できなかった故、ここで汚名返上・名誉挽回的な意味で色々と目立っておこうと思っているでござる。故に撤退自体、やりたくない心境でござってな。それでもいいでござるか?」

 

 

 ――「ちょ、誾さん! 落ち着いてください! 『四つ角十字』はダメです!」

 

 

 

 

 本人たちを除いた満場一致でお願いされた。止水に至っては『鋸』が深々と頭を下げてまでいるから大変居心地が悪そうだ。――自分の不出来に母か姉が謝罪しているようなものだろうか、とアデーレは的確な例えを内心に上げる。

 

 ……後ろの方が何やら騒がしいが、気にしない。今気にするべきは、前だ。

 

 

 十五の武神を早々に討たれるという大打撃を受けたはずの六護式仏蘭西は、しかし大きな動揺もなく、その全軍が動き出している。……ただ全体で突撃をしてくるような大雑把なものではない。全速に近い速度で武蔵へと進みつつ、その陣形を変えているのだ。

 

 

 

 アデーレは機動殻に搭載されている望遠視覚などの機器によって、そんな戦場の状況が誰よりもよく見えていた。

 

 

(流石に大国の正規兵ですねぇ。武神も含めて重・軽の歩兵に砲台まで入り乱れてるのに、陣動に全然乱れがありませんよ)

 

 

 人数で負け、さらには練度でも負け……いくら止水の身体能力の強化によって個々の力が上回っているとはいえ、だからこそ、負けない為にも上手く立ち回らなければならない。

 

 えっと、と――アデーレは時計を見る。……まだ二分少々しか経過していない事実に少し落胆する。

 

 

 ネシンバラから『最低限稼いでほしい』と言われた時間は、三時十二〜三分まで。

 それをタイムリミットとして、その時には総員が多摩とIZUMOを繋ぐ架橋を通過していなければならない。残りの僅かな時間は武蔵艦上からどうとにでもできるのだろう。

 

 逆に、その時点で戻れなければ、取り残される。

 ……撤退のタイミングは、絶対に間違えられない。

 

 

(その難しいタイミングの決定を……これから起こる大乱戦のなかでやれって、かなりキツいこと言ってくれますよねー)

 

 

 誰よりも見えるから、わかる。

 

 六護式仏蘭西の新しく形作られていく陣形が、ほぼ全軍を用いた突撃の形であること……そして、武蔵から見て右側に大きく動いた、残存の武神隊。あれは、こちらの戦力を確実に割く魂胆を持っているだろうこと。

 

 

 ……一つでも選択肢を間違えたら、大惨事だ。

 

 だというのにアルマダの時に感じた、全身にのしかかってくるような重圧はあまり感じない。

 

 

 

 慣れたのかもしれないですが、と――奔獣の視界を動かし、その姿をこっそりと。だがマジマジと見つめる。

 

 

 

(……『武蔵の大黒柱』。前に第六特務(直政さん)が言ってた言葉の意味、ちょっと自分、わかった気がします)

 

 

 担ぐように肩に置いた一振りの大太刀の銀色が、沈む軌道の陽光を反射させる。

 その横顔は普段とあまり大差ない。敢えて違うところを上げるとするなら――戦時とあって、いつもより若干鋭くなっている両眼くらいだろう。だが、本当に些細な差だ。その顔から下の変化に比べれば、誤差で済む範疇だろう。

 

 

 だが……その止水の身体が普段より大きく見えるのは、おそらく誤差でも、目の錯覚などでもないだろう。事実、止水の全身の筋肉が膨らんで、一回りは確実に大きくなっていた。

 

 

 ――己が盾であり、壁である。

 そして何よりも、武蔵を守る砦であらんとするその意思の下。より力を……なにより僅かでも、大きな障害になろうとしているのだ。

 

 

 ――本人はおそらく意識すらしてないだろうその様が、この四百人からなる緋纏し部隊の、正しく『大黒柱』であった。

 

 

 

「すぅ……はぁ」

 

 

 深呼吸。上擦りそうになる声を抑えて、アデーレはまず二代を見た、

 

 

「――副長。失礼ですが、武神数機と相対出来たりしますか? 最悪、時間稼ぎでも良いんですが……」

 

「Jud. 空を飛ばれなければ、どうとでもなるでござる。その上見たところ武器は近接のものが主体……先ほどの速度が上限ならば、拙者一人で残りの武神隊を問題なく抑えられるでござるよ。

 ――時間稼ぎなどと言わず『べつにアレらを倒してしまっても良いのでござろう?』」

 

 

 そう言って、前へ。そして、六護式仏蘭西本隊から別れていく武神隊の方へと進んでいく二代が、振り向きざまに力強い笑みを浮かべ――「では」と加速術式『翔翼』で駆けていく。

 

 武蔵の最速を競うだけあって流石に速い。一歩毎に加速を続け、数秒とかけずに武神の一騎に躍りかかっていた。

 

 

 

「……あの、書記? 身に覚えありますか? こう、『一人で鏡の前で練習していたのを見られたー』とか」

 

 

未熟者『アデーレ君が僕のことをどう思ってるのかわかる発言だね! 一応言っておくけど僕じゃないからね! 大多数がすっごい生ぬるい視線を僕に送ってくるけど! 元ネタ知ってるけど! 僕 じ ゃ な い か ら ね !? あと槍本多君、その台詞って結構な死亡フラグだから!』

 

眼 鏡『――問おう。あなたが私のダーリンか? ……問うまでもなかったね、ごめんごめん。ね、ダーリン』

 

賢姉様『ふふふ黒歴史過多眼鏡が今更なにを取り繕うのよ。そして英国からの混神がもう日常になってきてるわね!? にしても、 槍使いが弓使いの台詞言うのねぇ……ちょっと浅間、なんかコメントある?』

 

あさま『ちょ、いまフラないでください! 砲弾狙うの結構難しいんですよ!? 集中力とか精神統一とか……だいたい何ふざけてるんですか! いまは抗争中なんですよ!? 第一私は弓使いじゃあなくて巫女――』

 

煙草女『二発目くるさね!』

銀 狼『智!』

 

 

あさま(黒マル)会いましたぁ!!(偽・螺○剣!!)――って、ナルゼなにを!?』

 

 

 

 

 

 ――再び極光が一条、空を翔ける。その直後にまた爆音が響いて、相殺を証した。実況通神の内容は全力でスルー推奨。

 

 止水たちには知る由もないが、その二度の相殺が六護式仏蘭西の三銃士の一人、この砲撃の砲手であるイザックの闘争心に火を灯したらしく、砲撃が少しずつ激化して行くことになるのだが、まだ先の話。

 

 

「……戦争で皆さんテンションがアーパーになってますねぇこれ。な、何はともあれ、武神の脅威と、武蔵の砲撃対策は大丈夫とわかったので……

 

 

 

 

 

 ――止水さん。自分達も、そろそろ行動を開始しましょうか」

 

 

 

 

 

 

 ……さて。

 

 

 開戦しているのに、何を長々と――と。

 

 敵が迫っているというのに、何を呑気に――と。

 

 

 大層、訝しまれたことだろう。きっと、危ぶまれたことだろう。

 

 だがそれも理由あってのこと。ゆえに、どうかご容赦願いたい。

 

 

 これまでの余興は全てが前座。そしてその前座は――いま、終わった。

 

 

 

 

 

「ああ、そうだな。おーい、皆、調子は掴め――……って、聞くまでもないか」

 

 

 問いかけようとした止水は途中で言葉を止め、笑みを浮かべる。左右に広く、一列に広がる四百名からなる、赤備えならぬ緋衣備え。

 

 あと数十秒もせずに自分達と激突するだろう自分達の数倍からなる軍勢を前に、一分の気後れすらしていないその様は、わずかに笑みすら浮かべているその顔は……最早、歴戦の英傑であった。

 

 

 

 ……大きな力を得た。だが、得た力が大き過ぎた。だから、それに慣れる為の、時間が必要だった。

 

 ……いちいち感覚の共有で止水からの可否を待つなど、格好悪いことこの上ない。格好悪いのは、ごめんだ。

 

 

 その中にいる部隊長の一人が、口を開く。

 

 

「――なあ、力貸して貰った上で、さらに厚かましいんだけどよ。もう一個、くれねぇか?」

 

 

 

 一呼吸。そして、笑う。

 

 

 

「……『号令』、くれよ。

 

 武蔵の守り刀であるお前の言葉で、言ってくれ。俺らに、『武蔵を守れ』ってよ」

 

 

 敵軍は、最早目の前だ。

 

 陣形はとうに完成し、鋭く穿つその形は魚鱗の陣。先頭の一騎は重装甲に巨盾と突撃鎗を構えた止水以上の体躯を誇る異族の男で、続く兵群も一切乱れのない突撃で練度の高さが伺える。

 

 

 向かってくる地響きの中にあって、小さな『Judment.』の応じは、しかし四百名全員に聞こえた。

 

 各々の武器を構えて待つ。否応なく天井知らずに高まっていく士気は、その爆発を渇望していた。

 

 

 ――そして。

 

 

 

 

「――()()

 

 

 

 王刀を通じ、その意思が。

 

 言葉が苦手な男の言葉に変わり、全員の魂へと叩きつけられた。

 

 

 

 それは、守れ、でも。

 一緒に戦ってくれ、でもない。

 

 その意思には――ただただ、『死なないでくれ』と『無理はしないでくれ』と。それだけを頼み願う意思しかなくて。

 

 

 

 四百と数千が激突したのは、その直後だった。

 

 

 

***

 

 

 

 刹那の瞬間。そして、一秒が過ぎ、二秒三秒と長く感じる時間は、けれどしっかりと進む。

 

 

「……これは、一体なんの冗談だ?」

 

「現物を目の前にして冗談もなにもないだろう。現実を受け容れろ、アルマン。人間と生活するのを止めろとは言わんが、判断の錯覚を得るようならば考えろ」

 

 

 そう呟いたのは、赤の衣装――六護式仏蘭西式の制服に身を包んだ男女だ。大柄と小柄な体型は、しかし人間のものではない。

 

 二人は自動人形だった。しかし、ただの自動人形ではない。六護式仏蘭西が誇る主力の一つ……『三銃士』。その二席を預かる自動人形である。女型は三銃士筆頭のアンリを、珍しい男型はアルマンをそれぞれ襲名する襲名者でもあった。

 先ほどから武蔵に戦艦主砲級の砲撃を行い、ズドンと相殺されている武神型の自動人形であるイザックを合わせた三人が、今回の武蔵攻めの主軸である。

 

 

「錯覚をしたくもなる。見ろアンリ。我が本体の全力の突撃(ファランクス)を受けて……連中、戦線を微動だにしないぞ」

 

 

 アルマンの言葉に、アンリは両眉をわずかに険しく寄せる。

 

 

 遠目に、自軍の兵が殺到するその向こう。

 

 四百名。固まらず、横に薄く広がるという暴挙をとった武蔵の兵に、しかしアンリは一切の油断も驕りも無かった。

 

 

 

 だが――足りなかった。警戒が、脅威の認識が、多分にも。

 

 

 

 赤が飛ぶ。怒号が裂帛し合い、剣撃が幾度となく乱れ、しかし、やはり赤だけが飛ぶ。

 

 

 ――赤が減っていくのに、緋色が減ることは一度も無かった。赤は少しずつ確実に減っていくのに、一歩もその緋色が作る線を越えられないのだ。アルマンの言うように己の眼か思考回路を疑ってもしょうがないだろう。

 

 

 

「……これは、姫様の判断が外れっ、おい流石に武器は止めろ!」

 

「黙れアルマン。これは我らの失態だ。姫様の言葉は『最大の警戒をしな、あの男がこの戦場の一番花さ』と言っていたのだ。姫様の最大を我らが過少判断したが故の今だ。

 ……男に花と例えるのは些かあれだが」

 

 

 重力制御で振られた大刀を屈んで回避。――腹を当てるつもりだったらしい。風が鈍く、大きく唸って頭上を通った。その速度を想像して顔を顰め、主君の侮辱と取れる発言をした己も悪かろうが、流石に過剰だと内心で愚痴る。

 そしてアルマンは続くアンリの言葉を聞いてさらに顰める。自動人形の女は時折『相手はダメ、自分は良い』の鬼ルールを信条にしているのがいるので質が悪い。ツッコミが過多過剰なのも以下同文。

 

 

 

「守り刀という一族の男。それがあの部隊の強さの源であることは確かだ……そこを叩けば、あの部隊の戦力は一気に落ちる」

 

「Tes. だが、純粋な戦力もそうだが、あの部隊の連携も無視できんぞ。部隊長級か、異族兵の強い攻撃に対しては守り刀がそこまで高速移動して対応している。あの男が防衛する領域は広いはずなのに、移動後の戦線に穴が開かない。見事なものだ――叩けるか?」

 

「『叩けるか否か』ではない。『叩かなければならん』のだ。そして貴様、自分で答えを言っているぞ」

 

 

 アンリが駆け、アルマンが続く。さらに三銃士直属の精鋭自動人形部隊約四百名が続き、混戦極まる両軍の激戦の中を一本の槍のように突き進んでいく。先行して戦っている部隊がアンリを見て目を見開き、その意図を察して道を開けた。

 

 ――身を低く、そして、腰を落として駆ければ気付かれなかっただろう。だが、先頭のアンリはそうはしなかったし、続くアルマンもそれを咎めることもなかった。

 

 

 

 その戦場で、目立つ。この上なく。『強い力がいまからそこへ行くぞ』と、知らせるために。

 

 

 

「――姫様がお褒めになってくださった。『アンリ()が正面から殴り込む(行く)と戦場に活気が満ちる』と。故に……!」

 

 

 視界が開ける。殺到していた軍が一気に左右へ別れることで、半径にして数メートルほどの狭い空間がポッカリと空いたのだ。その空間にアンリを穂先とした槍が突入する。

 

 

「縫い止めさせてもらうぞ……!」

 

 

 躍りかかる細身の体躯が六本の大刀を回し、移動を終え、迎え撃つ用意を整えている守り刀の止水へ向けて、上から叩きつけた。

 

 止水は片腕の大太刀を水平に倒して受け止め――られず、とっさに左で大太刀の峰を支え、さらに腰と膝を落として、止めた。

 

 

「重いなおい……!」

 

「止めるのかおい……!」

 

 

 

 止水とアルマンの、それぞれの驚嘆が言葉に乗った。どちらの驚嘆が上かは、苦い顔でそこから微動にしない六刀を、なんとか押し込もうとしているアンリを見れば自ずと分かるだろう。

 

 

(一本辺り、中型輸送艦程度の重量を合わせたんだが……)

 

 

 アルマンは自動人形として、重力制御の能力に特化して作られている。アンリの六刀が叩きつけるその一瞬に重力制御を用い、威力を超強化したのだ。

 受けた止水の足が拳三つ分は沈む。かなりの広範囲に割れや罅などが走り、いまの攻撃の威力を物語っていた。

 

 

 ――そしておそらく、アンリにもアルマンにもこれ以上ない、打てないだろう攻撃が、止められた。

 

 

「本隊は左右を貫け! この男は、我()が止める!」

 

「「「Tes.!!」」」

 

 

 故に、二人は早々に『局所的な勝利』を捨てる。――アンリの苦い顔は、これが原因だ。

 

 後ろに続いていた四百名の自動人形部隊が左右に加勢していき、最低限の目的は果たせたことを確認する。止水を左右の援護に行かせない……このためだけに、アンリとアルマンの二人がかりで止水に斬りかかったのだ。止水に勝てずとも、この部隊を突破する……『大局的な勝利』のために。

 

 ……最大の初撃で止水を突破し、そのまま防衛線を槍のまま突き抜け一気に武蔵へ……というアンリの理想が、理想のまま終わったわけだ。

 

 

 止水を中心にした左右に軍が殺到する。アンリは強者である止水に全神経を集中させ、アルマンはそのアンリの勝率をわずかにでも上げようと集中し――。

 

 

 

「甘いぜ? それだと。――『王刀一計』……」

 

【――三歩破軍(さんぽはぐん)

 

 

 

 ……ゾワリと走った背筋の悪寒に、その集中を邪魔された。

 

 

 

 一歩。

 

 アンリに打ち据えられた止水は馬鹿げた腕力でこれを押し返し、その間合いをさらに詰める。

 ――そして、左右。止水のその一歩と完全に同じタイミングの、四百もの力強い踏み込みがIZUMOを揺らした。

 

 

 二歩。

 

 大太刀と体捌きで巧みにアンリの操る六刀を払う。そして詰めた間合いの中でさらに懐に入り、位置を定めた。

 ――左右に散った精鋭たちが、崩されている。一瞬の隙。それが、六護式仏蘭西最前線の全員に同時に起きた。

 

 

 

 そして、三歩。

 

 緋の焔が猛る。浮遊するIZUMOが僅かに沈むほどの踏み込みが打ち込まれ……その力を満遍なく乗せた大太刀の一撃と四百の多様な攻撃がアンリたちに放たれた。

 

 アンリは自動人形の高速思考をもって咄嗟に六刀を重ねて盾にし……さらに後ろにいたアルマンの重力制御で後方へと飛ばされた事で大きく威力を減ずる事に成功して難を逃れるが――逃れることができたのは、三銃士の二人だけだ。

 

 

 六護式仏蘭西の最前線。その全てが、一気に崩れる。

 

 

 

 余談だが、三歩にて軍を破る『三歩破軍』。

 ――かつて、威力が無いと悩む青年が刀に助力を求め、形を『刀』から『拳』へと変えて伝えられた、その原型だ。武蔵の艦上で通神越しに戦場を見ていた労働者が、いつもの無表情を僅かに綻ばせていたのも、また余談である。

 

 

 

 

 崩れた最前線と、勢いに乗った最前線。

 

 

『……総員っ、乱戦に突入してください!』

 

 

 

 ――戦局が、大きく傾こうとしていた。

 

 

 




読了ありがとうございました!

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