月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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七月末まで投稿できなくなるので、切りの良い所まで書いたら8000字以上になりました。とりあえず今回はセイバー達のターン。


第8話「飛鳥の挫折」

 ―――“アンダーウッド”・主賓室

 

 カチコチ、と時計の鳴る音だけが響く。“アンダーウッド”が誇る大樹の中に造られた主賓室にキャスターはいた。大樹の頂上近くにある主賓室からは、“アンダーウッド”の風光明媚な景色を一望できたが、キャスターはそんな物を眺める気分ではなかった。暗い表情のまま、備え付けの柱時計を見る。時刻は午後八時を指した所だった。

 

「・・・・・・・・・」

 

 気が気でない様子で、ため息を一つつく。“ノーネーム”のメンバー達が、会議に出てから随分と時間が経つ。会議で浮遊城に囚われた人々に、一刻も早く救援隊を送る様に交渉すると言っていたが、話が纏まらないのだろうか?

 

「ご主人様・・・・・・・・・どうかご無事でいて下さい」

 

 ギュッと両手を組み合わせる。かつて神であった自分が祈るというのも変な話だが、それでも祈らずにいられなかった。

 ガヤガヤと部屋のドアの外から話し声が聞こえてきた。ハッとキャスターが目を向けると、ちょうどセイバー達が部屋に入って来た。

 

「セイバーさん! 救援隊の話はどうなりました!?」

 

 挨拶もなくキャスターはもっとも気になっている事を真っ先に聞いた。セイバー達は、一様に疲れた顔をしていた。

 

「セイバー・・・・・・さん? まさか、断られたとか・・・・・・!」

「いや、救援は出せる。明日の朝には救援隊が組まれる事になった」

 

 キャスター達にとって望み通りな報告とは裏腹に、セイバーの顔色は優れない。よくよく見ると、十六夜ですら頭痛を耐える様にコメカミを抑えていた。

 

「え~っと・・・・・・・・・皆さん、いったい何でそんな疲れた顔をしているんですか?」

 

 ※

 

「―――つまり、大事なギフトをそのドラ娘が料理に使っていて、議長はショックのあまり気絶。誰も料理を食べてくれないから半ベソになったドラ娘を哀れに思ったカボチャ頭さんやジン坊ちゃんが一口食べて、これまた気絶。三人の意識が戻るまで、会議が中断されていた、と・・・・・・・・・」

 

 セイバー達の話を纏め上げ、キャスターはうん、と頷く。

 

「コントですか?」

「残念ながら事実よ・・・・・・・・・恐ろしい事に」

 

 グッタリと飛鳥が答える。端から見れば三流の喜劇になるだろうが、巻き込まれた当人達からすれば何とも頭の悪い・・・・・・・・・もとい、頭の痛い遣り取りだった。

 

「というか、口にした途端に錐揉みしながらふっ飛ぶって、どんな料理よ? しかも亡霊のジャックまで昇天しかけるとか何? 死霊にも効く生物兵器なの?」

「今まで奇人変人は色々と見てきたが、あの自称アイドルは別格だ。端から見てる分には面白いんだろうけどなあ・・・・・・」

「良いことを思い付いたぞ。あやつの料理を巨龍に食わせれば良い。労せずして我等の勝ちとなろう」

「悪くないプランだ。同じ龍だから味覚が合うかもな。そのまま仲直りパーティーでもすれば良いんじゃねえの?」

「ついでに岸波君が時々食べている麻婆豆腐も付けましょう。同じ赤い料理だから喜んで食べるわよ」

 

 セイバーの提案に十六夜と飛鳥はぞんざいに答える。この二人が、こうも投げ遣りになるのも珍しい。それだけ疲れる相手だったのか、とキャスターは同情する。

 

「まあ、とにかくだ。謎解きの方は九割方は解けた。後は浮遊城に行って確かめたいが、現実問題として俺達にはそこまで行く足が無い。何か案は無いか?」

 

 微妙な空気を入れ換える様に、十六夜が切り出す。すると、飛鳥がすぐに手を上げた。

 

「“サウザンドアイズ”のグリフォン・・・・・・・・・グリーに頼むのはどうかしら? 彼は春日部さんの友人なのでしょう? それなら私達の頼みも聞いてくれると思うけど」

「ああ、あのグリフォンか。そいつが力を貸してくれるなら問題解決だな。次に浮遊城に行くメンバーだが、」

「私は行くわ」

 

 続きを遮るように飛鳥が言葉を挟む。十六夜が驚いて顔を上げるが、飛鳥は十六夜の目をまっすぐ見て話を続ける。

 

「十六夜君、貴方が私が危険から遠ざかる様に采配しているのは分かっているつもり。でも今回は春日部さんや岸波君、それにレティシアまで空のお城に囚われている。多少危険を犯してでも敵地に乗り込まなくては、助けられるものも取りこぼすかもしれないでしょう?」

 

 だから連れて行って欲しい。プライドの高い飛鳥らしからぬ下手な物言いは、飛鳥の真剣な思いの表れだろう。十六夜はたっぷり十秒くらい飛鳥と向き合う。

 

「・・・・・・・・・お嬢様はどうしても救出組に加わりたいんだな? どんな危険があっても?」

「ええ、覚悟の上よ」

「そうか。答えはNoだ」

 

 即答する十六夜に、飛鳥は体を強張らせた。

 

「・・・・・・・・・理由を聞かせて貰えるかしら?」

「お嬢様の意気込みは買う。でも俺は連れて行きたくない。魔王―――あるいは、それに匹敵する脅威が浮遊城に十中八九待ち受けている。それも二種類以上はな」

 

 十六夜は指を二本立てて飛鳥に見せた。

 

「まず最初に、いま“アンダーウッド”を襲撃している連中。こいつらは他の階層支配者にも魔王を派遣しているみたいだから、魔王連合とでも呼ぶか―――そいつらの目的は簡単だ。かつて魔王だったレティシアを使い、巨龍を召喚して“アンダーウッド”を滅ぼそうとしている。ここまでは良いな?」

 

 何を言いたいのか分からないが、話の内容自体は理解できるので飛鳥は首肯した。それを見た十六夜は、指を一本折り曲げる。

 

「そしてもう一つ。こっちはその魔王連合の手駒だった巨人族をぶっ殺した奴だが・・・・・・・・・こっちの方は意図が読めない」

「? 巨人族達を倒したのでしょう? それなら味方なんじゃ―――」

「だとすると。何故俺達の前に姿を表さないのか。今の“アンダーウッド”は連日の巨人族襲撃や巨龍によって負傷者はかなり多い。正直、猫の手も借りたい現状だ。ここで名乗り出れば、“アンダーウッド”は手厚く迎えてくれるのに、そいつは姿を見せる気配はない。何故か?」

 

 指を立ててまま、真剣な顔になる十六夜に飛鳥は知らず知らず唾を飲み込んだ。

 

「考えられる可能性は二つ。もうとっくの昔に立ち去って、この場にはいない。もう一つは―――あの浮遊城で俺達を待ち構えているか」

「何ですって?」

「とっくの昔にいないなら、それでいい。いなくなった相手は考えなくて良いからな。だが、巨人族達を殺したタイミングが良すぎる。まるで魔王連合に横槍を入れたかったみたいにな。そこまでやっておきながら、ゲームに参加する気は無いという事はゲームを止める気は無いという事だ」

「まさか・・・・・・・・・魔王連合と巨人族を殺した人は、手を組んでいると言うの?」

「手駒を潰された魔王連合がニコニコ笑って握手するとは思えんが・・・・・・・・・少なくともそいつらも明確に味方とは呼べない、という事は言えるだろ」

 

 ここからが本題だが、と十六夜は前置きを入れて飛鳥と向き合う。

 

「巨人族を従えていた魔王連合。そしてその巨人族を短時間で死体の山に変えた奴・・・・・・・・・バカと何とやらはじゃないが、戦場を見渡すのにうってつけな場所だから少なくともどちらかは浮遊城にいる可能性が高い。そして―――お嬢様は、そのどちらかに会っただけでゲームオーバーだ」

「そ、そんな事ないわ。私にだって、“ディーン”という強い味方が、」

「あんなデカブツ、並み以下か相性が良い相手にしか通用しねえよ」

 

 予想外に酷い切り返しに、飛鳥は言葉を詰まらせた。十六夜は礼儀正しいとは言えないが、まさかここまで手酷く言われるとは思わなかった。十六夜は面倒そうに頭を掻きながら立ち上がる。

 

「お嬢様の気持ちは分かる。身内にここまで好き勝手されて黙っているなんて、出来ないからな。でも、お嬢様がいるといざという時に動けなくなる。それこそ、助けられるものも取りこぼすかもしれない」

 

 言外に足手纏いだ、と言われて飛鳥は奥歯を噛み締める。自分のギフトが探索向きでない事は重々承知している。しかしそれでも、友人達を助けに行きたいという気持ちが胸にある。

 

「納得出来ない、という顔だな?」

「・・・・・・・・・当然じゃない」

「だったら、簡単だ。皇帝様」

 

 今まで話の成り行きを見守っていたセイバーに、十六夜は声をかけた。

 

「何だ?」

「お嬢様と軽く模擬戦をしてくれ。・・・・・・・・・何が言いたいか、分かるよな?」

 

 含み笑いをする十六夜に、飛鳥が顔を上げた。

 

「それは・・・・・・・・・セイバーと戦って勝てば、私を連れて行くという事かしら?」

「ああ。皇帝様は実力も咄嗟の判断も、俺の背中を任せられるレベルだ。そんな皇帝様に一回でも勝てたら、俺の考えが間違っていた。素直に土下座するわ」

「待て、余の承諾も無しに話を進めるでない」

「セイバー」

 

 渋い顔で待ったをかけるセイバーに、飛鳥は真剣な顔付きで言った。

 

「お願い。私と戦って。セイバー達も岸波君が凄く心配なのは分かる。でも、私だって岸波君や春日部さん、レティシアの事が心配なの。足手纏いだから大人しくしてろ、なんて言われて納得出来ない」

 

 飛鳥は立ち上がり、セイバーの手をギュッと握り締める。セイバーの翡翠色の瞳に、飛鳥の顔が写り込む。

 

「お願い。セイバー」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 あまりの真剣さに、セイバーは難しい顔のまま黙り込み・・・・・・・・・やがて、観念した様に溜め息をついた。

 

「仕方あるまい・・・・・・・・・それでアスカの気が済むなら、剣を振るうのも吝かではない」

「セイバー・・・・・・・・・ありがとう」

 

 セイバーに微笑み、飛鳥はビシッと十六夜を指差した。

 

「見ていなさい、十六夜君。貴方が間違っていた、と証明して上げる」

「ああ、期待しているよ」

 

 フフンと不敵な笑いを崩さない十六夜に、飛鳥は気合いを入れて握り拳を作る。

 ―――今まで話に加わらなかったキャスターは、十六夜にコッソリと念話を送った。

 

『貴方も随分と意地が悪いですねえ?』

『まあ、言って納得出来ないなら体で思い知るしかないだろ』

『それが底意地悪いって、言ってんですよ』

 

 ハア、とキャスターは念話の中で溜め息をつく。

 

『一回でも勝てれば、ね・・・・・・・・・セイバーさんに膝をつかせる事すら叶わないでしょうに』

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”サラの執務室

 

「この度は我らの同士が、あー・・・・・・・・・大変申し訳ない事をした」

 

 サラは疲れきった顔でジンとジャックに頭を下げた。

 

「い、いや。別にエリザベートさんも悪気があったわけじゃないですし・・・・・・・・・」

「ヤホホホ・・・・・・・・・悪気が無いから余計にたちが悪いと言えますがね」

「本当に申し訳ない・・・・・・・・・」

 

 これまたゲッソリとした顔のジンと何故か紫色に変色したカボチャ頭のジャックに改めてサラは頭を下げる。三人ともエリザ・ショック(死眼シチュー)の一番の被害者だった。三人してキャロロが持ってきた胃薬を飲み込む。サラに至っては、眉間に皺を寄せながらバリボリと胃薬を噛み砕いていた。

 

「あ、あのサラ様? せめて水と一緒に飲んだ方が・・・・・・・・・」

「知るか。あのドラ娘が来てから騒音苦情が百二件、バーサーカーと喧嘩して壊した建物に対する被害届が二十件、その他奴の思い付きで被った被害の苦情が多数だぞ? その果てに巨人族のギフトをシチューの材料にするとか・・・・・・・・・ふ、ふふふ。一周回って笑えてきた」

「サラ様・・・・・・・・・」

 

 もはや色々とヤサグれて乾いた笑いを浮かべるサラに、黒ウサギはホロリと涙する。問題児に手を焼いているのは黒ウサギだけではなかったのだ。因みにサラは意識が戻って一番に、「頼むから今後は料理を作らないでくれ・・・・・・・・・!」と泣き出す一歩手前の顔でエリザベートに命令した事は関係ないので割愛する。

 

「ま、まあ、この際プラスに考えましょう! 巨人族はいなくなり、危険な死眼が盗まれる事なく手元に残りましたから!」

「ああ。それが不幸中の幸いか・・・・・・・・・」

 

 元気づけようとするジンにサラは深々と溜め息をつく。そして胃薬を飲み込み、改めて真剣な顔になった。

 

「さて・・・・・・・・・お二方には、巨人族の退治を条件に死眼の譲渡を約束したわけだが、巨人族は既に滅びているという。だからこの契約は無かった事に・・・・・・・・・と言いたいが、それではこれまで協力してくれた両コミュニティに不義理というもの。よって、この場で死眼を譲渡したいと思う」

「よろしいのですか? サラ様の手元にあった方が、今後何かの役に立つんじゃ―――」

「いや、いい。以前に言った様に、死眼を十全に扱えるコミュニティに譲渡した方が下層の秩序に役立つ。何よりエリザベートのお陰で紛失を免れたとはいえ、盗まれかけたのは事実だ。もはや私が持っていれば安全、とも言えなくなった」

 

 そこで、とサラはジンを見る。

 

「―――これまでの巨人族の討伐、そして“黄金の竪琴”を奪取した功績を称え、死眼は“ノーネーム”に譲りたいと思う」

「ぼ、僕達にですか!?」

「ふむ・・・・・・・・・まあ、妥当でしょうな」

 

 驚くジンに対して、ジャックは特に不満を漏らさずに頷いた。

 

「すまない、“ウィル・オ・ウィスプ”。あなた方への謝礼は、別の形で取らせて頂く」

「ヤホホホ、まあ仕方ありませんな。この数日で誰が一番活躍したか、と見るならこの結果は妥当です・・・・・・・・・あんな不味いシチューに浸かっていたギフトとかウィラに渡すわけにいきませんし」

「ん? 何か言ったか?」

「いえいえ、なんにも」

 

 ジャックが笑顔で誤魔化した、その時だった。

 ドオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!

 大きな揺れが大樹全体に響く。ぐらりと転びそうになりながら、ジンは顔を青ざめさせた。

 

「何が・・・・・・・・・まさか敵襲!?」

「いえ、これは大樹の地下空洞からみたいですよ?」

「地下からだと?」

 

 ジャックの言葉にサラが怪訝な顔になる。そうしている内に、再び大樹全体が揺れた。

 

「と、とにかく確認に行きましょう! 原因が何であれ、看過するわけにいきませんっ」

 

 黒ウサギのもっともな言葉に三人は頷いた。

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”・地下大空洞・水門前

 

「DEEEEEEeeeeeeNNNNNN!!」

 

 地響きを上げながら鋼の巨大人形―――ディーンが手足を振り回す。しかし、自分の足下を走り回る赤い影を捕まえられないでいた。

 

「ッ、この・・・・・・! 一気に押しつぶして、ディーン!」

 

 しびれを切らした飛鳥がディーンの肩から指示を飛ばす。ディーンは腕を腰まで引いて正拳突きの様な姿勢になる。

 

「集え! 炎の泉よ!」

「DEEEEEEeeeeeeNNNNNN!!」

 

 神珍鉄の巨腕が伸び、砲弾の様に拳が足下にいるセイバーへと振るわれる。しかしそれを見越したセイバーが何か唱えると、彼女の身体を炎の様なオーラが包んだ。そしてセイバーは避ける素振りすら見せず、拳に向かって駆け出す。標的を失ったディーンの拳が地面に着弾するのと同時に、セイバーは伸ばされた腕の下に入り込む。ディーンの巨腕が目隠しとなり、飛鳥はセイバーの姿を見失ってしまった。

 

「くっ、どこに!?」

「ハアアアアアアッ!!」

 

 セイバーの姿を探そうとした矢先、ディーンの股下をから背後まで駆け抜けたセイバーはスキルで強化した筋力でディーンの脚―――膝の裏を剣の腹で思い切り叩く。

 

「DeN!?」

「キャアッ!?」

 

 巨大な重量を支える脚のバランスが崩れ、ディーンの身体が大きく傾く。同時に肩に乗っていた飛鳥も落ちない様に必死でディーンの身体にしがみついた。

 その隙を剣の英霊(セイバー)の名を冠する彼女が見逃す事ない。

 

「フッ!」

 

 膝、腕、肩。急斜面を登る鹿の様に見事なステップで、セイバーは一気にディーンの身体を駆け上がり、飛鳥へと肉薄する。

 

「っ! 止まれ!」

 

 目の前のセイバーに飛鳥は咄嗟に“威光”を使う。セイバーは一瞬だけ身体を強張らせたが、飛鳥の言霊を物ともせず剣を振るった。飛鳥はギフトカードから、銀の剣を取り出し―――即座にセイバーの剣が弾き飛ばした。

 

「あっ・・・・・・・・・」

「これで、五本だな」

 

 ヒタリ、と飛鳥の首に剣を当て、セイバーは冷徹に五度目の勝利を宣言した。

 

「もう一度やるか?」

「・・・・・・・・・いいえ、もう結構よ」

 

 俯いたまま、飛鳥は自らの敗北を認めた。セイバーが剣を霊体化させると、ディーンが自分の肩に乗った主人達へ手を差し伸べた。

 

「ありがとう、ディーン」

「DeN」

 

 セイバーと共に地面に降ろしてもらい、飛鳥は自らの従者をギフトカードに仕舞った。

 

「さて・・・・・・・・・五度戦い、五度とも余の勝利であるが、何故アスカが負けたか。そなたなら理解できていよう?」

「それは・・・・・・・・・私が、あっという間に接近戦に持ち込まれたから」

 

 唇を噛み締めながら、飛鳥は自らの敗因を告げる。

 そう。セイバーとの模擬戦は、五度とも飛鳥の懐に入り込まれて敗北するという結果に終わった。

 

「で、でもディーンが正面から打ち合えば―――」

「それを行うには、そなたが致命的に隙だらけなのだ」

 

 飛鳥が一縷の望みをかけて言おうとした事をセイバーはバッサリと切り捨てた。

 

「確かに、かの鋼の戦士は脅威ではある。力強く、速く、伸縮自在。さらにアスカのギフトで強化すれば、余とて倒すのに骨が折れる」

 

 しかし、とセイバーは飛鳥を見据える。普段の天真爛漫な少女としてではなく、百戦錬磨の剣士として友人の戦闘を評価した。

 

「だが、体術を極めてもいなく、普通の人間の肉体でしかないそなたは我等の様な超常の存在と相対した時に打つ手がない。それに、ディーンもまだ十全に扱えているとは言えまい。アスカに一切近寄らせない様に動かせれば、そなたの肉体面は問題とならぬが・・・・・・・・・それが出来る程にディーンを使えてはおらぬ」

 

 セイバーの評価に、飛鳥は反論する事なく俯いた。飛鳥とて愚かではない。いま言われた飛鳥の弱点は、五度の戦いで理解できていた。唇を噛み締め、俯いた飛鳥を前にセイバーはこっそりと溜め息をつく。

 

(イザヨイめ・・・・・・・・・飛鳥の弱点を気付かせる為とはいえ、随分とむごいやり方をする。これでは完全に余が悪役ではないか)

 

 飛鳥の思いは理解できるが、それとこれとは別だ。そんな事でセイバーは手を抜く気はない。これが並みの相手ならば、セイバーも飛鳥を連れて行く事に異論はない。しかし、相手の実力が未知数―――それも確実に格上だと断言できる―――である以上、自分の身を守る事すらままならない飛鳥を連れて行くわけにはいかなかった。

 すっかり意気消沈してしまった飛鳥にどう声をかけるべきか、セイバーが言葉に迷ったその時だった。

 

「おおおおおおっと! 手が滑ったあああああっ!!」

「迸れ、水天♪」

 

 突然、鉄砲水の様な水量がセイバー達に打ち出された。

 

「なんとおおおおおっ!?」

 

 突然の事に、セイバーと飛鳥は避ける事が出来ずに仲良くずぶ濡れになった。

 

「い・・・・・・・・・いきなり何をするか、イザヨイ! キャス狐!」

「悪い、皇帝様。水汲みをしていたら手が滑っちまったわ!」

「私も私も! うっかり術が暴発してしまいました♪」

 

 ねー☆ と仲良くイラッとする笑顔で微笑む問題児二人。ズカズカと十六夜はセイバーと飛鳥の手を掴む。

 

「ちょっ、!?」

「いや全くもって俺の不注意で二人がずぶ濡れになったが、このままじゃ風邪引くよな? というわけで、風呂に直行だ!」

「あ、大浴場のお風呂は湧かして貰ったのでご心配なく♪」

 

 さあさあ、とキャスターも笑顔で二人の背中を押していく。突然の事態に理解が追い付かない二人はされるがままに、十六夜達に連れ去って行かれた。

 

 ※

 

「・・・・・・・・・なあ、黒ウサギ」

 

 振動の原因を探りにいの一番で地下大空洞に入ったサラ。そこに待ち受けていたのは、敵ではなく十六夜がぶっかけた水の流れ弾だった。全身からポタポタと水滴を垂らしながら、後ろにいたお陰で無事だった黒ウサギに問う。

 

「な、何でしょう?」

「・・・・・・・・・何だったんだ、アレは?」

 

 微妙な顔つきのまま、何でしょうね? と誤魔化し笑いを浮かべる黒ウサギ。

 今日は厄日だ・・・・・・・・・とサラは溜め息をつき、くしゃみを一つした。




次回は風呂回ですね。お楽しみに!

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