月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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 邪ンヌとジャックが来ました。それだけでネロ祭を満足です。


第12話「“アンダーウッド”防衛戦線 その3」

 十六夜のヘッドホンを見つけたセイバーと耀は、すぐさま飛鳥達の元に戻った。飛鳥はヘッドホンを持っていたのが耀だと知ると驚きはしたが、すぐに耀が盗んだわけではないと気づいた。耀が他人を陥れる様な性格ではない事くらい、飛鳥にも分かっていた。そして耀がヘッドホンに残った臭いを調べると、犯人は耀の三毛猫だとすぐに分かった。

 

「三毛猫・・・・・・・・・」

「だって・・・・・・・・・お嬢が落ち込んでたもんだから、仕返しにって・・・・・・・・・」

 

 そんな事で―――口に出かけた糾弾を耀は寸でのところで飲み込んだ。ここで三毛猫を責めて、十六夜に突き出すのは簡単だ。しかし、事件の一因は自分にあるのではないか? 自分が弱気な姿を見せたから、彼は自分の事を思ってヘッドホンを盗み出したのだ。

 

「飛鳥」

「何?」

「やっぱり犯人が分かっただけじゃ駄目だ。何とかしてヘッドホンを直さないといけない。・・・・・・・・・手伝ってくれる?」

「ええ、喜んで」

 

 嫌な顔を一つもせずに飛鳥は頷き、後ろを振り返る。

 

「セイバー、どう? 直りそう?」

「・・・・・・・・・かなり難しいな」

 

 宿から回収したヘッドホンの残骸を前に、セイバーは眉根を寄せていた。

 

「形は覚えているから作り直せなくないが・・・・・・・・・まず材料が足りぬ」

「材料を揃えれば直せるの?」

「うむ・・・・・・・・・あとは部品の金型を作り、螺旋も規格にあった物が箱庭に無いだろうからワンオフで作っていけば、どうにか」

「・・・・・・・・・それって、どのくらい掛かりそう?」

「材料を特注で揃えて、つきっきりで作業したとして・・・・・・・・・半年くらいだな」

「流石に時間が掛かり過ぎよね・・・・・・・・・」

「仕方なかろう。このヘッドホンの様な工業品が箱庭には少ないのだ。部品はほぼ一から作るしかあるまい」

 

 むぅ、と頬を膨らませながらセイバーは抗議する。これが現代日本なら部品を発注すれば良いのだろうが、この箱庭ではヘッドホンの部品一つを揃えるのも難しいだろう。外装となる樹脂やプラスチックなどが無いだけに、下手をすれば素材の作成から始めないとならない。

 

「ありがとう、セイバー。でも私が撒いた種だから、私がどうにかしないと駄目だ」

「しかし、アテはあるのか? それもイザヨイが納得できる様なものが」

「それは・・・・・・・・・」

「ヘッドホンを直すより、別の物をお詫びに渡した方が良いわね」

 

 言い澱む耀に代わり、溜め息をつきながら飛鳥が答える。

 

「ふむ、代わりの品を渡すのは良い案だな。して、何を渡すのだ?」

「そうねえ・・・・・・・・・いっそ黒ウサギの一日レンタル権とか」

「許可するわけ無いでしょう、このお馬鹿様!!」

 

 スパーン、と飛鳥の頭にハリセンが落ちる。

 

「それだ!」

「余も欲しい!」

「ボケ倒すのもいい加減にしなさい!!」

 

 スパパパーン、とハリセンが目を輝かせた二人に叩く。振り向くとやはりと言うべきか、ウサ耳を逆立てさせた黒ウサギがいた。隣りにションボリとした三毛猫を抱えたジンがいる。どうやら会合が終わって耀達の様子を見に来た様だ。

 

「まったく・・・・・・・・・話は聞かせて貰いましたよ、耀さん! どうして黒ウサギに相談してくれなかったのですか!?」

「えっと・・・・・・・・・巨人族が襲って来て、それどころじゃなかったから」

「その話ではありません! 滞在日数の事でございます! 相談してくだされば、黒ウサギも十六夜さんも………飛鳥さんや白野様だって、耀さんを優先的に参加させました! なのにどうして相談してくれなかったのですか!?」

「で、でも、ゲームで決めるという約束が、」

「ゲームは所詮ゲームでございます! 我々は同じ屋根の下に住み、苦楽を共にする仲間でございます! 悩んでいるのなら、まずは我々に相談して下さい! ましてや………耀さんが戦果を誤魔化す程に悩んでおられたなんて、黒ウサギはまるで気付いておりませんでした………!」

 

 ハッと耀と飛鳥はお互いを見る。

 対して、話が見えないセイバーは首を傾げた。

 

「どういうことだ? ヨウが戦果を誤魔化していた、というのは?」

「………先ほど、ジャックさんから伺いました。〝ウィル・オ・ウィスプ”のギフトゲームは、御二人でクリアされたそうです。御二人は素晴らしい連携プレーを見せてくれて、大変に参考になった、とジャックさんは嬉しそうに語ってくれましたよ」

 

 黒ウサギの切実な声に、飛鳥と耀は何も言えずに俯いた。

 ―――そう。収穫祭の滞在日数を決めるゲームで、耀が報告した戦果は飛鳥と二人で勝ち取った物だった。

 いたたまれなくなった飛鳥は、堪らずに弁明する。

 

「ち、違うのよ二人とも! 春日部さんに話を持ち掛けたのは、私が先で、」

「違う。飛鳥は悩んでいた私を気遣ってくれただけ」

「………いえ、そんな気を遣わせたのは、黒ウサギにも責任がございます。御二人への過度な期待が、小さな壁を作る原因となった様です。本当に………申し訳ありません」

 

 三者三様に頭を下げる。

 

「もう良い。これは互いを思いやる者同士のすれ違いで生じた事だ。誰が悪い、という話ではない」

 

 セイバーは静かに溜息をつき、耀達を見渡す。

 

「アスカもヨウも、黒ウサギも………そしてミケネコも、友を思っての行動が裏目に出たというだけのこと。その思いを誰が責められよう」

「セイバー………その、ゴメン。自分の戦果で競い合う、という約束だったのに………」

「謝るでない。それを言ったら、余達は三人がかりだぞ? そなたを責める道理などあろうか? いや、ない」

 

 頭を下げる耀に、セイバーは笑いながら首を振る。

 

「黒ウサギも言っていたが、我等は友なのだ。この程度の行き違い、笑って許すものであろう?」

「でも、ヘッドホンが………」

「心配するな。余が必ず直してみせよう。仮に直らないとしても、余がこう言えば、イザヨイとて許すに違いない」

 

 エッヘンと胸を張るセイバー。

 

「すまぬ。色々と間が悪かったのだ。明日から何とかなる故、許すがよい」

「………それで許すのは、相当な御人好しだけだと思う」

 

 すまなさを微塵に感じない物言いが可笑しくて、耀は小さく笑った。

 恐らく、この友人は誰が相手でもこうして堂々と言い放つだろう。そして、本当に何とかしてみせる。

 もっとも、そう言われた十六夜は笑顔で無茶ぶりをふっかけるだろうが。

 

「そのヘッドホンの件ですけど………僕から提案があります」

 

 え? と一同は顔を上げる。成り行きを静かに見守っていたジンが、皆の視線を受け止めた。

 

「提案って………ヘッドホンを直せるの?」

「いえ、正確には直すのではなく―――」

 

 ジンが具体的な方法を言おうとした、その時だった。

 突然、緊急を知らせる鐘の音が〝アンダーウッド”中に響き渡る。網目模様の樹の根から、木霊の少女が舞い降りて来た。

 

「大変です! 巨人族がかつてない大軍を率いて………〝アンダーウッド”に進軍しています!!」

 

 ―――直後、地下都市を震わせる地鳴りが一帯に響いた。

 

 ※

 

 突如、襲撃してきた巨人族に主戦力の〝一本角”と〝五爪”は壊滅状態になっていた。今までの襲撃は偵察だったのだろう。今回、進軍している巨人族の数は前回の十倍以上だ。先の襲撃の傷もまだ癒えてないというのに、前回を上回る数の巨人族は〝アンダーウッド”の戦士達の士気を挫くには十分過ぎた。無論、まだ戦意が折れていない戦士はいる。〝一本角”に籍を置くエリザベートとバーサーカーもその一人だった。巨人族であろうと鎧袖一触できる彼女達を中心に、戦線を持ち直す事も可能なはずだった。

 しかし、前回とは状況が違う。戦場には濃い霧が充満し、〝アンダーウッド”の戦士達の視界を容赦なく奪った。視覚が利かぬならば、と耳や嗅覚を研ぎ澄ませた者が最前線へと突撃する。

 

 ポロロン、と琴線を弾く音が戦場に響き渡った。

 

 それだけで、戦っていた〝アンダーウッド”の戦士達は次々と意識を失った。これこそが〝アンダーウッド”の戦士達が苦戦してる最大の理由。巨人族の軍隊から響く琴線を弾く音は、聞いた者の意識を一瞬にして奪い去っていった。幸いな事に、竜の恩恵を受けたエリザベート達には効果が薄い様だが、彼女達の集中力を乱すには十分だった。そして琴線を弾く音が聞こえる度に減っていく同士達。エリザベート達は、今や多勢に無勢の苦境に陥っていたのだった。

 

 ※

 

 霧の中を一匹の白い龍が駆ける。口元からチロチロと、青白い炎を吐きながら龍は―――バーサーカーは戦場を駆けていた。

 

『シャアアアッ!!』

 

 前方の霧の中から、巨人族の戦士が見えた。バーサーカーは一切躊躇する事なく、炎を吹いて焼き尽くした。

 

『嗚呼―――』

 

 倒れた巨人をロクに確認することなく、バーサーカーは霧の中を進んでいく。

 

『安珍様、安珍様、■野様―――! どこですか、どこにいらっしゃるのですか!?』

 

 目の前にまた巨人族が現れる。バーサーカーを待ち構えていたのか、軽鎧を着た巨人族はバーサーカーの頭を抑え込む様に正面から掴みかかった。

 

『邪魔しないで! 安珍様が私を待っているのですから!!』

 

 龍となったバーサーカーの前脚が振るわれる。鋭い鉤爪は、巨人族の胴体を容赦なく斬り飛ばした。

 

『安珍様、■野様、白■様! 待っていて下さい、いま参りますので―――!!」

 

 慟哭は咆哮となって、バーサーカーの口から響いた。

 〝アンダーウッド”を襲撃してきた巨人の大軍を見て、今のままでは勝ち目がないと龍に変身したバーサーカー。しかし、今の彼女には〝アンダーウッド”の事など頭から消え失せていた。生前、恋に狂った末の姿となった彼女の関心は唯一つ。この場にはいない、想い人の幻影を追いかける事だけ。

 ポロロン、と琴線を弾く音がバーサーカーの耳に響く。

 

『っ、またこの音―――!』

 

 唐突な眠気に、バーサーカーの意識が一瞬だけ遠のく。しかし、すぐに頭を振って眠気を振り払った。

 

『この程度で―――こんな音なんかで、私は諦めませんっ!!』

 

 他の同士達の意識を奪う音も、バーサーカーを止める事は出来なかった。全ては自分と想い人を阻む障害。恋に狂った彼女には、目に映る物、耳に聞く物、あらゆる物が自分の恋路を邪魔する障害であると脳で変換される。

 

『あ―――』

 

 ふと、霧の中に一人の巨人の人影が見えた。

 

『見 ツ ケ タ』

 

 バーサーカーの顔が喜悦に染まる。しかし龍に変身した姿では、どう見ても獲物を前に牙を剥き出した顔にしか見えなかった。霧の中の人影は、唐突に走り出す。

 

『待って、逃げないで! 安珍様!!』

 

 体格どころか種族すら違うというのに、生前の想い人を重ねてバーサーカーは人影を追う。

 霧の中の影はグングンと遠ざかっていき、バーサーカーは置いて行かれない様に必死に駆けた。

 

『どうして? どうして逃げるのですか!? 私はただ、貴方が好きなだけなのにっ!!』

 

 泣きながら、吼えながら人影を追うバーサーカー。

 道中に倒れ伏した〝一本角”や〝五爪”の同士がいたが、バーサーカーの目には入らない。

 バーサーカーと随伴していた同士は琴線を弾く音に眠らされたか、あるいは味方すらも眼中になく暴れるバーサーカーの巻き添えを恐れて誰もいなくなっていた。深追いは危険だ、いったん退けと必死にバーサーカーに呼びかけていた鷲獅子もいたが、あれは誰だっただろうか………?

 

(いえ、そんな事より安珍様の方が重要です! 待ってて下さい、白■様っ!!)

 

 狂った恋心のままに、バーサーカーは前方の人影を追い掛ける。

 ―――もしも、彼女に一欠けらの理性があれば。あるいは彼女に随伴する同士がいれば、疑問に思っただろう。

 人影はつかず離れずの距離を常に保ち、先ほどから倒れ伏した同士以外に誰も会わない事に。

 

『ッ!?』

 

 突然、霧の中から幾重もの鎖が伸びる。金色に輝く鎖は意思を持つかの様にバーサーカーの身体に絡みつき、全身を容赦なく締め上げた。

 

『これは・・・・・・・・・力が、抜けて―――!?』

 

 鎖に触れた途端、バーサーカーにとてつもない虚脱感が襲う。炎を吹こうとした口にも鎖を縛り上げられ、為すすべなくバーサーカーは地面へと引き摺り下ろされた。

 バーサーカーは知らない。いま鎖を手繰っている巨人達は、北欧の巨人達の血を継ぐ者の中でも高位の巨人達であり、彼等が先祖から代々と製法を受け継いだ〝魔獣縛りの枷―――グレイプニル”を使っているという事に。

 先祖から受け継ぐ内に劣化していった物とはいえ、かつて太陽を飲み込む氷狼(フェンリル)を縛り上げたギフトは、思い込みで龍となっただけの怪物を封じるには十分過ぎた。

 

(あ、あああ、あああああああッ!!)

 

 地面へと引き摺り下ろされたバーサーカーに、巨人族の斧や鉈が次々と振り下ろされる。しかし、バーサーカーにはそれすらも目に入ってなかった。

 

(離して! 離して! 行ってしまう、安珍様が行ってしまう!!)

 

 陸に打ち上げられた魚の様に身体をくねらせ、拘束を振り解こうとするバーサーカー。いるはずもない幻の想い人を目線の先に見据え、縛られた顎からくもぐった咆哮が響く。

 

(嫌、嫌、嫌! 置いていかないで、安珍様、■野様―――!!)

 

 打ち据えられる度に、鋼の様な硬度を誇った鱗が剥げ、全身から血が滲み出す。それでもバーサーカーは、ただ前だけを見据えた。

 一際、巨大な槌を持った巨人族がバーサーカーの頭を目掛けて振り下ろす。ちょっとしたビル並に大きな槌は、いかにバーサーカーといえど無傷では済まないだろう。

 

(白野様―――)

 

 今まさに頭蓋へと落ちてくる脅威すらも無視して、少女は想い人を―――かつてのマスターを想う。

 

(私を―――清姫を、一人にしないで―――!)

 

 突如、一陣の突風が吹き荒れた。槌を持った巨人は、突風と共に吹き込んだ砂埃が目に入り、思わず目を抑えてしまう。

 

「ディーン!」

 

 戦場に、苛烈さと気品さが同居した声が響く。

 

「ぶん殴れっ!!」

『DEEEEEEEEEeeeeeeeeeNNNNNNNN!!』

 

 雄叫びと共に、高速で伸ばされる神珍鉄。ディーンの鉄拳は巨人の顔面を見事に捉え、巨人は骨が折れる嫌な音を響かせながら仰向けに倒れた。

 

「春日部さん! お願い!」

「分かった! やあああああああっ!!」

 

 耀の両手から、再び突風が生じる。突風は竜巻となり、辺りの濃霧を吹き飛ばした。霧の中から、バーサーカーを縛る鎖を持った巨人達の姿が一時的に露わとなる。

 

「見つけた! 飛鳥!」

「了解! ディーン!」

 

 飛鳥はディーンに命じ、バーサーカーの顎を縛る鎖を持った巨人を抱え上げさせた。

 突然の突風と攻撃に慌てふためく巨人。そんな巨人を、

 

「ぶん投げろっ!!」

『DEEEEEEEEEeeeeeeeeeNNNNNNNN!!』

 

 オーバースローで巨体が宙を舞う。砲丸投げよろしく投げ出された巨人は、別の鎖を持っていた巨人達とぶつかり合い、折り重なるように倒れた。

 

「良し! このまま他の巨人も倒すわよ!」

「―――待って、飛鳥。ちょっとだけ、時間を稼いで」

 

 バーサーカーを縛っていた鎖を持つ巨人が全員倒れたのを見届け、士気を高揚させる飛鳥。しかし耀は、真剣な顔でバーサーカーへと近寄る。

 

『追い掛けなきゃ………追い掛けなきゃ………』

 

 拘束が解かれ、バーサーカーはよろよろと立ち上がる。全身から血が滲み出た痛々しい姿だというのに、痛みを感じてない様にバーサーカーは前だけを見据えていた。

 

『待ってて、白■様、すぐに参りま、』

「バーサーカー。ちょっと歯を食い縛って」

 

 パン、と鋭い音が響いた。突然の出来事に、さすがのバーサーカーも目を白黒させた。

 耀は振りぬいた平手をヒラヒラと振りながら、バーサーカーを正面から見据える。

 

「―――ここに来る前、グリーから貴女が一人で前線へ飛び出して行ったと聞いた。皆を置いて、一人で戦っているって」

 

 ―――そう。巨人族の襲撃で現場へ赴いた耀達を出迎えたのは、傷だらけのグリーだった。グリーは耀達に逃げるように言いながら、治療も済んでないのに再び前線へ戻ろうとしたのだ。どうしてそこまで、と問う耀達に、最前線に戦うバーサーカーが心配だとグリーは告げたのであった。〝アンダーウッド”を守る同士として、グリーはバーサーカーを見捨てる事が出来なかった。

 

「だからグリーの代わりに様子を見に来たけど………バーサーカー、貴女は〝アンダーウッド”の為に戦っていたわけじゃない。貴女は………いるはずのない想い人を探していただけだ」

 

 グリーが―――自分の友人や他の同士達が、命を賭けて〝アンダーウッド”を守る為に戦っていたというのに、目の前の少女は自分勝手な想いを暴走させていただけ。その事に、耀の口調が知らず知らずと険しくなる。

 しかし、恋に狂う龍となったバーサーカーに耀の言葉は届かない。

 それの何が悪い。自分にとって大事なのは安珍(白■)様だけ。それ以外の事はどうでもいい。それを邪魔するならば―――!

 

「―――サラ達の事はどうでもいいの?」

 

 ピタリ、とバーサーカーの身体が止まる。

 

「貴女と一緒に中央広場まで帰る時、話してくれたよね。寄る辺の無い自分達を受け入れてくれたサラや〝アンダーウッド”の皆には感謝してるって」

 

 二ヶ月前―――バーサーカーが箱庭に初めて姿を現した時の事だ。自分を召喚した者の姿もなく、現地の知識も全くない。漠然と誰かを探していた様な記憶はあるものの、その人の姿も明確に思い出せない。荒野にただ一人、取り残される様に召喚されたバーサーカー。あてもなく彷徨っていた所で、巨人族の偵察に伺っていたサラに偶然発見されたのだ。サラは最初は警戒したものの、巨人族と繋がりは無いと知るとバーサーカーを同士として〝一本角”に招き入れたのだ。

 

『まあ、特に理由があったわけではないさ』

 

 素性の知れない自分を何故招いたのか、と問うバーサーカーにサラは笑いながら答えた。

 

『少なくとも、お前が巨人族や魔王と関係ない事は分かった。誰かと連絡を取ってる様子なんて、まるで見ないしな。となれば、純粋な迷い人だろう? そんな相手を見捨てる様な非人情さは旗に掲げた鷲獅子に誓って有り得ないからな』

 

 それと………とサラは少し座りが悪そうな顔をした。

 

『私事になるが、私には妹がいたんだ。故郷を出奔して以来は会っていないが、今頃はお前やエリザと同じか少し歳下だろうな………。だから、なんだ。妹と歳が近い上に、同じく竜のギフト持ちと聞くとどうしても他人な気がしなくてな』

 

 照れ臭そうに、どこか遠い目で微笑むサラ。脳裏には、かつて捨て去った筈の故郷を思い出しているのだろうか。

 

『お前の探し人が何処にいるか、手掛かりは掴めないが・・・・・・・・・暫くは、この“一本角”を止まり木にするといい。お前の探し人が見つかるまで、お前は私達の同士だ』

 

 そう言って、サラはバーサーカーに微笑んでくれた。

 

(サラ・・・・・・様・・・・・・・・・)

 

 狂気に染まっていたバーサーカーの瞳に動揺が走る。サラだけではない。南側の大らかな気性を持った住人達は、突然現れたエリザやバーサーカーも笑って同士に迎え入れるくらい懐が広かったのだ。彼等と過ごす内に、いつしかバーサーカーも“アンダーウッド”を故郷の様に思っていた。

 だというのに、今はどうだ。“アンダーウッド”の事を忘れ、戦う為ではなくひたすら霧の中をさ迷うだけ。しかも他の同士達を無視して、だ。

 

(私は・・・・・・私は・・・・・・・・・!)

 

 安珍(白■)も大事だが、“アンダーウッド”の皆様も大事。その葛藤に苦しむ様に龍となったバーサーカーは頭を振る。

 

「バーサーカー、貴女が抱えている想いを私は知らない。貴女の様に誰かに恋焦がれた事も無いから、気持ちは分かるなんて軽々しく言えないよ」

 

 何処か突き放した耀の言葉だが、嘘は無かった。会って間もない相手の何を知れるというのか? 長年付き添ってきた三毛猫が間違いを犯すくらい、自分を心配していた事も気付けなかったというのに。

 

「―――でも、貴女がコミュニティを守りたいという気持ちは、分かるつもり」

 

 耀の言葉に耳を傾ける様に、バーサーカーの動きが止まる。ギラギラと輝く金色の瞳孔から目を逸らさず、耀はバーサーカーと正面から向き合った。

 

「貴女が“アンダーウッド”を守りたい、と言った気持ちは嘘じゃないと思う。でなければ、後で倒れると分かっていながら変身して戦おうとはしないもの」

 

 一噛みで人間などズタズタに出来そうな鋭い牙。しかし耀はそれには目を向けず、傷だらけになったバーサーカーの身体を見た。この少女は、相手だけでなく自分も傷つけると知りながら、狂える龍となってコミュニティを守ろうとしたのだ。それが、バーサーカーが龍に変身した理由だった。

 

「でも、今の貴女は見ていられない。コミュニティの為に戦おうとした筈なのに、自分の為だけに戦って傷ついてく貴女が痛々し過ぎる」

 

 その言葉に、バーサーカーは頭垂れる。想い人を想う余り、身も心も怪物と成り果てていた。嘘は嫌いだというのに、“アンダーウッド”を守るという誓いを自分で嘘にしかけたのだ。

 

「だから―――一緒に戦おう」

 

 ピクン、とバーサーカーの頭が上がる。耀はバーサーカーをしっかりと見つめ、言葉を続けた。

 

「今の巨人族の攻撃は、貴女がいつもみたいに暴れ回っているだけじゃ勝てない。だから私がサポートする。私だって、グリーが―――友達が守ろうとした“アンダーウッド”を守りたい」

 

 何より―――と、耀は言葉を切る。

 

「バーサーカーが―――友達が傷ついてく姿を見ているだけなんてしたくない。バーサーカー。私は―――貴女とも、友達になりたい。貴女が抱えた想いを知りたい。傷ついてく貴女を、私は支えたい」

 

 まっすぐと、バーサーカーの金色の瞳を耀は見つめる。対してバーサーカーは、言われた事が理解できないみたいに動きが止まっていた。

 だが、その瞳が急激に攻撃的な色を帯出す。そして口の奥から青白い光が漏れ出し、

 

『キシャアアアアアアッ!!』

「ギャアアアアアアアアアッ!!」

 

 断末魔の声が上がる。耀の背後―――霧の中で弓矢をつがえていた巨人族は、バーサーカーの炎に撒かれながら地面に倒れた。

 

「バーサーカー・・・・・・・・・」

 

 耀が驚きの声を上げる中、バーサーカーは耀に頭を垂れた。丁度、耀が乗りやすい位置にまで頭を下げる。

 

「乗って、ってこと? 良いの?」

 

 バーサーカーは返事をせず、ただ動かずにいた。耀はしばらく見つめていたが、意を決してバーサーカーの頭の上に乗る。丁度、バーサーカーの頭の両角を掴む様に両手を添えて立った。耀が乗った事を確認すると、バーサーカーは鎌首を上げた。

 

『―――自分で言うのは難ですけど。私、かなり重い女ですよ』

 

 耀の耳に、“生命の目録(ゲノム・ツリー)”で翻訳されたバーサーカーの言葉が響く。

 

「知ってるよ」

 

 耀は薄く笑った。

 

「でも―――そんな君の事を知りたい」

 

 グルルル、とバーサーカーが唸る。それは何処か、微笑んでいる気配がした。

 

「行くよ、バーサーカー!!」

『シャアアアアッ!!』

 

 耀を乗せた龍が吼える。過去に囚われた想いでなく、今を生きる同士達の為にバーサーカーは駆け出した。




ナイチンゲール「そんな事だから―――貴女は安珍にフラれたのです」
清姫「GEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

流石にコレはやり過ぎだな、と。

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