月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

54 / 76
ちょっと文章が思いつかないので、展開はあまり動かないです。

Fate/EXTELLAはいよいよ登場サーヴァントが出揃いましたね。
このSSはCCCまでの設定を基本としているので、EXTELLAで新しい設定が出ても反映させない場合があります。ご了承下さい。


第11話『Evil design』

 ―――“アンダーウッド”収穫祭・本陣営

 

「これがバロールの死眼・・・・・・」

「ヤホホホ・・・・・・封印された状態だというのに、何とも不吉なオーラが漂ってますねぇ」

「ああ。そして巨人共の狙いは恐らくこれだ。扱う適性が無くても、強力な恩恵ギフトには違いないからな」

 

 畏怖が籠もったジンとジャックの呟きに、サラは頷く。度々起きる巨人の襲撃の真相を“ノーネーム”と“ウィル・オ・ウィスプ”に明かし、サラは一つの恩恵を両コミュニティに見せていた。見た目は人間の頭ほどの大きさの黒い岩石。しかし、これこそがケルト神話の魔神バロールの瞳だと言う。

 

「魔王の残党である彼等は、何としてでも取り返したいのだろう。開封すれば、一度に百の神霊を屠ると言われている」

 

 一斉に、息を呑む音が辺りに響いた。1ヶ月前、黒ウサギ達と対峙した神霊の魔王を思い出す。その神霊を一度に百体も倒すと言うのだ。

 

「それで・・・・・・・・・我々にどうしろと?」

 

 笑顔のカボチャ頭のまま、ジャックは嫌そうな声色を出した。この後、サラが共に戦って欲しいと言う事は容易に予想がついていた。しかし、ジャック達は製作系のコミュニティ。巻き込まれて戦うならともかく、自分から迎え撃つのは主義に反するのだろう。

 

「・・・・・・・・・ゲストに戦わせるのが非常識なのは分かっている。しかし、私達はどうしても収穫祭を成功させなくてはならないんだ」

 

 申し訳なさそうに目を伏せながら、サラは語る。

 現在、南側には“階級支配者”はいない。1ヶ月前、魔王に討たれてしまった。新たな“階級支配者”を選別する為に白夜叉から薦められたのが、“龍角を持つ鷲獅子”連盟の五桁昇格と“階級支配者”の任命。この収穫祭は、その二つを賭けたゲームだったのだ。

 

「“階級支配者”になれば、強力な恩恵と“主催者権限”を授かる。魔王の残党共を殲滅するには、その二つを使うしかない。南側の安寧の為にも、どうかご助力を願えないだろうか?」

「そう申されましても・・・・・・・・・」

 

 事情を聞いて尚も難色を示すジャック。だがサラもここで引くわけにいかなかった。

 

「むろん、タダとは言わない。巨人共の殲滅で最も武功を立てたコミュニティには、この“バロールの死眼”をお譲りしよう」

 

 “バロールの死眼”は瞳で見た相手に死の恩恵を与える恩恵。適性のある者が扱えば、戦闘において最強の恩恵となる。箱庭の下層で最強を名乗るのも夢ではない。

 

「それはまた大盤振る舞いですな・・・・・・・・・。しかし、よろしいので? いかに適性が無いと言っても、恩恵として貴重な物でしょうに」

「構わないさ。私の手元で腐らせておくより、信頼したコミュニティの手元で存分に力を振るわせた方が良い。あなた方なら悪用する心配は無いだろうしな。それで・・・・・・・・・どうだろうか?」

「ううむ、そうですねえ・・・・・・・・・」

 

 サラの再度の問いかけに、ジャックはカボチャ頭を捻る様にして考え込む。とはいえ、答えは半ば決まっていた。サラ達にはあずかり知らぬ事だが、ジャック達―――というより“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダーは、ある魔王につき纏われていた。今まで何度か撃退してきたが、どれもギリギリの上での勝利だったのだ。かの魔王を完全に敗北させるには、強力な恩恵がいくつあっても足りないのだ。そういう意味では、今回の申し出は非常に有り難い。しかし、商売人として安請負する事は避けたいのか、即答は避けてジンに話を振った。

 

「“ノーネーム”はどうされるのですか?」

「当然、僕達は魔王討伐コミュニティとしての役目を果たします」 

「ふむ・・・・・・・・・しかし、我々には適性のある同士がいますが、“バロールの死眼”を扱える様な人材が“ノーネーム”にいますかな?」

「確かに、以前の僕達では宝の持ち腐れとなったと思います。でも、彼女ならば恐らく―――」

 

 それ以上は言わずに口を閉ざしたジンをジャックは怪訝そうに見つめるが、ジンは何も言わなかった。

 天照大神の分霊にして荼枳尼天の化身、玉藻の前。ジンはコミュニティのリーダーとして、キャスターの真名を白野から明かされていた。元が神霊であっただけに神霊級の恩恵を使う下地は出来てるし、狐は陵墓の番人と畏れられるほど死と密接に繋がった存在。死を司った恩恵を扱うのに、これ以上の適任はいないだろう。

 

(“バロールの死眼”を付与すれば、キャスターさんは神霊としての力を取り戻すかもしれない。けれど・・・・・・・・・)

 

 本当にそれで良いのだろうか? ジンは自問自答する。白野曰わく、キャスターは自らの意志で神格を返上し、人間に仕える道を選んだのだと言う。本来の姿は、人間の手に余る存在だからだそうだ。そのキャスターに神霊の力を取り戻させるのは、マスターである白野ですら御しきれなくなるのではないか? 

 

(ともかく・・・・・・・・・今は巨人達の撃退が先だ。キャスターさんに死眼を付与するかは、白野さん達とじっくりと話し合おう)

 

 そう結論づけると、ジンは巨人族の撃退へと思考を切り替えた。

 

 ※

 

 ―――箱庭第七桁2105380外門・旧〝フォレス・ガロ”跡地

 

「ハロー、ミスター・ガスパー。お会いできて大変光栄です」

 

 胡散臭さしか感じさせない笑顔で、衛士・キャスターは目の前の灰の虎に応対する。

 灰の虎―――かつて〝フォレス・ガロ”を率いて、2105380外門の実質的なボスであったガルド・ガスパーは、死際に味わった苦しみを吐き出す様に絶叫する。

 

「GEYAAAAAAAAAAA、GAAAAAAAAAAAAAAA!!」

「もしもし、ミスター? 聞いてます?」

「GEYAAAAAAAAAAAAA、Gu、GAAAAAAAAA!!」

「いや、だから、」

「GUOOOOOOOOOO、GAAAAAA―――」

 

「静かに」

 

 ピタリ、とガルドの絶叫が止まる。たった一言。それだけで冷たい殺気がガルドの身体を走り抜け、混乱状態にあったガルドの理性が氷水を掛けられた様に醒まさせられた。

 

「ようやく話を聞いてくれる気になりましたか。良かった、良かった」

 

 うんうん、とにこやかに一人頷く衛士・キャスター。ガルドが吹き飛ぶ様な圧倒的な魔力と殺気を漲らせながら、手にした銀のステッキを弄ぶ。その姿がガルドには何よりも恐ろしく見えて、心臓を鷲掴みにされる様な恐怖を感じていた。

 

「そう固くならないで。貴方にとって、いい話を持ってきたのですから」

 

 そう言われても、ガルドは何一つ信じられなかった。

 恐い。自分を圧倒的に上回る力を感じるこいつが恐い。笑顔のまま殺気を向けてるこいつが恐い。そんな相手に目をつけられている今の状況が恐い。ガルドの牙がガチガチと耳障りに震えて―――。

 

「端的に聞きますが、〝ノーネーム”に復讐したくないですか?」

 

 不意に、聞き覚えのある単語を耳にしてガルドの震えが止まった。

 〝ノーネーム”………そうだ、思い出した。自分はあいつらに負けて死んだのだ。あいつらが―――あいつらさえいなければ、自分は今も2105380外門のボスでいられた筈だ。

 

「聞けば、〝ノーネーム”は最近になって〝地域支配者”の地位を得たそうですよ」

 

 〝地域支配者”! それは自分が持っていた権利のはずだ。その権利を得る為に自分は近隣のコミュニティの子供を誘拐して逆らえない状況を作り、さらには従わせたコミュニティに〝地域支配者”のコミュニティの子供を攫わせ、権利を譲り受けたのだ。そうやって自分が力を駆使して得た権利を〝ノーネーム”が持っている? 自分にあるべき〝地域支配者”の地位を、名無し風情が?

 

「GURRRRRRR―――」

 

 ガルドの身体が震える。しかし、先ほどの恐怖からくる震えではなかった。いまガルドの中で渦巻いているのは自分を殺した者達への理不尽な怒り、自分の権利と縄張りを侵されたという理不尽な怒り、そして―――自分に取って代わって〝地域支配者”となった〝ノーネーム”への嫉妬。それらの感情が、ガルドの中で黒く煮えたぎっていた。

 そんなガルドをアルカイックスマイルで見つめながら、衛士・キャスターは言葉を紡いだ。

 

「そう、〝地域支配者”。かつて貴方が努力(・・)して得た地位に、新参者の〝ノーネーム”が居座っている。象徴する旗も名も無い者達が管理者を名乗り出ている。これはいけない、いけない事なのです。群れを統制するリーダーにはしっかりとした名とシンボルが無くてはならない」

「GURRRRRRRRRRR!」

「白夜叉も見誤りましたな。いや、老耄したと言うべきか? いかにお気に入りのコミュニティとはいえ、〝ノーネーム”風情に〝地域支配者”の地位は与えるとは………。〝地域支配者”に相応しいのは多数のコミュニティを束ね、その群れを統括できる力を持ったコミュニティ………そう、〝フォレス・ガロ”こそが相応しいというのに!」

「GURRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!」

「弱者は強者に従う! 強者こそが唯一の法! それこそがあるべき姿だ! しかし〝ノーネーム”は不当にもそれを破った! あなたに力を与えた吸血鬼―――あれも〝ノーネーム”の一員でした。つまり、あなたは〝ノーネーム”に嵌められて自分の地位と権利を奪われたのです!」

「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 舞台役者の様に身振り手振りを交えながら話す衛士・キャスターの話に、ガルドは怒りの咆哮を上げる。

 許せない。この箱庭において〝ノーネーム”は名無しの蔑称で呼ばれる塵に等しい存在。だというのに奴等は自分の持っていた地位と権利を奪った。思えば、前々から気に入らなかった。最底辺のくせに〝月の兎”を従え、非公式ながらも〝階級支配者”である白夜叉から何度も援助を得ている。それだけでも癇に障るというのに、そいつ等はワケの分からない恩恵で自分の口を割らせ、〝地域支配者”の地位を追い落とそうとした挙句に吸血鬼を追い詰められた自分の下へ寄越したのだ!

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 狂う、狂う、怒り狂う。もっとも第三者から見れば、今のガルドの怒りは逆恨み以外の何物でも無いだろう。しかし元が獣であったガルドにとって、力で捻じ伏せられたのならともかく騙し討ちを行われたという事実が何よりも許せない事だった。

 

(まあ、彼も子供の人質を取っていたのだから、千歩譲っても正当性の欠片もありませんが)

 

 そんな考えを一切表情に出さず、衛士・キャスターはガルドへと語りかける。

 

「秩序をあるべき形に戻す。あなたを卑怯な手で追い落とした相手に裁きの鉄槌を下す。これは私怨の復讐ではない、懲罰だ。故に、あなたは〝ノーネーム”を討たねばなりません。それが、かつて〝階級支配者”だった〝フォレス・ガロ”の果たすべき義務だ」

 

 ニッコリと―――張り付けた様な笑みで、衛士・キャスターはガルドに握手を求める様に手を差し出す。

 

「共に〝ノーネーム”を討ちませんか? そうしてあなたは奪われた物を取り返すのです」

 

 衛士・キャスターの提案に、ガルドは即座に頷き―――かけて、重大な事を思い出した。自分は一度、〝ノーネーム”に敗北しているのだ。もう一度戦ったところで、返り討ちにあうだけだ。その事に気付き、ガルドはとつぜん尻込みしだした。

 

「どうしました? ひょっとして、〝ノーネーム”に勝てるか不安ですか?」

 

 耳を垂れさせ、縮こまるガルドに衛士・キャスターは相変わらずにこやかな顔で応対する。

 

「ああ、その点なら心配しなくていいですよ―――あなたには新しい恩恵を付与しますから」

 

 その言葉に、ガルドの耳がピンと立った。

 

「かつて吸血鬼が授けた鬼種が問題にならない様な、そしてあなたが欲しがっていた神格も霞む様な恩恵をあなただけに特別にお貸ししましょう。その力で〝ノーネーム”を討てばよろしい」

 

 クルクルと手のステッキを弄びつつ、衛士・キャスターはガルドを見た。

 

「そして、その恩恵は当分の間は返さなくて良いですよ。〝ノーネーム”を討った後も使って頂いて結構です。いつかは返してもらいますけど、その恩恵であなたは外門を上げ、更に上級の恩恵を手にすればいい。そうすれば恩恵をの一つや二つ、返却しても問題ないでしょう? 当然、利子もいりません。貸した恩恵を返してくれれば、それでOKです」

 

 これには流石のガルドも考え込む。どう聞いても話が旨過ぎる。無償で大金を担保すると言われたのだ。裏を疑うのは当然だ。自分を騙した(・・・)吸血鬼の様に、この男も自分を利用しようとしているのではないか? 

 何よりも―――。ガルドの脳裏に走馬燈の様に〝ノーネーム”との出来事が思い浮かぶ。気品のありそうな人間のメスに強制的に従わせられ、もう一人の人間のメスに為す術なく捻り上げられた。鬼種の恩恵を得て理性と引き換えに力を得たが、それでも敗北した。細い人間のオスに誘い出され、気品のありそうなメスに銀の剣を心臓に突き立てられた感触は思い出すだけで寒気がした。

 

「………そうか。心が折れていましたか」

 

 尻を地面につけ、猫の様に縮こまるガルドに衛士・キャスターは溜息をつく。

 

「うん、それなら仕方ありませんね。さようなら、ミスター・ガスパー。安らかに死の眠りについて下さい」

 

 ハッとガルドの顔が上がる。死の眠り? どういうことだ?

 

「あなたは死んでいたのだから、当然でしょう。今は私の降霊術で一時的に蘇生しただけに過ぎません。私が術を解けば、元の―――地面に散らばる灰に還るだけです」

 

 ゾクリ、とガルドの背筋が凍った。

 

「なに、安心して下さい。ここに足を踏み入れる人間なんていないし、あなたを蘇生しようなんて物好きは私くらいでしょうから、今度こそ醒める事のない安らかな永眠が約束されますよ」

 

 そう言われて、ガルドは辺りを見回す。朽ち果て、住む者のいない家屋。整備されなくなり、雑草が伸び放題となった石造りの道。かつて、ガルドの城だった〝フォレス・ガロ”の領地は見る影もなく荒れていた。こんな場所に、自分が永眠する? 墓どころか死体すらなく、地面に散らばる塵の様に転がる。そして訪れる者も自分を偲ぶ者も誰もいない、こんな忘れられた場所に? 

 そう思い立った途端、ガルドの中で恐怖が膨れ上がった。

 

「あなたならば〝ノーネーム”を討ってくれると思って蘇生させましたが―――余計なお節介しでしたね。では今度こそ、Good night,Mr.Gas、」

「GUOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 衛士・キャスターの言葉を遮る様に、ガルドが吠えた。

 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! こんな場所で、誰にも看取ってもらえず、誰の記憶にも残らない様な死に方は嫌だ! 死にたくない! 俺はまだ生きたい! 生きた証を刻み込みたい! 頼む! 何でもする! 何でもするから―――俺をただの灰に戻さないでくれええええぇぇぇっ!!

 

「………………」

 

 ガルドの心からの叫びに、衛士・キャスターは胡散臭い笑顔を消してじっとガルドを見た。ガルドもまた縋り付く様な目で衛士・キャスターの眼鏡の奥にある糸目を見た。

 

「―――まあ、良いでしょう。そこまでお願いされたら仕方ありません」

 

 何秒の間、そうしていただろうか。衛士・キャスターはあっさりとガルドの嘆願に頷いた。

 

「その必死さに免じて、一つだけ私の情報を開示しましょうか? 私があなたを蘇生させたのにはワケがある」

 

 ワケ? 一体何なのだろうか? ガルドは縋る様な目で衛士・キャスターを見た。もう胡散臭いだとか言っていられない。ガルドにとって、目の前の男は唯一人の救世主なのだ。

 

「私は〝ノーネーム”にいる、ある男を殺したい。ところが、その男を殺すには色々と段取りがいりまして―――少なくとも現時点では手出しできないのですよ」

 

 ヤレヤレ、と衛士・キャスターは溜息をつく。

 

「かつての戦いを模しているのか、それともあの男が曲がりなりにも(・・・・・・・)あれの持ち主だった事が関係しているのか………とにかく、対戦カードが組まれる前にサーヴァントがマスターに手を下すのはルール違反なのです。故に、私が出来るの間接的な手段―――彼を殺してくれる刺客を差し向けるだけ。そこであなたに白羽の矢を立てました。理解できましたか?」

 

 言っている意味が半分も理解できていなかったが、ガルドはとにかく頷いた。相手の事情などどうでもいい。とにかく、この男の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 

「よろしい。では早速、始めましょうか。ああ、そうそう。先ほども言った様に殺したい相手がいるので、その人から先に狙って下さいね? で、その人の名前ですけど―――」

 

 衛士・キャスターから告げられた名前を聞き、ガルドの心に火が宿る。よりによってあいつか! 自分に止めを刺す切っ掛けを作った、あの細い人間の雄! いいだろう、雪辱に今度こそ奴の臓腑をぶちまけてくれる!

 

「ふむ。やる気になった様ですな。とはいえ、恩恵の定着具合を見たいのでしばらくは私の指示通りに動いて下さいね。本格的なハンティングはその後です」

 

 承知した、とガルドは一つ頷く。かつての野生の獣としての本能、自分を死に追いやった者への復讐心、そして生への執着。その全てが揃い、ガルドは生前以上に人食い虎として目覚めつつあった。

 そんなガルドを見て、衛士・キャスターは満足そうに頷きながら片手を掲げる。

 

 不意に、手元から黄金の光が生じた。

 

 辺りを眩く照らしながら、衛士・キャスターの手元に一つの物体が実体化する。

 それは金色に彩られた一つの杯だった。どこか悪趣味な黄金を思わせる輝きと辺りを震撼させる様な魔力を放ちながら、衛士・キャスターの手に一つの杯が収まっていた。

 

「はい、どうぞ」

 

 まるで飲み物を渡すかの様な気軽さで、杯の放つ魔力に面食らっていたガルドに衛士・キャスターの手が伸び―――肉が潰れる音がした。

 

「―――!?」

 

 突然の事態に、ガルドは混乱する。さっきまでこの男は杯を手にしていた。その手がいま、自分の腹腔を突き破っていた。つまり、この男は杯を自分の腹の中に入れて―――。

 

「―――GU,GE,GEGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

 

 突如、ガルドの身体の中で爆発するかの様な魔力の高まりが起きた。ガルドの腹の中に入れられた杯は金色の光を放ちながら、脈動を始める。

 

「GAAAAAAAAA、GU、GUOOOOOOOOOO!!」

 

 地面へとのたうち回りながら、あらん限りの声で絶叫するガルド。

 不意に、ガルドの身体に変化が起こった。灰の塊でしかなかった身体が確かな陰影を結び、質量としての重さを帯び始める。

 

「GUUUUU、GA,ガギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 絶叫は確かな言葉となって、ガルドの口から漏れ出す。かつてのワータイガーとしての姿をガルドは取り戻していた。だが、杯の脈動は一層と激しくなっていく。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!! グ、ガアアアアアアッ!!」

「ああ、そうそう。さっき言い忘れましたけど―――」

 

 地面を転げ回るガルドに、衛士・キャスターはつまらない話題を出すかの様な気軽さで話しかける。

 

「何故私があの男を殺すのに、あなたに白羽の矢を立てたかって話ですけど―――実は誰でも良かったんですよね。あなたじゃないと駄目って、理由も無いですし」

「グガアアアアアアッ、グオオオオオオオオッ!!」

 

 身体が内側から灼けていく様な苦しみの余り、ガルドは話を聞く所ではなかった。しかし、衛士・キャスターは気にする事なく話し続ける。

 

「まあ、あえて理由をあげるなら―――あなたがあの男と因縁があること。動機があった方が仕事にかける情熱は違います。もう一つは―――」

 

 

 芝居がかった仕草で眼鏡を外し―――開いた目を嘲笑に歪ませる衛士・キャスター。

 

「お前が一番、扱い易そうだったからだ」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 ガルドの口から一際大きな絶叫が漏れ、同時にガルドの魔力が爆発的に高まる。

 そしてガルドの身体から、

 

 鳥の翼が、

 鹿の角が、

 サメの頭が、

 爬虫類の鱗が、

 鯨の尾鰭が、

 

 ありとあらゆる動物の器官が、一斉に生え出した。

 

「グオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 




一応はここまで。

残念ですが、ペストの再登場はありません。このアンダーウッド編を機に独自ルートへと進んでいくので、ペストの出番はありません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。