月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完) 作:sahala
しばらくはリハビリがてら時系列を無視した短編を投稿するかもしれません。
空は快晴。
風が優しくそよぎ、日差しは一足早い夏の到来を告げる。
文句無しに絶好のロケーション。
こんな日はのんびりと釣り糸を垂らすのも良いだろう。
だというのに、明らかに釣りに合わない格好をしたウサギが一匹。
「あれ? 黒ウサギ?」
箱庭の外壁、かつて白野達が落下した湖に黒ウサギの姿があった。
散歩がてらに懐かしい場所に足を向けた白野は、珍しい物を見たと思いながら黒ウサギへ近寄る。
「おや? 誰かと思えば白野様。こんな所で会うなんて奇遇ですね」
白野に気付き、黒ウサギは気さくに声をかける。
服こそいつものガーターベルトにミニスカート。
しかし、いつも問題児達に振り回されて忙しそうな彼女が、今はのんびりとした雰囲気を纏っていた。
その手にあるのは、二メートル近い長さの竹。
先端に糸がくくりつけられ、糸の先は湖の水面へと伸びている。
平たく言うと、釣り竿である。
「そっちこそ珍しい。黒ウサギはいつもコミュニティにいると思っていたよ」
「アハハ。ジン坊ちゃんから『黒ウサギは働き過ぎだ。たまにはゆっくり羽を伸ばしておいで』と、言われちゃいまして・・・・・・」
それはいつも“ノーネーム”の為に東奔西走している彼女に対するジンの気遣いなのだろう。
白野達が来てから生活に若干の余裕が生まれ、これを機に黒ウサギにも休んで貰おうという所か。
「釣り、好きなの?」
「ん~、どうでしょうね? 元々、生活の為に始めた事ですから。まあ、皆さんに美味しいお魚を食べさせられると思えば楽しみですけど」
流石は帝釈天の加護を受けた月の兎。
休みの日であろうと、コミュニティに尽くす事が第一なのだ。
その献身に白野は知らず知らず手を合わせる。
「ちょ、何でいきなり合掌されてるんですか!?」
「いや、黒ウサギが眩し過ぎて」
「も、もう! からかわないで下さい!」
ありがたやありがたやと拝む白野に、黒ウサギは耳まで真っ赤になりながらそっぽを向く。
普段、他人に気遣いするのが当たり前なので褒められ慣れてないらしい。
「それで、調子はどう?」
「YES! 入れ食いとは正に今日の事! 先程から岩魚にタナゴ、ワカサギ、クチボソ、平目にカンパチ、石鯛―――」
「ちょ、ちょっと待った」
嬉しそうに釣果を報告する黒ウサギへ、白野は待ったをかける。
「後半は明らかにおかしいだろ。何で湖で海水魚がとれるんだ?」
「え? 取れますよ、普通に」
ホラ、と黒ウサギは足元のバケツの中を見せる。
「・・・・・・ホントだ。バッチリ入ってる」
「時たま、上空の海から零れ落ちて来る事があるんですよ。この子達は淡水でも生きられる様に進化した魚達の子孫ですね」
「いやいや、空に海があるわけないだろ?」
雲海に魚が飛んでるわけじゃあるまいし・・・・・・。と、独りごちる白野に、黒ウサギは含み笑いをする。
「・・・・・・え? まさか、ホントにあるの?」
「フフ~ン、それは実際に見てのお楽しみという事で♪ 何にせよ、今日は魚料理の満漢全席ですよ!」
「ん、それは楽しみだな」
月では桜の弁当以外は惣菜パンかロールケーキ、時々麻婆だったなあ。と、白野はしみじみと回想する。
「またお魚を食べたい時は、遠慮なく言って下さい! 釣りには一日の長がありますからね。ええ、ええ!どこぞの問題児様方に負けたりしませんとも!」
―――ピキッ!!
「・・・・・・いま、亀裂が入った様な」
「はい?」
「いや・・・・・・それよりいいのか? 口は災いの元だぞ」
「だいじょーぶですって! どんな相手が来ても箱庭の貴族たる黒ウサギが返り討ちにしますとも!」
ふふん、と珍しく強気な黒ウサギ。
しかし、古今東西で調子に乗った者には手痛いしっぺ返しが待っている。
慢心すればウサギも亀に敗れ去るが、さてはて。
*
空は快晴。
風が優しくそよぎ、日差しは一足早い夏の到来を告げる。
文句無しに絶好のロケーション。
なのだが―――今は対照的な二人によって、ギチギチの険悪空間になっているのであった!
「って、増えてる!?」
いつものミニスカートとガーターベルトというあざといにも程がある衣装の黒ウサギ。
その横には、頼れる背中に颯爽と着込まれた学ラン。
間違いない。あの学ランは、新たな暇人……!
「ふ、ヒメマス二十八匹目フィッシュ! いい釣り場じゃねえか、面白いように魚が釣れる。ところで隣りの貴族様(笑)、今日はそれで何フィッシュ目だ?」
「ああ、もう! 騒ぐなら余所へ行って下さい、余所へ! 魚が逃げちゃうじゃないですか!」
ウサ耳を逆立てて、全身から迷惑です、と苛立つオーラを上げる黒ウサギ。
しかし、「迷惑? なにそれ美味しいの?」と言わんばかりに十六夜は無視する。
その姿は好きな子にあえてイジワルをする小学生・・・・・・かもしれない。
「まだヘラブナが六匹だけか。時代遅れなフィッシングスタイルではそんなもんだろうさ。やっぱり箱庭の貴族(笑)だな、と二十九匹目フィィィィィィィィシュ!!」
「だ・か・ら! 余所に行けと言ってるんです、このお馬鹿様!! 魚が逃げちゃうでしょうが!!」
「ハン、自分の技量を他人のせいにするとは、堕ちたな黒ウサギ。近場の魚が逃げるならリール釣りに替えればいいだろ。ま、未熟者に時代の叡智たるリールが操れるわけがないけどな。と悪いな、三十匹目フィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッシュ!!!」
ヒャッハアアアア! と歓声を上げる学ランの少年。
(おかしいなあ。普通に見れば釣りを楽しむ少年のはずなのに・・・・・・何で石を投げたくなるんだろ?)
二人に気付かれない様に、こっそりと茂みに隠れた白野は考え込む。
十六夜の手にある悪趣味なロッドは金に糸目をつけない99%カーボンナノチューブ製の高級品。その性能たるや、クジラを釣り上げても折れないという触れ込み。
その上、リールは最新技術の結晶。三十個のボールベアリングによるブレなしガタなし、おまけに自動巻き上げ機能付きときたか・・・・・・!
「いいなあ、あれ最新モデルだよね。・・・・・・“サウザンドアイズ”の」
なにせ高級なオプションはもちろん、かの恵比寿天が
餌やルアーを用意しなくても釣り針が勝手に獲物を探知し、魚をおびき寄せる魔力を発した上に魚の口へ針が飛び込んでいくという、もはや釣りがしたいのか
今ならクーラーボックスも付いて、気になるお値段は“サウザンドアイズ”製の金貨で・・・・・・。
そこまで考えて白野は頭を振る。止めよう、どう考えてもお馬鹿な値段になりそうだ。
因みにこれ、ぜーんぶ十六夜がギフトゲームで巻き上げた代物である。
「この分なら日が沈む前に決着がつくな! なあ、黒ウサギ。別にこの湖を釣り尽くしても構わねえよな?」
「はいはい、出来るものならやってみて下さい。その時はもう問題児とはお呼びしませんから」
ノリノリの十六夜に、黒ウサギは「いいから早くどこか行ってくれないかな」と背中で語る。
ほら、言わんこっちゃない。と、白野は溜め息をつく。
調子に乗った報復がキッチリと来た様だ。
二人の邪魔をしない様に、白野は静かに立ち去る。
願わくば、十六夜がキメキメのジャケットとズボンでアングラーと名乗りません様に。
*
空は快晴。
風が優しくそよぎ、日差しは一足早い夏の到来を告げる。
文句無しに絶好のロケーション。
なのだが―――今は盆と正月をごった返しにした様な賑わいを見せていた!
「って、更に増えてるーーーー!?」
黒ウサギと十六夜の隣り、背中とお尻が丸出しな前衛的な後ろ姿。
間違いない。金ぴかロッドを王の財宝(皇帝だけど)よろしく並べる彼女は、更なる暇人!
「うおー、すっげぇー! セイバー、これサカナか!? サカナだな! うおーサカナーーーー! 一匹くれよーーーー!!」
「セイバー、セイバー。わたし、花冠を作って来たの。セイバーにあげるね!」
「あれぇ、隣の兄ちゃんの体ヒョロヒョロしてよわっちそう。セイバーの方がかっこいいなー、何か変な服だけど」
「セイバー、今週のサンディーどこー?」
「すごーい、いっぱい捕れてるー! ねぇセイバー、横のお兄ちゃん達にこのサカナ投げていいー?」
相も変わらず子どもたちに大人気。“ノーネーム”はもちろん、他のコミュニティの子供までもハーメルンの笛吹よろしく彼女は引き連れていた。
「ハッハッハッハッハッ! 騒がしいぞ、童子達よ! 周りのオケラ共に迷惑であろう! それはともかくジロウ、一匹と言わず十匹でも百匹でも持って行くが良い! ミミ、そなたの献上品はありがたく頂戴しよう! 後で飴をやるぞ♪ イマヒサ、何を当たり前の事を。しかし余の
わーい、と波打つ子供達。
「・・・・・・何あれ?」
上機嫌に大笑するセイバーを白野は遠くから呆然と見つめる。
あえて言うなら、子供達の……ヒー…………ロー……………?
それと何故、「なかろう?」とドヤ顔で十六夜達を見るのか。
と、そんな感じに子どもたちの相手をしていたかと思えば、二人に向けて意味ありげな顔で話しかける。
「しかし拍子抜けよな。最強を自称する者がいると聞いたが、まるで話にならん! やはり余は釣りであっても、完璧な才があるのだな!」
フハハハハと愉快そうに笑うレッドのねーちゃん。
時折、子供たちに頬っぺたやら髪の毛やら引っ張られたりしている。
というか、あの金ぴかロッド。明らかに宝具っぽい魔力の波動が出ている。
昨日、工房に籠って何をしてるかと思えば、量産していたのか金ぴかロッド。
「―――相変わらず皇帝様の特権濫用か。がっかりしたぜ、金をあかして道具に頼るとは見下げ果てたぞ第五皇帝!」
溜め息をつきながら義憤に燃える十六夜。
というか、お 前 が 言 う な。
「しかし、自作の竿にしちゃ出来が良すぎねえ? お得意の皇帝特権はそこまで万能だったか?」
「それね~、ボクのコミュニティの千年竹を使ったんだ。持ってきたら遊んでくれる、ってセイバーが言ってた」
ワーイ、と沸き立つお子様軍団。
「千年竹・・・・・・? って、おい。この辺で竹の栽培をしてるコミュニティと言えば、“竹取翁”じゃねえか!」
ブフォ! と白野は思わず咳き込んだ。面識は無いが、“竹取翁”という名前から察するに竹取物語に深く関係したコミュニティだろう。日本最古の物語に登場する竹をよりによって釣り竿にしたのだ!
「くっ、道理で良い釣り竿だと思った! おい、皇帝様。今から日暮れまでに最も釣果の優れた奴がその釣り竿を手に入れるというのはどうだ!?」
「ほう? 余に戦を挑むか。面白い、ならば余が勝った暁にはそのリールを貰うとしよう!」
「スゲー! セイバーと釣りの名人の一騎打ちだ! こんなの滅多に見れないぜ!」
「私、お父さん達を呼んでくる!」
「どーでもいいから、早くサンディー貸してよセイバー」
季節はずれのカーニバルの様に盛り上がっていく岸部。そして、この輪に入れない兎が一匹。
「ねえ、釣れてる?」
「・・・・・・お願いします。私の楽園を返して下さい・・・・・・・・・」
この世の終わりの様に項垂れる黒ウサギ。
「・・・・・・行こう、ここは一般人がいて良い場所じゃない」
そうして湖を後にする。
見上げた空の高さに少しだけ目が眩む。
嗚呼、