月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完) 作:sahala
その答えを提示します。
………彼女なら、月の裏側どころか地上にもついて来そうですが。
あと嘘つき殺すガールの口調がいまいち掴めない……。
「ハア、ハア、ハア……!」
走る。髪を振り乱し、着物が崩れるのも構わず、少女は走る。
男ならば振り向かずにいられない、白百合の様に可憐な少女だった。しかし、今は焦燥にまみれて美貌を損なっている。
「ハア、ハア、ハア……!」
上へ、下へ。走りながらも音を立てず、障害物を最小限の動作で避けていく彼女の姿は、どこか藪を駆ける蛇を思わせた。
しかし、冷静さを失った今の少女にその表現は合わないだろう。今の彼女は―――
「ああ……マスター、マスター、マスター!! どこですか、マスター!?」
悲痛な声を上げながら
まるで、親を見失って彷徨いながら泣きじゃくる、幼い少女の様であった。
「マスター、どこですの!? マスター!!」
マイルーム、屋上、空き教室、購買、校庭。
自分の主人が足を運びそうな場所へ、少女は疾風のごとく駆けつける。
きっとその場所にいるに違いない。時折見せる、儚くも優しい笑顔で私を待っているはずだ。
勝手に抜け出してゴメンと言いながら、あの人は私の頭を撫でてくれる。
そう決して―――私を置いてどこかに行ったりはしない!!
だが少女の想いとは裏腹に、彼女の主の姿は何処にもなかった。
少女は挫けることなく、すぐさま他の場所へと駆けて行った。
………もっとも、この少女にとっては。
探す事を諦める、という思考そのものが欠落していたのだが。
*
叩き破る勢いで、教会の扉が開かれた。
教会の中は静粛に満ちていた。まるでこの場所だけ空間が切り離されている様な錯覚を受ける。それはどこか、今は亡き地上の聖地を思わせた。
しかし、今の少女にそんな感慨など関係無い。彼女は入って来た勢いのまま、教会の奥―――祭壇にいる人物に詰め寄った。
「マスターはどこですの!?」
「いきなり何だ、騒々しい」
電子タバコを吹かしながら本を読んでいた女性―――蒼崎橙子は、突然の来客に驚く事なく不機嫌そうな顔で迎えた。
「君のマスターなら今日はまだ見てないぞ。他をあたれ」
「他の場所はもう見ました! ここ以外の場所なんて考えられません!」
血走った眼で、教会の中を見回す少女。放っておいたら、勝手に家捜しでも始めそうな勢いだ。そんな少女に、橙子はヤレヤレと首を降りながら溜め息をつく。
「痴話喧嘩でもしたか? なおさら余所に行って欲しいが、聞かないだろうな。青子、探してやれ」
「えー、何であたしが?」
橙子の隣、コンソールを弄っていた蒼崎青子から不満そうな声が上がる。
「姉貴がやればいいじゃん。いつも暇そうにしてるんだからさ」
「アホか、魂の改竄でマスター達のデータを管理しているのは貴様だろうが。それに私はウチの従業員の探し物で忙しいんだ」
はいはい分かったわよ、と面倒そうに返事をしながら青子は手元のコンソールを操作し出した。
今まで青子の元に来たマスター達の一覧から、少女のマスターを選択。校舎内をスキャニングして、記録されたIDを検索しようとし―――
「あれ? おっかしいな、何処にもいないわよ」
というか、と青子は言葉を切る。
「あの子のID、
ビクリ、と少女の肩が震えた。
「消失、データ・・・・・・?」
「そ。マスター情報からの消失。要するに聖杯戦争から敗退した、ってこと」
「嘘ですっ!!!!」
少女の甲高い声が教会に響き渡る。
「私達は五回戦を勝ち抜きました! なのに、何でマスターが敗退した事になるんですの!?」
「そんな事言われたって、あたしは知らないわよ。少なくとも、運営側はあの子を敗退したマスターとして処理したということね」
「そん、な・・・・・・・・・」
青子が淡々と告げた事実に、少女は地面に膝をつく。上質な絹で作られた白い袿に汚れがついたが、少女にとってはどうでも良かった。そのまま地面に伏せ、さめざめと泣き出してしまう。
「どうして? どうしてですの? 戦いが終わったら、私の話が聞きたいと言っていたのに・・・・・・どうしていなくなるんですの?」
ポロポロと涙を溢れさせ、少女は静かに嗚咽を漏らす。そこには、人智を超越した英霊の姿など、何処にも無かった。
少女の主は、参加者の中で誰よりも弱かった。実力もなく、自分の記憶すらないマスター。何かの間違いでここに来たとしか思えないくらい、少女の主は弱かった。
与えられた剣となる少女もまた、英霊として弱かった。怪物を殺したわけでも、人類史に残る様な偉業を成し遂げたわけでもない少女。唯一、彼女の伝説を元にした宝具以外、少女の力は弱かった。
そんな二人が主従関係で結ばれたのは、偶然か運命の悪戯か。少女はマスターを見限りこそしなかったが、自分達が勝ち進むのは難しいと半ば諦めかけていた。
しかし。少女の主の考えは違っていた。
記憶も実力も無く、与えられた
だというのに、下を向いて諦めることも自棄になって投げ出すこともしなかった。
天性の諦めの悪さで洞察力を養い、少女の実力に文句を一つも漏らさずにただ前だけを見ていた。
人類史を一変させた女海賊、昏き森に潜む毒使い、子供の夢を再現する童話の具現者、悪魔の二つ名を持つ極刑の王。
いずれも自分とはかけ離れた実力を持つ敵ながら、絶望せずに生存の道を手繰り寄せようとする姿に少女が心惹かれていくのに長い時間はいらなかった。
共に過ごしていく内に主の優しさに触れ、いつしか少女も主の心に触れたいと想い始めた。
同時に、少女の中で主への信頼が強く根付いていく。
(この人なら、私の真名を伝えても大丈夫。戦略の関係で……いいえ、
そして、少女達をしつこく付け狙っていた暗殺者達が倒れた今、少女は秘めていた自分の真名と過去を主に明かすはずだった。
しかし―――その未来は、もう叶わない。
「おい青子。本当に消失データになってるんだろうな?」
人目を憚らずに泣く少女の姿に何か感じ入るものがあったのか、橙子は本から目を離して青子へと問いかけた。
「マジマジ。間違いなくあの子は敗退者になってるわよ」
「ったく、貸してみろ」
返答を待たず、橙子は青子を押しのけてコンソールへ指を奔らせた。
流れる様に打ち込まれるタイピング。その早さ、正確さは青子の比ではない。
「何だこりゃ? 全部のマスターのデータが
「ちょ……それってマジ!?」
慌ててディスプレイを見る青子。そこには、彼女が作成した参加者のリストが全て敗退者として登録されていた。
「いつかはやると思っていたが……とうとうミスをしでかしたか。あれか? 破壊活動以外はテンで三流なのか貴様は?」
「なわけないでしょっ!! いくらあたしでもこんなミスはしないって!!」
「ふん、冗談だ。お前は魔術師として三流だが、これは流石に杜撰過ぎる。お前に問題ないとすれば、これは運営側の―――」
「くく、く、くふ、くふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
突如。青子達の耳に押し殺した笑い声が響く。青子達が振り向くと、地面に突っ伏していた少女の口から―――地の底から響く様な声が絞り出されていた。
「そう………貴方もいなくなるのですね。私と約束したのに………
「おい、私の話を聞け。運営側に予期せぬ事態が起きている。お前の主は、恐らく巻き込まれて―――」
「ええ、ええ。逃げ出したのは、きっとワケがあるのですよね。困った人。嘘はつかないで、って……あれほど言ったのに」
少女は笑う。橙子の言葉など耳に入らない………否、耳に入った後に少女が思い込んでいる答えを補強する材料として変換されていく。
自分から
「構いませんわ、マスター。貴方がどれだけ離れようとしても、私は地の果てまで追っていきますから」
でも、その前に。
「―――逃げた大嘘つきには、罰を与えましょう」
瞬間。少女の髪が真っ白に染まった。浅葱色の着物が漆黒に染まり、少女の瞳が血の様に紅く染まる。
変化はそれだけに飽き足らず、白魚の様に綺麗だった少女の手が堅牢な鱗に覆われていき―――
「っ、だから! 話を聞けと言ってるだろうがっ!! 早まるな馬鹿者っ!!」
「姉貴、もう何を言っても無駄よ」
青子は静かに少女を見つめる。
視線の先では、少女の身体が炎に包まれ、辺り一帯を焼き尽くし始めた。
「こういう相手は最初から聞く意図なんて無いわ。既に自分勝手な妄想を確信して、脇目も振らずに突っ走るだけ」
「ったく、会話が成立しようが、やはり
橙子が毒づくの同時に、炎の中から巨大な何かが動き出す。
そこに少女の姿はなく、少女がいた場所には白く長大な身体を持つ何かが蠢いていた。
焦熱地獄の様に燃え盛る火炎の中から生まれ出でようとする何かに、青子は手掌を静かに向ける。
「あの子の事は嫌いじゃないし、貴女の想いも知ってる。出来れば、もう一回あの子に会わせてあげたいと思うわよ」
でも―――と青子は言葉を切る。
青子の腕を中心に幾何学的な魔法陣が描かれ、光が充填された。
「こっちも●●●●●に雇われた身だからね。決められたルールを真っ向から無視した以上、貴女を放っておくわけにいかないんだわ」
宮仕えはするもんじゃないわねえ、と青子は溜息をつく。
ユラリ、と炎の中から白い巨体が起き上がる。
「だから、戻ってくるかもしれないあの子には悪いけど………貴女はここで
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
白い巨体が牙を剥いて雄叫びを上げる。ほぼ同時に―――教会の中を流星の様な閃光が埋め尽くした。
*
「………………」
朝の日光が窓から優しく差し込み、外から人々の喧騒が聞こえる中。
少女は与えられた私室で目を覚ました。
寝起きのボンヤリとした表情で半身を起こす。まだ頭がハッキリとしないのか、動きが鈍い。
「いまのは、夢………?」
誰に聞かせるでもなく、少女はポツリと呟いた。
少女の存在上、夢を見る事など無い。もし見るとすれば、それは過去の映像に他ならない。
だが、少女は今朝見た内容に、まるで覚えがなかった。
ボーっとした頭で、さっきまで見ていた夢を思い出そうとする。
既に夢の内容は霞がかかった様に曖昧となり、むしろ思い返そうとすればするほどに忘れていく様な気までしてくる。
しかし。何故か、それが悲しい夢であった事だけは記憶に残った。
どうにか思い出そうとする少女の耳に、不意にドアを叩く音が響いた。
「バーサーカーさん、起きてますか?」
「キリノちゃん? どうしましたか?」
「サラ様が御呼びです。すぐに議長室へいらして下さい」
扉越しに分かりました、と返事をすると、少女は寝台から出て寝間着を脱ぐ。
浅葱色の着物を纏い、純白の袿を手早く身に付ける。
鏡台の前で髪を梳かし、着物に乱れがないか確認した後、少女―――バーサーカーのサーヴァント・清姫は、私室のドアを開けた。
愛しくて、恋しくて、愛しくて、恋しくて、いなくなって、悲しくて、悲しくて、悲しくて悲しくて悲しくて、憎くて憎くて憎くて憎くて憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎―――だから焼き尽くしました。
というわけで、断章は終了です。
知らない人の為に解説しますと、Fate/EXTRA CCCでギルガメッシュルートを選ぶと、ノーマルエンドで白野(主人公)が表側で従えていたサーヴァントがバーサーカーであった事が明かされます。
詳しい描写は無く、ギルガメッシュ曰く白野を見失ったらどこかに消え失せたとの事です。sahalaは最初、ランスロットやスパルタクスかな? と思いましたが、このSSでは白野がバーサーカーと契約した場合、清姫であったという事にしています。