月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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世間は四月一日、すなわちエイプリル・フール。
今年もTYPE-MOONを始めとした企業は面白可笑しい企画を出すんだろうなあ………。
筆者だって、思い切りふざけてみたい。
そんな誰得(筆者得?)な話の始まり、始まり~。


特別記念「テルマエ・アーノニーモス」

「浴場が使えない?」

「はい………」

 

 たまには朝風呂に入ってみようと思って“ノーネーム”の大浴場へ行くと、そこにはウサ耳を垂れて意気消沈する黒ウサギの姿があった。

 

「昨夜から、出てくる水量が一定で無かったりと調子がおかしいとは思っていたのですが………」

「水量がおかしいという事は、水樹か? でも朝食の時は普通に水道を使えたけど」

 

 現在、“ノーネーム”の水源は十六夜が取ってきた水樹に依存している。それに異常があるとなれば、今後の生活にも支障が出てくるだろう。

 しかし黒ウサギは、あっさりと首を横に振った。

 

「いえ、水樹には変わった様子はありませんでした。おそらく浴場の水道が詰まったものだとおもわれます。予想外の出費になりますが、水道工事を請け負うコミュニティに点検してもらいます」

「そっか………流石に水回りに詳しい人間なんていないからな」

 

 案外、博識な十六夜や器用に何でもこなすセイバーなら修理できるかもしれないな。でも二人とも専門では無いのだし、ここはプロに任せた方が良いだろう。

 

「ですので、申し訳ないのですが今は大浴場を使用できないのです」

「分かったよ。それなら図書室にでも行ってるさ」

 

 頭を下げる黒ウサギに頷いて、来た道を引き返す。仕方ない、これといった予定も無いから読書でもするか。

 

 

 

 ―――西暦136年 ローマ帝国・首都ローマ―――

 

 かつて、皇帝ネロの黄金劇場(ドムス・アウレア)があった場所に建てられたトラヤヌス浴場で、一人の男が深刻な顔で湯に浸かっていた。男はカールのかかった金髪を短く刈り込み、もうじき中年に達しそうな年齢に反して無駄な贅肉がないしっかりとした体つきであった。

 彼の名はルシウス・クイントゥス・モデストゥス。ローマ帝国に住む浴場技師である。

彼の設計する浴場は新しい建築物が次々と建てられていくローマ国内においても画期的な浴場建築が多く、ついには皇帝ハドリアヌスに認められて皇帝お抱えの浴場建築士となった程だ。そんな他人から見れば順風満帆なルシウスであったが、彼は現在、あることで頭を悩ませていた。

 

(ハドリアヌス様の御命令とはいえ………どうすれば健康に良い浴場を建築できるだろうか?)

 

 事の次第は数日前に遡る。久方ぶりにハドリアヌス帝に謁見したルシウスは、彼の命令で養子であるケイオニウスの為に特別な浴場を建築して欲しいと依頼されていた。

 ケイオニウスは次期皇帝候補だ。だが彼は病弱な体もあって、体調を崩す事がしばしばとある。そんな彼の為にハドリアヌス帝はせめて湯治を行って体を癒して欲しいと考え、ルシウスにケイオニウスの為の浴場建築を依頼したのであった。

 

(あの軟弱なケイオニウスの為に浴場を作らなければならない、というのは業腹だが………ハドリアヌス様の御命令とあっては背くわけにもいくまい)

 

 ルシウスはケイオニウスの事が好きではない。彼は帝国内では既に無類の女好きとして知られており、そしてケイオニウス自身もそれを肯定するかの様に様々な女性と逢引を重ねている。今現在も、どうせ新しい女性とお楽しみの最中だろう。質実剛健を体現するルシウスにとって、敬愛するハドリアヌス帝の命令でなければケイオニウスの為の浴場建築など拒否したかもしれない。

 とはいえ、命令は命令だ。これもローマ帝国の平穏の為だと割り切るしかないだろう。しかし、ルシウスには健康に良い浴場のアイデアなど全く思いつかなかった。医学事典を著したケルススやへロトドスの浸身療養法も調べてみたが、具体的にどう設計すればいいかという段階になると完全に行き詰まってしまったのだ。

 

(こんな時、平たい顔族ならばどう考えるのだろうか………)

 

 ルシウスは、何度か見た不思議な民族達について回想する。

 実の所、ルシウスが設計する画期的な浴場は彼自身のアイデアでは無い。彼はある時から湯に浸かった際に、平たい顔をした人間が住む国に行き来できる様になったのだ。そこではこの浴場大国であるローマでも足元に及ばない斬新な浴場が山ほどあり、ルシウスはその浴場をローマで再現しているに過ぎなかった。

 余談ではあるが、その平たい顔族の国とは現代の日本であり、その事をルシウス自身は知る由も無かった。

 

(彼等ならばケイオニウスにぴったりな浴場も作り出すかもしれないが………この場にいない民族の事を考えても仕方あるまい)

 

 そう思い直して、ルシウスは浴槽から立ち上がろうとした。

 さて、突然ではあるが。ルシウスはただ湯に浸かれば平たい顔族の住む国こと現代日本へ行けるわけではない。彼のタイムスリップにはある条件が必要となる。

 例えば、

 

「うおっ!?」

 

 この様に、足を滑らせて湯に飛び込んでしまった時などだ。

 

 

 

「ぶはっ!!」

 

 ルシウスが慌てて湯から顔を上げると、先程とは周囲の様子が一変していた。大人数用の浴槽を取り囲む様に壮重なギリシャ建築のドーリア式の柱が並び、天井には穴を開けたのか四角い青空を眺める事が出来た。

 

(な、なんだここは!? 私はトラヤヌス浴場にいたはず………まさか、ここは平たい顔族の国なのか!!?)

 

 とにかく現状を確認する為に浴槽へ出ると、まるで図った様なタイミングで扉を開ける音がした。

 

「む? そなたは………」

 

 ルシウスが顔を向けると、そこには金髪の少女―――セイバーが立っていた。彼女はルシウスを訝しげに見ながら眉を顰める。

 

「黒ウサギめが浴場が壊れたと言うから足を運んでみたが、先客がいるとはな………して、そなたは何者だ?」

「………ルシウス・クイントゥス・モデストゥス。ハドリアヌス帝の浴場技師だ」

 

 ルシウスは警戒する様に答えながら、頭の中で考えを巡らせる。

 

(言葉が通じる………ここは平たい顔族の国では無いのか? 目の前の少女の顔立ちは私達ローマ人の様に見えるし、一見するとこの浴場も我々の造りと大差ない様に見えるな。とすると、私はローマ帝国のどこかにある浴場に出てしまったのだろうか………?)

 

 難しい顔をして黙り込むルシウスに対し、セイバーは面白そうな顔で微笑む。

 

「ハドリアヌス………? ほう、ハドリアヌスか。そなたはあの賢帝が抱えた技師だと申すか」

「ハドリアヌス様をご存じなのか!?」

 

 思わぬ言葉にびっくりするルシウス。しかしセイバーはそれを何でもない事の様に流した。

 

「ローマ帝国を知る者ならば、あの賢帝の名を知らぬ者は少ないであろう。それより………そなた、浴場技師と言ったか? この浴場は水道が詰まったそうだ。丁度良いから見て貰うとしようか」

「いや、しかし」

「出来ぬ、と申すか。抱えの技師がこの有様では、建築家として名高いハドリアヌスも存外大したことは無い様だな」

 

 挑発的な笑みを浮かべるセイバーに、ルシウスはムッとする。自分が見くびられるのはまだ良いが、ハドリアヌス帝の名誉に傷をつけるとならば話は別だ。内心の苛立ちを押し殺しながら、ルシウスは浴場の点検に取り掛かった。

 

 

 

 浴槽の水を全て排水し、借りたタオルを腰に巻いたルシウスは給水口を覗き込んだ。目の前の少女の話では出てくる水量が不安定になり、ついには水が止まったそうだ。果たして彼の予想通り、給水口の奥には石灰がごっそりと付着していた。

 

「思った通りか………。なにか、金属のヘラの様な物を貸して頂けないだろうか?」

「ふむ、これだな」

 

 ルシウスに聞かれ、セイバーは傍らに持っていた袋の中から金属ヘラを取り出す。ヘラを受け取りながら、ルシウスは怪訝そうに眉を顰める。

 

「………ずいぶんと用意が良いのですね」

「修理ついでに余が浴場の改装を行おうと思っていた故な。道具一式を持って来たのだ」

 

 あっさりと答えるセイバーに、ルシウスは苛立ちを募らせる。目の前の少女は演劇の役者の様な奇抜な恰好だが、上質な布に見える所から恐らくは貴人の妻か愛妾だろう。言葉や仕草にもハドリアヌス帝の様な上流階級独特の気品がある。

 しかし、どう見ても浴場建築に詳しい様には見えない。浴場建築を舐めているとしか思えない言動に、ルシウスは怒りが顔に出ない様に努力しなければならなかった。

 

(それに加えて、自らを余と呼ぶとは。もしかすると属州になった部族の長の妻かもしれないが、ハドリアヌス様を軽んじる言動といい腹立たしい! この様な反抗的な属州があるというのに、次期皇帝となるケイオニウスは女遊びにうつつを抜かしているとはっ!!)

 

 胸のむかつきをぶつける様に、ルシウスはヘラを握る手に力を込めた。彼の苛立ちとは裏腹に、給水口から石灰がボロボロと取れていく。それをセイバーは興味深そうに見つめていた。

 

「………別室で待っておられては? 終わったら呼びに行きますので」

「構わぬ。それよりもそなたの話が聞きたい。ハドリアヌスの浴場建築士よ、そなたは歴代の皇帝が建てた建築物についてどう思うか?」

 

 突然の質問にルシウスは怪訝な顔になるが、目の前の少女は自分の推察通りなら身分の高い貴人である事を思い出し、手を動かしながら正直に答える事にした。

 

「素晴らしい建築ばかりだと思いますよ。従来のローマには無かったハドリアヌス様の洗練された建築物をはじめ、アポロドロス技師がトラヤヌス帝の命令で建てたトラヤヌス浴場も訪れる人々の事を考えた建築でしたね」

「ふむ」

「モンス・バティカヌムに建てられたネロ帝の競技場も中々の建築でしたな」

 

 ピクン、とセイバーの眉が動いた。

 

「ほう、ネロ帝の建築か。しかしあの皇帝は暴君として名高いではないか」

「確かにネロ帝は後世の皇帝達にことごとく記録を抹消されていますが、それと建築物は無関係です。あの競技場は固い地盤の上に建てられ、訪れる人々を不快にさせない配慮が為されております。なにより、ネロ帝の建築は今日のローマ建築に深い影響を与えています。暴君だからとその全てを否定する謂れはありませぬ」

「………そうか」

 

 こちらを見ようとはせず、あくまで目の前の仕事に没頭するルシウスにセイバーは短く言葉を返す。しかしその声色は、どこか嬉しさと寂しさが混ざった物だった。

 

 

 

「これでよし、と。これで問題なく給水が行われるはずです」

「そうか、ならば注水口を開けてくるとしよう。そなたはここでしばし待っておれ」

 

 そう言って浴場から立ち去るセイバーを見送りながら、ルシウスは再び思案を始めた。

 

(やはりここは平たい顔族の国では無い様だな。とすると、ここはどこの属州だろうか? トラヤヌス帝の時代に属州となったばかりのアッシリアか? いずれにせよ、ハドリアヌス様の名が知れ渡っているのだからローマ帝国の外というわけではあるまい………)

 

 どうやって首都ローマまで帰還しようかと思索を始めた直後であった。浴槽の給水口から湯が溢れ出て、みるみると浴槽を満たしていった。

 

「開けてきたぞ。浴槽の様子はどうだ?」

「あ、はい。問題は無いようです」

 

 予想外に早く戻ってきたセイバーに驚きながらも、ルシウスは返事をした。大方、召使に注水を命じただけだろう。そう結論づけるルシウスは、セイバーが何やら見たことの無い樹の苗を持っている事に気付いた。

 

「それは何です?」

「これか? これは風樹といってな、余が先日のギフトゲームで得たものよ。なんでも、空気を発する樹という話だ」

 

 言葉の意味がよく分からず、はぁと気の抜けた返事をするルシウス。するとセイバーは何かを思いついたのか、ニヤリと笑った。

 

「よし、浴槽の修理の礼だ。そなたには奏者が話していた、じぇっとばすとやらを一番に入らせてやろう」

「え? いや、しかし、」

「遠慮するでない。ささ、早々に入って感想を聞かせよ」

 

 突然の申し出に戸惑うルシウスに、セイバーは有無を言わせない口調で風樹を浴槽の中に入れた。すると、浴槽の湯が激しく泡立ち始めた。

 

(な、なんだこれは!? 風呂に空気の泡が無数に湧き出ている! まさか、話の通りに空気を発する樹だと言うのか!!?)

「どうした? 早く入って感想を聞かせよ」

 

 目の前の出来事に驚愕するルシウスに、セイバーは入浴を促した。恐々としながら湯に浸かるルシウス。

 その時―――彼に衝撃が走った。

 

(この風呂は………っ! 空気によって無数の泡が全身を包み、その感覚が心地よいマッサージとなっている! まさかこんな風呂を作り出す属州があったとは………!!)

「ふむ。その顔では、感想は聞くまでもないな」

 

 ニヤニヤと笑うセイバーに見下される形となったルシウスは内心で屈辱を覚えるが、そんな事はこの風呂の前では些細な事だった。

 

(ああ………気持ちいい。まさか平たい顔族の様な突飛な発想を持つ属州がローマ帝国内にあったとは、まだまだこの国も捨てた物では無いらしい。湯に浸かりながらマッサージを受けられるとはな。この心地よさ、夢心地になりそう………)

 

「おい、アンタ! 大丈夫か!?」

 

 突然降ってきた声にハッとなるルシウス。見ると、先ほどの少女とは似ても似つかないローマ人の男性が自分の顔を覗き込んでいた。どうやら自分は仰向けになって寝ている様だ。

 

「ここは………?」

 

 ルシウスが体を起こすと、そこは彼にとって馴染み深いトラヤヌス浴場の温浴室だった。さっきまでいた少女と浴場は影も見当たらない。

 

「アンタが、浴槽でひっくり返ったのを見てたんだけどよ。いつまでも上がって来ねえもんだから、心配して引き上げたんだ」

 

 こちらを気遣う男性の声を聞きながら、ルシウスは先程までの出来事を思い返していた。

 

(あれは………夢だったのだろうか? しかし平たい顔族の国に行った時も同じ様な体験をしたな。まさか、あそこも平たい顔族の国だったというのか?)

 

 なおも心配そうにこちらを見る男性に大丈夫だ、と言い残してルシウスは浴場を後にした。

 

 それから数日後。

 

「ルシウスよ。此度も面白い浴場の建築、実に大義であった」

「はっ。恐れ多き御言葉です」

 

 首都ローマ内にあるハドリアヌス帝の別邸で、ルシウスは浴槽に入った男に跪いて頭を垂れていた。この男こそ、現ローマ皇帝のハドリアヌスであった。老いてなお頑強な体をした皇帝は、今は伸び伸びと泡が次々と沸き立つ浴槽で体を休めていた。

 

「よもや浴槽に空気を入れる事で、湯に浸かりながらマッサージを受けた様になるとはな………。ケイオニウスの為に作ったはずの風呂に、私も夢中になってしまったわ」

 

 あの後、ルシウスは少女の泡風呂をどうにか再現できないかと知恵を絞った。そして浴槽に排水口と給水口とは別の穴を複数開けて、その穴から奴隷達に牛の腸で出来たホースから息を吹かせる事で少女の風呂を見事に再現してみせたのだ。

 

「そなたにはこれからも期待しているぞ、ルシウスよ」

「はっ!」

 

 敬愛する皇帝からの賛辞に深々と頭を垂れながら、ルシウスは少女の事を思い返していた。

 

(結局、あの貴人の名前は聞けずじまいだったな。この様な風呂を思いつくとは、本当に浴場技師だったかもしれないな。あの属州が何処だか分からぬが、今度会ったら浴場(テルマエ)について存分に語り合いたいものだ)

 

 

 

「ええ? セイバーが浴場を直しちゃったのか?」

 

 その日の夜。“ノーネーム”の談話室で皆と食後のティータイムを楽しんでいると、黒ウサギがニコニコした顔で報告に来た。

 

「YES! お陰で余計な出費をしなくて済みました」

「セイバーが水道工事も出来たなんて意外。それなら、今夜はお風呂に入れるの?」

 

 膝の上に抱いた三毛猫を撫でながら、耀は黒ウサギに尋ねる。

 

「はいな。しかもセイバーさん、修理ついでに浴場に新しい装飾を施したんですよ」

 

 その時、皆の間に微妙な沈黙が漂った。沈黙を破る様に飛鳥が口を開く。

 

「ええと。確認するけど………セイバーが、装飾をしたのよね?」

「YES!」

 

 あくまでも笑顔を崩さない黒ウサギに自分達は閉口した。というのも、セイバーは“ノーネーム”に来てから暇を見付けては彫刻や絵画といった創作活動に打ち込んでいるのだが………はっきり言って作品の出来は微妙としか評価しようが無かった。芸術は爆発だと言うが、彼女の場合は核分裂の類だろう。

 

「とりあえず見に行ってみたら良いんじゃねえの? “箱庭の貴族”様がここまで自信満々に言うんならマシな出来なんだろ」

 

 十六夜が欠伸しながら立ち上がる。それもそうだ、まずは実物を見てから判断するとしよう。そう考え、皆で大浴場へと向かう。

 

「これで微妙な彫刻が置かれていたら、箱庭の貴族(笑)ね」

「なんですか、そのボンボンみたいなネーミング!?」

「いや、この場合は箱庭の貴族(グロ)だろ」

「今度はお(なか)からモツガニが飛び出しそうな名前ですね!?」

「お腹からカニ? なにそれ、新しい」

「目を輝かせないで下さいっ!!」

 

 ふむ、と一度頷く。

 

「………箱庭の貴族(グロ)」

「定着させないで下さい、お馬鹿様っ!!」

 

 

 

 大浴場へ行くと、そこにはセイバーが満面の笑みを浮かべて立っていた。と言っても、油断は出来ない。以前に会心の出来だ! と言われて見せられた彫刻はキメラか鵺の様な生き物にしか見えなかった。

 因みにその彫刻は、今は年少の子供達に役立っている。主に「悪い事したらあの石像の怪物(ガーゴイル)に食べられちゃうぞ」という躾で。

 

「で? 今度はどんなグロテスク様式を作ったんだ?」

「フフン。その減らず口を叩けるのも今の内だけだ」

 

 十六夜の軽口に応じる事なく、セイバーは浴場の壁の一角を指差した。そこへ目を向けた途端、

 

「わあ………」

 

 耀の口から感歎の声が漏れる。それは、小石のモザイクで作られた壁画だった。雄大な火山が大きく描かれ、山の麓には豊かな水辺と松の木が見事に表現されていた。

 

「これだけではないぞ」

 

 パチン、とセイバーが指を鳴らす。すると天井が透明になり、月明かりが浴槽へ降り注いだ。浴槽の水面の影が、壁画の水辺で踊る。水の波紋が動く様子は、さながら壁画が現実の風景になった様だ。

 

「へえ………これはポンペイのヴェスビオス火山とナポリ湾か? 皇帝様もたまには良い物を作るじゃねえか」

「本当ね。これが一般の人々が入る銭湯というものでしょう? 私、今まで行ったことがなかったから、とても新鮮だわ」

 

 珍しく賛辞の言葉を述べる十六夜や目を輝かせる飛鳥に、セイバーはますます得意顔になる。チラリ、とこちらを流し見る視線を察して自分も思った事を口にした。

 

「本当に凄い物を作ったね、セイバー。ところでいつもより大人しめに感じるけど、何かあったの?」

 

 セイバーは豪華絢爛なものが好みだ。それは彼女の創作物にも表れている。当初は全面が黄金で出来た浴場などを思い浮かべていただけに、今回の洗練された壁画は少し意外だ。

 すると、セイバーは胸を反らして微笑んだ。

 

「なに。腕の良い浴場技師に出会って、インスピレーションが湧いただけの事よ」

 

 

 

 




サルヴェ(こんにちは)、読者の皆様!
エイプリル・フール特別記念SS、「テルマエ・アーノニーモス」は如何でしたか?
次の話を書かないで、何をしてるんだ? というツッコミはご勘弁を。筆者がよーーく、分かっているので(笑)
以前、オリジナルのコミュニティ「パクス・ロマーナ」の設定を書いていた時に何と無く思い描いていた構想をSSにしてみました。因みにこのSSを書くにあたって古代ローマの建築をネットで調べてみましたが、赤セイバーがローマ建築の先駆けの様な扱いになっていました。皇帝様マジパネェ………。

このSSはエイプリル・フール特別記念という事で、四月二日になったら削除するか否かは検討中です。さて、ひとしきりふざけた所で第11話の執筆に入りますか。それでは皆様、また次回!

追記:読者からの要望を受け、このSSは残しておく事にしました。
   皆様からのご声援、ありがとうございます。


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