その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

8 / 21
第八話

 

 走と鬼の授業は流石にいきなりやってみろという事にはならなかった。走に関してはやってみろと言っても出来ない輩が大半だろうし、鬼に関してはそもそも知識が無い。故にこれらに関してはまずその仕組みについての授業だった。しかし、走で学ぶ歩法に関しては、俺は実戦で瞬歩を習得している。誰かに師事していた訳ではない、あの男たちの見よう見真似の為、変な癖がついていたりするかもしれないが、そこはこれからの鍛錬次第だろう。基礎は出来ているのだ。後は形を整えるだけである。

 問題なのは鬼道だ。初めは詠唱の仕組みとそれの暗記を目指すのだが、はっきり言って出来る気がしない。なんだ言霊とは。ただ詠唱するだけではいけないのか。言葉一つ一つに霊力を込めるという感覚が何度考えてもさっぱり理解できない。足元で霊力を足場にする瞬歩のような具体的なものならよかったのだが、言霊という抽象的なよく分からないものはさっぱりだ。これは早くも死神への道を踏み外したかも分からん。因みに、拳の授業を共にしたあの女子生徒は「はぁ? アンタあんな単純な事も分からないの? バッカじゃない」と貶してきた。しかしその後に「とりあえず、単語一つ一つに霊力を含ませて唱えればいいのよ。それで大体うまくいくわ」と助言してくれた。ありがたい。ありがたいが、やはりそれでも理解できないと伝えたら「……アンタは脳筋かもね」と若干憐みの視線でこちらを見てきた。そんな口は悪いが世話焼きな彼女の名前は山査子紫蘭。読みはサンザシシランだ。なんと彼女はこの霊術院を主席合格したらしい。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 食堂の飯は美味い。今までは肉やら茸やら魚やら果物、初めの頃は虫も食べたか。それらをただ焼いたり齧ったりするだけであったが、味噌汁や生姜焼きなどの料理は壊滅的な食生活を送っていた俺にとっては脳が震えるほどの衝撃だった。思わずガタッと思いっきり席を立ってしまい、周りの人々を驚かしてしまったのは申し訳なく思うが。

 

「アンタ……どんだけ食に飢えてんのよ……」

 

 近くを通った紫蘭のそんな呟きが耳に入ったが、むしろこれぐらいの反応で済んだことが奇跡と言えよう。口やら眼から光を発さなかっただけマシである。

 とりあえず、霊術院の食堂の飯は美味い。これからおそらく六年間通う所の飯が美味いとそれだけでやる気が出てくる。実に素晴らしい事だ。

 

 さて、昼飯が終わった後は座学の授業だ。尸魂界の歴史から死神の歴史、更には滅却師殺すべしなど、様々な知っておくべきことが黒板に羅列されていく。尸魂界とはこの世界のことで、この世界を大雑把に分けると流魂街と瀞霊挺の二つに分かれ、それらがある世界を尸魂界と呼ぶらしい。要するに、あの世の名前は尸魂界ということだ。あの世は地獄や天国のことだと思っていた純粋無垢だった俺の心を返してほしい。

 ともあれ、座学は俺の知らない事を知れる良い機会なので中々楽しめた。初めなので本格的な授業にはならなかったが、それでも今後の楽しみとするには十分だったのだ。

 

 座学も終わると、俺たちは指定された寮の部屋に入る事になる。寮は一人一部屋などという贅沢なものではなく、二人一部屋である。俺と同室になった者には申し訳ないと思うが、一年の辛抱だ我慢してもらうしかない。

 自分に指定された部屋に入ると、そこには斬の授業で俺と組むことになってしまった男子生徒がいた。男子生徒は俺を見た瞬間「ひっ」と声を上げて後ずさる。とりあえず、寝床は極限に離した方がお互いの為だろうと悟った。俺は持ってくる荷物など浅打以外にない為、荷ほどきといった面倒事はしなくても良い。その辺この男子生徒は怯えつつもせかせかと荷ほどきをしている。此処には同室の人物を確認しにきただけの為、浅打を持って鍛錬場へとむかった。

 

 鍛錬場は俺が試験を受けたところでもある。此処は自由に解放されており、誰が使ったのか調べる為の名簿に名前さえ書けばいつでも使用していいとのことだ。まあ、自主鍛錬する事は良い事であり、それを奨励する事はすれ、止めることはしないということだ。

 中にはそこそこの人がいた。といっても、ほとんどが上級生だ。流石に今日初めて霊術院に入院した者は此処には来ないか。俺という例外を除いて。

 早速浅打を抜いて素振り……には入らない。まずは体の基礎となる筋肉を鍛える事から始める。腕立て伏せ五百回、腹筋五百回、懸垂五百回。こんなものだろうか。いや、片腕しかないのだから腕立て伏せと懸垂はもう百回やった方がいいか。今は皆、発展途上の未熟者だが、これからどんどん成長していき、片腕の俺ではどう頑張っても力勝負で勝てない時が来るだろう。しかし、それに甘んじてはいけない。やはりどのような状況になっても万全であれるように、筋力の向上は必須だ。俺のような隻腕は尚更にな。

 

「あ、アンタも来てたんだ」

 

 まず手始めに腕立て伏せからと準備運動をしていたら後ろから声が掛かった。この声は紫蘭か。

 

「アンタ今から斬術の鍛錬するの? だったらあたしも混ぜてくれない?」

 

 斬術の鍛錬をするがそれは今じゃない。軽く動いてからするつもりだったのだが……と、ここで閃いた。そういえば紫蘭はかなり小柄な体で、重石にするには丁度良いんじゃないかと。腕立て伏せの時に彼女を乗せてやればとても良い効果になるのではないかと。

 

「な、何よそんなにジロジロ見て。まさか、胸が小さいとか言いたい訳じゃないわよね……?」

 

 違う、身長の話だ。とりあえず、俺は軽く体を温めてから斬術の鍛錬を行うため、先にやってくれと伝える。彼女は良く分かっていない様子だったが「まあ、先にやってるわよ」と結果的にこちらの意図通りになった。雰囲気で察してくれて何よりだ。

 とりあえず、腹筋から始めようと思う。筋肉に負荷をかける為、ゆっくりと絞っていくのだ。これに懸垂を合わせれば、普通の常人なら疲れてきて休憩に入るだろう。なので腕たせ伏せの重石になる序でに休憩してもらうのだ。紫蘭が常人並みの体力かどうか知らんが。

 

 腹筋、懸垂を終え、最後に腕立てだけとなった。此処でチョイチョイと紫蘭を呼ぶ。彼女は木刀を振り抜いて汗を拭った。そして俺が自分を見ている事に気付き「ん?」と自分を指差した。俺はそれに肯定し、もう一度チョイチョイと手招きする。

 

「なによ? やっと斬術の鍛錬でもしようっての?」

 

 首を横に振ると、彼女は「じゃあ何よ?」と聞いてくる。俺は背中に指をさすと彼女は訳が分からぬと言った顔をした。

 

「アンタの背中がどうしたってのよ? まさか痒いから掻けとか言うんじゃないでしょうね」

 

 何故その発想に行きついた。背中が痒いなら自分で掻くに決まってるじゃないか。

 

「違うみたいね。じゃあ、まさか背中に乗れっていうの?」

 

 その通りだ。やはり会ったばかりだというのに彼女との意思疎通はかなり楽だ。俺の眼は口ほどに物を言うらしいが、それを読み取る彼女の観察眼も大したものだと思う。普通では真似できまい。百合子殿でさえも、喋らぬ俺の意図を読むことはできなかったのだから。入院中は専ら筆談だった。

 

「別に休憩する予定だったから良いけど、何する気よ?」

 

 それはやれば分かる。腕立て伏せの体制を整え、彼女に乗るように促す。紫蘭はそれに答え、恐る恐る俺の背中に乗ってきた。が、全体重を掛けている訳では無いようで、脚は地面に付いている。俺は視線で脚を地面から離す様に促すと、彼女は「え゛っ」と変な声を出した。そして、ゆっくりとだが脚を宙に浮かせ、俺の体に彼女の全体重が掛かる。これで腕立て伏せ六百回はかなりきつそうだが、同時に良い鍛錬になる。

 

「ちょ、まさかアンタこれで腕立てする気なの? 止めといた方がいいわよ。いくらアンタの身体能力が化け物染みてるからって、人一人乗っけて、しかも片腕でやるなんて正気の沙汰じゃないわ」

 

 そんなこと知ったことではない。やると言ったらやるのだ。

 

「……まあ、アンタがやるって言うなら止めはしないけど、後であたしの鍛錬には付き合ってもらうわよ?」

 

 元よりそのつもりだ。俺はこの後も刀の素振りと、走り込みもしなければならないのだ。この程度でへばっていては話しにならない。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……アンタ、やっぱりあたしの乗せて腕立てするのは止めなさい。あの後、あたしの鍛錬に付き合って尚且つ走り込みまでしたアンタの馬鹿体力は素直にすごいと思うけど、それが毎日続けられるとは思えないわ」

 

 激しく同意だ。流石に無茶し過ぎた。特に腕立てからの斬術の鍛錬はかなりきつかった。後一本しかない腕が千切れてしまうかと思った。その後の走り込みは、まあ、普通だった。しかし、だからこそ前の鍛錬のきつさを際立たせている。なんだあれ、最後の辺りは腕の感覚が無かったぞ。流石に腕が二本とも無くなってしまえば死神への道は諦めるしかない。

 そんな教訓を得て、現在は大浴場に入って汗を流し、紫蘭と共に自室に戻る最中だ。

 

「でも、アンタの斬術はすごいわね。何処に打ち込んでも全部弾かれるか逸らされちゃうもの。何か極意でもあるの?」

 

 それは簡単なことだ。単純に眼で見えて、体で反応が出来たから、それだけだ。だが、これは極意でも何でもない。唯の生まれ持ったものだ。故に紫蘭に教えられることは何もないと首を横に振る。

 

「そっかー……ま、あたしもアンタの技術というかその体捌きは学ばせてもらったから良いんだけどね。あ、あたしここだから。じゃね」

 

 そういうと彼女は「疲れたー」と言って部屋に入っていった。ふむ、俺の部屋は実はこの隣なのだが、まあ、言わなくていいか。言ったところで何か変わる事でもない。

 自室に戻ると、同じ部屋割の男は眠っていた。そういえば名前はなんというのだろうか。確か部屋の前に書かれていたな……ふむ、山田清之介(ヤマダセイノスケ)か。普通でとても覚えやすい名前だな。

 同室の男の名前を覚えたところで、俺も寝るとしよう。今日は、疲れた。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・尸魂界の知識

・重石(山査子紫蘭)

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。