長官はカラカラに乾いた口をそっと開いた。思いが読まれるなら、会話も出来る筈だ。
「・・い、一緒、だと?」
「ソウダ。我々ハ貴様ヲ迎エニ来タノダ」
「む、迎え・・に?」
「貴様ハ前線基地ダト鼓舞サレタヨウダガ、ソレハ大将ノ罠ダ」
「な、なんだと!嘘だ!」
「偽リデハナイ。貴様モ疑念ガアッタデハナイカ」
「え・・」
「血統ナド、大将ガ重視スル訳ガ無イ」
「そ、それは、それは違う!」
「デハオ前達、前線基地ニ召サレタ者達ノ共通事項ガ何カ解ルカ?」
「・・・わ、解らない」
「簡単ダ。提督ノ鎮守府ト演習シテ中将ニ文句ヲ言ッタ者達ダ。覚エガアロウ?」
長官の額に脂汗が浮き出てきた。
たしかに長官派として同行している司令官達は、提督の演習に猛抗議した者達だ。
なぜ解るか。
元々長官が命じて抗議させていたからだ。
辺境の弱小鎮守府相手の演習だと舐めていたら、開始後10分も経たずに全滅させられた。
それも何かにつけ嫌味を言ってくる同僚の司令官がたまたま来訪していた時だった。
同僚にわひゃひゃひゃと何十分も指を差されて笑い転げられながら、長官は誓ったのだ。
こんな大恥をかかせてくれたクソ鎮守府など握り潰してやる、と。
そして調べる程に怒りがわき上がってきた。
民間採用で、事務官上がりで、軍人との血縁も無く、兵隊訓練すら碌に受けてない!?
許せん。絶対に許せん!軍を馬鹿にしてるのか!
だから提督がその後、どう大人しくしようとあらゆる難癖をつけて怒鳴り込んだ。
使える人脈という人脈を使い、中将へ徹底的に揺さぶりをかけた。
中将が提督の後ろ盾になっている事は明らかだったからだ。
育成の要である演習に出て来れなくしてやる。
そしてついに提督の鎮守府がある時点から演習に出て来なくなったのを見て、ニヤリと笑った。
第1段階終了、第2段階開始だ。
提督の低LV部隊が出撃でヘマをする度に罵り続け、辞めるか腹を切らせてやる。
いや、割腹なんて高尚な死に方は許さない。首でも吊るか野たれ死ねば良い。
いっそ深海棲艦のエサになればいい!
潰す、潰す、必ず潰してやる!
そうして計画を練っていた時に、この大討伐命令が下りたのである。
長官はそこまで考えて、眉をひそめた。
「お前が、なぜ知っている?」
「ククククク。軍ノ施設ナゾドコデモ見ラレルシ、情報ハ筒抜ケダ」
「な、なに!?」
「ソンナ事ハドウデモ良イ。貴様、我々ト共ニコノ憂サヲ晴ラサヌカ?」
「・・なに?」
「貴様ヲ私達ニ売リ渡シタ裏切リ者ノ大将ニ一矢報イヌカ?」
「そっ・・それは・・だが私は艦娘にはなれん。何をしろというんだ!」
「簡単ナ事ダ。大本営ノ連中ヲ弱体化サセル工作ヲ手伝エ」
「じゃ、弱体化?憲兵の目だってある。捨て駒として見殺しにするつもりだな!」
「ククククク。私ハ貴様ノヨウニ、燃料切レデ即座ニ見捨テルヨウナ薄情者デハナイ」
「なっ、なにっ!?」
「ソウ案ズルナ。戦ウ必要ガアレバ貴様ガ今見テイル全員ヲ貸シ与エヨウ」
長官は歯を食いしばった。
大討伐の為に集められた艦隊の数十倍、水平線を埋め尽くす程の深海棲艦達。
それも駆逐艦だけでなく、重巡が、空母が、戦艦が、姫クラスまでが、じっとこちらを見ている。
これが、俺の、部下になる、だと・・
だ、だが、それは・・
しかし、断れば・・
「当然、八ツ裂キニシテヤル。生キテ戻レルト思ウナヨ」
そうだよなと、長官は思った。
奴らを見た途端に自殺した偵察部隊長が正しかったのかもしれない。
いや。
し・・死にたくない。
長官はガチガチと顎を震わせた。
俺は、俺は、こんなとこで死にたくない。
大将に裏切られ、あいつに笑われたまま死んでたまるか。
せめて一矢!一矢報いたい!裏切った大将を後悔させる為に復讐したい!
俺が強い事を!良質の血統こそが正義である事を!あいつらに見せつけてやりたい!
「ククククク。ナラバ選択肢ハ1ツデアロウ?」
脳に響く柔らかい声に、ついに長官は叫んだ。
「なっ!仲間に!俺を仲間にしてください!」
「良ク言ッタ。忠誠ノ証トシテ、オ前ノ魂ヲ半分預カル。艦娘達ハ始末スル」
「へっ?」
長官が目を見開いた。
「現在もバイタルシグナル1つ検知出来ません。全滅と見て良いでしょう」
事務官から最終報告を受けた大将は、大きく息を吸いこみ、吐き出しながら頷いた。
中将は悲痛な面持ちで俯いていた。
全鎮守府の1割に達する大隊を送り込んだ。
最後の行動は不可思議な所があると事務官は首を捻りながら言った。
まず、全軍出撃後、短時間で進撃を止め、2手に分離した。
元の島に突然現れた深海棲艦反応に副長官を含む隊が接近するも、短時間で全滅。
迂回し、大本営に撤退しようとした長官を含む隊もその移動中、海の真ん中で突然消息を絶った。
その後丸1日呼びかけるも応答なしというのが、現在の状況である。
事務官は大将が頷いたのを見て、一礼すると部屋を出ていった。
中将はそっと、だが強く机を叩いた。
「なぜだ・・なぜあれだけの大部隊が全滅してしまったのだ」
大将は頷いた。
「敵数は不明確な所があったとはいえ、予想最大数の倍の艦隊を送った。それでも無理だったとはね」
「今回の作戦、最初から奇妙な動きでした。もっと早く撤退させていれば・・」
「防げたかもしれん。だが、あれだけ後少し、もう少しと言われてはな」
「・・長官は軍人揃いの名家でしたから、より多くの戦果を欲したのでしょうか」
「しかし、彼らが出撃させていたのは偵察部隊だけで、本陣は島に居たままだったのだよ」
中将はまさかという目で大将を見た。
「・・なんですって?それは初耳です」
大将はそっと中将を手招きすると、机の引き出しから書類を取り出した。
「これはバイタルシグナルがどこから発信されていたか時間別に示したものだ。見たまえ」
中将は目を見開いた。
「そ・・そんな・・しかし毎日戦果を上げていると・・」
大将は首を振った。
「虚偽の疑いがある、という事だ」
言葉を失う中将を、大将は真っ直ぐ見つめて言った。
「いずれにせよ、大隊が全滅など公表出来ん。秘匿事項として速やかに本件を完了させよ」
「ほ、他の鎮守府には・・」
「真実を言えると思うかね?」
「・・いえ」
「その通りだ。書類一式をヴェールヌイ相談役の元に。控えは焼却せよ」
「各鎮守府に配布した作戦書も・・回収しますか?」
「すべて回収し、焼却するように」
「畏まりました」
「長官、副長官の一族には私から伝えておく」
「よ、よろしくお願いいたします」
よろよろと扉を閉める中将を見送ると、大将は椅子の背もたれに身を預けた。
粛清完了。討伐叶わず。
・・当然なのだが。
あの海域には深海棲艦の相当強大な陣営が居るのは昔から知られている。
今居る全艦娘を出撃させても勝てるかどうかという数の敵が居るのだ。
大将だけがヴェールヌイ相談役から告げられる特別機密事項の1つである。
その一部を迷子になった偵察機が偶然見つけてしまった時には厄介な事になったと眉をひそめたものだ。
だが結果的に、粛清の隠れ蓑として上手く活用できた。
鳳翔さんには感謝しなくてはなるまい。
大将は目を瞑った。
特別機密事項、か。
最もまずい情報は、881研の初代所長が悪魔だったという事だろう。
艦娘の前身たる生体兵器開発計画。
おぞましい人体実験で失敗した子達や旧システムを海洋投棄し続けた結果、深海棲艦になった。
そして旧システムが暴走した事で、轟沈した艦娘まで深海棲艦にされている可能性がある。
これが今一番有力な説だとヴェールヌイ相談役は仰っていた。
研究の成功作たる艦娘と、失敗作たる深海棲艦による怨恨の輪廻。
それがこの戦争の正体なのだから、反対勢力が言ってる事も実はそんなに的外れじゃない。
歴代大将達はこの事をどのように思われたのか、今度の元帥会で訊ねてみようか。
どうせ煙に巻かれるだろうが。
大将は目を開けると、事務官の持参した航跡報告書を眺めた。
敵本陣の位置は諸説あった。
もし長官がロストした位置がそうなら、まさに命がけで素晴らしい情報を残した事になる。
1度の情報では信憑性は低いが、ヴェールヌイ相談役に覚えておいて頂くのは悪くないだろう。
また一つ、私の罪が増えた。
悪魔の所業に比べればどうという事もないが、閻魔様はこの大虐殺を許してはくれまい。
大将は腰を上げた。
さて、全ては済んだ事。
雷と二人で夕食を頂くとしよう。