ル級はゆっくりと提督の方に向いた。
「・・提督サン」
「うん」
「ヤッパリココハ、楽園ダヨー」
「そう?」
「ウン。楽園ハ、タダ景色ガ良カッタリスルダケジャダメ」
「ふむ」
「深海棲艦ニナッテ長イケド、コンナニ温カイ思イヲ受ケ取ッタノハ初メテヨー」
「礼なら長門に、な」
ル級は顔を上げ、長門に手を合わせる仕草をした。
「長門、アリガトウ。アリガトウ」
「い、いや、そこまでの事はしてないぞ」
「・・長門ガコンナニ優シイノハ、キット提督ノオカゲ」
「そう?」
「艦娘ハ育ッタ環境デ性格ガ決マル。文月モ、潮モ、皆優シイ目ヲシテル」
「うん、皆良い子達だよ」
「ソウダロウ・・ホントニ、死ヌマデニ、モウ1度食ベタカッタ」
「うん」
「デモ、深海棲艦ニナッタ以上、叶ワヌト思ッテイタ」
「普通はそうだよね」
「アア。ソレヲ2個モ頂ケルナンテ・・嬉シイ。本当ニ嬉シイヨー」
提督はにこっと笑って皆を見た。
丁度その時、文月が紅茶の入ったマグカップを皆に配っていた。
「インスタントで申し訳ないのですけど、飲み物があった方が良いかなって」
「うん、良い気配りだよ文月、ありがとう。じゃ、頂こう!」
「イタダキマース!・・アレ、コッチノクリームハ?」
潮がクリームの入った小さなビニール袋をつまんで指差した。
「この容器から自分で絞って入れます!」
「ヘェ・・面白イナァ。コノ尖ッタ所カラ入レルンダネ?」
「そうです!爪楊枝で袋の先に穴をあけて、後ろからゆっくり絞り出してください」
「オオ・・面白イネ」
「入れちゃったらどうぞお召し上がりください!」
入れ終ったシュークリームを両手でそっと持ったル級は、それはそれは緊張していた。
手が微かに震えているし、顔が真っ赤だったが、長門達はあえてそっとしておいた。
やがて、意を決してシュークリームにかぶりついたル級は、ポロポロと涙をこぼした。
提督はそっとティッシュを渡した。
「ほら、涙がシュークリームにかかってるよ」
「ウッウッ・・美味シイ・・美味シイヨー」
「ゆっくり食べると良いよ」
「ウー」
長門は微笑みながらクリームの入った袋を手に取った。
先にしっとりシュークリームから食べたが、エクレアとはまた違って美味だった。
エクレアの方がより複雑な味だが、これはシンプルで正統派のシュークリームだ。
誰もが素直に美味しいと言える。
1個をやっとの思いで食べ終えたル級は、しゃくりあげながら涙を拭いた。
提督はポンポンとル級の背中をさすった。
「ほら、紅茶も飲むと良いよ。美味しいよ」
「・・・」
長門はふと、文月の方を見た。
クリームの入った袋と爪楊枝を手に持ったまま凝視している。
「文月、どうした?」
「あ、いえ、どうやったら余す事無くクリームを絞り出せるかなって」
潮が首を傾げた。
「後ろからゆっくり捩じっていけばほとんど出ると思いますよ?」
だが、文月はビシリと潮の小袋を指差した。
「まだ袋が黄色いですよね!」
「へ?あ、ああ、そうですね」
「袋は元々透明ですから、色の部分はクリームです!」
「そ、そうですね」
「何とか、何とか全部出せないでしょうか!」
提督が苦笑した。
「余程クリームを余す事無く取り出したいんだね」
文月は真剣に絞り出しながら頷いた。
「美味しさの主成分ですから」
長門も絞り終えた容器をつまんで考えた。
確かにここに残ったクリームは、後は捨てるだけである。
勿体ないと言えば勿体無い。
だが、下手な絞り機よりもビニール袋の方が残さず絞り出せる。
1回使いきりだから衛生的でもある。
その時、長門はハッとした。
大量に生産し、皆が一斉に食べた場合・・・
「提督」
「うん?なんだい?」
「やはり最初から入れて出すべきではないか?」
「なんで?」
「別に入れる方式とした場合、1日で大量のビニールゴミが出るぞ」
提督はうーんと悩みつつ答えた。
「この方式ならね。でも実際採用するなら店員が渡す直前に絞り機で入れて渡すと思うよ?」
「そうか、それなら大丈夫か」
文月が残念そうに言った。
「誰が一番絞り切れるかって競争は出来ないんですね」
「まぁ、大量生産だし、狭い浜だからゴミ削減が優先だよ」
1個目の余韻を噛みしめつつチビチビと紅茶を啜っていたル級が顔を上げた。
「ポイ捨テナンテ、サセナイデスヨ?勿論毎日掃除当番ヲ送ルシ」
「入れるの楽しかったの?」
「マ、マァソノ・・楽シカッタ」
ル級は照れたような顔で答えた。
そして、提督とル級は最初からクリームを入れた方のシュークリームを食べ始めた。
ちなみに他の面々は既にペロッと完食している。
「皮がしっとりしてる方が、オーソドックスなシュークリームって感じだね」
長門が頷いた。
「そうだな。ただ、少し縮んでしまう気がする」
「外見がって事?」
「うむ」
「文月はどう思う?」
「上手く言えないんですけど、優しい感じがします」
「優しい、か」
潮が継いだ。
「皮が水分を吸って柔らかいのと、皮とクリームが馴染んでいるのかもしれません」
その時、提督はル級を見てびくりとした。
ル級がもう1つのシュークリームにかぶりついたまま目を見開いて固まっていたからだ。
「ど、どうした?」
「・・・」
提督の声に長門達もル級を見た。
潮が心配そうに声を掛けた。
「・・あ、あの、変な物でも入っていましたか?」
ル級は潮に目で違うと合図しつつ、黙々と残りのシュークリームを平らげた。
全部口の中に入ってからも、目を閉じてずっともぐもぐと口を動かしていた。
やがて本当に名残惜しそうにごくりと飲みこむ。
提督達はル級の言葉を待っていた。
「・・・コレ」
提督はル級に手を拭く為の布巾を渡しながら言った。
「思い出の味、かな?」
ル級はこくりと頷いた。
「ビックリスルクライ、覚エテルノトソックリ同ジ、ダッタ」
「そうか」
「ウン」
「じゃあ皆、レシピは最初から入れる方で行こうか」
長門達はにこりと笑って頷いた。
「そうだな」
「決まりですね」
「解りました」
ル級がハッとした顔で文月を見た。
「エッ!?コ、コッチデ良イノカ?絞リ出シタカッタンジャナイノカ?」
文月はにこりと笑った。
「そっちは、生産が安定してから別途相談します」
長門が片目を瞑った。
「今まで我々に何も言わずに協力してくれた礼だ。受け取って欲しい」
ル級は再びぐしぐしと溢れる涙を拭いながら
「ウン・・手伝ッテキテ良カッタヨ」
と、言った。
提督はル級に話しかけた。
「それでね、ル級さん」
「ウン」
「店を開けた後の話なんだけど」
「ウン」
「この話が噂でも広がらないようにお願いしたいんだよ」
ル級は少し考えた後、ブルブルと震えはじめた。
「ソ、ソウダネ。アラユル海域カラ押シ寄セテキソウダネ」
「そうなんだよ」
「地上組ヲ除ケバ、ドノ海域ノ子モ甘味ヲ手ニスル可能性ハナイカラネ」
聞きなれない単語に提督と長門は問い返した。
「・・地上組?」
ル級はしまったという顔で慌てて手で口を塞いだが、二人の視線にがくりと肩を落とすと
「人ニ化ケテ、地上デ暮ラシテイル深海棲艦達ノ事ヨー」
と、呟いたのである。
「もうちょっと、詳しく聞いても良いかな?」
尋ねた提督をル級はじっと見ていたが、
「私カラ聞イタッテ、言ワナイデヨー?」
と言いつつ、話し始めた。