艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(19)

 

 

天龍がクリスマスツリーにされた午前、長門の部屋。

 

 

「となると、ますます引き渡す訳には行きませんね」

加賀は天龍から白雪の様子を聞くと、即座にそう言った。

「長門さん、今までの会話と総合すると、彼らは白雪さんを消すつもりでしょう」

「・・・そうだ、な」

長門の目尻がぴくぴくと痙攣した。相当頭に来ているようだ。

そして天龍達を見ると

「かいつまんで話す。今朝早く、あの司令官と秘書艦の天龍はアポイントも無しに提督を訪ねてきた」

「最初から高圧的な態度で求めているのは、お前達の所に居る白雪の即時引き渡しだ。」

「我々はいつでも飛び出せるよう、提督室の会話を日向のインカムを通じて聞いている」

「奴らは極めて無礼な態度で恫喝しているが、憲兵隊に突き出せるような決定打はない」

「それは逆に、奴らがそういう場面に慣れ、逮捕を避ける事に長けている証左でもある」

「そう思うほど、奴らの言葉の端々からは、何らかの犯罪の匂いがする」

「白雪の反応から察するに、轟沈した白雪が再び艦娘になった事に不都合があるのだろう」

「もし奴らに引き渡せば白雪は消されるというのが、私と加賀の勘だ」

「我々は白雪を逃す事を考えて、現在念の為・・・」

その時、ビビーッとブザーが鳴った。

「どうだ夕張?」

「長門さん、残念ながらビンゴ。鎮守府を囲む形で8艦隊。露骨に戦闘態勢。大本営への通信はジャミングされてる」

「・・・解った。状況をまとめてくれ」

「了解。もし白雪ちゃんを連れてこられるなら妖精用の核シェルターに案内するって工廠長が言ってるけど?」

「見つかったら艦隊が総攻撃してくるだろう。間に合うか解らない」

天龍が長門の腕を掴んだ。

「待て。教室棟とシェルターを地下でつないだらどうだ?白雪は俺の教室に居る」

「よし。夕張、工廠長は地上で解らぬよう地下通路を作り、その後封鎖出来るか聞いてくれ」

「待って、聞いてくる」

「頼む」

通信を切ると、長門は目を細めた。

「青葉」

「な、なんでしょうか?」

「大本営まで通信可能な海域まで走れないか?」

「燃料は満載してますけど、艦隊の1つにでも見つかれば強行突破出来る確証が持てません」

「そう・・だな。速さなら島風だが、8艦隊も出してくるという事は軽装でもあるまい」

「はい」

「司令官達に気付かれぬようにするには少数で行くしかない」

「・・・」

「海底鉱山の辺りは水深が深いからレーダーを避けられるだろうが、伊19も伊58も遠征中・・で・・・」

長門が伊168を見た。

「・・・へ?」

「白雪の命、そしてうちの存亡がかかっている。事を伝えるため、大本営まで潜ってはくれないか?」

天龍が首を振りながら、伊168と長門の間に立った。

「長門、それはダメだ。プランBにしてくれ。」

「1度だけだ!どれだけの緊急事態かは」

「ダメだと言ってんだ長門!俺は伊168には潜らせねぇって約束してるんだ!」

おろおろする青葉と村雨、その村雨にすがりつくように震える伊168を長門は見ながら言った。

「約束を守ろうとするのは、とても良い事だ天龍。だが、その為に全員が」

天龍は凄まじい殺気を放ちながら長門を睨みつけた。

「それ以上言うな長門。それは卑怯な責任転嫁だ。伊168はそういう言葉に苦しんでんだよ!」

村雨は伊168の手を握って、頷いた。

見上げた伊168の顔面は蒼白で、囁くような声だった。

「ご、ごめ・・ごめんなさい・・・ごめんなさい。私・・・」

加賀は目を瞑っていた。少しずつ霧は晴れてきた。予想通り大厄災が待ち受けていた。

赤城が朝の御飯を7杯しか食べないなんておかしいと思ったのです。

 

「・・・・・」

時折、うみねこの泣く声が遠くに聞こえる他は、教室には冷たい沈黙が流れていた。

たっぷり10分は経った後、祥鳳はそっと席を立つと、白雪の隣に座り、背中を撫でた。

白雪はすすり泣きながら、そっと祥鳳にすがった。

まだきっと、話を聞いてはいけない。泣き止んでからね。

祥鳳は背中をぽんぽんと優しく叩きながら、思いを巡らせていた。

自分はそういえば、どうして泣かなかったのかなあ。

 

天龍と長門の睨みあいは、夕張が鳴らしたコールブザーで終了した。

「・・・なんだ?」

「長門さん、天龍さんの提案はOK、教室の真下まで通せるって」

「・・もう1本、戦艦寮の下にも頼む」

「もちろん。もう寮の下には全て引いたし、教室の方も・・あ!出来たって!行って良いわよ!」

「よし!天龍、この話はひとまず置く。シェルターへ移動するぞ!」

「・・おう」

そして天龍は村雨と伊168に

「お前らだけで白雪と祥鳳を連れて来い。まだ白雪が落ち着いてるか解からねぇからな」

というと、

「はいはーい」

「・・・任せて」

と、二人は返した。

 

夕張が調べたところ、8艦隊全てに高練度の正規空母、戦艦、軽空母、重巡が確認された。

奇妙な事に、所属を調べると3つの鎮守府に属している艦娘が混ざって編成されていた。

さらに、彼女達はデータ上、現在は港に居るとされていた。

明らかに非合法な出陣だ。

さらに、対戦シミュレーション結果は分が悪いというより、ほぼ負けが確定している状況だった。

高雄達研究班の面々は相談を続けていた。

「長門達になるべく公平性を保った形で伝わるようにしましょう」

「絶望的とか、敗戦確定とか言っちゃダメだぜ、夕張」

「で、でも、相手は全部LV120以上なんだよ・・・うちで100突破してるのは長門さんだけなのに」

「それでもだ。相手のLVを正確に伝えるだけにしろ。な?」

「う、うん・・・」

睦月はそっと、研究室のドアを閉めた。

そしてインカムをつまんだ。

「ビスマルクさん、応答してくれますか?」

 

ビスマルクは自社の執務室に居た。

長門から緊急事態と聞き、工場の操業を止めようかと言ったが、気付いてないように装えと言われた。

その為、材料を投入せずに機械だけを動かし、従業員は既にシェルターへ逃がしていた。

自分はこの方面からの攻撃を一人で防衛するつもりだった。

遠い海原から、血生臭い匂いがぷんぷんしてくる。

「・・・ええと、睦月さんかしら?」

「はい。睦月です」

「どうしたの?何か御用?」

「海底を、思い出して欲しいんです」

「・・・大本営方面の、ね?」

「はい」

ビスマルクはふむと考えたのち、

「ええ、大丈夫」

「深海のみで海域を離脱できますか?」

「・・・そのまま行くと2カ所、厳しいわね。ただ、どちらも回避ルートがある」

「了解です。もう1つ教えてください」

 

 

ピクリ。

白雪は足元の異変を感じ取った。なんだこれは?

「どうしたの、白雪さん」

「祥鳳さん、床下に注意してください。変です」

「ゆ、床下?」

そう言った時、床板の1枚が正方形に外れると、

「祥鳳さん、白雪さん、村雨ですよ!こっち来てください!」

と、村雨がひょこっと顔だけ出して言った。

「・・・・教室の地下に通路なんてありましたっけ?」

白雪が首を捻ったが、続いて顔を出した伊168は

「工廠長さんが今作ったの!さぁ、これで行くわよ!ついてらっしゃい!」

祥鳳が首を傾げた。

「どこに行くんです?」

村雨が言った。

「工廠地下の核シェルターです。案内します」

ただならぬ単語が出て祥鳳は驚いた顔をしたが、白雪は悲しげに顔を伏せると、

「また殺しに来たんですね。巻き添えを厭わない、あの時と変わらない」

と、呟いた。

「さぁ!早く!」

伊168の声に祥鳳が立ち上がって白雪の手を引いたが、白雪は座ったまま

「私が死ねば、皆さんは生き残れます。置いて行ってください」

と言った。

 

 

 


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