3月31日昼、鎮守府
「ダメだ!ずえったいダメだ!」
「お、落ち着いてくれ。こちらの落ち度は認める。すまぬ。この通りだ」
「この通りでも裏通りでもない!わしらを殺す気か!もうへとへとなんだ!」
「でもね、このままだと皆のお家が無くなってしまうのです・・・」
場所は工廠長の事務所。
工廠長も茹でダコのように真っ赤になっているが、机に上に居る妖精達も腕組みをして怒ってるぞ!という風情だ。
極めて旗色の悪い交渉をしているのは長門と文月であった。
経緯はこうだ。
新鎮守府の図面を今朝渡された工廠長は、まともな図面が来た事にほっとしていた。
さらりと屋内演習場とか言われたらどうしてくれようと思っていたからである。
しかし、納期欄を見て目が点になった。今夜2100時までだと?
「出来る訳ないだろうがバカモノおおおおおお!」
となったので、話がどこかずれていることを察した文月は、長門を呼んで来たのである。
そして工廠長と長門の主張を聞いていた文月が、ある事に気づいた。
「工廠長さん、既に建っている建物の改装はすぐだけど、新しく建てるのは時間がかかるってことで良い?」
「あぁ、そういうことだ」
ふぅふぅと肩で息をしながら、工廠長は言った。
長門は額に手を当てた。
確かに自分が見た鎮守府建設現場は元々別の鎮守府が壊滅した場所であり、古い建物を壊して更地にした後で新しく建てていた。
壊す手間がない分早く立てられると考えたのだが、基礎工事に一番時間がかかるとは思わなかったのだ。
工廠長はぐいと水を飲み干すと、すこし怒りを納めながら言葉を続けた。
「承知の通り、鉄やコンクリートは被覆前の塩が大敵だ。さらに砂や水で地盤が緩い場合が多い。だから沿岸部の大型建物で最も気を使うのは地質調査と基礎工事なんだ。敷地の整地や舗装、建物以外の工事にも時間はかかるんだぞ」
「工廠長。本当にすまない」
長門が深々と頭を下げた。
文月は考え込んでいた。事務方でも時間は操作出来ません。どう解決したものやら・・・
沈黙を破ったのは、工廠長だった。
「島の資料はあるか?」
「あ、あぁ、地図と航空写真がある」
「見せてみろ。あ、お前達は全員寮に戻って食事と休息を取っていろ。風呂にも入れ。おやつを食べてもいいぞ」
妖精達はパッと明るい表情になると、うきうきとした足取りで引き上げていった。
「これが地図、これが航空写真ですよ~」
工廠長は顎鬚をなでながら地図と写真を交互に見ていたが、ふと呟いた。
「この岩場は不自然だな」
長門と文月も見る。確かに天然の岩場を港、そこから続いた道が島の中央部に向かってるようにも見える。
「先日調査したときは、陸上に深海棲艦反応は無かったし、当然人の気配も無かったぞ」
「そりゃそうだ。こんなちっぽけな島で人類が海上支援も無く自給自足するのは不可能だからな」
「でも、深海棲艦が出没する前なら、居たかもしれませんよ?」
「とすると、基礎のある土地があるかもしれんな」
工廠長がひざを叩いた。
「よし、わしを連れてけ。なるべく早くな」
長門が顔を上げる。
「作ってくれるのか?」
「出来ると決まったわけじゃない。喜ぶな。ただ、女子供を寒空に放っとくのは好かん」
さも面倒臭そうな口調だが、「仕方ないなぁ」という顔だ。
これだから工廠長は妖精達にも絶大な信頼を置かれるのだ。
「一番速い船を用意する」
「もー、荷造りが終わんないのにー」
島風はぶーぶー文句を言いながら工廠に現れたが、文月が
「いっっちばん速い船でないとどうしても出来ないのです。最速の島風さんにお願いするしかないのです」
というと急にご機嫌になった。長門は思った。さすが越後屋。
それから僅かな時間の後。
島の岩場で胃を押さえている工廠長と島風の姿があった。
波を全く無視して全速力で駆けた島風の航行は確かに速かった。
しかし、ビルの3階から1階まで上下するような揺すられ方に、さすがの工廠長もフラフラであった。
「うぅ、気持ち悪っ・・・」
うつむいた目線の先にきらりと光るものがある。
拾い上げると、それはボルトだった。島風に渡す。
「これ、持っててくれ」
「うん、いいよ」
周囲を見回す。岩の中を玉形にくりぬいたような場所で、航空写真で見るより広い。
洞穴らしき穴と、岩の上に続く道が見える。
間違いない。人が使っていた跡だ。
「よし、上に行くぞ」
「はーい」
道の先には小さな湖を中心に、畑と数件の廃屋があった。集落という規模である。
残念ながら公民館といった土台を必要とするような建物の跡はどこにも無かった。
また、人の気配も全く無かった。無人になって久しいようだ。
持ち込んだ地質調査機でざっと調べると、鎮守府を建てられそうな岩石質の地盤も見つかった。
「整地はしなくても良さそうだが、基礎工事は要るな」
「えー、砂利道より石畳とか欲し~い!」
「島風、お前に任せるよ。よろしく」
「う、無理」
「お洒落はそのうちな。まずは仮の住まいだろ?」
「仮って?」
「今すぐに基礎工事は無理だ。準備も材料も足りん。だから端の方に基礎の要らない建物を建てておくんだ」
「ふーん」
工廠長はそういうと、大空に向かって手をかざす。
熟練妖精の長がなにやら長い言葉を発すると、光から徐々に建物が姿を現した。
「すっごい!すっごおおおおい!」
島風は目を見張った。ヒゲオジサン、かっこいい!
しばらくすると、大きめのログハウスのような建物がずらりとならんだ。
「ま、こんなもんだろう」
「ねえねえ!島風に1号棟頂戴!」
「それは長門達と決めろ。島風、外観と内装、それに全体の写真を撮っておいで」
「うん!いってくる!」
嬉しそうに駆け出す島風を横目に、工廠長は振り向き、丘の端に立つ。
小さく岩礁が見える。あんな所に放置されたら大の大人でも2日と持つまい。
大潮の時には周りの岩はほとんど水没するんじゃないか?
ひでぇ事をしやがるもんだ。
だが、と、工廠長は閃いた。
ちょいと手を捻ると、最も大きな岩の上に一軒の小屋が出来た。
あの岩礁に小さな小屋を建てておこう。海水浴や釣りくらい出来そうだからな。
明日から妖精達にバ・カ・ン・スを取らせる。この要求は絶対飲んでもらう。
だが、わしは・・・
そういって島の内陸に振り向く。
鎮守府が出来るまでお預けだな。
やれやれとばかりに一つ息を吐くと、きゃっきゃとはしゃぐ島風の方に歩き出した。
島風と二人きりでデートというより、孫と祖父のような・・・
工廠長「作者、裏に来い」