プリヤ世界にエミヤ参戦   作:yamabiko

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イリヤ視点をお送りします。短めですが、キリがいいのであげます!
原作2weiのネタバレあります。

黒セイバーさんはちょこっと魔改造しております。


【6】

 伝説の赤い魔槍の本領が発揮される。

 周囲の魔力を吸いつくし、更に現在の担い手であるイリヤからの魔力も注ぎ込まれ、もはや相手の心臓を喰らうだけの凶器となった槍を止められるものなど無い。

 そう思わせるほど強烈な気配を槍は湛えていた。

 その魔槍をイリヤはこれで決着、というように全身全霊をかけ、黒騎士めがけて投擲する。

「『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)』」

 真名を解放され、赤き閃光と化した槍は、黒騎士が展開した魔力の霧の障壁を簡単に食い千切り、轟音を立てて獲物へと到達する。広範囲への攻撃だったか周囲の地面はえぐれ、舞い上がった土煙は視界を遮る。確認はできないが敵は倒せたはずだ。

 『宝具』ゲイ・ボルグは「敵の心臓を必ず貫く」という結果へ向かって因果を組み上げる。いかなる防御も回避も不可能だ。

 だからこそ、イリヤはこの一撃にかけた。

 元々、英霊クー・フーリンの力を纏ったイリヤは黒騎士に対して優勢を保っていた。

 しかし現象とはいえアーサー王の英霊は簡単には討ち取らせてくれなかった。黒騎士の防御をかいくぐり、その身に刃を届かせるも、異常なまでの察しの良さで致命傷には至らない。

 焦ったのはイリヤの方だ。こちらには魔力切れという時間制限がある。ならば、その前に必殺の一撃で終わらせてしまおうと、『宝具』の真名解放に踏み切ったのだ。

 

 パキンっという音と共に変身が解け、クラスカードが排出される。

 魔力切れによる強制送還である。

 イリヤは今にも気を失いそうになりながらも、己が成した惨事を見やる。

 クラスカードという礼装がもたらした結果を。

 整備されていた川辺は見るも無残に地形を変え、戦闘の余波で周囲には砲弾や斬撃の跡が目立つ。さながらテレビの中の戦場のようだった。

 ここは鏡面界であるから現実世界には影響はないが、――もし現実世界だったら修繕費は冬木市の税金から出るんだよね――と、イリヤは少し気が抜けたせいで、少々ずれた感想を抱いてしまう。もし、人が沢山いる街中で起こっていたらという想像は頭の隅に追いやって。

 そして背後の少女――美遊の無事な姿を視界に収めて、思わず笑みが浮かんだ。

(私は、友達を守ることが出来た。――私は『願い』を叶えることが出来た)

 もう失わないで済んだ、という安堵と達成感がイリヤの胸を満たした。

(……――――?)

 何か忘れているような気がするが、今は倒した黒騎士のクラスカードを回収しようと、未だ土煙を上げる場所へ向かう。また誰かの手に渡ったり、悪用でもされたら、たまったものではない。

 だが、その行動は急停止を余儀なくされる。

 土煙の奥にゆらりと立つ影を認めたからだ。

 

 アリエナイ。何デマダ居ルノ?

 

 そう、黒騎士は消えていなかった。

 心臓のすぐそば、脇腹部分には食い千切られたような大穴が空いていた。血はどぼどぼと流れ出している。それは明らかに致命傷であり、黒騎士が消滅するのも時間の問題かと思われた。

 しかし。

 それでもなお、黒騎士は言葉にならない声をあげ、こちらへと向かってきた。

 脇腹の大穴の他にも、全身のいたるところにある刺し傷や切り傷から出血は続き、総じて血塗れだったが、剣だけは手放さない。

 いったい何が彼女を駆り立てるのか。

 イリヤは執念さえ感じるその姿に、先に戦ったライダーやキャスターとの違いを感じていた。

 クラスカードで己も英霊の力に触れたからこそ分かる。

 あの黒騎士は、他の実体化したクラスカードとは存在の強度が段違いに高いのだ。ただカードに『写し取られた』のではなく、まるで自ら望んでこの世界に実体化したような……。

 黒騎士は、ふらふらで立っているのもやっとという態であるイリヤでは無く、まだ余力のありそうな美遊を標的と定めたようで、残った魔力を推進力として美遊へと迫っていく。

 他のクラスカードを展開しようにもイリヤの魔力は空っぽであり、もはや黒騎士に対抗できる手段など無い。

 それでも。

 イリヤは力を振り絞り、美遊と黒騎士の直線上に入り込む。

(せっかくの『願い』だもの。やり遂げないとね)

「ミユさん、逃げて!」

 黒騎士はすぐそばまで来ている。少しでも時間稼ぎになればいい。

 黒い剣が振り上げられる。

 イリヤはその様子をスローモーションで見ていた。

 騎士の傷口から滴る血が跳ねたが、気も留まらなかった。

 ただ、バイザーが外れ露わになったアーサー王の素顔が、とても綺麗だな、と脈絡もなく思っただけ。

 黒騎士の剣が振り下ろされる。

 

 ギンッ!

 

 鳴り響く鉄の音。視界に広がる鮮やかな赤色。

 頼もしい背中はまるで絶体絶命のピンチに現れる正義の味方(ヒーロー)のようで。

(ヒーローって本当にいたんだ)

 イリヤは呆然と、目の前に飛び込んできた長身を見上げた。

 肩から腕と、腰に纏うような変わった形の外套の色は赤。

 イリヤの眼から見ても、よく鍛えられていると分かる筋肉を覆うは、黒の軽鎧。

 髪は雪のように真っ白で、僅かに露出した部分から、灼け付いたような褐色の肌が見えた。

 そんな男が握るは白と黒の中華風の一対の剣。その双剣でもって、黒騎士の一撃を防いでいたのだ。

 黒騎士とイリヤの間に割り込んだ男は、そのまま一歩前に踏み込み、黒騎士を力任せに押し退けると、いきなりのことに動けないイリヤを抱えて距離をとる。

 黒騎士は、新たに登場した男を警戒してか、すぐには襲ってこないようだ。

「イリヤスフィール!」

 美遊が泣きそうな顔で近づいてくる。普段のクールで近寄りがたい感じからは一転、友達を心配する普通の女の子のようだ。

 男は比較的きれいな地面にイリヤを座らせ、そして唐突にその銀の頭をくしゃりと優しく撫でた。

 目をぱちくりさせるイリヤに、男は初めて声を発した。

「よく頑張ったな、イリヤ。あとは任せろ」

 温かい手の感触と低く優しい声音に、涙がこぼれそうになった。

 気を張って、抑え込んでいた気持ちが男の声につられて溢れ出てくる。

 そう、イリヤは頑張ったのだ。

 後ろで見守っていてくれた頼りになるあの人たちと、ハチャメチャだけど自分に戦う力をくれたルビーを失くして、悲しくて。『私』が出てきても、黒騎士との戦いは厳しかった。怖かった。でも美遊を守る(『願い』を叶える)ためには退くわけにはいかなくて。

 イリヤにとって、その行動はとても勇気がいること(存在意義)だったのだ。

 それを褒めてくれた。よく頑張ったと認めてくれた。

 心の中であたたかいものがじんわりと湧き上がる。ただそれだけのことが、とても嬉しかった。

 そして、後は任せろと言ってくれた。私はもう休んでいいんだと、身を案じてくれた。

 正直言って、心身ともにクタクタだったイリヤは、大きな安堵と共に力が抜けていくのを感じた。

 まだ黒騎士という脅威が残っていて、この状況が危険なことには変わりない。それでもイリヤは男の頼もしい姿に安心感を抱いていた。

(大丈夫。この人は絶対、私たちを助けてくれる)

 それは確信だった。今日初めて出会ったはずだが、赤い外套の男の背中は、家族と同じくらい信頼できるものだと思ったのだ。

 そうして、いっぱいいっぱいだったイリヤの意識は、急速にフェードアウトしていったのだった。

 




やっぱり、褒められたらうれしいものですよね。あと、恋愛フラグではありません。

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