いつか感想で指摘されてしまったことの補完話、前編です。
後編も早いうちに上げます。
ちなみにこの世界の四次は自分なりに捏造しているので、あの人もいます。
あとサファイアに関しても捏造ですのでご容赦ください。でもこんな理由だったら面白そうだと思ったんだもん!
そしてトッキー、ごめん。
「まさかたった一年で帰ってくるなんて」
凛はそう呟いて門の前で足を止めた。空港でも同じ内容を零したかもしれないが、実際に生家の前に来てしまうと、何とも言えない感慨がこみ上げる。
バス停から長い坂を上りきった先にある大きな洋館は、この界隈でも有名な名家の屋敷だ。数百年単位で数えられるほど古くから在り、人を遠ざけるような独特な雰囲気を放つ。
「やぁやぁここが凛さんのご実家ですか~。流石、六代目となるとそれなりに立派ですね~」
「全てはご先祖様の遺産よ。それよりルビー、迂闊に昼間っから出て来ないの。誰かに見られたら面倒じゃない」
「簡単な認識阻害の術式を展開しているから大丈夫ですよ~。目撃されても、いい年こいた女子高生がおもちゃと会話しているようにしか見えませんから!」
まったく大丈夫じゃない。主に私が。
凛は口元を引き攣らせながら、フヨフヨと能天気に宙に浮く羽の生えた礼装とこれから上手く付き合っていけるかと頭を抱えたくなった。押し付けられた任務に加えて、協力関係に当たる金髪ドリル馬鹿の件もある。決して幸先がいいとは言えない。
凛はとにかく呼吸を整え、門の認証キーを口にした。遠坂邸に張られた結界は無断侵入を許さず、認証が与えられた者しか通さない。
春の陽気は心地よいことだが、少しでも輸送賃を減らそうと、大いに荷物を詰め込んだスーツケースを坂の上まで引っ張り上げた凛には少々暑苦しい。早く家に入って一息つきたいと、ゴロゴロとキャスターを響かせ中庭を抜ける。ちょうど春の花が咲き乱れると同時に夏の早いものも花をつけていて、倫敦から荒れ気味だった凛は少し癒された気がした。
(本当はもっと箔を付けてから帰って来たかったけど、しょうがないわよね)
玄関の扉を前にして大きく深呼吸。そして意を決して把手に手をかけようとし――――盛大に空振った。
「えっ」
ほんの一瞬の差で内側に開かれた扉。
奥にいた女性は、人が扉の一寸先にいたことに驚き目をパチクリさせる。
だが凛の姿を認めると、その黒い瞳に歓迎の色を浮かべた。
「お帰りなさい、凛」
「……ただいま戻りました、お母様」
気まずい顔で挨拶する娘に、遠坂葵は庭に咲き誇る花のように微笑んだ。
が、そんな母子の一年ぶりの再会に割り込む影が一つ。
「あー! やっぱりここはあの時のお屋敷ですね!」
空気をまったく読まないゴーイングマイウェイなステッキである。
「ちょっ、バカ! ごめんなさいお母様。こいつ礼儀がなってなくって。このステッキは大師父がこの任務のため直々貸して下さった魔術礼装で―――」
「……ルビーちゃん?」
「は?」
凛の必死の説明を遮って、葵は宙に浮かぶ五芒星と金のリングと白い翼で飾ったソレの名を呼んだ。
「そうです!可愛く可憐なカレイドステッキのルビーちゃんですよ~。そういうあなたは葵ちゃんですね!」
あの葵ちゃんがこんな綺麗なご婦人になるとは! いいえ、あなたも変わらないわね~と、いきなり和気あいあいと話し始めるステッキと母親に、凛は固まるしかない。
「……お母様、このバカス……もとい魔術礼装をご存知ですの?」
「ええ。もう二十年以上前になるかしら? あの時の出会いはもう衝撃的過ぎて忘れるに忘れられないわ。―――まあ、立ち話もなんだから、中で話しましょうか」
お茶の用意をするわね、と葵は上機嫌で屋敷の奥へと向かう。
ルビーは、おじゃましまーす、と軽く戸をくぐり抜け、勝手知ったるように応接間の方へ飛んでいく。しばし呆然としていた凛も我に返ると重いスーツケースと共に懐かしの我が家へ足を踏み入れたのだった。
ところ変わって遠坂家の応接間。
凛は上等なソファーに身を預け、葵が手ずから淹れた紅茶を口に運んでいた。渋みを出すこと無く茶葉の香りが十分に薫るこの一杯は、昔から慣れ親しんできたものであり、帰省の実感がわいてくる。このままゆっくりくつろぎたいところだが――――無理だ。
いま、この家には遠坂家以外の闖入者が存在している。そう、何故か己の母親と随分仲良しなカレイドステッキ・ルビーである。出会って数日の短い付き合いだが、これの性格が煮ても焼いても冷凍して粉々に粉砕したとしても食えないものだと分かっている。これからされるルビーと葵の昔語りがただの和やかな話で終わるはずが無い、と凛は気を引き締めた。
「それではお母様。このカレイドステッキ・ルビーとの馴れ初めを、お願いします」
背筋を正した凛に、母親たる葵も真っ直ぐに向き合い口を開いた。
「そうね。まず私とルビーちゃんの出会いだけど……きっかけは時臣さんのうっかりなの」
「は? お父様のうっかり?」
敬愛する父親の名が出てきて、思わず声が裏返った凛。
「そうなんですよ~。わたしを封い……いえ保管していた特殊な箱をあのジジイがこの家に一時的に預けていた時期がありまして~」
「当時中学生だった時臣さんは、大師父から与えられた試練だと勘違いして、その箱の封印を解除してしまったの」
ふふ、と笑う口元に手を当て葵はとんでもない内容をさらりと語った。
凛は唖然とするしかない。
大師父からの預かりものを試練と勘違いしてしまった父親のうっかりにも呆れるが、仮にも魔法使いの一人に数えられる大師父の封印魔術を、中学生の父親が解除してしまったことに対しても驚きを隠せない。
(流石お父様だわ)
どれだけの研鑽を幼い頃から積んでいたのだろうか。凛とて大師父からの課題(任務)を与えられたが、無事やり遂げられるかどうか自信はあまりない。
しかし、せっかく苦労して開けた箱の中身がアレだったとしたら、父はどんな感想を抱いたのだろう?
そこまで思考を巡らせたところで、凛ははた、と気付いてしまった。
この愉悦型魔術礼装が解放されて大人しくしているだろうか。
――――いや、絶対に何かをやらかす。
凛はこの礼装を譲渡された直後の出来事を、鮮明に覚えていた。寧ろ忘れ去りたいくらいなのだが、アレは強烈過ぎた。
「ルビー、あなたまさか、お父様にまで毒牙をかけてはいないわよね……?」
恐る恐る凛は尋ねる。言葉とは裏腹に嫌な予感は膨れるばかり。
ルビーと葵は顔を見合わせ(ルビーに顔はついていないが)、一つ頷くと言った。
「いやあ、可愛かったですよ。マジカルトッキー君」
「いやあああああああああああ!!!!」
凛の悲鳴が遠坂邸を揺るがした。
「記念写真もあるけど見る? ほらなんて微笑ましいのかしら」
「お母様まで!! というか、持ち歩いてらっしゃるの!?」
葵が懐から取り出した手帳には、確かに古びた写真が一枚。つい視線をむけてしまい、視界に映りこんだソレに、凛の理想としてきた父親像にビキビキっと亀裂が入って――――砕け散った。
少年期特有の線の細い体躯。緩いウェーブの黒髪に、凛と同じ色の蒼い瞳。幼くも鼻筋の通った凛々しい顔立ちは、確かに凛の記憶の中にある父親に通じるものがある。
しかし、黒髪の両側から垂れる小判型のふさふさしたものは一体何なんだろうか? 凛のものがネコ科であれば、これはイヌ科……ダックスフント?
さらには眩いばかりの白と赤のコントラスト。真っ赤なブーツにそこから伸びる白い生足、絶対領域を通り過ぎて赤のショートパンツに繋がり、黒のサスペンダーの下にはあまりに丈が短い優雅な白シャツ。魅惑的なおへそがアクセント。
真紅の手袋をはめた腕にはもちろん元凶が握られ。
ビシッとキラキラした瞳でポーズを決める若き遠坂時臣の姿がそこにあった。
「だぁああああああああああああ!!!!!」
本日二度目のスクリーム。どうやら窓は割れなかった模様。防音結界のおかげでご近所迷惑にはなりません。
「あらら、家訓の優雅はどこにいったんでしょうね~。顔面作画崩壊の域に達してますよ~」
「遠坂の当主たるもの、これくらい受け入れる器は必要よ、凛」
うふふふふと笑い合う被害者の妻と被疑者。どうしてそんな波長が合うのか。何かオカシイ。
「まあ私たちのファーストコンタクトはこんな感じよ。一緒に雁夜君もいたのだけど、もう苦笑いしか浮かんでなかったわね」
ころころと笑う葵が凛に追い打ちをかける。雁夜おじさん、たぶんどん引いていたんだろうなぁ、と凛には容易に想像できた。ああ、遠坂の魔術が誤解されそう。
「ちなみに正気に戻ったトッキー君はその場で自殺しそうな勢いだったので、記憶改竄デバイスでなあなあにしておきました!」
「だから、これは私たちだけの秘密なのよ」
ならば純粋に父親を慕っていた娘にばらさないで欲しかった。
凛はうつぶせのままキラリと涙を零す。
(お父様、この秘密は一生墓まで持っていきますわ)
その後ルビーと葵の、凛にはよく分からないトークが炸裂しだしたので、凛は早々に自分の部屋に引っ込んだ。
退出する前に拾ってしまった情報によれば、ルビーの封印が解除されてからの暴走っぷりが大師父の耳に入ったらしく、直々にお迎えが来たらしい。それまでの一週間強。ルビーと母は無二の友情を築いたそうな。
大師父がこの地を訪ねて際、ルビーに関しては記憶が抜け落ちていたというかトラウマになっていた父を差し置いて、母が宝石翁の異名をもつ大魔法使いと相対したという。母は友となったルビーのため熱弁を奮い、何とか再封印は免れたらしい。
代わりに大師父はストッパーとなるカレイドステッキをもう一基制作することにしたそうだ。
「これがサファイアちゃん誕生秘話ですよ~」
ルビーが重大な裏話だという風に語ったが、凛にとっては実にどうでもいい話で。
だけれども、まさか己の母親がこんなに影響力をもっていたとは思わなかった凛である。改めて葵に対してある種の尊敬の念を抱いた瞬間であった。
母は強し。