とある喫茶店で二人の男女が向き合っていた。
クラシックな音楽が店内を流れ、落ち着いた雰囲気醸し出している。知る人ぞ知る、隠れた名店、『コーヒー監獄』。
店内には彼等とマスターしかおらず、静かな空間が形成されていた。
木製の座り心地良さそうな椅子に腰掛け、金色に輝く長髪を弄りながら怪訝な顔をしている少女に対し、少年はコーヒーを一口啜り、
「シェフーーー☆!!」
「うっせえ!俺はどちらかと言えばマスターだ!!
ザーサイならコンビニで買って来い!!」
「コーヒー美味ぇえええ!!」
「そっちか!サンキュッ!!」
「パンナコッタ二つ!勿論無料サービスで!」
「オッケー!サービスで二倍の値段で提供しますよ!!」
「えっ!?ちょ!ウソォオオオ!?」
一瞬で穏やかな落ち着くムードがガラガラと音を立てて崩壊した。
その元凶はカラカラと嗤いコーヒー五杯目を飲み干す恭弥と、豪快にガハガハ笑いパンナコッタを二人に出すマスター。
どちらも場違い感ハンパないな、と思いつつ食蜂操祈はコーヒーを一口飲む。
「で?どういうことよぉ?最初から最後まで全部説明してもらうわよぉ?」
彼女としてはとにかく早く情報が欲しかったので、二人のやりとりが終わった頃に間髪入れず恭弥に尋ねた。下手にタイミングを見計らって再び漫才が始まってしまうのは御免だと、彼女は顔を顰めて問う。
そんな食蜂に恭弥は簡潔に答えた。
「アイツ、ケンカ売ッタ、オレ、被害者、イラツイタ、コロシタ」
THE・簡潔。もはや簡潔を通り越して投げやりである。
「そこはもういいわぁ。
私が聞きたいのは、貴方の全てよぉ」
「………俺のスリーサイズがそんなに聞きたいか?」
訳が分からない。
ハ?と頬を引き攣らせて固まる食蜂。そんな彼女の心の中にあるのはただ一つ。
ーーーなんだコイツ。
対して恭弥は続ける。
「この際だ、真実を言おう。
実はだな……
…俺も知らないんだ」
知っていたら末期である。
「いや、聞いてないし」
なんだこの脱力感、と呆れる食蜂だが、このままでは話が先へ進まない。
自分から話し始めないと進展しない事を悟った彼女は、さて何から話そうか、と思案しながらパンナコッタをつついて問いかけた。
「私の二つ名…っていうの?それ、知ってるかしらぁ?」
「おう、アレだろ?『
これは酷い。
再びピシリと固まる食蜂。
笑みを湛えてはいるが、明らかに引き攣っている。
対して恭弥はコーヒー七杯目に手を出し、静かに口を開いた。その眼光は猛者の色を帯び、纏う雰囲気は百戦錬磨を思わせる。重々しい荘厳な口調で一言。
「お前って…メンヘラだったんだな」
そんな真面目に言うほどの事でもなかろうに。
「は、はぁー!?はぁー!?
何言ってんの!?そんな訳ないでしょ!!
『
メ・ン・タ・ル・ア・ウ・トぉ!!」
「あっ、牡蠣フライ定食一つ」
「ここは定食屋じゃねぇんだよ!!そんなもんあるか!」
「話を聞きなさいよぉ!!」
「ああ、そうだ。お前実はメンヘラなんだってな」
「ホント話聞いてた!?」
ダメだコレ。会話が成り立たない。
****
「ま、そんな訳でぇ……私の情報収集力にかかればどんな情報も手に入るのよぉ」
やはり話が進まないと思い、強制的に進めるために一先ず自分の説明をし終えた食蜂。
そして、そんな彼女の話を聞いて恭弥はパチクリとまばたきをし、手に持つコーヒーをコトリとテーブルに置く。
続けてパチパチと拍手を始めた。
「いよっ!流石!」
いや、パチパチどころかドバンッドバンッであった。
あまりの轟音に店内のクラシック音楽などなんのその。雷管を続けざまに何発も放っているが如き様。
なんと迷惑極まりない行為。
だが、それが意味するのは、それほど恭弥が感心したということ。
それを理解し、食蜂は少し得意になってエッヘンとドヤ顔で彼を見る。
だが直後、彼女はそんな手を叩いておだてる鵠沼恭弥のその姿にポカンとした。
というのも、彼の体は既に食蜂へは向いておらず、その向く先は、
「だろ!!この新作かなり手間が掛かるんだぜ?」
巨大ケーキを作り上げたマスターであった。
「だから話を聞きなさいよ!!」
食蜂は涙目である。
ダメだ。話が進まない。
****
「さてと、……そんじゃいい加減話を進めようぜ」
「貴方の口からそんな言葉が出るとは思わなかったわぁ……」
頭に手をやり溜息をつく食蜂に恭弥は、追加注文した新作ケーキを彼女の前に押しやって口を開いた。
「で?何が聞きたいんだって?」
漸くか、と顔を顰めつつ、ケーキには手を出さないで食蜂は答える。
「はぁ……私の情報収集力の話はしたわねぇ?
で、もちろん貴方の事も調べさせてもらったわぁ」
「あそぉ。で?何かご不明な点でも?」
「ええ、あの日の貴方の行動と照らし合わせてみると、不可解な点が幾つかあったのよねぇ。
そこで私は考えた。
あれは偽の情報だったんじゃないかしらぁ?って」
些細な反応も見逃さないと言わんばかりに恭弥を見つめる食蜂。
対して、彼はイカスミパスタを咀嚼しながら考える。
(バレてたか…………あの新作ケーキがゲロ不味だったって事が)
操祈ちゃんの話を聞けよ。話を。
まぁそれは兎も角、と呟いて恭弥は言う。
「ま、アンタになら言ってもいいか。
そーだよ。多分あんたが見たのはセキュリティランクBのヤツだろ?」
「ええ、そうよぉ。やっぱり偽情報だったのねぇ」
「おうよ。モノホンは…まぁ俺も知らないけど多分A以上でしょ。
細かい事は知らね。内容知ってるからセキュリティランクなんて興味ないしね」
と、ここで恭弥は席を立って会話を切り上げる。
「ま、こんなところで物騒な話をするのもな。
場所を移そうか」
「……ええ、分かったわぁ」
チラリとマスターを一瞥する食蜂に、恭弥は威嚇の眼差しを向けて能力の使用を止めさせた。
しぶしぶと言った感じではあるが、それを了承して彼女も席を立つ。
パンナコッタは二倍の値段であった。
恭弥は泣いた。
ふざけてたら話が進まないと悟った
旅行行くんで一週間程更新止まりますわ