稲妻を落とし新世紀少年とやらを完全に消滅させた後、鵠沼恭弥は満面の笑みを浮かべていた。
晴れ渡った清々しく美しい夜の空。
塵一つない清く澄んだ空気。
周りに見える瓦礫の山、山、山。
星が美しく瞬き、神の存在を信じ込ませるように幻想的に輝く。
素晴らしい、大自然。
………うん、現実逃避はやめようか、と恭弥は呆然と辺りを見渡す。
(………………待て、よく考えろ。
起きたのは自然現象だ。
俺は関係ない………そう、関係ない。
気にするな。学舎の園が九割型吹き飛んだが気にするな。
だって………だって…………自然現象だしぃいいい!!)
自己暗示をかけることで記憶を塗り替える第八位。
流石、ゲスい。
次に彼が取った行動は誰もがするであろう単純なものだった。
そう、帰宅。
(さて、帰ろう)
オイ、ちょっと待て。
最早、食蜂操祈との約束の事など彼の頭からは飛んでいた。
鼻歌を歌いながら瓦礫を踏みしめて学舎の園から出ようと歩を進める。瓦礫が邪魔となって歩きにくいが、先ほどの戦闘に比べれば大した事ではない。
現実逃避が上手くいったため実に気分が良く、アイテムの皆のためにサンマでも買っていってやろうと気が大きくなっていた。
このまま何事もなく、平和な日常へと戻ることができるだろう。
だが、現実はそう甘くなかった。
ガチャガチャガチャ、と周囲から発せられる音に彼は眉をひそめる。
疑問に思い、立ち止まって辺りを見渡せば、
「そこの少年!止まるじゃんよ!」
なんと
唖然として目を見開く恭弥。気づかぬうちに包囲されていたからではない。
(こいつらアホか!?なんでどこにでもいるような男子学生に違法改造したアサルトライフル向けてんだよ!怖っ!!)
単純にガクブルしてたからであった。
いろいろ突っ込みたいところはあるが、本人が心の底の底の底から思っているのだからどうしようもない。
ここで鵠沼恭弥は思考する。
今まで以上に必死になった結果、レベル6へ容易に到達するであろうほどの頭の回転を引き起こした。
そして、素晴らしいほどの熟考の果てにーーー
(よし!走って逃げよう!途中で警備員の衣装を剥ぎ取って着れば逃げ切れる!)
ーーー素晴らしいほどアホくさい案が出た。
ついでに言っておくと、衣装ではなく装備である。
重ねて言うが、彼等はコスプレをしているのではなく戦闘の装備をしているのである。
「よっこらせっと」
警備員の警告を無視し、手を地に付けてクラウチングスタートの体勢。集中し、感覚を研ぎ澄ませる。
先ほどまでと同様に、エネルギーを変換、方向性を指定し、弾丸の如く全力で飛び出した。
ここで、鵠沼恭弥は一つ重大なミスをした。
ここで、鵠沼恭弥は一つ重大な事が頭から抜けていた。
刹那、異変を感じてそれに気付く。
だが、時すでに遅し。
(あっ…この演算形式……変な物理法則ぶち込んだやつだったわ)
直後、彼は頭から地面にダイブした。
****
警備員の一人、黄泉川愛穂は困惑していた。
学舎の園で侵入者の存在を示す警報が鳴るも、数秒で途絶えたために警備員は最初、システムの故障との判断が下され、動かなかった。
だが、突如メソサイクロンの発生が確認されたため、生徒の保護及び調査の目的で駆り出されたわけである。
その後、生徒の誘導を終え、暴風の中を軍隊行進していると、突然雲が消えて美しい星空へと移り変わった。
ここで、疑いが確信へと変わる。
ーーー間違いなく、能力者。
警戒し、辺りを見渡せば一人の少年がボケっと突っ立っているではないか。
しかし、ここは男子禁制の学舎の園。男子学生などいるはずがない。
ここにおいて、どう考えても彼の存在はおかしい。
(………アイツが怪しいじゃん)
警備員の誰もが彼に気づき、統率の取れた素早い動きで、その元凶と思わしき少年を包囲する。
そして、あれだけの災害を引き起こした可能性がある人物だ、油断はできないと黄泉川は気を引き締めて恭弥と対峙した。
「少年!動くなよ!」
そう、対峙したのだが、
「よっこらせっと」
彼は警告を無視して地面に手を付けたのだ。
(まさか、能力!?)
咄嗟に身構えるも、対策を講じる前にそれは起きた。
ドゴッッ!!
爆音が辺りに響く。衝撃が周囲へと走る。
その源は、物凄い勢いで地面へと激突した少年。
あまりの威力に、地面に罅が広範囲に渡って入り、岩盤がめくれあがった。
突然のことに皆が慌てて銃を向けるも、少年はビクンビクンッと痙攣して、パタリと力尽きる。
頭から腰あたりまでアスファルトの地面にめり込んでおり、無事ではないことは一目瞭然。
よし、落ち着け、これまでの事を思い返してみよう、と黄泉川は目の前で起きた摩訶不思議な現象を理解しようとする。
災害が発生し、その原因と思しき少年を発見、包囲した所で自爆された。
訳がわからず彼女は困惑するしかなかった。
「「「……………」」」
直後、場を支配する沈黙。
一秒すら一分に感じてしまう、この空気。
この時、奇しくも警備員全員の一致していた。
(……気まず…)
果たして彼は何がしたかったのだろうか?
そんな疑問が渦巻く中、黄泉川愛穂はとりあえず引き抜くために、彼に近づいたその時だった。
「待て!黄泉川!
あのサイクロンを引き起こしたのなら間違いなく高位の能力者だ!
絶対に油断するな!」
その言葉に黄泉川はハッとする。
確かにあれほどの現象を引き起こしたのなら、目の前の少年が
そんな人物が何の意味も無く自爆するような真似をするだろうか?
ーーー否。これは罠。彼は間違いなく無傷。
そこまで考えたところで、彼女は盾を構える。
(シリアスをコミカルに終わらせると見せかけて油断を誘うとは中々やるじゃん)
もう、彼女の心に油断はない。
ダンッと地面を蹴って徐々に加速し、ーーー
「おべっふぅッッ!!」
ーーー地面から生えた下半身を盾で、思い切りどついた。
バコンと跳ね飛ばされ、地面から抜けて宙を舞う少年。
そんな彼を見て黄泉川は唖然とする。
「痛っ!うおっ!目に血が!」
というのも、普通に頭から鮮血をドクドクと流していたのだから。
結局、単純な自爆であった。
****
鵠沼恭弥は激昂していた。
当然の事だろう。なんせ演算を失敗し地面に激突して重傷を負い、挙句の果てに盾でどつかれて無理矢理引っこ抜かれたのだから。
まぁ前半は自分の責任であるが。
「えっ!?何!?君等バカなの!?
地面から下半身しか生えてない人間をどつくか普通?バカなの?常識で行動できないの?
ねぇ?どうなの?黙ってちゃ何も分からない。
ねぇねぇねぇ?
何か反応しろやゴラァ!!」
なんだかんだ言ってサンマを買って帰ろうとするほど気分が良かった彼である。
それが数分後には、重傷を負った上に物凄い勢いでどつかれたのだ。
この凄まじい落差。
ご機嫌など斜めどころか三回転半である。
「わ、悪かったじゃん」
彼を知る者なら、お前が常識を語るなと言うところだろうが、何も知らない黄泉川はそう謝るしかない。
まぁ結局のところ、今回は全面的に警備員側に非があるので当たり前の事ではあるが。
「時速500kmで地面に突っ込んだんだよ!?どう考えても常識的に重傷だろが!!
お前等の頭の中身はメルヘンか何かか!?
現実と妄想の区別ぐらいしとけやボケナス共!」
正座してズラリと並ぶ警備員達の前で延々と説教、もとい罵倒を述べ続ける恭弥。
もちろん頭から血をドクドク流しながら。
彼の頭の血を止血しようとする者さえも一人残らず強制的に座らせているのだ。
なんだコイツ。
最早、女性警備員達の過半数は涙目である。
黄泉川はもちろんの事、警備員全員が、彼女を止めなかった自分達も悪いという事を自覚しているので何も言えないのだ。
だが、流石に一時間の罵詈雑言に耐えかね、一名が行動を起こした。
「テメェ等にどんな権限があって重傷者にっつ!イタッ!ちょっ!ストップ!痛いっ!どつかないで!」
そう、黄泉川愛穂である。
確かに、常識外れな行動をとって恭弥に余計なダメージを与えたことは済まなく思っていた彼女。
だが、流石に血を流し続けている生徒を放っておく事は彼女の教師としての信念が許さなかった。
それにいつまでもこうしていては、肝心の災害についての情報が手に入らない。
故に彼女は行動を起こした。
「そんだけ叫べれば問題ないじゃん。確かにどついた件は全面的に私が悪かった。残りの罵倒は後で好きなだけ言ってくれ。
とりあえず頭の血を止めてから話を聞かせてもらうじゃんよ」
痛みに悶える恭弥に手錠をかけて、黄泉川は言う。
「ド派手な自然災害を引き起こした疑いで同行してもらうじゃんよ」
恭弥は一瞬キョトンとし、すぐさま真っ青に顔色を変えた。
「えっ?……………あっ!
ま、待って!待て!待てぇええ!誤解だ!冤罪だぁあああ!あれは単なる自然現象でしょぉおおおお!!」
午後九時五十三分。
こうして学園都市230万人の頂点、レベル5の第八位、鵠沼恭弥は逮捕された。
寂しいサイレンが虚空に響いていった。
「それでもォオオオ!僕はやってなィイイイ!」
お巡りさんコイツです ( ^ω^)σ