とある科学の因果律   作:oh!お茶

20 / 33
『工廠(こうしょう)』

軍隊直属の軍需工場で、武器・弾薬をはじめとする軍需品を開発・製造・修理・貯蔵・支給するための施設。




20話「因果律」

 

ゴッ!!

 

と音速を超える速度で二人の人間が衝突した。

 

一人は三枚の右翼を携えた不気味な少年。

一人は外見上は何の変哲もないただの少年。

 

爆音が鳴り響き、衝撃波が周囲を薙ぎ払う。洋館のようなデザインの建物は一瞬で瓦礫へと様変わりし、地中海に面した町並みのような外観は地獄絵図の如く変貌していく。

 

その暴力の嵐の中心で繰り広げられる激戦。

 

振り下ろされる翼を躱し、恭弥は瓦礫の山を蹴りつける。

数多の破片が超電磁砲(レールガン)を超える速度で少年へと放たれた。

 

だが、少年は翼を下方から叩きつける事で衝撃波もろとも破片を上方へ逸らし、それと同時に純白の杭を放った。だが、恭弥はそこにおらず既に彼の懐へと潜りこんでいた。

 

足の位置エネルギーを固定して擬似的に足場を作り、恭弥は本気の正拳突きを繰り出す。

亜音速で放たれたそれは異質な翼による即座の対応によって阻まれるも、少年を僅かに押し返した。

だが、その代償として恭弥の左拳の骨には罅が入り、所々皮膚が裂けて血が噴き出す。

それを気に留めず、プラプラと振って恭弥は口を開く。

 

「あーあ、全く嫌になるねー。

なんで絹ちゃんとショッピングしてただけで殺し合いが始まるんだろー?」

 

相変わらず緊張感の欠片もない口調だが、そこにいつもの様な油断はない。

 

「ハッ!オマエ、元々女とお買い物なんて柄じゃねェだろ!

くっだらねェって感じよォ!

ま、どっちにせよぶっ殺してやるから安心しなァ!」

 

大気の流れを止めて、そのエネルギーの全てを変換した恭弥の正面から熱波が放たれる。周囲への熱の放出はなく、翼を持つ少年、その標的の一点のみに向かって熱の猛威が振るわれた。

だが、少年は翼はその放射へ突き込むことで熱波を霧散させ、勢いをそのままに恭弥へと翼を引き伸ばして突き込む。

 

しかし、彼は回し蹴りを叩き込むことで翼を回避。同時に近くの建物を“そのまま”少年へ向けて撃ち出した。

 

「甘ェ!甘ェ!そんな腐った感じの攻撃で俺を倒せるとでも思ってんのかァ!?中古品がァ!!」

 

しかし、絶大な能力が振るわれ、一瞬で瓦礫へと変えられた。破壊の嵐が巻き起こる。全てを埃のように舞い上がらせ、悉く塵へと変えゆく大々的な破壊活動。

 

「サッサと死ね!!」

 

「オイオイ、あんま壊すなよ。九割型お前が破壊してんぞ」

 

少年が器用に放った回し蹴りを受け止めて、拳を静かに左胸へ添え、一気に重心を落とす。

それにより発生する反発力を横隔膜で増幅させ、右拳へと伝達、

 

ーーー零距離からの、寸勁。

 

「シッ!」

 

メキョ、と的確に左胸を捉え、間違いなく肺を潰したであろう一撃。

少年の胸の中に拳が丸々一つ入り込んで、

 

「んなゴミみてェな感じの打撃が効くかよ!」

 

 

ーーーバキッメキッゴキャッと音がした。

 

 

「ごっ……ぶぁっ!!」

 

恭弥の体内で鈍く生々しい破壊音が炸裂した。

 

脈動する黒い紋様の入った白い翼が、恭弥の脇腹へと減り込んでいたのだ。

その翼は、あらゆるエネルギーを全て変換できる筈の彼の能力を貫いて、彼の体を勢い良く吹き飛ばした。

 

地面をバウンドしながら飛ばされる恭弥。

高速で地面に激突し、肉が削げ落ち、骨が削られる。

能力により勢いを殺し、持ち直すも、血に染まり満身創痍の状態。

顔の右半分はただれ、左腕からは骨が飛び出ていた。

 

「はァ〜、漸く死ぬかァ」

 

そんな恭弥を見て、少年は単調作業が終盤に差し掛かったような軽さでそう言った。

目に見えて恭弥は重傷。少なくとも先ほどまでと同じ速さで動く事が出来るということはないだろう。

後は軽く翼を振るって首を落とすだけ。

 

だが、直後、聞いた者全てを怖気付かせるような重みある声を少年は妙にハッキリと聞き取った。

 

 

「お前がな」

 

 

刹那、少年は亜音速で宙を舞っていた。

 

刹那、腹に激痛が走っていた。

 

刹那、翼が二枚もがれていた。

 

「なっ……ん…なんですかァアアアア!!??こいつはァアア!!」

 

しばらく唖然とするも、すぐに驚愕が屈辱へ変わり、それが怒りとなって頭に血を上らせながらも、再び翼を生やし、それと同じ物質で腹の穴を塞ぐ少年。

空を叩くことで体勢を立て直し、恭弥を探し出す。

 

 

目の前に、いた。

 

満面の笑みを浮かべて。

 

無傷で。

 

 

「BANG♡」

 

コツ、と恭弥は少年の胸を中指と人差し指の第二関節で叩く。

 

「ぅぐっ……ぁあああ!!」

 

直後に少年を襲う凄絶なる激痛。

内臓はズタズタになり、神経はひしゃげ、骨は罅が入るのが分かる。

 

あの程度の打撃で?

何故こんなに痛い?

何故こんなにダメージがある?

 

不可解な現象に疑問が渦巻くが、すぐに思考を切り替え困惑の泥沼から這い上がり、演算を行う。

激痛に耐えながらも、少年は死神の鎌のように、恭弥の首を刈り取らんと翼を振るった。

 

「悪りぃな。逆算は済んでるんだ」

 

「なっ!?」

 

だが、恭弥の首に当たる直前で翼は動きを止めた。

今まで以上の驚愕が大きな隙を生む。

 

バゴンッ

と少年の体内を絶大な振動が爆音となって鳴り響き、彼の体は再び宙を舞った。

呻きつつも、近付かれないように杭を全方位に射出して宙に止まると、恭弥が100mほど前方にいるのを認識する。

 

「………クソが………舐めてんじゃねェよ!!クソがァアアアア!!」

 

彼の憤怒に呼応し、脈動する黒い紋様。それが能力の強さを示すかのように、先ほどまでとは比べ物にならないほど巨大な杭が彼の周囲に展開された。

怒りのままに、彼はそれを放つ。

だが、

 

「だから逆算はもう終わってんだよ。

能力の本質が変わるならまだしも、今更お前の能力が強くなったところで何も変わらねぇんだよ。

廃棄処分だ。新世代サンよ」

 

恭弥がそう言い切った時、杭が地に落ちた。大気の流れが止まった。気温が下がった。音が消えた。

 

「なっ……ウソだろ!?俺の未元物質(ダークマター)はこの世に存在しない物質だぞ!!それを逆算なんて出来る訳がねェだろォがァ!!」

 

激昂する少年に対して、恭弥は面倒事を終えたと言わんばかりに脱力して答える。

 

「ハイハイ、安っぽい三下の台詞をご苦労さん。

 

確かに未元物質(ダークマター)はこの世の物理法則をガン無視するからかなり脅威的なモンだわな。

エネルギーってのは既存の物理法則の公式に当てはめてみて初めて正確に捉えられる物だ。だから俺との相性は抜群に悪いと言える」

 

しかぁーし、と恭弥は続ける。

 

「それなら計測し直せばいい。

ま、エネルギーってのは精密なモンだからちょっと苦労したがな。

 

そのために、殴った。攻撃を食らった。わざわざ杭の威力を確認した。

 

この世に存在しない?

それなら存在する物として定義し直せばいい。あとはそれを演算に組み込むだけで十分だ」

 

「…っ………!!」

 

少年は息を飲む。

言うは易し、行うは難し。恭弥はサラリとそう言うが、そんな事ができる能力者が果たして何人いるのだろうか。

少年は屈辱感に支配され、怒りが湧き出してくる。

それを気にも留めず恭弥は言葉を紡ぐ。

 

「ま、そうは言っても第二位が相手だったら俺は確実に負ける。

なんせ、続けざまに新しい物質を出されちまったら逆算が追いつかないからな。その間にゲームオーバーだ」

 

が、お前は違う、と彼は言った。

 

「戦闘行為からお前を細部まで分析してみたけどよ、お前の能力はその右半身に移植した未元物質(ダークマター)を操り、それと同じものを生成するだけだろ?」

 

「………」

 

「ま、図星か。最初にその翼を見た時、お前が『未元物質(ダークマター)』の能力を扱えると想定した。

けどな、そうすると一つ大きな疑問が残るんだよ。

 

『ジェネレーション』、またの名を『超能力者量産(レベル5オリジン)計画』。

もしお前が『未元物質(ダークマター)』の能力、それ自体を扱えるならあの計画が成功した、って事になる。

それだけは絶対にありえない。

 

それにいくら二位を真似ようが、お前みたいな量産品が『未元物質(ダークマター)』の能力を扱えるようになるなんて事も絶対にありえない。

 

だからお前の限界を知るために最初はひたすら逃げて観察に徹したって訳だ。

後はお前がどう組み立てられたか分析していけば攻略するのは難しくない」

 

ま、戦闘中に過去の記憶を参照しながら研究者みたいにじっくり調べ上げるのは骨が折れたが、と恭弥は付け加えた。

 

「お前の主なベースは第二位、及び第一位の思考パターンだ。ま、ずっと観察してりゃどうなってんのかはすぐに分かったよ。

二位の思考パターンをぶち込んで、移植した未元物質(ダークマター)で足りない部分を補完。ついでにモヤシの攻撃性を捻じ込んで出来上がり、ってところだろ?」

 

恭弥が確認するように少年を見やると、それが合図であったかのように何本もの白い杭が放たれた。

だが、それはすぐに動きを止め、地へ落ちる。

 

それを気にせず、怒りの赴くままに少年は恭弥に接近し、右翼を用いた接近戦へと持ち込んだ。

上下左右前後から振るわれる凶悪な殺意。

敵を肉片へと変え、間違いなく惨殺するであろう攻撃。

対して、恭弥は最小限の動きでそれを躱す。

 

「おっと………

ま、確信したのは俺が放った熱波を受けて、頭から血を流してんのを見た時だな。

二位クラスの能力なら間違いなく無傷だ」

 

「クソがァアアア!!死ねッ!死ねッ!死ねェえええ!!」

 

逆算は済んでいる。相手の分析も完璧。

ならば、相手の動きを先読みする事など容易い。

猛烈な攻めを容易に回避して恭弥は言った。

 

「ま、お前のその能力としてはレベル3あたりが妥当だろ。

アレだなアレ。

本人のスペックが低くても装備が充実してるから強くなっちゃった、的な感じ?

二位の思考を植え付けてるから、未元物質(ダークマター)をしっかり使いこなせてるしな。

つっても、俺は単に相性が悪いから苦戦したが、種が割れればレベル5勢には瞬殺されるだろうよ」

 

まぁ、五位はどうだか知らんが、と付け加えて、

 

「ちょっと黙ろうか」

 

ズドン、と少年は地に落ちた。

杭もまた然り。

 

目を見開いて驚愕する少年を無視して恭弥は続ける。

 

「ま、足りない部分を移植した未元物質(ダークマター)で補完する、って方法は確かに俺等の時はなかったわ。レベル5がレベル3に苦戦を強いられるんだから、確かに新世代ってのは凄いわな」

 

興味なさ気に話し続ける恭弥に対し、少年は何もしない。

否、何もできないのだ。

 

杭を放とうと、体術で殺しにかかろうと、瞬時にエネルギーを変換されて動きを封じられてしまうのだから。

 

完全に制圧された証拠。逆算に狂いはない。

 

「だがな、お前の能力は所詮偽物だ。頭に打ち込まれた二位と一位の演算を利用してアイツ等の真似をしているだけ。そこには創意も工夫もない。

そんな紛い物の能力で俺を殺せると思うなよ。三下」

 

次の瞬間、恭弥の背後に巨大な竜巻が発生した。

突風が少年を竜巻に引き込むが、彼は翼を地面に突き刺すことでなんとか体を固定する。

だが、それだけではない。

暴風が吹き荒れ、豪雨が辺りを打ち付ける。

 

気付けば学舎の園一帯が異常なまでに発達した巨大な積乱雲に覆われていた。

 

「スーパーセル、って知ってるか?」

 

 

地球上約11km以下、対流圏内を吹き荒れる風の中で、並行または垂直方向に、風向または風速に差が生じることがある。

それにより、その二方向の風の間に存在する空気の回転を誘発。

 

本質的には異なるが、偶力が物体の回転を促すように、捻れの関係にある風の力により風の回転が発生するのだ。

 

ここに上昇気流が加わる事によって、その回転している風を上向きの回転へと方向曲げる。

そして、その曲げられて回転する空気の柱に上昇気流も合わさって回転し始めることでメソサイクロンが発生。

 

これが元となって発生する、自ら低気圧の如く回転を始める巨大積乱雲、これがスーパーセルと呼ばれるものだ。

 

 

それを、鵠沼恭弥は引き起こした。

『エネルギー変換』という能力ただ一つで。

少年は驚愕し、戦慄する。

 

「なっ…嘘だろ!?いくらお前がレベル5といえど、エネルギーを変換するだけでこんな災害級の自然現象を引き起こせる訳がねェだろォが!!」

 

少年は今更ながらに知ることとなった。自分の挑んだ相手の底知れなさを。自分と相手の間に存在する圧倒的な実力差を。

 

「お前、なんか勘違いしてないか?

俺の能力は『エネルギー変換』。

あらゆるエネルギーを別の…まぁ、同じものでも可能だが、別のエネルギーへと変えるモンだ。

 

つまり、供給源さえあれば俺は思いのままに、ありとあらゆるエネルギーを撒き散らすことができるんだよ。

って事はだ、要所要所に適切なエネルギーを、適切な分量だけ、適切なタイミングで入れてやれば、思い通りの現象を引き起こせると思わねぇか?」

 

暴風が吹き荒れ、莫大な豪雨の音が響く中、恭弥は淡々と言う。

やはり能力を使っているのか、よく聞き取れるその声は、少年の脳内で空気振動から言葉へと変換され、正確に理解された。

確実に理解できてしまった。

だからこそ、現実を受け入れる事への拒否反応。

 

ーーーありえない。

 

その言葉のみが脳内で繰り返される。そう、そんな事ができる訳がない。

 

「そ、そんな複雑な演算ができる訳ねェだろ!!」

 

だが、

 

「何言ってんだお前。

そのための『ジェネレーション』だろ」

 

そんな少年の言葉に、恭弥はまるで単純な計算ミスを指摘するかの如く軽く答え返す。

 

そう。その程度、大した問題ではないと。

 

そして続けて言葉を紡ぐ。

 

「俺が存在するだけで全ての自然現象が発生する。

 

それ故の因果律。

 

それ故の工廠(アーセナル)

 

 

これが、八位。

 

 

あまりにも理不尽な、能力(チカラ)

 

不気味な轟音が鳴り響く。

それは頭上の巨大な積乱雲、スーパーセルから。

 

条件さえ整えばどこでも発生し、一度発生してしまえば幾つもの街を容易く壊滅させるスーパーセル。

それはアメリカなどではシビアウェザーと呼ばれ、以下の激しい気象現象を多く発生させる自然災害である。

 

激しい集中豪雨。

大量の巨大な雹・霰。

被害級の強風・突風。

深刻な被害をもたらし得る竜巻。

 

そして、ーーー

 

 

 

ーーー被害級の落雷。

 

 

豪雨と巨大な雹で視界が遮られているが、良く良く目を凝らせば、どす黒い雲が所々鈍く光り、異常なほど帯電している事が分かる。

 

落雷といえど、電圧は200万から10億ボルト、電流は千から50万アンペアまで幅広い威力を持つ。運が良ければ、人の道から外れたこの少年なら耐え切れるかもしれない。

 

だが、それを操るは第八位。

間違いなく即死級の威力に増幅させているだろう。

いや、それ以上の、不自然なほどの威力まで引き上げていることは確実だろう。

 

けれど、少年はあることに気が付く。

そう、それは己の持つ三枚の右翼。

この世の物理法則を完全に捻じ曲げる最強の翼。

 

いくら落雷の威力が高かろうと、それはあくまでこの世界の物理法則に従っているのだ。

 

逆算されていようと、落雷による攻撃という事は、この世界の物理法則に従う自然現象での攻撃でしかない。

 

つまり、目の前の雷雲など気に留めるまでもなく、塵に等しい。

 

彼はニヤリと不敵に笑い、竜巻に巻き込まれないように己の身体を固定していた三本の翼の内、二本を引き抜いて己の体を包み込む。

 

「ハッ!

確かにオマエはスゲェ!スゲェって感じよォ!

だがな、この世の自然現象に頼った時点でお前は俺に傷一つ付ける事が出来ないんだよォ!!」

 

勝ち誇ったように声を張り上げる少年に対し、恭弥はすぅっと目を細め、口を開いた。

 

「無駄だ。お前の未元物質(ダークマター)は逆算し終わった、って言ってんだろ。そっちの物質法則はこっちの演算に組み込み済みだ」

 

「……は?」

 

理解、できなかった。

 

そこには軽蔑も、怒りも、興味も無く、淡々とした無関心の声が続く。

 

「異質な法則をぶち込んでの現象の構築には苦労したがな。

ま、詰まる所、これによるダメージはモロお前に響くぜ?」

 

唖然とする少年を無視し、続けて放つ言葉は死の宣告。

 

「他人のパーソナルリアリティに頼りきった猿真似野郎が。調子に乗るなよ」

 

鈍く輝く雷霆が爆音を轟かせて、学園都市の一画に突き刺さった。

 




次回からふざけよう。
戦闘描写って結構しんどいですね。
暫く原作に乗っかっていこ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。