夕陽の眩しさに目を細めつつ、鵠沼恭弥はソレに声をかける。
「そろそろ顔を見せてくれませんかねぇ」
低く、威圧的な彼の声が重く、静かに響く。
場所は第二学区。その中の
ちなみに、警備員などとふざけた当て字であるがその実態は、散歩するような気軽さで発砲するなど序の口であり、
また、警察業務……否、軍隊業務という過酷な環境で命を失う可能性のある職場であるにもかかわらず、賃金なしのボランティア活動であり、しかも死亡した際に対する扱いが明記されていないと最悪の労働環境。
労働基準法などなんのその。
更に言えばこれは志願制。
つまり、上記のような条件を了承した上で死地に飛び込むというボケナス共の集まりである。
ーーー以上、鵠沼恭弥の評価より。
閑話休題。
あの後、違和感の正体の後を追うも、近付けば離れて行き、離れれば近付いて来て必ず一定距離を保たれ、ここに来るまで恭弥はソレの姿を見ることができなかった。
結果、ソレに誘導される形となってここへ来てしまったのである。
相変わらず続く嫌悪感。
当初、ソレに惹かれたのは、単にソレの持つ違和感に無意識の内に興味を持ったからだと思っていた恭弥だが、暫くして違う事に気づいた。
感じるのはただの嫌悪感。それのみ。
毛虫などの気持ち悪い物に対するような、近づきたくない、という類のものではない。
ゴキブリなどの不愉快な物に対するような、抹消してしまいたい、という類のものである。
故に彼はこれまでにない位、機嫌が悪かった。
突き刺すような視線をソレがいるであろう方向に向ける。
未だ動かぬソレに向かって。
一歩。
踏み出した、その時。
すぅっと物陰からソレが現れた。
ケタケタ嗤うソレは恭弥と同年齢ほどであろう少年。
「クカカ、まあまあ。
そう脅かさないでっていう感じよ。
俺、ギスギスした空気って嫌いな感じだからさ」
茶髪の髪をオールバックにしたその少年。
一見どこにでもいる
だが、二点だけ普通でないものを持っていた。
右目が真っ赤に染まっており、その瞳は爬虫類を思わせるような黄色である、という点。
そして、袖から出た彼の右手は、タンパク質なんてものではなく、のっぺりとした白い物体である、という点。
明らかに人の道からは外れた肉体。
それを目の当たりにし、第八位は驚愕に顔を染める。
特に右目を凝視して、恭弥は重々しく口を開いた。
「お前……『ジェネレーション』の……遺物…か……?」
震える口からなんとか言葉を絞り出す。
様々な考えが交差し、ずるずると思考の渦へと飲み込まれて行きそうになるも、必要最低限の警戒は解かない。
対して、そう問いかける恭弥に少年は再びケタケタと嗤って答える。
「クカカ………遺物……遺物ねェ!
カカカカカ!!
オイオイオイオィイ!!
アンタみてェな腰抜けと一緒にすんなって感じだなァ!!
時代は常に移り変わるって感じよォ!」
そこまで言って言葉を切った。
そして表情を一変させ、侮蔑の眼差しを恭弥へと向ける。
「俺は新世代だぜ、先輩。古臭いポンコツはお払い箱ってやつだ。
あーァ、これが第八位ねェ……ガッカリって感じだわ。
あの人が最高傑作とか言ってたが……ハッ!期待外れって感じだなァ!!」
そう言い終えるのと同時だった。
「ガッ!?」
隕石をぶち当てられたような一撃だった。
超音速爆撃機で体当たりされたような一撃だった。
体が多数の肉片と化すような一撃だった。
少年の背中から三枚の右翼が飛び出し、恭弥を薙ぎ払い、50m以上吹き飛ばしたのだ。
それにより恭弥は近くの倉庫に激突し、それの瓦礫に押し潰された。
背から飛び出たソレは彼の右手同様に、白くのっぺりとした気色悪い翼。
ただ、脈動している黒い紋様が入っており、それが気色悪さに拍車を掛けている。
「ハァーイ、終了って感じ〜。
あの人が絡んで来い、って言ってたから来てみたけど、大したことねェじゃーん」
恭弥が埋まっているであろう瓦礫の山を見て、少年はただ愉快そうに嗤う。
確かな手応え。
確実に命を刈り取ったであろう一撃。
一目見て即座になんとなく気に食わないと思った相手。それがどのような死体となっているのか想像して快感に身を震わせる。
「ウゼェクソ野郎を潰した時のこの爽快感!!イィねェ!イィねェ!最高って感じだねェ!!」
心底愉快そうに叫び、心の底から嗤い飛ばす。
と、その時だった。
「あそぉ。それよりさ、絹旗ちゃんの水着姿の方が最高って感じじゃね?」
凛、と呑気な澄んだ声が響く。
「あ?」
直後、
ドッ!
と瓦礫が吹き飛び、230万人の頂点、レベル5の第八位がゆらりと立ち上がる。
その右手に握る携帯の画面には、先ほど撮ったばかりの絹旗の姿。
その写真の一撃はいかほどか。
第八位の虎をも殺しそうな鋭い眼光は画面に向けられ、それに伴う写真への果てしない集中力は膨大な威圧感を周囲へ放つ。
少年は僅かに目を見開く。
あれほどの攻撃を加えたにもかかわらず、生きているどころか途轍もない殺気のようなものを撒き散らしているのだから。
だが、それでもやはり無傷とはいかなかったようだ。
赤い、紅い、朱い、鮮血が溢れ出る。
血液という生存に必要不可欠な液体が、ドバドバと滝のように流れ出ていく。
主に鼻から。
ゴメン、なんか巫山戯てしまった。
後悔はしていない。
次回の中盤あたりから多分シリアス。