「よっと、待たせたか?」
「いえ、超来たばかりなのでお気遣いなく」
あの後御坂と別れ、彼女の言う実験の詳細を知るために近くの研究所に乗り込んでやろうか、と思ったため、そっち方面に歩を進めていた。
いつも機密事項を閲覧しているという恭弥だが、いくらなんでも携帯では限界があり、何処かに繫なければ詳細は閲覧出来ないのだ。
能力を用いて『
詰まる所、
(かったりぃ…けど気になるから研究所行こう)
これがその時の恭弥の心境だった。
ちょっとコンビニ行こう、ぐらいの気軽さで第五学区内で最も堅固なセキュリティの敷かれた研究所へ向かうその姿は、やはり彼がレベル5であるということを物語っていた。
そんなところで携帯にメールが入った。
『from:沈リーナ☆
最初に会った時のファミレスに集合』
との事だったため、詳細は後回しにしてファミレスへ向かうことにしたのだ。
四人は既に座ってドリンクを飲んでおり、恭弥はとりあえずとシーザーサラダを頼んで視線で麦野に仕事内容の説明を求めた。
****
「ほほう、詰まりその組織を………シーザーサラダやるよ。
……詰まりその組織を壊滅に追い込み密売を中止させればいいのですな?」
「………シーザーサラダ超いらないんですけど」
「………そういう事だけどその口調どうにかならない?」
「どうにもなりませぬな。
拙者、裏の仕事の際にはコレで行こうと心に…………シーザーサラダやるよ。
………裏の仕事の際にはコレで行こうと心に………(あれ?どんな口調だったっけ?)……………心に決めていたんだべさ」
「………シーザーサラダ超いらないんですけど」
「オイ、早速口調変わってるぞ」
「結局、もうシーザーサラダは飽きた訳よ!!なんで恭弥は二十皿も頼んだの!?」
現状の描写、カオスである。
この一言に尽きる。
まず、事の発端は恭弥がシーザーサラダを二十皿注文した所まで遡る。
店員は絶句し、唖然とし、言葉を詰まらせた。
が、頼まれたからには出すのが彼らの仕事。
故に迅速にシーザーサラダ二十皿を暗部『アイテム』のテーブルまで持っていった。
続けて頬を引き攣らせる麦野、絹旗、フレンダ。
ドヤ顔で『俺の奢りだ』と言われても、シーザーサラダ二十皿である。
笑うしかない。いや、最早笑えない。
結局、一人五皿ずつ分けて食べることになったのだが、恭弥は二皿食べた時点で絹旗に押し付け始めた。
麦野は一皿を残して全てフレンダに押し付けた。
静かに黙々と食べているのは滝壺だけである。
そんな彼女達を放って元凶とリーダーは仕事の話を始めた。
無論、絹旗とフレンダの顔には絶望が浮かんでいる。
通り過ぎる客はこのテーブルを見た瞬間、皆が皆、同様にギョッとした反応を示してそそくさと離れていく。
生き地獄、晒し者、とはこの事であろうか。
フレンダと絹旗が、
(
と思い始めた時、それは起きた。
ピーーーーー。
突然静かな、だがよく響く音が鳴った。
五人とも怪訝そうに眉をひそめる。
そして、刹那ーーー
ドゴォオオオオッッ!!
ーーー彼等の座っていたテーブルは爆発により吹き飛んだ。
****
とあるファミレスの外、建物の影にタバコを加えた一人の男が佇んでいた。
黒いスーツにグラサンをかけていかにも『ワタシ暗部デース』と言わんばかりの格好。
そんな彼の視線の先には悲鳴が上がり、多くの人間が出てきている炎上中のファミレス。
「爆発を確認しました。………ええ。きちんと爆発しています。
………しかし、彼の能力から考えて生きているなら爆発は抑えられると思うのですが。
………わかりました。死体が確認出来なかった場合、連絡します」
そう言って携帯を切った彼は懐に手を伸ばす。
そこには一丁の拳銃。
最悪の場合、彼はこの頼りない
まともにやり合えば死ぬ。
が、上の命令は絶対。
背けばそれ相応の仕打ちが待っている。
心を落ち着け、拳銃を引き抜いて人目に付かないように移動を開始ーーー
「シーザーサラダだべさ」
「!?」
ーーーする直前だった。
突如顔面に叩きつけられる平らな硬い物体。
わしゃわしゃとした物が間に入っており衝撃は和らいだが鼻は折れた。
こんな半端な攻撃をしてきて、相手の意図は何なんだ?と彼は思うが、直後、別の物に気づく。
何かの液体が付着しており、それが目に入って染みたのだ。
硫酸?硝酸?王水?学園が開発した毒物?
瞬時に様々な考えが巡るが痛みが顔にやって来ない。
取り敢えず拳銃を前に向けようとする。
が、何故か腕が上がらない。
そして、ようやく硬い物体がずり落ちた。
目の前には、何度も資料で確認した顔が並んでいた。
獰猛な笑みを浮かべる第四位。
ニヤニヤとしているフレンダ=セイヴェルン。
先ほどまで自分が持っていた筈の拳銃を握り潰す絹旗最愛。
ボーっと突っ立っている滝壺理后。
シーザーサラダを豪快に食らう第八位。
そして視線を落とせば、
ーーーああ、シーザーサラダだったのか……
野菜が転がっていた。
「ちょーっと話を聞かせてもらっていいかなー?」
第四位の言葉に目の前が真っ暗になる。
「だめだべさ、麦のん。拷問には手順ってモンがあるんだべさ。おらに任せるべさ」
第八位のその言葉とともに死んだ方がマシと思えるほどの苦痛のスパイラルが彼を襲った。
****
五分後、恭弥は千切れた右腕を脇に放り投げ、口を開いた。
「やっぱ、あの情報ダミーだったねー………ってどうした、お前ら?」
四人を見れば皆が青い顔をして口元を抑えていた。
「……アンタえげつないわね……流石に私でもあれはちょっとくるわ……」
「………口を割らないのが超常識の暗部の人間に五分で喋らせるとか…………超吐きそうなんですけど……」
「………結局……恭弥の拷問はもう見たくない訳よ……」
「…………体晶使わずにここまで気分悪くなったの初めて……」
あれまー、やり過ぎたか、と少し反省する恭弥。するとそこで全員の携帯が鳴った。
しかし、全く出る素振りを見せない『アイテム』のメンバー。
遂に痺れを切らして恭弥は麦野に尋ねた。
「…………沈リーナ☆、出ないの?」
「………その呼び方やめてくれない?
出る気がない時は私は出ない」
「絹ちゃんは?」
「超面倒です。…………絹ちゃん……」
「ベレ金は?」
「…………何その出目金みたいな渾名………麦野が出ないなら私が出る必要はない訳よ」
「タッキーは?」
「………私が出るまでもない」
「え?」
滝壺の返答に、お前キャラ違くね?と少し戸惑う恭弥だが、いつまでもピリピリピリピリなり続ける携帯が鬱陶しくなり、溜息を吐いて出ることにした。
途端、皆の携帯の音が途絶える。
「はぁ……もしもーし」
『ちょっと早く出なさいよ!こっちだって忙しいんだからーっ!!』
周囲にいる麦野達にもしっかり聞こえる大音量の声が恭弥の携帯から飛び出てきた。
声の主は女性のもので、いつも『アイテム』に指示を出してくる謎の人物である。
そんな人物の不愉快な声量に顔を顰め、恭弥は応える。
「……………フェッフェッフェ……『アイテム』のメンバーの事か?彼女達なら始末しましたぞ?」
ギョッとする麦野、絹旗、フレンダ、滝壺。
それもそうだろう。
もう仕事は始まっていると言っても過言ではない。
いや、襲撃された事から、命の奪い合いがスタートしている事は確実なのだ。
それにもかかわらず、こんな冗談を言う目の前の男の神経が信じられない。
そして、電話をかけてきた女性はそんな三文芝居に容易く騙された。
『えっ!?嘘!?』
「嘘じゃボケ。
お前、暗部舐めてんのか!!」
『え?なんで私が怒られてるの?私なんかしたっけ?』
「じゃ、用事がないようだから切るよ」
『えっ!?ちょ!まっtーーー』ベキッ
恭弥は携帯をへし折り、脇へ投げ捨て麦野に指示を出すように促す。
唖然としていた麦野だったが、いち早く現実に戻ってきて口を開いた。
「そうね、じゃあ恭弥は車を調達してきてくれない?」
「そう言うと思ってもう用意してました」
「………行くわよ」
ふぅ………今日はここまででいいか……