※2015/3/26/再投稿
実はこの物語、当初は真面目にいくつもりでした。
なんの因果か、いつのまにかギャグに走ってました。
………因果律だけに。
学園都市。
東京西部の未開拓地を切り開いて作られ、面積は東京の三分の一ほどであるこの区画の人口はおよそ230万人であり、その八割は学生である。
その巨大都市の表の顔は外部より数十年進んだ最先端科学技術が研究・運用されている科学の街。そのため、学園都市内の情報は極秘事項に当たり、警備体制は常に厳重である。
自由に出入り出来ないのは勿論の事、外周は高い壁に覆われており、内部は監視カメラのみならず人工衛星によっても監視されている。
そんな、ありとあらゆる科学技術を研究し、学問の最高峰とされるこの街は、もう一つの顔を持つ。
人工的かつ科学的なプロセスを経て組み上げられた、超能力者養成機関である。
学生を対象に『開発』されるこの能力は各人によって様々な種類に分かれるが、その価値や強さ、応用性などによって、
そんな一昔前まではファンタジーの領域にあったものが科学の領域へと引きずり込まれたこの街で、とある頭のネジが外れた男の物語が始まる。
****
夏休み真っ只中、夕方時に学園都市に八人しかいないレベル5の第八位、
右手に長財布を持ちつつフラフラと歩くその姿は無防備以外の何物でもない。誰が見てもギョッとするような警戒の無さ。
だが、周囲の生徒達がそれに気付く事は無い。まるで彼の存在に気付いてすらいないかの様に。
そんな恭弥は長財布を掃除ロボットの前に放り投げ、気にした風も無くコンビニへ入って行く。
蒸し暑い外とは別世界の様に、店内はクーラーが効いて快適な涼しさが保たれていた。
快適な温度に再び襲ってきた睡魔に対抗しつつ、良い加減頬を叩いて目を覚ました彼の眼に最初に映ったのは、ーーーー
「………遂にイカレたか…」
ーーーー気持ち悪いくらい馬鹿みたいに缶コーヒーをカゴに放り込むモヤシ野郎だった。
つい先ほどまで続いていた眠気を覚ますためにコーヒーを買いに来た恭弥だったが、
一心不乱に缶コーヒーを求めるその姿は、
もっとも、殴り飛ばすことが出来ないことは承知しているが。
そして、先ほど捨てた財布から抜き出した金(21円)をポケットに捻じ込んで、口を開いた。
「おいモヤシ、気持ち悪い事この上ないぞ。ぶっちゃけキモい」
マトモな返答が返ってくる訳がないので、ちゃんとした会話をしようとも思わなかったのだろう。拳以外の返事を期待せず、
その言葉にピタリと動きを止め、ゴミ虫を見る様な目線を向けてから相手を認識し、対等な者へ向ける視線へと変える第一位。
どうやら返答代わりのベクトルパンチは免れたようだ。
「アン…?
あァ、オマエか。あまり巫山戯た事ぬかすとぶっ殺すぞ」
そう答えるのは第一位、モヤシの異名を持つ学園都市の頂点、
一方通行って……キラキラネーム通り越して
「なんでこんなゴミみたいな缶コーヒーにハマってんだよ。舌の肥えて無さも第一位ってか?」
そんな辛辣な彼が言及するのは、あまり
コレなら喫茶店でマトモなコーヒー飲めや、オマエ一位だし金あんだろと思わずにはいられない。
そんな彼の
一方通行は殺気をゆらりと纏い、死の宣告を彼にーーーー
「オーケー。喧嘩売ってンだな?
表に出…ってちょっと待て。
なンで当然であるかの様に俺のカゴに握り飯投げ入れてンだ?」
ーーーーしようとしたが、出鼻を挫かれて力が抜けた。
というのも、恭弥が一方通行の殺気を飄々と受け流しつつ、なんの躊躇いもなくお握りをカゴの中に入れたため。
あまりにも自然過ぎるその一連の動作に、ワンテンポ気づくのが遅れた一方通行。
「『HAHAHAお茶ぁ』も入れとくか。金が切れた。奢れ」
「」
そう、彼の所持金はポッケの中の21円。叩けば二倍になるなどという魔法のポッケではないため、現在彼の財力はうまい棒2本分でしかないのだ。
困った。これでは何も買えない。
そんな彼にできる事は一つ。そう、モヤシにたかる事だったのだ。
「オマエ、口座から金引き落とせよ。八位だから金貰ってンだろ」
「通帳どっかいった」
そう、彼に退路はない。
「キマッたぜ……!」
「いや、締まってねェからな」
「いや、お握りの種類が」
「ややこしいンだよ。殺すぞ」
****
コンビニから出て二人は並んで歩く。時刻は既に正午を過ぎており、お昼時終盤とも言うべき時間帯。そのためか、人通りも多く活気が溢れている。そんな中で明らかに彼らは浮いていたが、それを気にした様子もなく2人は物騒な会話を繰り広げる。
「で?第八位にして俺と互角レベルの能力を持つオマエが何の用だ?」
そう言うのは学園都市最強の超能力者、一方通行。あれだけズタボロに言われたにもかかわらず結局購入した110円の缶コーヒーを啜りながら、視線を恭弥に投げかけた。
そんな彼に恭弥は完結な一言を。
「は?俺がお前にわざわざ会いに来たと思ってんの?馬鹿なの?自意識過剰も甚だしいよ?」
否、ただの罵倒。
しかも神経を逆撫でするような、盛大に相手を馬鹿にした表情で。
これにはキレる、キレるしかない、キレてしまった第一位。
「よォし、いっぺン死ぬかァ?」
飲んでいる途中の缶コーヒーを豆腐のように握り潰し、ギロリと赤い眼で恭弥を見据えた。まだ中に残っていたコーヒーが溢れ出すが、第一位の反射は顕在である。一方通行の皮膚はおろか、服にすら付着することなく地面にこぼれ落ちた。
「ハハハ、やなこった。それに互角じゃなくて相性の問題だろ。ほら、武装集団と警備員みたいな。
あ、武装集団って言えば、昨日も武装集団に絡まれたってな。ざまみろモヤシ。クソワロw」
コーヒーで濡れない服を見て、わーお反射ちょー便利、と思いつつもそれを口に出すことなく(表情に出さないとは言ってない)、さらなる言葉で火に油を注ぐ。
もっとも、“火に油”どころか“火に核弾頭”のような気がしてならないが。
「………オーケー…引き金を引いたのはオマエだからな?」
どうやらしっかりと炎上したようだ。
だが、
「ほ〜れ、よしよし。ゴミだぞ〜」
「話を聞けよ!!」
怒りが沸点に達し殺意を振りまく一方通行を無視し、背を向けて掃除ロボットに握り飯の包装を回収させる恭弥。
背後に立つ第一位などなんのその。話が飛びまくる上に常にマイペース。そんな自由奔放の権化である彼に一方通行はただただ疲れが溜まるばかり。
一気に興を削がれながらもツッコむ一方通行をカラカラと嗤い、恭弥は口を開く。
「ハハハ…ま、いいんじゃね?
暇つぶしにもならねぇだろうけどお優しい一方通行サンは誰一人殺してねぇんだろ?
カックイー」
茶化すのは恭弥の
しかし、天は彼に味方した。
なんと、あの一方通行が、
「うるせェよ」
怒りを収めたのだ。コレには恭弥も驚いた。驚きのあまり、
「でも知ってる?人殺しって犯罪なんだぜ?カッコ良くもなんともないよ。当たり前だよ。あと、怪我させるだけでも傷害罪だよ。明らかに過剰防衛だし」
即座に手のひら返し。
「褒めンのか貶めンのか、どっちかにしろ」
「いや、お前の照れ具合が予想以上に見てられなかった。こっちが恥ずかしくなりそうだった」
「死ね」
殺気を収めた一方通行に悪びれる様子もなく恭弥は巫山戯続ける。
そんな下らない言葉のやり取りの中、一方通行はハッとする。
(そォいや…いつ以来だ?『下らねェ会話』ってのをすンのは)
あまりに強大な能力を持ったために人との会話…それは常に殺意の篭ったものや実験に関するものなどに占められ高校生という未成年者にとっては精神的負担のかかるものだった。
故に彼は溜息を吐く。
僅かに湧き上がってしまった安堵を嫌悪しながら。
対して鵠沼恭弥は思い返す。
初めて一方通行と出会った時の事を。
「梅すっぱ!」
「シャケは俺のだからな」
「もう食った」
「マジ殺すぞ」
ーーー
ーーーーーーーーー
「わ、悪かった!悪かったって!!」
片腕を抑え、うずくまって震えながらなんとか声を絞り出す少年に、一方通行は何も応えず近づく。
周りには手脚が普通ではあり得ない方向に曲がって呻いている者や、気絶しているもの、ナイフが腹に刺さり血を流している者などが転がっていた。
死者こそいないものの大惨事である事に変わりはない。
事情を知らない人なら、あまりに殺伐としたその光景を見てこう言うだろう。
「わーぉ、強烈ゥ」
「あン?……なンだオマエ?」
路地裏に響いたそんな声に一方通行が未だ意識の残る男に足を踏み降ろそうとした足を止めて声の主に視線を向ける。
そこにはコンビニ袋を提げて呆れた様な顔をした男子学生、鵠沼恭弥が立っていた。
「たっ、助けてくれぇ!!」
うずくまっていた少年はここぞとばかりに恭弥に助けを求める。
だが、
「ハハハ知るかボケ。
見ず知らずの他人を巻き込もうとすんな」
一蹴。
そもそも彼の顔見知りはここに一人もいないのだ。
わざわざ面倒事に首を突っ込んでまで助けてやる義理はどこにもない。
「か、金ならいくらでも払うからよぉ!!」
嘘つけお前、台詞が三下ですな、と恭弥は苦笑いを零して一方通行に声をかける。
「サッサとトドメさせば?鬱陶しいんだけど」
「そォか。悪ィな」
ウンザリした口調でそういう恭弥に応え、一方通行は目の前の少年を蹴り飛ばす。
緩くボールをパスするような軽い蹴り。
だが、それだけで少年は10m近く吹き飛ぶ。
間違いなく肋骨は砕けているだろう。
「あーらら。流石にそこまでやったら死ぬんじゃね?」
「知るか。そォなンねェために風紀委員やら警備員やらいるンだろォが。そのうち来ンだろ」
そんな一方通行の言葉に呆れたと言わんばかりの口調で恭弥は言う。
「人任せとかガキかお前。
どんな経緯があったのか知らんが後始末ぐらいしやがれアホタレ」
「……喧嘩売ってンのか?」
「ハハハ短気なことで。友達いないだろ、お前?いちいち下らねぇ事にキレんなボケナス」
「オーケー、肉塊がもォ一つ追加だ」
ギラリと赤い目で恭弥を睨めつけ、ゆらりと両手を横に広げ殺気を垂れ流す一方通行。
そして、ーーー
「あっ、病院ですか?救急車だして。どっかの路地裏ね」
ーーー恭弥は無視して普通に病院に電話を入れた。
しかも説明が超適当。
しかしここは天下の学園都市。こんな説明でも救急車が来るまでに30分もかからないだろう。
さらに言えば、この行為が一方通行の神経を逆撫でて完全にキレさせる引き金となった事は言うまでもない。
「無視してンじゃねェよ!!」
足下のベクトルを操作して弾丸のように飛び出す一方通行。
筋肉量、体勢などとは釣り合わないその速度に恭弥は怪訝な顔をするが、すぐに跳んで上に逃げる。
「おいおい、ちょっとおちょくっただけでキレんなよ。
まぁ別に構わねぇけど。
救急車来るしちょっと場所変えるぞ」
そして右手側の壁を蹴って一方通行の後ろに着地した。
そのまま全力で路地裏を突き進む。超能力は使わず、素の身体能力で疾走しつつ後ろを伺うと、一方通行は殺意を振りまきながら肉食獣のように物凄いスピードで付いて来ていた。
(あー、…ったく……いつからここはサファリパークになったんだよ…
まぁ超能力者がいる時点で動物園みたいなモンだけどさ)
実際は実験場なんだけどねぇと呟き、更にスピードを上げて詰められていた間隔を僅かに広げる。
その後暫く走り、第十九学区、再開発に失敗し寂れた学区の一画で足を止めた。
その中のボロいスーパーの屋上で向かい合う二人。
「どォやら死ぬ覚悟はできたみてェだなァ」
結局振り切れなかったなと溜息を吐き、恭弥は面倒くさそうに一方通行と向き合う。
「あー、ハイハイ。早く俺をぶっ飛ばしたいんだろ?
常套句並べてないでサッサとかかって来いよ」
「ほォ………面白れェ。
まァせいぜい足掻けェ、三下ァ!」
くるりと向き直った恭弥の肝の据わった様子に一方通行は獰猛な笑みを浮かべて足下に転がるコンクリートの塊を蹴って飛ばす。
遺憾無く発揮された能力により銃弾以上の速度で放たれたそれは恭弥の顔面へと吸い込まれていく。
が、恭弥は首を横に倒してそれを避けた。
そんな彼の反応速度に驚きを隠せない一方通行。
(!?今のを躱すか……ふざけた動体視力してやがンな)
だが、それくらいやってくれた方が潰し甲斐があるとして再び笑みを浮かべ、一方通行は続けて足下の床を力強く踏みつける。
すると少し離れた床から一本ずつ、計四本の鉄骨が飛び出て来た。
冷静にその現象を観察し、恭弥は相手の能力を分析しようと頭を働かせる。
(急加速…高速移動…コンクリに鉄骨……統一性がねぇな……いや、無くもないか)
思考する恭弥に対し、一方通行は次の一手を打つ。
「オラオラオラオラァ!それで凌いだつもりかァ!!」
再び一方通行が床を踏みつけると、四本の鉄骨は右手側に集まった。
それに向けて拳を打ち付けると鉄骨は一斉に恭弥の下へ飛んでいく。
が、恭弥は動かない。
ボンヤリと鉄骨を眺めているだけであり、動く様子もなければ慌てる様子もない。
今の立ち位置だと間違いなく鉄骨が突き刺さる。
先ほどの様に少し体を捻るだけで避けられる程度のものではない。
しかし彼は動かない。
そんな様子に今度は一方通行が怪訝に思う。
(あン?なんで動かねェンだ……?)
そして、鉄骨と恭弥の距離が5m程になった瞬間、
「いや、まぁ凌ぐも何も無いからな」
内三本が止まり床に落ちた。
「なっ!?」
あまりにも物理法則を無視した現象が目の前で起き、自分の事を棚に上げて目を見張る一方通行。
そんな彼を眺めて恭弥が考える事は一つ。
(多分アイツだろうなぁ……念動力の可能性も無くはないが。
ま、予測が正けりゃ、コレがまた飛んで来るんだろうなぁ)
片手で数えるほどしかないが、今までに見た現象と、目の前の少年の姿形から、彼の能力及び人物にあたりをつけた。
そして脚を前後に開き、腰を落として構える。
最後の鉄骨が恭弥の右脇腹に当たるーーー直前にその先端は彼の右手に掴まれた。
さらに能力を使用し、加えて寸勁の要領で鉄骨を一方通行に弾き返す。その速度は当初のスピードよりも僅かに速い。それを見てとった一方通行はある情報を記憶の底から引き出した。
(!!………他人の能力なンざ興味なかったからあンま知らねェが……
今の拳法みてェな技…一人だけ…心当たりがあるな……それに今のは…俺の反射に似ていたな)
一方通行に鉄骨が当たり反射され、再び恭弥の下へ跳ね返る。
同時に恭弥は確信に至った。目の前の人物が誰なのか。
慌てず落ち着いて鉄骨の先端を人差し指でコン、と触れる。
するとそれだけで時速40kmはあったであろう鉄骨は止まり床に落ちた。
「ご馳走さん」
これにより一方通行も確信した、とまではいかずとも目の前の人物に当たりを付けた。
暫しの静寂。
相手の出方を探るように。
己の優位を確立させるように。
自分の持つ情報を確かめるように。
そして最初に、一方通行が口を開いた。
「……オマエ、第八位か?」
「ちげぇよ」
即座の否定。
珍しく答えを間違えたことに眉をひそめる一方通行。
「…あン?チッ…当てが外れたか」
「俺は鵠沼恭弥だ。レベル5の第八位じゃボケェ」
そして、間違えたことを照れ隠しする頭を掻く一方通行を前に、恭弥は真顔でカミングアウト。
「合ってンじゃねェか!!此の期に及んでふざけてンじゃねェよ!!」
「つか良く分かったな。俺の能力なんざそう分かるもんでも無いと思うんだがねぇ。
流石は第一位ってところか」
「チッ…まァな。良く観察すりゃ幾らでもヒントはあった。
落ちた鉄骨から僅かに見える陽炎、最後の鉄骨の止め方、化け物みてェな身体能力、一回だけオマエの情報を見た事があったからなァ。
確信とまではいかなかったが、予測程度なら立った。
超能力者のくせに研究の一環で馬鹿みてェに体を鍛えられてやがる能力者、『
彼等の間に一陣の風が吹く。
これが彼等の出会いだった。
だが、この出会いが果たして吉と出るか、凶と出るか、それは誰にも分からない。