ハイスクールD×D
~堕ちた聖女の剣~
第八十七話
「先祖返り」
駒王町の郊外にある町唯一の教会、嘗ては廃教会だったその裏手には何も無い空き地が広がっている。
その空き地は一応教会の敷地となっているが、アーシアやアーチャーが住むようになってからも持て余していた場所だったのだが、現在その場所には立派な洋式の墓が建てられている。
「……」
墓の前には一人の少年が静かに佇んでいた。特徴的な白髪の少年……フリード・セルゼンは、特に何をするでも無く墓標に刻まれた「クリス・アンジェリーニ」の文字を見つめているのだが、やがて気が済んだのか手に持っていた花束を乱雑に墓に供えると、踵を返してその場を立ち去った。
「恋人との最後の挨拶は終わったか?」
「うっせえっすよ、旦那」
歩いているフリードの横で実体化したライダーの言葉にそっぽを向いたフリードだったが、直ぐにライダーを見上げる。
「俺っちの目的は終わったっすよ、それで旦那はいつまで俺っちなんかと契約してるんすか? 確か、俺っちの目的を果たすまでは付き合うって約束だったんだし、もう俺っちと契約してる理由無いんじゃないの?」
「あ~……まぁ、確かにそうだが」
元々、フリードがライダーを召喚したのは偶然だった。聖剣の一件で逃亡した先で悪魔狩りを続けていたフリードだったが、とあるピンチを招いた際に偶然にも足元にあった召喚魔法用の魔法陣がサーヴァント召喚にも作用したのか、ライダーが英霊の座から招かれた。
だが、元々ライダー……アキレウスは英雄としての気質の高い英霊だ。当時から悪魔への憎悪と復讐心に狂っていたフリードとは反りが合わないと思われたのだが、フリードの経歴を聞き、その目的を聞いたライダーは、フリードの目的を果たすまでの期間限定で契約を続ける事になったのだ。
そして、その目的……クリス・アンジェリーニを自身の手で殺すという目的を果たした今、フリードとライダーが契約を続ける理由が無い。
「……もう少し、お前さんに付き合ってやろうと思うんだが、駄目か?」
「あん? 俺っちは別に良いっすけど、なんでまた?」
「あ~……んと、だな……まだ決着を着けねえといけねぇ奴も居るし、まぁ、その……フリード、お前さんの行く末に興味が出たんだよ」
「へぇ、俺っちのね……」
「そういうこった……まぁ、だからよ……よろしく頼まぁ」
そう言って差し出されたライダーの拳を暫く無言で見つめたフリードは、無言でその拳に自分の拳を軽くぶつける事で返事としたのだった。
駒王学園オカルト研究部の部室では、リアスとアザゼル、アーシアとアーチャーの四人が集まっていた。
今日は部活は休みという事にして人払いの結界を施した後に、この四人だけが集まったので、現在旧校舎には他に人は居ない。
「そんで、間違い無いんだな? アーシアの目が片方だけ紅くなったってのは」
「ええ、ディオドラと戦った時のアーシアは、間違いなくその状態だったわ」
「そうか……」
窓辺で煙草を咥えながらじっとアーシアの目を見るアザゼルに、アーシアは居心地の悪さを感じたのか、少し身動ぎするも、隣に立つアーチャーの服の裾を掴んで何とか心を落ち着けた。
「なるほどな……恐らくアーシアに起こった現象は先祖返りだ」
「先祖返りだと?」
「ああ、シェムハザの娘……アーシェの子孫であるアーシアは、堕天使の血は殆ど無いと言って良い程薄まっているが、それでも間違いなく祖先に堕天使を持つ末裔、しかもその魂はアーシェの魂が転生したもの、割と特殊な先祖返りを起こしたんだろうぜ」
薄まったとは言え古の堕天使の血、転生したハーフ堕天使の魂、そして堕天使の血を活性化させた
「因みに、アーシアは先祖返りを自在に使えるようになったのか?」
「いえ、あれから何度か試してみたのですが……一度も」
「そうか……アーチャー、お前さんはどう見る?」
先ほどから会話に加わる事無くアザゼルの横で窓の外を眺めていたアーチャーに話を振ると、彼はチラリとアーシアに目を向け、その鷹のような目でアーシアを解析する。
「先ほどの三つの要素は恐らく土台だろう。先祖返りを起こす土台は出来ているが、切っ掛けが必要なのだろうな」
「切っ掛け?」
「過去に2度、マスターは先祖返りを起こした。先のディオドラ・アスタロトの一件と、最初のキャスターとの戦いの折り、この二件に共通するのはマスターのとある感情がトリガーとなったという点だな」
「感情、ですか?」
「そうだ。マスター、この二つの戦いで先祖返りを起こした時の事を思い出してみると良い、その時の感情が恐らくトリガーとなるのだろう」
そう言われて思い返してみる。
キャスターとの戦いの時の先祖返りは目の前で悪魔の子供が殺された直後、ディオドラとの戦いの時はクリス・アンジェリーニとフリードの悲劇の話を聞いた後、この二つに共通する感情は……敵に対する強い怒りの感情だった。
そもそも、アーシア・アルジェントという少女は怒りという感情とは無縁の子だ。温厚温和な性格で、誰かを怒る、憎むといった感情を抱く事の無い聖人君子の如き心優しいアーシアだからこそ、怒りの感情を抱いた時のエネルギーが大きすぎるのだろう。
「なるほどな、怒りか……確かにそれがトリガーとなってるなら難しいわな」
「そうね。ディオドラの時のアーシアの怒りは相当なものだったもの、あれほどの感情を抱かなければ先祖返りが起きないという事は、訓練で自在に扱えるようにするというのは難しいかしら?」
ディオドラと戦った時のアーシアを知っているリアスとしては、是非とも自在に先祖返り出来るようになる事をお勧めしたいが、強い怒りの感情がトリガーとなって起きる現象なのだとすると、それも難しい。
勿論、本当に怒りだけが引き金となるのかは現時点で不明だ。強い怒り、ではなく怒り以外の強い感情の発露、激情がトリガーとなる可能性も十分ありえる。
「アーシアの先祖返りについては追々検討するとしよう、現時点では不明な点が多すぎる」
「賛成だ、それに今は他にも考えねばならない事がある」
それはヴァーリ・ルシファー率いる白龍皇チームの事だ。
「サーゼクス達からの言伝だ。ヴァーリ達、白龍皇チームを俺達の陣営に再度引き込む事が出来た場合、その時は奴らの身柄をアーシア率いる聖女チームで引き取って貰いたい」
「私達、ですか?」
「そうだ。正直、一度裏切ったヴァーリやSS級はぐれ悪魔として手配されている黒歌なんかは
元々、聖女チームの人員を増やしてアーシアの立場をより強固にする心算でいたので、サーゼクス達やミカエル、アザゼルの意見はこれで一致していた。
「元々セイバーの件もあったから、どの道アーシアの所に預けるしか無いんだけどな。何事にも対外的な理由ってモンが必要なんだよ」
そういうものかと、アーシアは首を傾げたが、アーチャーとリアスは納得していたので、そういうものなのだろうと無理やり納得する事にした。
まだまだ純粋培養の少女に、大人の世界の難しい話は理解出来ないのだ。
「とりあえず、俺からはこんな所だな。お前達の方で何か話はあるか?」
「いいえ、私からは特には」
「私もです」
「特には」
「んじゃ、今日の所は解散だな」
そう言ってアザゼルが人払いの結界を解いた。とは言っても夕暮れも沈むというこの時間に旧校舎を訪れる者など居ないので、誰かが唐突に扉からという事も無い。
「俺は職員室で仕事があるから、気を付けて帰れよ」
「ええ、ご心配どうも」
「失礼します、アザゼル先生」
アーチャーが霊体化してリアスとアーシアが部室を出る。しかし、アーシアは扉から出る直前、何を思ったのか振り返り、アザゼルを真っすぐ見つめた。
「どうした?」
「いえ……」
静かに首を振ると、もう一度振り返って今度こそ扉を潜り、部室を出る。
「マスター」
「はい?」
「いや……そうだな、少し剣の扱い方の基礎を教えよう」
「! はい!」
次回から北欧神話のごたごたですね。