〈岩竜の洞窟〉とは現実の竜ヶ岩洞と言われる鍾乳洞をモチーフにしたダンジョンだ。
岩竜という名称からわかるように
〈石灰岩竜〉はその名の通り石灰岩を身にまとっており、適正レベル80のパーティー×2ランクハーフレイド級モンスターだ。
しかし、ドラゴン種とはいってもドラゴン固有技能であるブレスも吐けずその重量から空を舞うことができず、ドラゴン種としては比較的討伐難易度が低いモンスターである。
ただ、その身体から繰り出される近接攻撃は重く、油断は出来ない。
概要としては大体こんなところだろうか。
〈岩竜の洞窟〉は制限レベルが80だった時代の拡張パックでハーフレイドダンジョンの初級編として設置された難易度が低めのダンジョンで中小のギルドが無理なく大規模戦闘を体験することができるダンジョンとしてゲーム時代ではwikiの片隅にその情報を見つけることができた。
メジャーとは言い難いがその手習いにちょうどいい難易度とシブヤの〈妖精の輪〉から近くのハママツあたりまで飛べる便利さが秘宝級装備の補修材が欲しい中級者層に需要を生み、そこそこにぎわってはいたようだ。
あのヴィクトリアの救援要請を受諾した後、旅装を解いて〈念話〉でユージン達がまだ旅程の途上であることを確認した俺たちは、すぐに〈岩竜の洞窟〉へと向かった。
そして、今、俺たちは馬上で作戦会議をしながら移動していた。
ハーフレイドダンジョンといっても適正は80レベルだ。
90レベル〈冒険者〉が十人もいれば十分事足りる。
だが、ダンジョンアタックに油断は禁物だ。単体性能においては完全に〈冒険者〉より上の性能なのも事実なのだ。
だからダンジョン突入前には事前の打ち合わせが綿密に行われる。
死んで覚えた方が敵の実際の動きがわかりやすいし、プレイヤースキル向上にもなるというお題目で何回失敗してもいいからひたすら数をこなしていく攻略法も存在するにはするのだが、そもそも事前打ち合わせでの意見のすり合わせもプレイヤースキルの内だし、資源が無駄だ、との意見が強くそういったダンジョン攻略をするギルドは少数だ。
今回は人一人の命がかかっているのだから尚更綿密な打ち合わせが要求される。
「〈岩竜の洞窟〉のマップ構造を覚えてる奴はいるか?
俺もうっすら記憶はあるんだが結構分岐があったし、自信がねえ」
そうmikuriさんが作戦会議の口火を切る。
「あたしが覚えてるよ。
確か大分岐は3つで後は坑内がつながってたはず。
安全地帯ってことは多分B2〈石灰岩竜〉手前の準備スペースにいるんじゃないかな。
あそこなら単騎の門番である
「となると、結構奥かな?」
「ええ、そうだと思う」
花藍が〈岩竜の洞窟〉の構造を説明したあと、まきびさんの確認にそう応えて頷いた。
「でも、あそこって確かモンスターがポップしないってだけで〈岩膚巨人〉の進入付加領域ではなかったと思うからなるべく急がないと」
彼らが待機しているのが絶対的な安全地帯でないというのならその安全の為にもなるべく早く進行し、彼女たちを見つけて、すぐさまフリップゲートを使いダンジョン入り口へと戻り脱出しなければならない。
護衛に冒険者を一人置いているとのことだがダンジョンに落ちてからそろそろ丸一日が経つようだから、気を貼り続けて疲れが溜まっているはずだ。
可能な限り早く救出することが要求される。
「なるべく早く動かないといけないし、カンナさんとヤナダさん先行できないんですか??」
そううるうがが提案した。
確かに俺たち二人なら先行しようと思えばできるが、
「いや、それはまずいっす。
カンナさんとヤナダさんは確かに移動速度速いですが殲滅力がないので敵を引き連れたままになっちゃいます。」
そうなった場合、一番の問題は〈大地人〉の少女のことだ。
彼女はヴィクトリアに聞いたところレベル6の大地人らしい。レベル6の少女だとこのダンジョンでは敵の攻撃が掠っただけで死んでしまうだろう。
「ステラちゃんはレベル6の大地人とのことですから絶対にモンスターと正対させたらまずいっす。
だから一体一体綺麗に殲滅していかないと」
「うーん、結局ダンジョン攻略の基本通りにこつこつ攻略していくしかないのかな?」
「そうしかないみたいね、じれったい感じもしますけど、ヴィクトリアちゃんもそれでいいかな?」
カンナがそうまとめてヴィクトリアに確認をとった。
「はい、大丈夫です。ジナもそれでいいらしいです。」
ジナというのは彼女と共にビッグアップルから逃げてきた〈冒険者〉で現在はステラを守っているらしい。
その〈冒険者〉とは常に〈念話〉をつなげておくように念を押し、俺たちは先を急いだ。
◆
〈竜岩の洞窟〉その1F部分は鍾乳洞が広がっている。
ヴィクトリアの友達が秘密の場所といって紹介したのはこの部分で、モンスターが存在しないため綺麗なだけで安全な秘密基地だと思っていたらしかった。
その竜岩の洞窟1Fに到着した俺たちは手早く装備と持ち物を確認し、長時間効果のバフを掛けていた。
「よし、行くか」
B1へとつながる通路は岩で閉ざされており、そうと知らない人間、では地下部分があるとは気づかない。また、岩の重量はそれなりに重く、ゲーム時代ではレイドの合計筋力値が一定以下の場合は開かないように設定されたいた。
「ええ、行きましょう」
その岩を皆で転がしてどかし、俺たちは〈竜岩の洞窟〉へのアタックを開始した。
まずは開幕一戦目、一つ目の部屋は二十畳ほどだろうか、視認範囲にはノーマルランクの
「〈鏑矢〉!」
ムサシは放った先制の〈鏑矢〉で部屋奥の敵までヘイトを根こそぎかき集める。
そして、彼はすぐさま武器を弓から太刀へと持ち替え、構えた。
先制一発だけの〈鏑矢〉によるタウンティングは武器の持ち替えが間に合うため、ソードサムライビルドの武士でもよく見られる光景で、遠方の敵のヘイトまでを集められるため、戦闘開始時においては守護戦士よりもヘイト集めの始動が速い。
「〈アンカーハウル〉!」
それに続いて近場の敵に対してヴィクトリアが〈アンカーハウル〉を放ち視線を強制的に自信に集める。
それからも漏れた敵に対して花藍が〈ラフティングタウント〉による攻撃によるヘイト上昇値の強化バフを掛けた花藍が〈ファントムステップ〉などの移動技を駆使して戦場を飛び回りながらヘイトを稼いでいく。
「タウンティング終わりましたっ!
攻撃を開始してください。」
「了解したよ。ウンディーネ、〈エレメンタルレイ〉!」
「行くぜ! 〈ヘイルストーム〉」
まきびさんの指示に従って水精霊から水色の光線が放たれ、〈洞穴人〉の一団を打ち据えた
まきびさんと伊兵衛の範囲呪文が本格的な戦闘の始まりを告げた。
「〈ナイトメアスフィア〉〈パルスブリット〉〈パルスブリット〉〈パルスブリット〉〈パルスブリット〉……」
俺は移動速度低下を掛けて後はひたすら〈パルスブリット〉を〈岩膚大鬼〉に打ち続ける。
「俺も行くぜ、おらおらおらおらっ」
mikuriさんはタウントされている俺とは別の〈岩膚大鬼〉の背後を位置どって二つの短剣でラッシュをかけている。
「〈禊の障壁〉!
ねえ、ヤナ他の人がガンガン範囲魔法打ってるなか、そんなしょっぱい豆鉄砲連射してて、ねえ今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?
普通の〈付与術師〉ならハーフレイド級ともなれば活躍の目も出てくるってのに、ソロしてろ(笑)って言われちゃうわよっ、っと、〈剣の神呪〉!」
こいつ、人の口が塞がってると思って煽ってきやがって。だが、ここで反論してDPSを下げるような真似をしては余計いらない子呼ばわりされてしまう、復讐は後だ。
「……来て〈従者召喚:アルラウネ〉! ……〈ハートビートヒーリング〉!」
うるうは召喚したアルラウネで効果を強化した脈動回復呪文で盾役を回復する。
と、その時、〈洞穴人〉たちが呪文詠唱を開始した、〈洞穴人〉は単体での呪文攻撃の威力は低いものの、共鳴呪文を固有能力としてもっている。
共鳴呪文とは詠唱する数が多ければ多いほど威力が飛躍的に増加していくというやっかいな呪文だ。
〈洞穴人〉はこの呪文を5分周期で放ってくる。
「敵、魔法詠唱くるよ!
ムサシ、ヤナ! 9時の方向、リーダー!」
詠唱している敵は8体、詠唱規模的に単体攻撃呪文だろうが、そのまま喰らえば盾役への大打撃は免れないだろう。
「了解っす〈百舌の早贄〉っ」
「〈プレインバイス〉……〈パルスブリット〉〈パルスブリット〉〈パルスブリット〉」
だが、共鳴呪文の詠唱には核となる個体が存在する、そいつの魔法を阻害してしまえば大呪文は発動しない、対処法を知っていれば楽に対応できるが、知らなければ大打撃を喰らう、いわゆる初見殺しの呪文だ。
知っていれば妨害は容易い。
詠唱を妨害され、精神を乱された〈洞穴人〉は呪文詠唱を中止する。
「敵、魔法詠唱、クリア。
攻撃続けてっ、〈エレメンタルストーム〉!」
敵の集団はすでに半数ほどに減っている。
「ムサシ君、バックアタック!」
多少強引な態勢で〈百舌の早贄〉を使ったため隙ができたムサシに〈岩膚大鬼〉の大棍棒が横払いで襲い掛かる。
「うっ、避けきれない、受けるっす!」
それに対してムサシがなんとかいなそうと剣を構えるが、間に合いそうにない。
「! 私がカバーするよっ〈カバーリング〉ッ!」
だが、ヴィクトリアが特技でそれをカバーして盾で受け切る。
ヴィクトリアの身長、体重で彼女の二倍ほどもある〈岩膚大鬼〉の薙ぎ払いを受けてきっちり踏ん張れてふきとばないのは多分に違和感があったが、そこは〈エルダー・テイル〉の設定が適用されているため特に問題はないようだった。
「ヴィクトリアちゃん、ありがとうっす!」
「うん、どういたしましてっ」
敵の攻撃も防ぎきって残る敵もHP残存は僅かだ。
「俺が決めるぜ!〈フリージング・スフィア〉!」
伊兵衛の呪文で敵を中心とした半径4メートルほどの範囲にいる敵が瞬間凍結し、HP残量が0になったものは砕け散った。
「ちっ、残しちまったか」
伊兵衛の呪文でも仕留めきれていなかった〈岩膚大鬼〉をR.Pが弓で狙う。
「じゃあ、僕が最後の一匹貰うよっ!」
最後の〈岩膚大鬼〉を撃破したことで周囲には静寂が満ちる。
大部屋にはそこかしこにモンスターの死骸が転がっているが、次々とドロップアイテムを残して消えていく。
「ふう、状況クリア。
じゃあリポップすると面倒くさいし、ドロップ拾ってさくっと次に進もうか」
この戦闘ではいくらかのゴールドと中級素材アイテムがドロップしたようだ。大した価値のあるものでもないが、ちりも積もれば山となるというし、さっと拾い集めて、俺たちは次の部屋に向けて進んだ。
花藍がいうには最短経路で進んでもあと20以上のモンスターのポップポイントがあるとのことだ。
先を急がなければならなかった。