日が昇った後に余裕をもってハコネを出発し騎乗生物に〈天足法の秘儀〉〈オーバーランナー〉二つの特技を重ね掛けして足を速めハコネの山を降りた俺たちは前日とは比較にもならないスピードで進んだ。
ハコネを出てから1時間ほどで20kmほどの距離を進み、かの有名な歌川広重の東海道53次に描かれたもっともよく知られている富士の絵が描かれた地、現実世界での原の辺りまで進んでいた。
「絶景かな絶景かなといったところだねえ、カンナくん」
馬を進めながらまきびさんが言う。
「そうですね、私関西住みなんでまじまじと富士山ってみたことなかったんですけど雄大さがすごいですね」
「そうだろう?
私もこの位置でみたことはなかったんだけど日本の象徴って言われるのも納得だよ」
「歌川広重も見た光景を辿る旅ってのも乙な物っすね」
「お、ムサシは歌川広重知ってるのね、えらいえらい」
そういってカンナは馬上で幼い子を撫でるようなしぐさをした。
「いったい自分を何だと思ってるんすか。
リアルじゃあ高校生っすよ?」
そう苦笑いしてムサシは返す。
「てっきり〈エルダー・テイル〉ばっかりして勉強なんて全然してないのかと思ってたから」
「まあ、それは間違いじゃないですけどね。
実際家に帰ってからは殆ど〈エルダー・テイル〉しかしてなかったっすから」
「まあ、ほどほどにしといた方がいいわよ
そのせいでヤナなんか浪人しかけたんだから。
後期募集でなんとかひっかかったから良かったけどね」
「うっせ、ほっとけ」
「浪人なんてしたら〈エルダー・テイル〉の時間が削られるってんで必死に勉強したみたいよ
ムサシも勉強はちゃんとしとかないとね」
「まあ、それも現実に戻れたらの話だけどな」
昨日に続いて今日も天気は良くフジが雄大に聳えているのが見える。
フジの右手前側にはアタカ山塊が聳えていてゲーム設定の通りならば〈醜豚鬼〉たちが生息し、70レベル適正のハーフレイド級の巣を築いているはずだが外からではその様子はうかがえない。
もうここまで来るとフジの周りを飛ぶ大型飛竜の姿がかすかに見えていた。
「あのドラゴン、あそこからここまではっきり見えるってことは、どんだけでかいんすか
多分距離的に10km以上はありますよ?」
まじまじと大型飛竜を眺めてムサシは呟いた。
他の飛竜は未だ黒点にしか見えないにも関わらず一匹だけ明らかにでかいのがいる。
「ゲームにあんなでかいドラゴンいたっけか?」
一行は首をかしげた。ゲーム中でもあれほどの大きさのドラゴンは見たことがない。
「〈ノウアスフィアの開墾〉で霊峰フジのレギオンレイドでも追加されたんでしょうか?」
「何にしてもあんなのが襲ってくるとなるとぞっとしねえな」
「まあ、ここから眺める分には無害だと思うし気にせず先に進むとしようか」
とりあえず現段階であれこれと考えたところであの飛竜を攻略する訳でもないし。
現状必要ないことを考えてあれこれと悩んで立ち止まることは時間の浪費でしかない。
そう結論付けて俺たちは先に進むことにした。
◆
そのまま時折現れる街道系のモンスター、〈灰色狼〉や〈緑小鬼〉などを退ける。
街道に表れるモンスターはレベルが低いため、進行を遅らせるほどの障害ではなく、30kmを3時間ほどで進むとハママツの町へと到着した。
道もどうやらハコネへと守りの軍を派遣することを想定されているお蔭か綺麗に補修されており快適に通行することができた。
このイースタルとウェストランデをつなぐ街道には多くの橋が存在したが、それらもよく補修されていて行き来に不都合はなさそうだった。
「ふう、ずいぶんと早く着いたわね」
「ああ、早速宿を探すとしようか」
馬から降りて街を歩く。
ハママツの街は〈テンリュー川〉や〈ショアレイク〉などの豊かな水系とイースタルとウェストランデを結ぶ街道流通の元に発展してきた街で音楽の都としても有名だ。
領主が代々、著名な音楽家たちを保護し集めているらしく、街の路上でも楽器の音色や声楽家たちの歌声が絶えない。
これは〈エルダー・テイル〉の頃から反映されていたことであり、ハママツには〈吟遊詩人〉を対象とするクエストや〈エルダー・テイル〉内のBGMを他の好きな曲に変えるためのオルゴールを入手することができるクエストなどが多く存在した。
ハママツの街中心部に存在する領主が住む城の北部には音楽会館が存在し、毎日音楽たちがコンクールやコンサートを開き、腕を競い合っていた。
ゲーム時代は〈吟遊詩人〉がこれに参加して音ゲー感覚で演奏を奏でて優勝しクエストを達成すると中レベル〈冒険者〉に便利な呪歌に多少の補正がつく楽器を手に入れることができたことからプレイヤー間においてはそこそこ有名な街である。
「いやぁ、騒がしいねえ、この街は。
どこぞの駅前かと思うくらいだよ」
「至るところでストリートライブやってますもんね」
下手の横好きな歌声から思わず聞き入ってしまうような演奏まで様々であるが、そのどれもを市民たちが受け入れている懐の深さがあった。
また、優秀な奏者が指導を行っていたり、音楽に関する議論を行っている光景がみられる。
「全くもって素晴らしい街だね、ここは。
至る所から聞こえる音楽もそうだし、ミナミとアキバのちょうど中間あたりだからか〈冒険者〉が少ないおかげで町内には秩序が保たれているようで雰囲気がいい」
この旅にでてからずっと朗らかな表情をしているまきびさんの言う通りでハママツは気分よく滞在できそうな街だった。
◆
カシャカシャと金属が擦れ合うような音がする。
「あー、スミマセン!
アナタたちハー〈冒険者〉ですカー?
ワタシの友達をタスケテクレマセンカ?」
しばらく宿を探しつつ街を練り歩いていた俺たちに何者かが怪しい日本語で話しかけてくる。その声の主を確認しようと振り返ってみると小学生くらいだろうか、小さなドワーフの少女が立っていた。
ルイス・キャロルが書いたあのアリスのような外見の童話の世界からでてきたかのような少女だが着けている厳めしいキュイラスに腰に佩いた騎士剣が違和感を発している。さきほどの擦過音は彼女の鎧が立てたものだろう。
「ええ、そうだけど。
あなたは?」
「ワタシは北米サーバーの〈ビッグアップル〉から来たヴィクトリアとイイますー」
ヴィクトリアの情報ウィンドウを見て見るとプレイヤーネームはVickey、クラスは〈守護戦士〉/〈アンデッドハンター〉でレベルは90、つまりカンストしているようだ。
彼女はドラマで見るような典型的な海外の人間特有の謎イントネーションで話している。どうやら日本語が話せるらしい。
こんな幼い子が日本語を話せるなんて驚きである。いや、この世界では姿が若くても年齢通りとは限らないんだったか。
「北米サーバー?
何でそんなところから」
「ビッグアップルの治安ガ悪化シタノデ〈妖精の輪〉《フェアリーリング》を通ッテ逃げて来たノデス。
トイウカ、アナタタチ英語ウーマイデスネ」
ウーマイデスネ、ってどういうことがあればそういう話し方になるんだよ。
「英語? いや、英語は使ってないけど」
まあ、話そうと思えば話すことが出来る人もいるかもしれないが、現状、誰も英語を使って話してはいない
「へ? デモ綺麗ナ英語をツカッテハナシテいるミタイニキコエマス」
「ふーん。なら翻訳機能でも働いているのかもね」
翻訳機能までついているとは〈冒険者〉の身体には感服しきりである。
「翻訳機能? よくわからないけど英語が通じるなら普通に喋るね」
おお、流暢な日本語に聞こえるようになった。
ホントに翻訳機能すごいな。
「お姉さんたちステラを助けてください!
友達がダンジョンに閉じ込められてしまったのっ」
気を取り直して話し始めたヴィクトリアは俺たちに改めて助けを求めた。
そのステラというのが何者なのかは知らないがどこに閉じ込められようと〈冒険者〉は帰還呪文でホームタウンに帰ることが出来る。
なら帰還呪文でホームタウンに戻ればいいのではないだろうか。
「ステラ?」
「ステラはねっ。〈大災害〉の後に出来た〈大地人〉の友達なの」
「〈大地人〉の友達?
とにかくその友達が危ないんだね。
落ち着いて詳しく事情を話してくれないかな」
まきびさんが興奮した様子のヴィクトリアを鎮める。
「うん、ステラはこのハママツの子でね。
最近友達になった子なんだけど。友達になった証としてステラの秘密の場所に連れて行ってくれるって言って、それでその秘密の場所に連れて行って貰ったの。
秘密の場所は山のふもとにある綺麗な鍾乳洞でそこを案内して貰ってたんだけど、突然地面が崩れ落ちたの。
で、落ちた先はダンジョンだったみたいで閉じ込められちゃったんだ。
だから、あの子を助けないといけないの。
お姉ちゃんたちジナを助けるのを手伝って!お願い!」
まくしたてるようにそう言って彼女は懇願するようなしぐさをした。
〈冒険者〉ならともかく〈大地人〉は死んでも復活しないため、その焦りも当然のものと言えるだろう。
「その子は今も無事なのかい? 今の説明だと一人で洞窟に置いてきたように聞こえるけど」
まきびさんはアキバの治安の悪化や、俺たちの身柄を預かっているという責任感で少々疑いがちに見ているようで、この世界ではその背格好そのままの年齢であるという保証もないため、彼女の言葉をあまり信用はしてないようだった。
「とりあえず安全地帯に移動したし、私の〈冒険者〉の友達が守ってくれてるから今のところは大丈夫。
でも食料もあんまりないし、なるべく早く助けにいかないと」
「ふむ」
そう言ってまきびさんは何かを考え始めた。
多分彼女の情報の確度を考えているんだろう。
本当に〈大地人〉の子供が洞窟に閉じ込められていてそれを見捨てた形となった場合、〈大災害〉から今までの間で〈大地人〉が俺たち〈冒険者〉とそうは変わらない存在だと実感している以上死なれては寝覚めが悪い。
「姉ちゃん! なんで助けに行かないんだよ!」
「可愛そうだし助けてやろうぜ」
いまだ、まきびさんはヴィクトリアの言葉を完全に信じることはできないようだったが、伊兵衛とR.Pは同年代の子が助けを求めているのを見捨てる気は毛頭ないようで彼女に不平をぶつけている。
「まあ、まきびさん。俺たち〈冒険者〉はこの世界じゃあ死んでも生き返ることができるんですし、行ってみてもいいんじゃないですか? それにダンジョンなら俺が〈フリップゲート〉を使って逃げることもできます。
それに、アキバの問題は俺たちには対処できなかったから逃げてきましたけど、彼女の友達を助けることは俺たちにも可能なことだから、できることはするべきだと俺は思います」
そう俺が説得すると、まきびさんは決断したようで、気合いを入れなおした。
「分かった、それもそうだね。
ここでも逃げてしまうと、私たちにこれから出会う問題に対する逃げ癖、みたいな物がついてしまうかもしれない。
それに、せっかくいい気分で旅をしているのに人死にがでては目覚めが悪いしね。
私は彼女の友達を助けようと思う。
皆もそれでいいよね?」
首肯する俺たちを確認して、ヴィクトリアに告げる。
「君の求めを私たちは受け入れる。
君の友達を私たちと一緒に助けに行こう。
それで、ヴィクトリアちゃん、君の友達が囚われているのは何てダンジョンなのかな?」
「えっとね……、ダンジョン名は確か……