〈エルダー・テイル〉の旅行者たち   作:大倉花立

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7話

 〈スイートフィッシュリバー〉での1時間ほどの昼休憩を終え気合いを入れなおして出発した俺たちは〈自由都市同盟イースタル〉と〈神聖皇国ウェストランデ〉の国境、関門都市ハコネにまで到達した。

 見るからに堅牢だとわかる関所が見受けられ、イースタルとの有事を想定していることがわかる。

 立ち並ぶ守兵たちは大地人の中でもレベルが高めな者たちで固められているようで練度の高さを感じさせる。

「何か、手続きとか必要なんですかね?」

「さあ?どうだろう。

 ちょっと聞いてくるよ」

 そう言ってまきびさんは関所の守兵の方へと向かって行ったが二言三言話してすぐに戻ってくる。

 

「〈冒険者〉には入国審査はいらないみたいだ」

「〈大地人〉は街道沿い以外はモンスターがいるからろくに歩けないだろう?

 だから行き来の管理ができるから入出国を記録しているらしい。

 でも〈冒険者〉は国境線のどこからでも国境を超えられるから山中なんかを突破されては調べられるはずもないし、そんな人員もいないってことで主要街道にだけ国境ゲートを設置して〈大地人〉だけを記録してるらしい」

 確かに〈エルダー・テイル〉では山中のダンジョンを攻略しているといつの間にかウェストランデに出ていたようなこともあったし、そりゃそうか。

「へえ、じゃあ手続きはいらないってことですよね、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夕方、俺たちはハコネの街に到着した。

 ハコネの峠の峻嶮さは函谷関も者ならずともいわれるのがよくわかった。

 どうやらこちらの世界でもハコネは温泉町で宿も十分あるようで、街の至る所から白い蒸気が立ち上っているのが見える。

 硫黄の匂いがいかにも温泉、といった感じだ。

 

「とりあえず今日のところはハコネで泊ろうか

 ハママツまでの行程の内3分の1くらいは進んで日もくれそうな時間だしもういいだろう。

 温泉でリフレッシュするとしようか。

 アシノコのあたりだと霊峰フジが見える絶景スポットだったはずだからそのあたりに宿をとろう」

 まきびさんはそう宣言し、よさそうな宿屋を探して宿泊の手続きをする。

 

 温泉、その言葉に女性陣はにわかに浮き足立った。

「温泉かぁ!

 よかったな、うるう、カンナ姉ちゃん。

 あたしはてっきり野宿でもさせられのかと思ってたよ」

「うん、よかったね、花藍ちゃん。

 現実ではわたし箱根温泉なんて行ったことないよ」

 

 うるうは温泉への期待感からか耳がピンと立ち、尻尾が左右に振れている。

 狐って確か尻尾で感情表現しないはずだがなんで尻尾が動いてるんだろうか。

 

「私も温泉は久しぶりだわ。

 基本的に現実では面倒くさくて温泉に遠出することなんてなかったから。

 まきびさんは温泉とかよく行くんですか?」

 

「私は結構現実でも旅とかする方だったから車を運転して箱根や熱海にも来たことがあるけど、こっちのの方が好きかなあ。

 コンクリートやらなんやら使ってない分こっちの方が建物に風情がある気がするよ。

 こっちの世界ではどうかしらないけど現実では美肌、痩身効果があるって謳っていたし、楽しみだよ」

 

「美肌ですか?

 こっちの世界に来てただでさえファンタジーに合わせて狐耳や尻尾も生えて美形になったっていうのにこれ以上変わったら元の自分とは似ても似つかなくなっちゃいそうですね」

 

 こっちに来てからは俺たちは容姿が固定されているから多分美肌も痩身もその恩恵を受けられないとは思うのだが、わざわざ楽しみに水を差す必要もないし黙っておくか。

 もしかしたら温泉にバフ効果か何かがついてるかもしれないしな。

 まきびさんが見つけた宿屋はこの世界では一般的なレンガ造りで二階建ての〈エルダー・テイル〉の文化設定に沿った洋風の建築だった。

 温泉は別棟に石細工で設置されているようでアキバの街の俺たちのギルドハウスにあるものとは違い大地人たちが実際に利用しているからかイミテーションではなく実際に利用できるものだった。

 確かに大地人も実際に生活している以上、こういった設備が完備されているのは当然か。

 ということはアキバでも大地人の過ごしている家などはこういった生活設備が備わっていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、いい湯ですねぇ、mikuriさん。

 俺たちこっち来てからは冷水で水浴びしかできなかったのに、いきなりこんな上等な温泉に入っちゃったものだからその落差ですごい極楽に感じますよ」

「そうだな。

 俺は42度くらいの熱い湯が好きだからこのハコネの温泉はちょうどよくてホント極楽だ」

 

「そうっすか?

 なんだか熱すぎて自分は茹っちゃった感じがします」

 そう言うムサシは顔を真っ赤にして心なしかぐったりした様子だ。

「そりゃあ、お前が狼牙族だからじゃないか?

 犬はあんまり熱い風呂に入れちゃいけないって聞くし」

「あー、そうなんですかねえ。

 なんだか気持ち悪くなってきたし自分ちょっと風に当たってくるっす」

 

 伊兵衛とR.Pは広い湯船を泳いでいる。

 小学生か、と思うが彼らはまだ中1と中2だったはずだからまあ、似たようなものか。

 基本温泉の中で泳ぐのは結構な迷惑行為だが、俺たちの他に人もいないし好きに遊ばせている。

 

「しかし、アキバからハコネまで俺たち車も使わずに1日で来たんですね。

 ハーフガイア・プロジェクトのことがあるにしても50kmですよ。

 50kmも車使わずに移動したことってあります?

 俺は多分初めてです」

 50kmというと現実で言えば京都駅ら大阪駅あたりまでの距離である。

 そんなもの現実では歩こうとも思わなかった。

「んー、そうだな。

 俺は東京マラソン走ったことあるからそれプラス8キロってところか。

 まあ、現実でもなんとかなる距離だろう」

「へえ、マラソンですか。

 現実でも体力あるんですねえ」

「ま、4時間ちょっと切ったくらいの一般参可の市民ランナーだけどな

 というかお前はインドア派すぎるんだよ、お前ら二人がログインしてないときなんか殆ど見たことねーぞ」

「いや、まあ〈エルダー・テイル〉以外に趣味もなかったですし。

 でも、こっち来て引きこもり度は減りましたよ」

 

 バイトと大学に行く以外に殆ど外出していなかったのだが、こちらに来てからは毎日動いているような気がする。

 しかも、外出先は屋外の事が殆どだ。

「そりゃあそうだろ、引きこもっててもやることねーし」

「はは、確かに」

「しかし、いい宿ですねえ」

 

 

 そんな風に話していると風に当たってくると出ていたムサシが顔を真っ赤にしていそいそと帰ってきた。

「どうしたんだ?

 そんな顔して」

 彼が言うには狐尾族のうるうもムサシと同様にハコネの風呂にのぼせたらしく風に当たりに来ていたようで、その付き添いとしてまきびさんに「創作物なんかだとこういう温泉に来た時なんか男の子はよく女湯を覗いたりするものだけど君たちは覗いたりしないのかい?ん?それともいい覗きポイントを見つける為に出てきたのかい、なら教えてあげようか」などとからかわれたらしい。

「そんなことしないって弁解したんっすけど言えばいうほど怪しくなってきた気がしたので逃げてきたっス」

 辟易とした様子でそう言って湯船の縁に座り湯に足をつけた。

「あいつも仕方ない奴だなあ、前からこんな人をからかうようなことをするやつだっけか

 それとも皆が暗くならないように気を遣ってるのかね」

 そういうとmikuriさんは過去を思い出しているのだろう、遠くの方に目をやった。

 

 

 長い回顧でも始めるのかと思って見ていたが、黙って数秒で頷き言った。

「……ああ、元々そんなやつだったわ。

 あいつ、クールな感じの美人で丁寧な口調だしいい声もしてるから見ている限りそんな気はしないんだが、結構喋るし人もからかう愉快犯的な奴だよな」

「ええ、〈エルダー・テイル〉でも人の色恋話とかになると自分から首突っ込んでいってかき回してましたし」

「ウチのコラムでもいきなり大手ギルドが秘匿してwikiに乗せてなかったレイドクエストとかの情報、どっかから拾ってきておもしろいからって理由で暴露してたっす。

 検索に引っかかって衆目にさらされやすいWeb版じゃなくて見てる人少ない〈エルダー・テイル〉内で出版した版にしか載せてなかったから大手にバレて目をつけられずにすんで助かったっすけど」

「あれ、バレてたら〈大災害〉後信用ならないと思われてどことも連携とれなかったんじゃないか?」

「実は九死に一生だったんですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 のぼせるというのがバッドステータス扱いとなっていることに気づいて森呪遣いの状態以上回復魔法〈キュアブルーム〉を使用してうるうちゃんと編集長が戻ってきた。

 脱衣所から浴室へ入るドアをあけたところで編集長がクシュンとくしゃみをする。

 なんだそのかわいらしいくしゃみはコツを教えてください。

 そう言いたくなるくらい完璧なくしゃみだ。

 

「ちょっと湯冷めしたかな?」

 そういって浴槽に入ってくる。

 〈エルダー・テイル〉の設定を引き継いだおかげか皆やたらめったら肌なんかがきれいで目の保養になる。

 まあ普通だった私もこの身体なら割と美人くらいには成れてるんじゃないだろうか。

 現実に戻れるならこの身体を持って帰りたい。

 

「〈キュアブルーム〉使いましょうか?

 あ、でもバッドステータスついてないから体調に異常があるわけではないみたいですね」

「じゃあ、誰かが私の事を噂しているのかもしれないね

 しかし、さっきのムサシ君の反応は初々しくてよかったね、うるうちゃん」

「そういえば何か話してましたね、私は頭がのぼせていたのでよく聞いてなかったですけど」

 

「そうか、聞いてなかったのか。

 なに、ちょっと思春期の少年をからかっただけだよ」

 またこの人の悪い癖がでたのか、ただでさえ美人なのにそんな挑発を受けた思春期の少年心境を想像すると気の毒になる。

「まきびさん地味に若い子からかうの好きですよね。

 高校生ぐらいの子がすきなんですか?

 若いツバメとか囲ってたりして」

「確かに高校生ぐらいの子はかわいいんだけどね、手は出さないよ。

 ほら、イエス少年、ノータッチってよく言うだろう」

「いや、言いませんけど」

 

 30手前くらいの男が女子高生を口説くと犯罪臭がするが。

 30手前くらいの女性が高校生ぐらいの少年を口説くのは別に問題ないような気もする。

「伊兵衛君とかR.P君あたりになると十二支が一回り以上は違うから母性的な意味で可愛いと思うんだけどね」

 

 

 湯に浸かりながら編集長と私は明日の行程を確認する。

「明日はどこくらいまで進もうか。

 今日はだいたい50kmほど進んだわけだから残りは大体70kmくらいかな」

「なんか微妙な距離ですよね。

 無理すれば一日で行けそうだけど実際行くと多分へとへとっていう」

 

「だねえ、でも馬に乗って移動するのも慣れてきたし明日はもうちょっと距離稼げそうかな。

 そういえば、カンナちゃんとヤナダ君の〈天足法の秘儀〉と〈オーバーランナー〉って使えないのかい?

 使えたらかなり時間を短縮できそうだけど」

「来る前に使ってみたんですけどダメでしたね。

 〈エルダー・テイル〉時代は自分にかけると馬も付随して速くなってたんですけど」

「ん?じゃあ馬に使えばいいんじゃないのかな」

「へ……?ああなるほど。

 そうかもしれません、明日試してみます」

 

 ゲーム時代はバフの対象にとれるのはプレイヤーしかいなかった為、そんなことをする発想はなかったが現在では呪文の対象にとることができるものがゲームのころとは変わっているため可能かもしれない。

「それが可能だったら明日一日で余裕をもって到着できるね。

 じゃあ、明日はそれを試してから行くとしようか」

 

「それにしてもいい眺めですね。

 フジが一望できる温泉だなんてホント贅沢です」

「だね、どうやら男性陣の方の風呂では角度の問題でみれないようだけど、かわいそうなくらいだよ。

 この眺めを見ながらできるなら日本酒をいっぱいやりたいものだ。

 つくづく残念で仕方ない」

 徳利をクイっと傾けるしぐさをしながらまきびさんが言う。

「この世界飲み物すら味がないですからねえ。

 ただ、酒を飲めば酔うという効果は発生するみたいですけど」

 

 実家のジューサーで作るミックスジュースが懐かしい。

 バナナにりんご、牛乳を混ぜたジュースや、バナナとみかんのジュースなんかいろいろな組み合わせで作ったなとしみじみ思い返す。

 今持っている素材アイテムを元に作れたらどれだけ幸せだろうか。

 

「味を楽しめないんじゃあお酒なんて飲む価値はないからなあ」

「でも、私は背を伸ばしたいから牛乳飲んでたんですけど味が苦手だったのでこっちに来てからは水と同じ感覚で飲めるようになったし嬉しいです」

 そういってうるうは身振り手振りで喜びを表した。

「でも、多分〈冒険者〉は身長伸びたりしないんじゃないかな

 爪とかも伸びている様子はないし」

 そうまきびさんが考察を述べるとうるうの狐耳がペタンと倒れ、ショックだという感情を表すかのように動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、起床して用意をまとめた俺たちは町のはずれで召喚笛で呼び出した馬に補助呪文をかけれるか確かめた。

 どうやら普通に馬にも補助呪文はかけれるらしい、昨日気づいていればもっと進めていたのにと思わなくもなかったが気づいていた場合はハコネの湯に浸かれなかったことを思うと良し悪しである。

 




ログ・ホライズンの国境越えの設定がいまいちわからなかったので捏造
国境越えても死に戻りで大神殿戻ったり、山中のダンジョン経由したり、妖精の輪で転移したりトランスポート・ゲート使ってくるような〈冒険者〉たちの国境越えって管理する意味ないですよね?
ということで管理してたとしても〈大地人〉だけなんじゃないかなと妄想

19:00 wikiの記述を見落としていたためハコネの様子を改訂。

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