〈エルダー・テイル〉の旅行者たち   作:大倉花立

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6話

 〈RRB〉がハママツでミナミと合流するという新たな方針をたてた翌日、俺とカンナとまきびさんはハママツまでの詳細な地図を手に入れるためにアキバの文書館にやって来ていた。

 

 すると少しふくよかな体系をした大地人らしき司書の男性が出迎えてくれた。

 ただ、何やら警戒した様子だ。

「ようこそいらっしゃいました、当文書館に何の資料をお求めですか?」

「ええと、アキバからウェストランデとの国境あたりまでの地図をお願いします」

「承りました、ではそこにかけて少々お待ちください」

「はい、ありがとうございます」

 そういって、司書はそそくさと書架の奥へと消えていく。

 

「何だか怖がられてるわね」

「みたいだな」

 見たところ彼のレベルはたった17だから〈冒険者〉の能力とは天と地ほどの差がある。

 言葉を話す虎みたいなものを相手に接客しているような気分なんだろうなと想像する。

 それでもきっちり仕事をしてくれる辺り大したプロ根性と言える。

 

 彼は書架の奥からA3程の大きさのしっかりした装丁をした地図帳を持ってくる。

 現実ではあまり見ない大きさの地図帳だ。

「こちらでよろしかったでしょうか?」

 まきびさんはページをさらっと確認して

「はい、大丈夫です。

 ありがとうございました」

「ではお帰りの際はお声をおかけください」

 そう言って司書は受付に戻っていった。

 まきびさんは机に地図を広げると大きな紙とペンを取り出す。

「じゃあ、写すから好きなようにして待っててね」

「わかりました」

 そういって彼女の邪魔をしないようにその場を離れた。

 

 

「どうするよ」

 適当に書架を回って本の題字を眺めながら歩く。

「んー、知らない単語が多すぎて殆ど何から見ればいいかわからないわね。

 ま、こういう時は専門家に聞くにこしたことはないでしょ」

 

 そう言って、カンナは司書の男性に向かっていった。

「司書さん、何かおすすめの本ってないかしら」

「……おすすめ、といいますと?」

 いきなり向かってきたカンナに対して司書は少し吃驚したような顔をしたが、すぐに気を取り直して答える。

 

「何か面白い本とか伝記みたいな

 というかさっきから思ってたんだけどなんで私たちを怖がってるの?」

「そう見えましたか?」

「うん、そうとしか見えなかったわ」

「それは失礼をしました。

 最近、〈冒険者〉の方がたの中に私たち〈大地人〉を襲っている方がいるようでしてつい無意識のうちに警戒してしまったようです

 ここは衛兵が守ってくれているから襲われることなんてないというのにね」

 そう苦笑して話す姿や挙動を見るとこの人がノンプレイヤーキャラクターだという感じは全くせずにプレイヤーキャラックターと遜色なく人間であるように思えた。

 

「〈大地人〉を襲う〈冒険者〉ですか?」

「ええ、アキバの街の外では何人かが被害に遭ったようです。

 怖い時代になりました。

 あなた方がそんな〈冒険者〉でないことはわかりましたのでごゆっくりしていってください

 ああ、おすすめの本でしたね」

 そういって司書はカンナを連れて物語などがまとめてある書架に向かっていった。

 それについていき伝説や伝承などに目を通す。

 殆どが〈エルダー・テイル〉がゲームだった頃のクエストなどに登場したような物だったが、例外としてレイド級クエストを攻略する〈冒険者〉たちの活躍が書かれているらしきものも存在した。

 どうやら〈エルダー・テイル〉がゲームの頃とこの世界は連続した時間で繋がっているらしかった。

 

 

 それからしばらくして地図を写し終わったのかまきびさんが机から離れて話しかけてきた。

「ねえ、ヤナダ君」

 そういって先ほどまで地図を写していた紙を開く。

 

 するとそこにはぐちゃぐちゃとした何を描こうとしたのかわからない何かが広がっていた。

 地名を書いてある文字以外は読み取ることすらできない。

「どうしたんですか、これ」

「いや、上手く描けなくてね。

 トレーシングペーパーか何かがあればよかったんだけど

 どうしようか」

「かけないならかけないって言ってくださいよ

 司書さんにそういうことが出来る人いないか聞いてみます」

 

 聞いてみたところどうやら司書さん自身が出来るらしく謝礼を払ってお願いすることにした。

 なかなか堂に入った手つきでさらさらと描いていく熟練の手さばきを感じる。

 彼が地図を描く傍らでそれを眺めながら話していた俺たちは彼はNPCなどではないと確信を抱くようになっており、〈大地人〉も人間なのだと認識するようになっていた。

 その後、何時間かかけて彼が描いた地図はなかなかの大作で観賞用にも耐え得るほどの作となっていた。

 その後、彼に礼を言って文書館を辞した。

 

 

 

 

 

 

 その後旅の用意を終えた俺たちは翌朝、旧アキバ駅のプラットフォーム上に立っていた。

 これからハママツまでの経路としては安全も考えて現実の秋葉原駅から東京駅までいきそこからは東海道新幹線に沿って線路を辿っていくことにしていた。

「じゃあ、皆長旅になると思うけど気楽にいこうか。

 出発だ!」

 まきびさんが〈召喚術師〉の技能で呼び出した〈一角馬〉に乗って宣言する。

 俺たちは召喚笛で呼び出した馬に乗ってアキバを出発した。

「まきびさんだけずるくないですかぁ?

 一人だけユニコーンなんてそんなかっこいい馬に乗っちゃって」

 カンナがまきびさんをそう茶化すと、彼女は得意げな顔をして言う。

「ふふっ、いいだろう?

 〈召喚術師〉の役得というものだよ。

 しかし、不思議な感じがするね」

「はぁ、なにがっすか?」

 彼女のその言葉に対して不思議そうにムサシが返す。

「いや、私は乗馬なんてしたことがないんだけどね。

 好きなようにこの子を操れるんだなと思ってさ」

「はあ、たしかに」

 その言葉に皆が頷く。

 そう言われればそうだ。

 俺も乗馬なんてしたことはない、だというのに特に意識もせず危なげない騎乗ができている。

 これも〈冒険者〉のスペックということだろうか。

 まあ恩恵が受けられる分には何の問題もないので文句なんてないのだが。

「ええっ、みなさん乗馬の経験なかったんですか!?」

 そう驚いた風に言ったのは花藍だった。

「自然に馬に乗ったのでてっきり皆さん乗馬経験があるのかと」

「花藍ちゃんは乗馬経験あるの?」

 カンナがそう聞く。

「はい、両親がアウトドア趣味で何回か牧場に連れていってもらってたことがあるので。

 この両親の趣味のお蔭でテントだって立てれますよ!」

 へえ、インドア派が多いネットゲーマーでは結構珍しい特技だ。

 

 

「なんだか線路をこうやって進んでると昔ケーブルテレビでみた映画を思い出すよ」

「ああ、あの少年4人の」

「そうそう、少年時代のちょっとした冒険を描いたあれ。

 まあ、私たちはこれから120km以上も歩くんだからちょっとしたってレベルでは全然ないんだけどさ」

 あれは確か30kmくらいだったろうか。

 まあ、少年時代に往復60kmも歩くとかそれもうちょっとした冒険とは言えない気もするが。

「でも、そう考えるとげんなりしてくるわね。

 フルマラソン二回はしっても全然たどり着かない訳だし」

 カンナは手にしているアキバの文書館から移してきた地図をみてため息をつく。

「まあ、確かにそうだねえ

 120kmなんて車で行ければすぐなんだけどさ、馬だからねえ」

「でも設定がハーフガイア・プロジェクトが適用されてるみたいだからまだよかったですよ

 現実だと250km以上ありますからね」

 

 

「あ、失敗したかも」

旧アキバ駅から旧トウキョウ駅まで進み、新幹線の線路に乗って進み始めたころ、そう呟いたのはカンナだった。

「ん、何がだい?」

「あ、編集長。

 新幹線って確かいっぱいトンネルありましたよね。

 トンネルみたいな暗い坑道ってモンスターの巣とかしてるんじゃないですか?

 それに駅って大体ダンジョン化してたような」

 その言葉に皆、「ああそういえば」と思い至った。

「ああ、ホントだ、うっかりしてたよ。

 じゃあ、この新幹線ルート変えないといけないね」

 まきびさんはそう言って地図を確認し出す。

「じゃあ、旧シナガワ駅で下に降りて国道1号、東海道を西に進もうか

 そうだね箱根駅伝のルートをなぞるような形かな」

 

「あ、花藍ちゃん見て見て、なんか海の方にお城があるよ」

 海の方を見て何か見つけたのかうるうが花藍に呼びかける。

 先日の会議では真剣な場だったから、きちっとした話し方をしていたけれど、普段はうるうもこんな感じの普通の女の子である。

「ほんとだ。

 えーっと、今、浜離宮のあたりだから……。

 エターナルアイスの古宮廷だね、うわ、ゲームの頃に見たのと同じで本当に凍ってるよ!」

 遠目に見るとわかりづらいが確かにクレーターのようなくぼみにそびえたつ城のまわりは氷で覆われていた。

 それだけでも十分に神秘的な光景なのだが氷はクレーターの内のみにとどまっており外には一切影響がないのがここがファンタジーの世界なのだとより感じさせた。

「うはーっ、ホントにすごいねえこの世界は。

 なんかこの世界に来てから驚きっぱなしな気がするよ」

「あんなところに住むお姫様になってみたいよー。

 あ、というか城があるってことはあそこに住んでた人が実際にいたんだよね?」

「うーん、私はあんな凍り漬けだと寒そうだからいいかな」

「いきなり、そんな冷静にならなくても」

 うるうの言葉に花藍は苦笑いする。

 

 

 トウカイドウをひたすら進み、ヨコハマの近郊まで進んだ頃、カンナが何やら遠くの豆粒みたいにしかみえないものを指さす。

「お、あの荷馬車は〈大地人〉の行商隊かな。

 方向するとヨコハマから来たのかしら」

 弓が装備できる職業だから遠間でも扱えるように視力に補正でもかかっているんだろうか。

 近づいていくとだんだん指さしていたものが見えてくる。

「そうっぽいな。

 でも、どこに向かっているんだろうか。

こっち側に行商に行くような街ってあったっけか」

「さあ、小さな村でも回ってるんじゃない?

 そんなことより、味のする素材アイテムもってるかもしれないし、売ってくれないか聞いてくるわ!」

 そう言ってカンナはその行商隊の方へ馬を飛ばしていって戻ってくるときには大量のみかんを抱え込んでいた。

「みんな聞いて!

 あの行商隊、キシュウ産の夏みかんの行商隊みたいだったからありったけ買ってきたわよ!」

 その言葉に〈RRB〉の面々は歓声を上げる。

「夏みかんかぁ、カンナ君ファインプレイだね。

 味を想像するだけでよだれが出てきたよ」

「カンナさん、すごいです!」

「でかしたぞ、カンナちゃん」

 その歓声にカンナは鼻高々の様子だった。

 そんな他愛もないことを話しながら初夏の気持ちいい陽気の下、俺たちは馬を進めた。

 時々馬を下りて休憩を入れつつ進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 日が出たくらいにアキバをでて太陽が真上にみえるくらいだから5時間ほどもしたころだろうか。

 海沿いの街道をひたすら進んでいた俺たちは現実世界の相模川〈スイートフィッシュリバー〉の河原で昼休憩をとることにした。

 この世界では現実で関東平野一帯にところ狭しと存在していた建物は風化した残骸が一部に残るのみとなっており基本的には見渡す限りに草原が広がっていた。

 天気もいいため西側に霊峰フジが神々しいその姿を見せている。

「いい天気だねえ。

 絶好の旅日和だ」

 橋のふちに座りながら先ほど買った夏みかんを味わう。

「こんないい天気に外で飯を食べてるとおにぎりが食べたくなるな」

 しみじみとmikuriさんが言う。

「ちょっと、やめてくださいよ。

 そんなこというとほんとに食べたくなってくるじゃないですか。

 味もないし食感もふやけたせんべいになっちゃうのに」

 俺はそう笑いながら言ったが、現実を認識すると悲しくなる。

「はは、すまんすまん」

 そういって彼はため息をついた。

 

「んー、ご飯食べたら眠たくなってきちゃった」

 そういって昼食をすませた後、カンナは座っていた体制からそのまま仰向けに倒れこんだ。

「この世界に来てからずいぶんと健康的な生活をするようになった気がするわ。

 現実じゃこんな風にのんびりと日に当たりながら旅をすることなんてなかったものね」

「まあなあ、現実じゃあこんな草木がうっそうと茂っているのが何十キロも続いている旅に適した草原なんてそうそうないし、ある場所に行くにしてもすごい時間がかかるからな」

「こんなにウキウキした気分は久しぶりだし、

 こんな事態になってしまったけど結構この世界を私たちは楽しんでるのかもね」

 そういってカンナは目を閉じる。

 あまりにも気持ちよさそうにしているものだから、年少組はみんなカンナにならって寝転がる。

 その様子を見てまきびさんは仕方なさそうに言う。

「ちょっと昼寝でもしてからいこうか」

 そしてそのまま彼女も寝転がると大の字になって貴女はどこぞの綾取りの達人かと思うほど、すぐに寝息を立て始めた。

 

 俺は俺のほかに唯一起きていたmikuriさんと顔を見合わせてため息をついた。

「みんな寝ちゃいましたよ」

 のどかにみえるかもしれないがここはれっきとしたフィールドゾーンである以上低レベルではあるがモンスターが出現する、まあレベル1桁のモンスターが90レベルの〈冒険者〉に襲い掛かってくるとは思えないがそれでもいささか不用心である。

 仕方がないから二人で彼らが起きるまでの間、見張り番をしたのだった。

 


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