あの〈大災害〉から2週間が経った。
〈書庫塔の林〉での散々だった初戦闘の後も俺たちは、日中の間は低レベルゾーンにて戦闘訓練をすることにしていたおかげでいまではアキバ近郊の敵の殆ど、85レベルくらいまでなら終始有利に戦闘を進められるほどにスキルの扱いや立ち回りは習熟した。
スキルの扱いや立ち回りも基本から進んでゲーム時代の自身のビルドにあった立ち回りを実践することも並行して練習している。
ただ、中レベルモンスターともなると自分たちの防御を抜けて威力のある攻撃が通ってくるため、現実世界に比べると緩和されているとはいえ攻撃された際の痛みを受けるようになっていて、攻撃を受けた際に痛みで少し硬直してしまうことも出てきていた。
前衛のムサシは攻撃を引き付けているので結構ダメージを受けているためかだんだんと痛みには慣れてきたようだった。
対して彼が優秀な盾役であるおかげで他のメンバーは殆ど攻撃を受けない為、痛みに慣れるのはもう少し時間がかかりそうだ。
戦闘慣れに関しては俺たちはアキバに存在する〈冒険者〉たちの中でも結構早いほうだろう。
もちろん俺たちよりも先駆けて動いていた戦闘を専門とする大規模ギルドのエースたちにはとてもではないが太刀打ちできないだろうが、それ以外とならいい勝負ができるだろう。
◆
そしてその日の朝、俺とカンナは二人でコンビ連携の確認をするために〈シンジュクギョエン地下〉へとやってきていた。
〈シンジュクギョエン地下〉は〈シンジュクギョエンの森〉と呼ばれるフィールドゾーンの北のはずれ辺りにあるダンジョンで〈エルダー・テイル〉アキバ近郊のダンジョンには珍しく高レベルモンスターが出現する定番の狩場だった。
モンスター種族としてはアンデッドが多く、
ゲームだったころには芋洗いをするような密度で人がいたものだが現在、〈冒険者〉の姿は見当たらない。
時折、〈D.D.D〉などの大手戦闘系ギルドが来ていることもあるのだが今日はいないようだった。
「二人で狩るのも結構久しぶりね」
軽くストレッチをしながらカンナが話しかけてくる。
この世界でストレッチって意味があるんだろうか?
してもしなくてもパフォーマンスは変わらない気がする。
「久しぶりって、現実で狩ってたのと一緒の扱いでいいのかね」
「まあ、いいんじゃない?
だってこの世界ゲームのころと設定とかはそのまま変わってないし
じゃあ、バフかけて行くわよ」
「もう少し敵が軟らかいところがいいんだけどな。
俺たちあんまり火力ないし」
「仕方ないじゃない、妖精の輪が使えない以上ここが一番近いんだし」
「〈キャストオンビート〉〈カルマドライブ〉〈カルマドライブ〉〈メイジハウリング〉」
「〈天足法の秘儀〉……〈天足法の秘儀〉……おーわりっと」
「〈ヘイスト〉〈ヘイスト〉〈オーバーランナー〉、〈オーバーランナー〉
ああ、もうめんどくせえなあ!」
「付与術師は大変ね、私は天足法だけだからホント楽だわ」
ゲーム時代はポチポチキーボードを押していくだけだった、戦闘開始前のバフ付与が実際にモーションがかかり、発声までさせられるとなると非常に煩雑になった。
数分かけてありったけのバフを掛け終ると俺たちはダンジョンの中へと走り出す。
「〈パルスブリット〉〈パルスブリット〉〈パルスブリット〉〈パルスブリット〉〈パルスブリット〉」
「バフかけすぎじゃない?
あんた、早口すぎてキモいわよっ
パブゥ、パブゥ、パブゥって幼児みたいな話し方してるようにしか聞こえないんだけど」
口の動きが詠唱で常に塞がれている状況なため、カンナの軽口に言い返すこともできない。
ありったけの移動速度系バフを重ね掛けて陸上選手でさえ置き去りにできるスピードを得た俺たちはひたすら付与術師の攻撃魔法と神祇官の弓による通常攻撃でアンデッドモンスターを釣りまくる。
ゾンビ映画のような数のアンデッドを引き付け、カンナが範囲攻撃を叩き込む。
「〈剣の神呪〉!」
そして再びゾンビの群れに背を向けて走り出す。
基本はひたする逃げ撃ちしながら付与術師のスキルで短くした大型スキルの再使用規制時間が終わり次第、再度範囲魔法を叩き込み、ダンジョンの袋小路に追いつめられると神祇官のダメージ遮断を使用して逆方向に逃げ出すかそれが困難な場合は〈フリップゲート〉を使用してダンジョンの入口に一旦戻り再度始める。
俺たち二人はコンビ狩りでそれなりに稼ごうと考えた結果、二人で移動速度に修正を与える補助魔法〈天足法の秘儀〉〈オーバーランナー〉を有り金はたいてそれぞれ秘伝書を購入し、ゲーム時代この戦闘法に特化したビルドを構築していた。
この戦闘法だと範囲魔法で一度に巻き込む敵の量がとんでもなく多いので〈剣の神呪〉に付帯している即死効果やも結構な確率で働くためコストパフォーマンスの良い戦闘法と言えるだろう。
ただ、こんな敵をトレインしまくる戦闘法だとどう気を付けても周りを巻き込んでMPKしかねないので俺たちは過疎狩場を主戦場としていた。
また、ヘンな方向に特化したビルドである為、パーティーまでならともかくレイド級の戦闘に入ると貢献度の低いの並付与術師と並神祇官になってしまうことがネックとなっていてレイドコンテンツに参加したい時にはサブキャラクターでレイド用に育成したものを使用するのが常だった。
そうしてアンデッドを狩りながら動きを確認したがこの種の移動速度増強スキルの〈大災害〉による弊害として移動速度になれていないと足元がおろそかになって段差などにつまずきやすくなることがわかった。
「なんだ、普通にやれるじゃない。
ここでこれだけやれるなら普段の行動に支障はないわね」
「みたいだな! 〈パルスブリット〉〈パルスブリット〉〈パプスブリッ。
いはっ、しひゃかんひゃ!(痛っ、舌噛んだ)
やっはこれひりきえいひょうむりたは(やっぱこれ自力詠唱むりだわ)」
ショートカットを使わない自力詠唱を混ぜようとして舌をかむ。
「ぶふっ、ヤナ何やってんっのよっと、〈鏡の神呪〉っ!」
俺が舌をかんだ様子がおかしかったのか吹き出したカンナをアンデッドが狙う。
攻撃を受けてしまったが、相手への攻撃と味方の回復を兼務する魔法〈鏡の神呪〉を叩き込みすぐに態勢を立て直し、また走り出した。
◆
昼過ぎ〈シンジュクギョエン地下〉で段差でつまずいたお蔭で〈大神殿〉送りになって戻ってきた俺たちは未だアキバの街のそこかしこで初日から延々と虚脱状態のまま座り込んでいる〈冒険者〉たちがいるのを見た。
彼らが暗い雰囲気を垂れ流しているから余計にそう見えているのかもしれないが、その〈冒険者〉たちだけでなくアキバの街の雰囲気は日々淀んでいっているようだった。
〈冒険者〉たちの間では日が経つにつれてこのどうしようもない事態への苛立ちがつのった結果、ギルド所属者がギルド外の人間を排斥する傾向が表れているらしくい。
排斥された無所属プレイヤーや小規模ギルドが他のギルドと合併したり大規模ギルドに吸収されたりすることで、より排他的な傾向が強まってギルド間摩擦が少しずつ増大している。
現状、アキバの街では衛兵が抑止力となって直接的なPK行為などは行われていないが小規模ギルドへの嫌がらせ行為などが見られるようになっている。
未だ決定的対立に至ったギルドは無いがこの状態がこのまま続けば、どうなるかはわからない。
〈RRB〉も拡大戦略こそ取ってはいないものの女性がギルドメンバーの半分を占める為ハラスメント行為などに対する自衛、また〈RRB〉には年少者も多いため彼らを保護するためにもギルド外の人間に対する排他的な傾向は徐々に表れていた。
ただ、現状の打開に動いている者たちもいないわけではない。
これらのギルド間摩擦などの問題で弱い立場に立たされている小規模ギルドたち、これはもちろん〈RRB〉を含むが、それらのマスターたちは大規模ギルド所属員の嫌がらせに対抗するために互助会を組織し、連日、集まってギルド間連携についての方針会議を行っていた。
夜半、その会合から帰ってきたまきびさんは扉を開いてリビングに入ってきたと思うとため息をついてテーブルに突っ伏した。
すでにメンバーたちは寝室で思い思いに過ごしており、このリビングには俺とまきびさんの二人だけだ。
「どうしようもないねえ、私にはどうしようもないよ、ヤナダ君
元々自分に能力があると思っていたわけではないけど、それでも、自分がこれほどにも無力だと思い知るのは結構くるものがあるなあ」
この人がこんな抽象的な話出しをするのは珍しい、よほど疲れているのだろう。
そして、どうしようもないとはいったいどういうことか。
「はあ、何がでしょうか?」
「何もかも……さ。
アキバの街の外ではPKが横行しているのは知っているだろう?
私たちは集団で行動しているし、皆90レベルだからそうそう襲っては来ない。
けどねえ、アキバの周りを徘徊しているPKプレイヤーのせいで無所属のプレイヤーや、〈エルダー・テイル〉初心者、中級者なんかの子たちはアキバの街を一歩でることすら危険な状態だ。
そしてだ。
我々は住んでいるギルドホールの維持費が月ごとの徴収で既に何か月分かギルド資金にプールしてあるから実感は薄いだろうが、彼らは宿をとるのにも毎日金貨何十枚かいるわけだ。
これは街の外にでて〈緑小鬼〉を何体か倒せば手に入る額だけど、PKが蔓延っているせいで街の外にうかつに出れやしないんだからどうしようもない。
この〈大災害〉が起きたころに始めたばかりだった初心者たちはその内貯蓄も尽きるだろうね」
「それなら、ギルドに入ってその庇護を受ければよいのでは?
どのギルドも拡大戦略をとっていることですし、一部のギルドは入会制限があるところも多いので難しいかもしれませんが概ねのギルドで歓迎されるはずです」
〈黒剣騎士団〉なんかは全ギルドメンバーが85レベル以上で構成されていたはずだ。しかしそれ以外のギルドは殆ど新入りに対して門戸を開いているはずである。
「そう、そこがこの話の肝なんだ。
どうやら〈大災害〉の後、何日かで初心者プレイヤーたちを囲っていたところのうちのいくつかがね、そのプレイヤーたちを殆ど監禁に近い状態で囲っているらしいんだ。
毎日彼らに支給される〈EXPポット〉を奪うためにね。
その話が彼らに伝わってギルドに入りにくくなっているみたいなんだよ。
それなら、誰にも認知されているようなそこにどんな人間がいてどんな雰囲気かわかっている有名ギルドに入ればいいじゃないかと思うかもしれないが初心者は〈エルダー・テイル〉の事なんて殆どわからないまま〈大災害〉に巻き込まれた人もいるんだ。
だからそんな子たちはどこがいいギルドなのかなんてわからない、Wikiも掲示板もこの世界にはないしね。
私はこの話を知った時、大人としての当然の義務として彼らを助けようと考えた。
お金がなくてもうちのギルドホールなら泊めてあげられるし、宿をとる宿泊代くらいなら援助することだってできる。
でもね、彼らに対してそう語りかけても、訝しむ視線しか返ってこなかった。
それもそのはずだよね、悪徳ギルドを恐れてギルドに所属していないのにそこにウチはに入っていて宿をあげるよって足長おじさんみたいなことを言うギルドに所属した人間が現れたところで怪しさ以外感じないだろう?」
まきびさんの独白は続く。
「それならどうしようかって私は考えたわけだけどね。
でも、このアキバの現状が変わらなければどうしようもないんだよね。
アキバの街に秩序を打ち立てて、その悪徳ギルドを何らかの方法で裁かないと彼らのギルドに対する不信感を失くすことはできないと思う。
でも私にはそんなこと、絶対にできっこないんだ、所詮はその程度の人間だから。
でも、それを成すだけの条件はわかっていて、それを私が達成できないこともわかっている。
だから余計に自分の無力がわかって辛いよ」
「条件、ですか?」
「まずは、第一にアキバを変えるだけのとっておきの情報を持っていることだ。
そう、例えば、これは最上だけど現実世界に帰る方法をみつけたとかだったらとっておきたり得るだろう。
そうとなればそれを交渉の切り札に使ってアキバのギルドたちの団結を引き出せる。
まあ、そんなレベルじゃなくても〈冒険者〉の生活を一変させるレベルの情報をもってさえいればいい。
けれど、私たちにはそんな情報はないし、その情報にいたるだけの糸口もない。
第二に現在この〈エルダー・テイル〉に存在する大手のギルドを動かせるだけの人脈をもっていることだ。
これは現状ギルド間摩擦が広がって、アキバで人を互いに信用できない土壌が広がっている以上は〈エルダー・テイル〉がゲームだったころの人脈が必要だろう。
それも私は持っていない。
昔なら私も結構な大手ギルドとの伝手もあったんだけどね。
私がレイダーだったころの知り合いだった大手の人間は皆〈エルダー・テイル〉を去っているからね。
第三に秩序を強制力を保持することだ。
仮にアキバの街に規則を設けることができたとしての話だが悪徳ギルドにその子たちの解放を迫る以上は何らかの方法で強制力を持たないとならないんだ。
だけど〈冒険者〉たちにそんな強制力を押し付ける力はこの世界には存在していない。
だから、当然私たちにもそんな力はない。
アキバを変える必要な条件全部を私たちはもっていないんだ、どうしようもないよ」
そう言い終えるとまきびさんは口を閉ざしてしまった。
◆
痛い沈黙に耐えかねた俺はとりあえず彼女に慰めの言葉でもかけようとした。
しかしこんな時何を言って慰めればいいのだろうか。
アキバがこんなことになっているのは貴女のせいではないですよ、それをどうこうできなくても貴女には何の責任もないんだし気に病むことはないとでも言えばいいのか。
しかし、それは大人としての責任感に駆られてそんなことを悩んでいる彼女に今かけるべき言葉ではないことぐらいはさすがにわかる。
しばらく考えてみてもどんな言葉を彼女にかければいいのかなんて全くわからない。
沈黙に耐えきれず苦し紛れに俺は言葉をひねりだした。
「リンゴありますけど……食べますか?
甘いものを食べると疲れ吹き飛んでいい考えが浮かぶかもしれませんし」
「甘いものって。
味がする食料なんてないし、この世界の食糧なんて全部味なしの湿気たせんべいしかないだろう?」
「まあ、黙されたと思って一口どうぞ、あ、切ったりしたらダメですよ?」
そう言ってリンゴをまきびさんに手渡す。
受けとった彼女は訝し気にこちらを見ながらりんごを一齧りして目を丸くすると、一気に口を進めてリンゴはすぐに芯だけになってしまった。
「どんな魔法を使ったんだい?ヤナダ君
食料アイテムは味がしないんじゃなかったのかい?」
「何も手は加えてませんよ、この情報はさっきカンナが仕入れてきたんですけどね。
加工前の何一つ手を加えない状態の素材アイテムは味がするみたいなんですよ。
この情報自体は〈大災害〉当日から出回ってたみたいですけど毎日集団行動していたおかげで仕入れるのが遅れましたね、今のいままでずっと湿気たせんべいしか食べていなかtったのは割と少数みたいですね」
「なるほどねえ、食料品の素材アイテムなんて効果が低いからゲーム中では加工して蓄えてたからなあ、ねえ、もう一ついいかな?」
そう聞いてきた笑顔で頷く彼女にもう一つリンゴを手渡す。
甘いものはどんな深刻な悩みも吹き飛ばす、何日間も味のない食事ともいえない食事をとっていた時はなおさらだ。
食べながらふたたび、彼女は現状のアキバに対する愚痴をこぼしていたがその表情は先ほどの陰鬱な表情よりかはいくらか明るい。
それからしばらく二人でアキバの街に秩序を打ち立て初心者たちを解放する方法を考えようと二人ではなしていたが彼女の表情に険はなくなり、先ほどまでの奈落の底のような暗い雰囲気は払拭できたようだった。
冒頭の戦闘訓練での相手可能な敵レベルについてですが9人パーティーなのでシロエたちよりは少し早いくらいを設定しました。
それと主人公とヒロインコンビのビルドを説明してみました。
実際に某MMO界隈では少数存在していたビルドですが基本人目につかないところに生息しているビルドなので全く有名ではありません。