〈エルダー・テイル〉の旅行者たち   作:大倉花立

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3話

 大災害の翌日、俺たち〈RRB〉の面々はアキバの隣接している初級フィールドゾーン〈書庫塔の林〉へと来ていた。俺たち以外にも戦闘訓練をしようという人間はいるらしく、遠目から守護戦士と付与術師のコンビやいくつかのパーティーを見かけた。

 いまだ、アキバの駅前広場には大勢の〈冒険者〉たちがうなだれているが、俺たちと同様にこうして動いている人間たちも存在するようだ。

 

「では、皆武器は持った? 装備は着込んだ? ショートカットにスキルの登録は済んだかい?

 ……大丈夫みたいだね。

 これより、戦闘訓練を開始するよ。

 では――始め!」

 まきびさんの号令によって〈RRB〉の面々の初戦闘の幕がきられた。

 しかし意気揚々と戦闘訓練を開始した物の俺たちの戦闘訓練は早々に壁にぶつかった。

 

 こん棒をもって襲い掛かってくる〈緑小鬼〉。

「ひ、ひぃっ!」

 その姿を至近で見た俺の情けない悲鳴が書庫塔の林に響く。

 〈緑小鬼〉や〈灰色狼〉といざ相対してみると、俺たちは全員攻撃的な姿を見せるその異様に恐怖に駆られた。

〈書庫塔の林〉に存在するモンスターはレベル20代前半であり全員がカンストしている〈RRB〉の面々からすれば〈緑小鬼〉も〈灰色狼〉もゲームのころでは雑魚としかいいようがないほどの差があった。

 だがゲームでは容易い敵であっても現実になってから実際にやりあってみると非常にやりにくい。

 相手が強いわけではない、俺たち自身が満足に身体を動かしてその能力を引き出すことができないのだ。

 

 現代社会で普通に暮らす分には醜悪な〈緑小鬼〉や〈灰色狼〉どころか野犬にすら滅多に遭遇しない。

 そんな現実で暮らしてきた人間にいきなり〈緑小鬼〉だの〈灰色狼〉と相対しろなんていってもどだい無理なものがある。

 短刀や槍を持った〈緑小鬼〉が襲ってきたならば足が竦んで、戦う意思など雲散霧消した。

 

 クールでなんでもできそうな感じのするまきびさんですら〈緑小鬼〉と相対した後には、絶叫して背を向け逃げ惑った。

 情けない悲鳴を浴びて〈緑小鬼〉たちから恐慌状態で逃げ惑う俺たち。

 無秩序に逃げ惑っていた俺たちは広範囲から〈緑小鬼〉を釣ってしまい、〈緑小鬼〉たちにタコ殴りにされる。

 このまま、〈緑小鬼〉にすら負けるんじゃないかと攻撃を受けながら思い始めた時。

 

 ふと気が付いた。

「え……あれ?」

 攻撃を受けても殆ど痛くないのだ。

 〈緑小鬼〉たちに囲まれて現在進行形で攻撃を受けている皆からも戸惑いの声が上がる。

 

 しかし、よく考えてみれば当然のことだ。

 〈緑小鬼〉なんて低レベルなモンスター、90レベルで超一流とは言えないまでもそこそこの装備を揃えた〈冒険者〉がそろう〈RRB〉の面々にはそこらへんをぷんぷんと飛んでいる蚊と対して脅威度に変わりはしない。

 まだ、蚊の方が動きが機敏であるし、対処が面倒かもしれないぐらいである。

 

 そうとわかれば恐れることはなかった、絶対に自身を傷つけることのない敵なんてサンドバッグも同然だ。

「おらっ」

 まず1匹目は手に持つ杖(スタッフ)で恐る恐る殴る。

 それだけで〈緑小鬼〉のHP(ヒットポイント)は半分ほど減少する。

 魔法攻撃職である付与術師の俺の近接攻撃力でだ、もう一発かましてやると〈緑小鬼〉のHPは0になった。

 

「パルスブリット」

 2匹目はショートカットを用い魔法を使った。

 付与術師の攻撃スキルたるパルスブリットは他職のスキルに比べれば圧倒的に威力が低い。

 それでも一撃で葬りさった、この単発の威力でさえ〈緑小鬼〉や〈灰色狼〉にとってはオーバーキルだ。

 まあ、俺の付与術師としてのビルド的に魔法威力を高める装備を着用していることによって威力が上がっている面もあるのだが、きっとなくても一撃だろう。

 

「キャストオンビート……パルスブリット……パルスブリットォ……パルスブリットォ!」

 3匹目からは自分にバフスキルをかけパルスブリットを連打した。

 面白いほど簡単に倒せるようになった。

 攻撃を喰らい続けるのを無視して攻撃する醜く効率的とはいえないやり方ではあるがとりあえず、これくらいのレベル差があればごり押しでも倒せることは理解する。

 

 初戦闘から3時間ほどが立ち俺がそのごり押し戦闘法になれるころには〈RRB〉のみんなもどうやら俺と同じようにごり押し戦闘くらいはできるようになったようだった。

「じゃあ、とりあえず、戦うことに対して躊躇はなくなったみたいだし、綺麗な戦い方を覚えようか」

 などとまきびさんが済ました顔でさも私は綺麗に戦っていましたよとでも言うような顔をして言ったが先刻彼女も必死にかっこ悪く戦っていたのを見ていた俺たちはおかしくなって思わず吹き出してしまった。

 当のまきびさんも3時間ほど前までの自分の態度とさっきの取り澄ました態度をまじまじと考えてしまったのか同じように吹き出した。

 そしてしばらくの間、〈書庫塔の林〉には〈RRB〉の面々の笑い声がこだましたのであった。

 

 

 

 

 

 

 そこから気を取り直した俺たちはまきびさん曰くの綺麗な戦い方というのを習得するために時間を費やした。

 

 綺麗な戦い方とはつまり秩序のある戦闘法のことだ。

 個人で言えば遠距離職が敵のなるべく攻撃を受けない立ち位置を維持し、可能な限り敵からダメージをもらわずに最大効率で攻撃を行う、近距離戦士職で言えば攻撃をきっちりとガードした上で受けて被ダメージを軽減する、近距離ダメージディーラーは近距離で敵の攻撃を見切って最小限の動きでかわし攻撃を継続する、そんな技術のことだ。

 

「ムサシ、左に抜けようとしている〈緑小鬼〉がいるよ、タウンティングだ」  

 団体戦闘では盾役である武士のムサシがタウンティングを行い敵の攻撃を引き付ける。

「伊兵衛、R.P、2時、10時方面の後衛を狙うんだ」

 ダメージディーラーが敵団体のHP残量とヘイト量を把握して攻撃する。

「ヤナ、ムサシ周囲の敵を妨害して」

 妨害職は戦場でより有効な妨害だと思われる妨害を常に模索する。

「カンナはダメージ遮断呪文を。

うるうはまあ……いいか。

 回復しようにもダメージないからね」

 回復職はパーティー全体を見渡して効率的な回復を行う。

 まきびさんの指示のもとゲームだったころの〈エルダー・テイル〉ではそれなりのプレイヤーであった俺たちには当然に出来ていた技術、綺麗な戦い方を練習する。

 

 そんな動きを覚えるための訓練として俺たちはパーティーに意味を持たせるための陣形の運用方法や相手の攻撃をなるべく受けない為の立ち回り、〈エルダー・テイル〉の3Dポリゴン上においてプレイヤー間において確立されていた動きの基本を洗い直し、実際の動きに当てはめて練習をした。

 

 当初は夕日が落ちるころには切り上げて帰ろうと予定していたが、この〈冒険者〉の身体は現実と比べて疲労を感じにくいということもあってか、当初の予定よりも遅く東済み月が昇るまで無我夢中で練習に取り組んでいた。

 その成果もあって、とりあえず20レベル前半の敵である〈緑小鬼〉や〈灰色狼〉の攻撃が怖くて動きが止まってしまうみたいな精神的事情は殆どクリアすることに成功した。

 しかし、実際の戦闘中における動きについては足元の木の根っこに引っかかってこけてしまったり、魔法を誤射してフレンドリーファイアぶちかましたり、散々なまま終わった。

 

 それでも、今朝の〈緑小鬼〉相手に逃げ回っていた段階よりはずいぶんと歩を進めたことを実感できたし概ね満足できる結果と言えるだろう。

 大災害2日目は結局この戦闘訓練で時間を使い切ってしまったため、本来ならそのあと各自でアキバの街にでたりフレンドに〈念話〉したりすることで情報収集をする予定でいたのだがやらずにギルドハウスへ帰宅し、イミテーションの風呂に〈召喚術師〉の〈従者召喚:ウンディーネ〉を利用して水を張り身体を清めた後就寝した。

皆、初めての戦闘で精神的に消耗していたようで各々の寝室からはすぐに寝息が漏れ始めた。


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