あの誰だかわからない少年との会話をした後、起きてきた野良パーティーの面々に少年から聞いた現状を教えてパーティーを解散して、俺たちはとりあえず誰がこの世界にログインしていて誰がいないのかを確認することにした。
「お、ギルマスはやっぱりいるわね」
「というかうちのメンバーは全員揃ってるな」
どうやらギルドメンバーは全員がログインしていたようだった。
「まあ、現役メンバー以外は会規満たせないから脱退するし。
現役メンバーは拡張パック導入日なんてイベント逃すわけがないしな」
フレンドリストのメンバーはどうやら半数ほど、半数というのはフレンドリストには引退済みの面々も含まれている為脅威のログイン率と言える。
「やっぱ〈ノウアスフィアの開墾〉の適用日だからか多いな
そのおかげでこんなことに巻き込まれたんだから良かったとは言えないだろうが」
「そう?
現実から離れて剣と魔法の世界なんてむしろわくわくしてこない?」
「俺は家で炬燵に潜りながらマウスをかちかちしてるほうがいいわ」
「つまらない男ね」
「お、直継さんいるじゃん、帰って来てたんだな」
直継さんというのは古参の守護戦士で気さくな性格から顔が広く、おぱんつを公然と連呼するオープンスケベで有名な人だったが仕事の都合で〈エルダー・テイル〉を離れていた。
「仕事落ち着いたのかしらね」
この直継さんの例のように引退者の中にも結構帰って来ていた人はいたようだった。
そんな風にフレンドリストを一通り確認し終わると、俺たちはとりあえずギルマスに〈念話〉することにした。
「もしもし、まきびさんですか?」
「ああ、そういう君はヤナダ君かい?」
ハスキーボイスの色っぽい大人のお姉さんといった声が聞こえる。
聞きなれたいつものギルマスの声だ。
まきびさんというのは俺たちが所属しているギルド〈RRB〉のギルドマスターで〈エルダー・テイル〉では熟練の〈召喚術師〉だ。
「編集長とちゃんと繋がった? 元気そう?」
「ああ、声色は元気そうだよ
実際どうかは会ってみないとわからないけどな」
編集長というのはウチのギルドが月刊で〈エルダー・テイル〉内の旅行誌を発行するというロールプレイの一環で記事を書いて〈エルダー・テイル〉内にて製本したりギルドのホームページで掲載していてその編集をまきびさんが受け持っていることからついたあだ名のようなものだ。
ちなみに俺とカンナも1つのコーナーを受け持っていて各グループごとに毎月記事を一つ以上書くノルマがギルドメンバー会規で決められている。
といっても少人数ギルドだから3パーティ+まきびさんの単独記事で4つしか種類はないのだが。
「今、ギルドハウスですか?
情報交換してこれからの方針について話しあいたいので落ち合いませんか?」
「私もそうしようと思ってギルド内に〈念話〉を回しているところだよ。
みんなにもいったんギルドハウスに集まるように言ってあるから来てくれ」
「了解しました、ではまた後で」
〈念話〉を切って生産系ギルド街の一角に存在するギルドハウスへ向かおうと俺たちは歩を進め出す。
「ギルドハウスで集合だってさ、行こうか」
「おっけー、了解」
ギルドへと向かう最中にカンナにも連絡が届いたようだった。
どうせ一緒にいたんだから伝えておくべきだったかもしれない。
◆
ギルドハウスに向かう道中、死んだ後の空間が何だったのかを考える。
「そういえば、死んだあと行ったところってなんだったんだろうな」
「さあ? でも頭上に地球があったよね、てことは地球の外、月かな?
あの時にメニューの表示方法理解できてたねえ」
月……か。たしかにそれっぽい感じはする。というか頭上に地球があったんだから空に見える範囲にあると考えるのが妥当だろう。
空の可視範囲にある天体といえば月くらいか。
「死んだら月で待機して復活を待つのかねえ、それにあそこでなにか失くしてきた気もする」
あの喪失感は何だったのか。
「確かになんか喪失感があったわね、きっと何か落としてきた、そんな気がする」
死に続けたらあの時俺から漏れ出ていたものを全部なくしてしまうんだろうか。
それはきっと悲しい気がした。
ギルドハウスに向かう道中、目にしたアキバの街はこの異変で騒然としていた。
そこらで打ちひしがれて虚脱状態の〈冒険者〉たちが座り込んでいたり、虚脱状態から立ち戻った各ギルド所属の構成員たちは何やら慌ただしく動いていてこの狂騒はとどまる気配を見せていない。
まあ、まだこんな有様になって何時間も経っていないから仕方がないことか。
◆
そんなアキバを目にし、ギルドハウスにつくとすでにメンバーは3分の2ほど集まっていた。
ギルドハウスのリビングには木製の20人ほどで囲める程の大きな円形テーブルが設置されている。ゲーム時代はな円卓という響きにあこがれて、この形状のテーブルを皆同意の上で注文したが、現実になるとテーブルが大きすぎて真ん中のあたりには手が届きそうもない。明らかに無駄で大きさ的にも邪魔である。
軽く皆に挨拶をして椅子に座る。
まきびさんは俺たちの着席を確認して開会を宣言した。
「では、会議を始めようか」
〈念話〉ではわからなかったが現実が反映されたまきびさんは結構な美人だった。
キリッとした顔の造作がスーツめいた衣装によく似合っていてできる編集長といった感じだ。
加えて非常に豊満な身体の一部分が目を引き付ける。
これはやばい、目を反らそうと努力してもついつい目が惹かれてしまう。
そんな風にチラチラみているとカンナの裏拳がみぞおちに突き刺さった。
「痛ぁっ!」
俺をとがめるようにこちらを睨んでいる。
ギルドハウスでなければ確実に衛兵が飛んでくるであろう威力だ。
しかし、まあ痛かったがこのままだと確実に引かれるレベルで凝視していただろうから結果的にカンナのファインプレイとしておこう。
「ユージンたちのパーティーはまだ来てないんっすか?」
メンバーの一人、634(ムサシ)が言う。
確かに疑問に思っていたことだ、ウチは基本的にパーティーごとに活動しているのでパーティーが一つ抜けた状態ではギルドの方針を決めようにも決められない。
俺たちのギルドは15人在籍していて現在、ここに集まっているのはギルドマスターのまきびにギルドメンバーの634(ムサシ)、mikuri、うるう、花藍(からん)、伊兵衛、R.P、俺とカンナの9人だ。後の6人はここにはいない。
仮に方針を決めたとしても参加してない人間には不満が残るだろう。
「彼らはね、今、ミナミにいるんだ」
まきびさんが告げた言葉に俺たちは全員ポカンとした。
それはまきびさんが告げた理由が理由になっていなかったからだ。
ミナミに居ようとトランスポート・ゲートを利用すれば一瞬でアキバに戻ってこれる。
それが〈エルダー・テイル〉の常識だ。
「はあ、それが?」
「私はユージンたちに言われたからみんなが来る前にいったん確認しにいったんだがね。
現在トランスポート・ゲートは作動していない」
その言葉に皆絶句して重い沈黙が会議室を覆う。
〈エルダー・テイル〉はハーフガイア・プロジェクトをもとにフィールドゾーンが設定されており、地球を実際の距離の2分の1で再現している。ということは位置的にミナミが相当する現実の大阪市と秋葉原の距離は直線距離で400㎞、つまり〈エルダー・テイル〉では200kmに相当する。
だが、現実問題グリフォンなどの飛行騎乗生物を持っていない限り直線で移動することなどできはしない。陸路を最短経路ですすんだとしても250km近い移動距離にもなる以上、車や公共交通が存在していないと予想されるこの世界では数日がかりの移動となるだろう。
加えていえば街道沿いにも低レベルながらモンスターが出現する。
先ほど、現実化したモンスターになすすべもなく殺されたばかりで現実にモンスターと戦う難しさを痛感している俺たちにとっては無理難題としか思えない。
「それじゃあ、現状こっちに来れないってことっすね」
「ああ、そうだ。
だから現状は〈念話〉で会議に参加してもらっている」
「それなら仕方がないっすね、了解っす」
まきびさんはコホンと咳払いをしてから仕切りなおした。
「それでは改めて会議を開始する。
みんなには現状持っている情報を開示してほしい。
まあ、そうはいってもこのまま話を渡しても何から言えばいいのかわからないだろうからまず私から行こうか。」
そう言うとテーブルに肘を置いて少し前のめりになって考えるそぶりをしながら話し出した。
態勢的に無防備に胸が強調されて非常によろしい、いや、よろしくないことになっている。
まあ、それは置いておいてまきびさんの話に集中する。
「まず、前提として我々は〈エルダー・テイル〉もしくはそれに類似した異世界に存在していると考えられる。そして第二に〈エルダー・テイル〉においてプレイヤーのステータス、スキル、装備、レベル、所持アイテム、その他もろもろを殆ど引き継いでいるらしい。これらは非常に幸運なことだ、仮に現実のスペックをそのまま持ってきていた場合、我々はこうして集まることすらできなかったに違いない」
スキルなどが引き継がれていることは先ほどのフレンドリストを見たときに確認済みだ、ここまでは既知の情報だが、どうやら未だ知らなかった者もいるらしく驚愕の表情を浮かべている。
「そして、これも先ほど確かめたことだが銀行に預けておいた資産も残っていて引き出すことが可能だ。また、スキルなどの使用は脳内メニューから選択で使用できる。更に、本当にゲームそのままで笑える話だがショートカット登録もできるらしい、意識すると視界の片隅にショートカットが見えるだろう?」
操作してみると確かにショートカットに登録することが出来た。実際の使用はショートカットキーを押すイメージでもすればいいのだろうか。こんな感じかなと操作してみる。
「オーバーランナーっと、うわっ」
身体が意に反して立ち上がったかと思うと勝手に詠唱が開始されゲーム上のモーションをなぞり杖が光る。みんな同じことをしたようで急に立ち上がることでひざ裏から押し出された椅子が倒れることが続出した。テーブルと椅子を引き付けて座っていた奴はテーブルが障害になって立てずに椅子ごと後ろに倒れこむ。
カンナに至っては〈飛び梅の術〉を使ったせいでテーブルを飛び越えて間向かいに座っていた施療神官のうるうの上に乗り上げていた。
まきびさんはため息をついて呆れたようなそぶりをする。
「君たち実演は後でいいから座りたまえ、素直なのはいいことだがまだ話の途中だ」
いそいそと全員羞恥で顔を赤くして自分の席へと戻る。
「そして、ヤマトサーバーの各都市にいる知り合いに〈念話〉で聞いたところ、どの都市でもこの現象は起こっているようだ。帰還呪文で帰ってきた〈妖精の輪〉で海外サーバーに遊びに行っていた者から聞くと海外でも同様のことが起こっているようだ、つまりこれは世界規模の災厄というわけだ。
それとだな、ゲームではNPCだった大地人がどうもNPCらしくない挙動をしていることが確認された。話してみた感じどうも普通の人間と話しているように感じた。まあ感じただけだから超高度なAI積んででもいて話しているのかもしれないが。
今のところ私が知っている情報はそれくらいかな。では、それぞれの発表を時計回りで回していこうか」
それから話された情報としてはこの世界の〈冒険者〉の身体でも尿意などの自然な欲求が存在すること、トイレに行こうと思ってさがしていたらアキバの街でのトイレなどの生活に必要な施設はイミテーションで実際に作動するものは現時点では見つからなかったということ、現実では食べれないであろう超高級な食料アイテムが実際に食べてみたら湿気たせんべいみたいな食感で味もしなくて悲しかったなどといった話題があがった。
ミナミにいる連中からはミナミもアキバの街と大よそ同じ状態に陥っていることが伝えられた。
そして俺の順番になる。
「俺とカンナは一回〈醜豚鬼〉に殺されて〈大神殿〉で復活した」
そう告げた時、今までのなんとなく和気藹々としたものにかわっていた雰囲気が再度張りつめた。
「あれが起きる前に俺たちは〈ノウアスフィアの開墾」でスタートダッシュを決めようとダンジョンでひたすら〈醜豚鬼〉を狩ってたんだ。で、0時ちょうど適用開始だってところで視界が暗転しただろ?
目を開けてみたら〈醜豚鬼〉共が殴りかかってきやがったからスキルの使用法もしらなかったし、なすすべもなく大神殿送りってわけだ。
大神殿に送られてみたらどっかの坊主に死亡一番乗りですねって煽られたわ。
あと現状で〈エルダー・テイル〉のように狩りをするのは多分無理だな。
スキルの扱いの練習が必要だと思う」
俺の話を聞いてムサシは俺の話を聞いて念を押した。
「死んでも生き返れるんっすね?」
俺がこれ以上話をすると自分が話すことがなくなると思ったのかカンナが横から割り込む。
「ええ、でも死ぬのはあまりよくないことのような気がするわ
死んだあとは復活待機場所みたいなところ……多分月だと思うんだけど……そこに飛ばされて何か失くすみたいなのよ。
物質的なものじゃなくて私を形どってる何かがね
まあ、私たちが知っている情報はそれくらいかなあ」
「月……」
まきびさんは呟いて何やら考え込む。
「まあ、何はともあれ生き返れるんっすよね
それなら致命的なことにはならないでしょうし、活発に動いてもいいかもしれないっす」
まきびさんはとりあえず思索を切り上げた様子でそう言ったムサシの言葉にうなずいてこれまでの話を聞いてまとめたらしい今後の方針を語りだす。
「ああ、そうだな。それじゃあこれからも臆さずに動いていくとしよう。
大前提として今のところ旅行をして旅行誌を作るというウチのギルドのレゾンテートルは変えないでおこう。今のところ旅行の楽しみはこの世界に来てむしろ増えたように思える。何か致命的な問題が発覚すれば別だがね。ただ、ノルマは今のところ停止しておくよ。
何はともあれ情報が必要だ、暇さえあればアキバの街を歩いて情報を集めてほしい。
それと明日からは戦闘訓練をやってみようか、戦えなくては〈エルダー・テイル〉を回ることもできないし私たちのギルドのレゾンテートルを守ることもできないしね。初日はとりあえず全員参加で無理だと思ったらやめてもいい。ミナミ組もできるだけ戦闘訓練を行うこと、〈エルダー・テイル〉の頃と同じなら街道沿いには低レベルモンスターしか存在しないし、戦闘できるようになれば移動して合流できるしね。
あとは今後何が起こるかわからないからなるべく固まって行動しようか。安全を確保するために宿泊もなるべくギルドハウスで行ってほしい。部屋はあるけどベッドは数が足りないかな?供出できる人はギルド資金から払うから供出してほしい。ミナミ組はギルドハウスが使えないから同じ場所に固まって宿をとっておくれ。
何か反対意見はあるかい?」
〈RRB〉のレゾンテートルである旅行に関しては確かに3Dポリゴン上を旅したり、現実で旅行するよりもこの世界では現実には存在しない絶景が見られそうだし、俺たちは元々それが目的で集まっているギルドだから是非もない。
戦闘に関してもその通りだ。この世界に来て早々殴り殺されたから戦闘に対する忌避感は多少あるけれど生き返れるという保障がある以上、頑固になって避けるほどでもない。
団体行動に関しては本来なら俺は集団生活なんて性に合わないがこんな事態だから仕方がないだろう。
「無いみたいだね?
では我々はアキバの街の情報を収集すること、戦闘訓練をすること、なるべく固まって行動すること、この三つを念頭において当面は活動するよ。
それでは今日のところは解散、もう夜も遅いしね、各自で使用する部屋を決めて勝手に寝ておくれよ。
じゃあ、おやすみなさい」
そういってまきびさんは神妙な面持ちで何かを考えるそぶりをしながら、ギルドハウスへ備え付けられている個室群の方向へと歩きだした。
その歩みが徐々に加速して早歩きになっていく様に疑問を覚える。
殆ど小走りになると、走り出して、俺たちへ振り返り笑顔で告げた。
「どの個室を選ぶかは早いもの勝ちということで――いいよね? 諸君」
俺たちのホームの個室の殆どはゲーム内では出版社のロールプレイをするための筆写系アイテムの機材置き場として利用されていた。
つまり、〈エルダー・テイル〉の設備が現実となった今では過ごすのに適さないほど――狭い。
そのマスターの行動に一瞬俺たちは茫然としたが暗い雰囲気を払拭するための精一杯の作為だということに理解が追いつくと、全員で個室群へと走り出した。